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一方、啓介はサーシャリオンと遊び回っていた。
エシャトールは硫黄を売りにしている。オススメは入浴剤や湿布などの薬品だ。
蒸し風呂や温泉施設も充実しているようで、石鹸や保湿用のオイルなども多くそろっている。
他にはチーズとフワパカの毛織物が出回っており、あちこちで織物屋が観光客を呼び込もうと声を上げている。フワパカというのは巨大なアルパカみたいな動物で、毛がもこもこしている。木の枝についている葉を食べるため、森のほうで育てているそうだ。観光客向けのふれあい牧場で見たが、見上げるくらい大きかった。
(エシャトールって、日本でいう温泉街みたいな感じなのかな?)
入浴グッズを一通り買いあさり、布製品も山ほど買った。大量買いする行商人が来ていると噂になったみたいで、啓介とサーシャリオンを見かけると、売り込みの熱が増した。
良いものと悪いものが普通にまぎれているので、ある程度の目利きがないといけない。啓介が気付かないほころびを、サーシャリオンは目ざとく気付いて耳打ちする。良い品を程よい値段でたくさん手に入れ、啓介はほくほくしている。
せっかくなので公衆浴場で汗を流し、なにげなく衛兵の詰所前を通りがかり、啓介はあっと気付いて足を止めた。
「サーシャ、これ」
「いささか目つきが凶悪すぎるが、フランジェスカだな」
サーシャリオンは衛兵に聞こえないよう、声をひそめた。
詰所前の掲示板には、指名手配書が何枚か貼られている。その中に、フランジェスカの絵があった。父親のラゴニスの絵も、おまけみたいに添えてある。
啓介は純粋に興味があるという態度を作り、衛兵に話しかける。
「ねえねえ、おじさん。この人、剣聖フランジェスカじゃない? なんでパスリルの有名人が指名手配をかけられてるの?」
「おお、〈白〉のお客さんか、珍しいなあ。坊主、パスリル王国人かい?」
ゆるい空気をまとった中年男の問いに、啓介は首を振る。
「いや、セーセレティーから来たんだ」
「ああ、そういやあ、金髪の貴公子と〈白〉の少年っていう派手な行商人がいると噂になってたな。坊主達がそうなのか?」
「そんなとこかな」
行商人ではないが、話を合わせておいたほうがスムーズだろう。
「いやあ、ありがたい。町がうるおうのは良いことだ。それで、剣聖フランジェスカ? 俺達もよく知らんのだが、悪魔憑きらしくてな、あっちの白教の神官達が血眼になって探してるみたいだぞ。捕まえて魂を浄化しなくてはならんとかなんとか……」
「それでどうして、親父さんまで捕まえようとしてるのか、謎なんだけどな」
もう一人の衛兵が口を挟んだ。
「エシャトールの人も白教徒じゃないの?」
「そのほうが都合がいいだけで、パスリルほど熱心じゃないよ。ほら、あっちは大国だろ。戦をしてもかなわないから、同盟を結んで、互いに関税をゆるめに設定してるんだ。その条件が、白教の普及だったんで、こうなってるわけ」
あっけらかんと、衛兵は話す。啓介は恐る恐る確認する。
「そんなこと、部外者に話しちゃっていいの?」
「おう。エシャトール人は分かってるからな。エシャトール人の良いところは、したたかさだ」
「それじゃあ、〈黒〉をどう思う?」
「彼らは白教徒との争いを呼ぶからあまり好きではないけど、無理矢理見つけ出してまで、狩る気はないよ。ここだけの話、捕まえたとしても、こっそりレステファルテのほうに逃がしてるんだ。内緒だぞ。君らがセーセレティーの民だから言うんだ」
小さな声で、衛兵は内緒話をしてくれた。啓介も抑えた声で問う。
「それじゃあ、黒狼族は?」
