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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
エシャトール国 夢を見る町編
314/340

 6



 一方、啓介はサーシャリオンと遊び回っていた。

 エシャトールは硫黄を売りにしている。オススメは入浴剤や湿布などの薬品だ。

 蒸し風呂や温泉施設も充実しているようで、石鹸や保湿用のオイルなども多くそろっている。

 他にはチーズとフワパカの毛織物が出回っており、あちこちで織物屋が観光客を呼び込もうと声を上げている。フワパカというのは巨大なアルパカみたいな動物で、毛がもこもこしている。木の枝についている葉を食べるため、森のほうで育てているそうだ。観光客向けのふれあい牧場で見たが、見上げるくらい大きかった。


(エシャトールって、日本でいう温泉街みたいな感じなのかな?)


 入浴グッズを一通り買いあさり、布製品も山ほど買った。大量買いする行商人が来ていると噂になったみたいで、啓介とサーシャリオンを見かけると、売り込みの熱が増した。

 良いものと悪いものが普通にまぎれているので、ある程度の目利きがないといけない。啓介が気付かないほころびを、サーシャリオンは目ざとく気付いて耳打ちする。良い品を程よい値段でたくさん手に入れ、啓介はほくほくしている。

 せっかくなので公衆浴場で汗を流し、なにげなく衛兵の詰所前を通りがかり、啓介はあっと気付いて足を止めた。


「サーシャ、これ」

「いささか目つきが凶悪すぎるが、フランジェスカだな」


 サーシャリオンは衛兵に聞こえないよう、声をひそめた。

 詰所前の掲示板には、指名手配書が何枚か貼られている。その中に、フランジェスカの絵があった。父親のラゴニスの絵も、おまけみたいに添えてある。

 啓介は純粋に興味があるという態度を作り、衛兵に話しかける。


「ねえねえ、おじさん。この人、剣聖(けんせい)フランジェスカじゃない? なんでパスリルの有名人が指名手配をかけられてるの?」

「おお、〈白〉のお客さんか、珍しいなあ。坊主、パスリル王国人かい?」


 ゆるい空気をまとった中年男の問いに、啓介は首を振る。


「いや、セーセレティーから来たんだ」

「ああ、そういやあ、金髪の貴公子と〈白〉の少年っていう派手な行商人がいると噂になってたな。坊主達がそうなのか?」

「そんなとこかな」


 行商人ではないが、話を合わせておいたほうがスムーズだろう。


「いやあ、ありがたい。町がうるおうのは良いことだ。それで、剣聖フランジェスカ? 俺達もよく知らんのだが、悪魔()きらしくてな、あっちの白教の神官達が血眼になって探してるみたいだぞ。捕まえて魂を浄化しなくてはならんとかなんとか……」

「それでどうして、親父さんまで捕まえようとしてるのか、謎なんだけどな」


 もう一人の衛兵が口を挟んだ。


「エシャトールの人も白教徒じゃないの?」

「そのほうが都合がいいだけで、パスリルほど熱心じゃないよ。ほら、あっちは大国だろ。戦をしてもかなわないから、同盟を結んで、互いに関税(かんぜい)をゆるめに設定してるんだ。その条件が、白教の普及だったんで、こうなってるわけ」


 あっけらかんと、衛兵は話す。啓介は恐る恐る確認する。


「そんなこと、部外者に話しちゃっていいの?」

「おう。エシャトール人は分かってるからな。エシャトール人の良いところは、したたかさだ」

「それじゃあ、〈黒〉をどう思う?」

「彼らは白教徒との争いを呼ぶからあまり好きではないけど、無理矢理見つけ出してまで、狩る気はないよ。ここだけの話、捕まえたとしても、こっそりレステファルテのほうに逃がしてるんだ。内緒だぞ。君らがセーセレティーの民だから言うんだ」


