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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
エシャトール国 夢を見る町編
315/340

 7



 翌朝、影を渡ってきたサーシャリオンの報告に、フランジェスカはがっくりきていた。


「やっぱり指名手配されているか! くそぅ、温泉に蒸し風呂、うらやましい……!」

「あまりすすめないが、影を通してやろうか? 今日は個室風呂付きの高級宿にして、一棟(いちむね)まるごと借りれば、問題は解決するのではないだろうか」

「サーシャ、お前、たまには良いことを言うな!」

「ふふふ。ではこう言ってもらおう。『お願いします、サーシャリオン様』」


 サーシャリオンが意地悪に笑うので、修太はペシッとサーシャリオンの背を叩く。


「サーシャ、調子に乗りすぎ」

「冗談だ、そう怒るな」

「そういう悪ふざけは嫌いだ」

「すまなかった」


 修太がぴしゃりと返すと、サーシャリオンはしゅんとして謝る。

 いくら嫌いなフランジェスカへの冗談だろうと、ちょっとした拍子にいじめに転がりそうな発言自体が気に入らない。それとこれとは別問題だ。

 むすっとしている修太に対し、フランジェスカは気楽に返す。


「お前の言うことはありたがいがな、シューター、私は素晴らしい風呂のためなら、それくらい言えるぞ」

「いつものプライドの高さはどうしたよ、フラン!」


 まさかの返事だったので、修太はのけぞった。フランジェスカは真剣な面持ちで語る。


「エシャトールの保養地は、新婚旅行や老後での、いつか行ってみたい旅行先ランキングで、常に三位に入っているのだ」

「どこ調べだよ」

「王都新聞」

「そんなのあるのかよ……」


 そういえば啓介が、前にパスリルは印刷技術が進んでいると言っていた。あの国はいろいろと問題がある一方で、革新的だ。


「ランキング上位って、さすが、観光でなりたってる国なだけはあるな」

「シューターを門から入れるわけにもいかぬし、フランジェスカと一緒に影を通すとするか。他は街道から普通に入ればいいだろう。朝日が出る前に、こやつらに近くまで運んでもらえ」


 サーシャリオンが鳥モンスターを示すと、行儀よく待機している鳥達は「ピエエ」と鳴いた。任せろと言っているみたいで、ほこらしそうに胸を反らしている。それから、修太の頭にくちばしをグリグリ押し付けて、甘えるように鳴く。


「ピーエッ、ピッ」

「サーシャ、なんて言ってんの、こいつ」


 くちばしを手で押し返しながら、修太はサーシャリオンに質問する。


「いっぱい働いたんだから、おやつに花でもくれよ~、だとさ」

「花? もう夜だぞ、そういうことは早めに言えよ。花をめでる趣味なんてないから、旅人の指輪にも入れてねえしな」


 この鳥達には結構世話になっているから、礼を渡すくらいは構わない。


「花が欲しいの? あっちのほうに花畑があるみたいだから、そこで食べれば?」


 トリトラが一方を示すと、鳥モンスターは言い返す。


「ピエエ」

「一緒に行こうよ~、と誘っているぞ」

「えー、面倒くせえな」


 サーシャリオンの通訳を聞いて、修太が溜息をつくと、鳥モンスターはその場に座り込んで、体をふくらませた。


「ああ、これは通訳がなくても分かるぞ。『不満』だろ」

「ピエッ」


 肯定らしき鳴き声が返る。鳥の傍にコウがお座りして、パタパタと尻尾を振った。コウも遊びに行きたいらしい。


「しかたねえな。誰か一緒に……」

「はいはい!」

「俺も行く。花畑なら、広いだろ。稽古したいから、ちょうどいいや」


 トリトラが挙手し、シークは体を動かしたいからついてくるみたいだ。


「お花畑でしょ、私も行きたい!」

「エシャトールの花がどんなものか、興味があるな」

「わたくしも」


 ほとんど全員が行くと言い出し、グレイだけ野宿場に居残ることになった。グレイは行ってこいと追い払うように手で示し、焚火のそばに座って煙草に火をつける。


「我はケイの所に戻るぞ。気を付けてな」


 サーシャリオンはにかりと笑い、影へと落ちて消えた。

 今日は月明かりがまぶしいくらいなので、ランプもいらない。皆で花畑に移動すると、コスモスみたいな花の群生地帯に出た。

 鳥モンスターがうれしそうに花をついばむのを横目に、ピアスが歓声を上げる。


「わぁ、これ、魔力具有花(ぐゆうか)よ。エリーナっていう花なんだけど、アイテムクリエイトのいい触媒(しょくばい)になるのよね。山でこんなに群生してるなんて、珍しいわ」

「へえ、どう見てもコスモスだけどな」


 ピンクや赤、白、チョコレート色の花々が風に揺れている。


「畑を休ませている時に、エリーナを植えている農家さんが多いのよ。畑が荒れなくて済むし、土は肥えるの。花はアイテムクリエーターギルドで良い値で売れるから、作物代わりにちょうどいいわ。私の家でも、庭で植えているのよ。買うと高いから」

「えっ。ここ、私有地だったりしないか?」


 修太が焦ると、トリトラが笑った。


「大丈夫だよ、人間のにおいはしないし。こんな山脈のど真ん中に畑を作るなら、近くに小屋がないとおかしい」

「それならいいけど」


 修太はほっと胸をなでおろす。

 コスモスといえば秋の花だ。今は春くらいだから、時期もおかしい。いくら地球で見かけるコスモスにそっくりでも、エリーナは違う花なのだろう。


「ピアス、どれくらい摘めばいい?」

「根絶やしにしない程度に、できるだけ。よろしくね、シューター君」


 祈るように両手を組んで、ピアスがにこっと笑う。


「ちゃっかりしてんなあ」


 花の美しさにしばし見とれてから、旅人の指輪から園芸用のはさみを出して、修太はせっせと花を摘む。


「面倒だから、魔法で根本を切るぞ。あとは拾えばいいだろ」

「助かるわ、フランジェスカさん!」


 フランジェスカが右手の人差し指を曲げ、青い水の刃が浮かび上がり、エリーナの根本を一直線に刈り取った。夜の闇に青い光が一瞬だけ浮かび上がって消える。花畑にいるのに、波みたいに見えた。


「いいぞ、フラン」

「ありがとうございます」


 圧倒的に楽になったので、修太はフランジェスカの手際を褒める。自然に手伝っているササラもうれしそうに微笑んだ。


(花よりアイテムってとこが、ピアスらしいな……)


 啓介がいたら、「そこがピアスの良いところだよ」と言っていただろうなと想像しながら、修太ははさみを旅人の指輪にしまう。


「あ、拾わなくていいのか。指輪に入れておくよ」


 修太は刈り取られたエリーナを収納しようと、旅人の指輪に意識を向ける。花の山はフッと消え失せた。保存も効くのでちょうどいい。


「きゃーっ。フランジェスカさんとシューター君、便利ー!」

「「おい」」


 ピアスははしゃいでピョンピョンはねているが、言うことが失礼だ。修太とフランジェスカのツッコミが、珍しく重なった。


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