「騒ぎさえ起こさなきゃあ、どうでもいいよ。この国に金を落としてくれるなら、どの種族でも歓迎さ。だが、白教の神官には気を付けないと、パスリルから来ている人も多いんだ。できれば身なりは隠して欲しいね」
とにかく争い事を起こされるのが迷惑みたいだ。
(グレイ達にはマントを着てもらえば大丈夫かな? シュウもいつも通り顔を隠してもらえば、平気そうだ。……となると、フランさんだけアウトか)
フランジェスカへのお土産を多めに用意しようと、啓介は決意した。
「しかし、やけに聞き込むなあ」
「エシャトールにまで来るセーセレティー人は多くないからね。知人に紹介しようと思って」
「ああ、あっちはエターナル語を話すくらい、人種もカラーズも混沌としてるって聞くもんなあ。そういうことならありがたいけど、〈黒〉には来ないように言っておいてくれよ。逃がすのも手間なんだ。たまに失敗して、白教徒に殺されちまうから、こっちも後味が悪いしな」
「分かりました。強く注意しておきます」
「頼むぜ。特に商人は歓迎だよ」
にかっと笑い、衛兵は観光客に人気の食堂や酒場についても教えてくれた。
「できれば観光客向けじゃなくて、地元の料理を食べたいんですけど」
「広場の辺りがいいよ。あそこの立地は良いんで、美味い店しか残らないんだ。あとは地元客のいこいの場ってことが多いから、あんまり教えたくないぜ」
観光で生活していても、彼らも息抜きしたいのだろう。言わなければいいのに、その正直さに、啓介は笑みを浮かべる。
「ありがとうございます、それじゃあ、広場辺りで食べることにします」
「おう、エシャトールを楽しんでってくれな」
人懐こく手を振る衛兵に会釈をし、啓介とサーシャリオンは雑踏に戻る。
「さすがだな、ケイ。すぐに人と仲良くなるのが、そなたの長所だ」
「え? あのおじさんが良い人だったんだよ」
「ふっ、分かってないな」
サーシャリオンは笑いながら、なぜか啓介のホワイトグレーの髪をくしゃくしゃに撫で回した。
広場近くの酒場で料理を楽しみ、夜も深くなった頃、啓介達は宿に帰ることにした。
そして一歩外に出て、驚いて足を止める。
「わぁ……何これ……」
壁の絵が白い線となって夜闇に浮かび上がり、奇妙な人型のそれが、ゆらぁりゆらりと前進する。
ふとそれと目があい、啓介は鳥肌を立てた。
空虚な目だ。
――喰われるのでは。
そんな恐怖が浮かびあがったが、それはすぐに顔を前へ戻し、こちらに関心もなく夜を歩き出す。
「これはすごいな。急に断片の気配が強くなった」
サーシャリオンは感心を込めてつぶやく。
「おう、兄ちゃん達、『町の見る夢』は初めてかい?」
ちょうど酒場から出てきた男が、あっけにとられている啓介に笑いかける。面白がっているのはあきらかだ。
「え? 『夢を見る町』じゃないんですか?」
「さあ、どっちだろうね。だけどねえ、住民からしたら、町が夢を見ているように見えるんだよ。夜の間だけ絵が歩き出して、あの壁画は毎日変わるんだ」
広場のベンチにでも座って眺めるといいよと教え、男は陽気に歌いながら帰っていく。
「不思議だなあ。面白い。修太にも見せたいよ」
「うむ。これは見せたほうがいいな」
啓介とサーシャリオンの意見が一致した。
「でも、今日は俺達で観察しようぜ」
「歩く壁画の鑑賞か。ちょっと待っていろ、酒と料理を買ってくる」
「えっ、あれだけ食べたのに、まだ食べるの? サーシャ」
「面白いものを眺めながら飲む酒は美味いだろ」
「まったくもう、そういうとこは、トリトラ達の真似をしなくていいんだよ」
啓介は小言を返すが、サーシャリオンはのらりくらりとかわして、酒と料理を手に入れてきた。