 小さな声で、衛兵は内緒話をしてくれた。啓介も抑えた声で問う。


「それじゃあ、黒狼族は?」

「騒ぎさえ起こさなきゃあ、どうでもいいよ。この国に金を落としてくれるなら、どの種族でも歓迎さ。だが、白教の神官には気を付けないと、パスリルから来ている人も多いんだ。できれば身なりは隠して欲しいね」


 とにかく争い事を起こされるのが迷惑みたいだ。


(グレイ達にはマントを着てもらえば大丈夫かな? シュウもいつも通り顔を隠してもらえば、平気そうだ。……となると、フランさんだけアウトか)


 フランジェスカへのお土産を多めに用意しようと、啓介は決意した。


「しかし、やけに聞き込むなあ」

「エシャトールにまで来るセーセレティー人は多くないからね。知人に紹介しようと思って」


「ああ、あっちはエターナル語を話すくらい、人種もカラーズも混沌としてるって聞くもんなあ。そういうことならありがたいけど、〈黒〉には来ないように言っておいてくれよ。逃がすのも手間なんだ。たまに失敗して、白教徒に殺されちまうから、こっちも後味が悪いしな」

「分かりました。強く注意しておきます」

「頼むぜ。特に商人は歓迎だよ」


 にかっと笑い、衛兵は観光客に人気の食堂や酒場についても教えてくれた。


「できれば観光客向けじゃなくて、地元の料理を食べたいんですけど」

「広場の辺りがいいよ。あそこの立地は良いんで、美味い店しか残らないんだ。あとは地元客のいこいの場ってことが多いから、あんまり教えたくないぜ」


 観光で生活していても、彼らも息抜きしたいのだろう。言わなければいいのに、その正直さに、啓介は笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、それじゃあ、広場辺りで食べることにします」

「おう、エシャトールを楽しんでってくれな」


 人懐こく手を振る衛兵に会釈をし、啓介とサーシャリオンは雑踏に戻る。


「さすがだな、ケイ。すぐに人と仲良くなるのが、そなたの長所だ」

「え? あのおじさんが良い人だったんだよ」

「ふっ、分かってないな」


 サーシャリオンは笑いながら、なぜか啓介のホワイトグレーの髪をくしゃくしゃに撫で回した。




 広場近くの酒場で料理を楽しみ、夜も深くなった頃、啓介達は宿に帰ることにした。

 そして一歩外に出て、驚いて足を止める。


「わぁ……何これ……」


 壁の絵が白い線となって夜闇に浮かび上がり、奇妙な人型のそれが、ゆらぁりゆらりと前進する。

 ふとそれと目があい、啓介は鳥肌を立てた。

 空虚な目だ。

 ――()われるのでは。

 そんな恐怖が浮かびあがったが、それはすぐに顔を前へ戻し、こちらに関心もなく夜を歩き出す。


「これはすごいな。急に断片の気配が強くなった」


 サーシャリオンは感心を込めてつぶやく。


「おう、兄ちゃん達、『町の見る夢』は初めてかい?」


 ちょうど酒場から出てきた男が、あっけにとられている啓介に笑いかける。面白がっているのはあきらかだ。


「え? 『夢を見る町』じゃないんですか?」

「さあ、どっちだろうね。だけどねえ、住民からしたら、町が夢を見ているように見えるんだよ。夜の間だけ絵が歩き出して、あの壁画は毎日変わるんだ」


 広場のベンチにでも座って眺めるといいよと教え、男は陽気に歌いながら帰っていく。


「不思議だなあ。面白い。修太にも見せたいよ」

「うむ。これは見せたほうがいいな」


 啓介とサーシャリオンの意見が一致した。


「でも、今日は俺達で観察しようぜ」

「歩く壁画の鑑賞か。ちょっと待っていろ、酒と料理を買ってくる」

「えっ、あれだけ食べたのに、まだ食べるの? サーシャ」

「面白いものを眺めながら飲む酒は美味いだろ」

「まったくもう、そういうとこは、トリトラ達の真似をしなくていいんだよ」


 啓介は小言を返すが、サーシャリオンはのらりくらりとかわして、酒と料理を手に入れてきた。


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