5
日が落ちて、夜空に双子月が上った頃。
迎えにきてくれたラングディドラムの背に乗り込んで、修太達は空を飛んでいた。
この火山地帯でも、さすがに上空は寒い。だが、体の震えを忘れるほど、見事な景色が眼下に広がっていた。
暗闇に浮かび上がるのは、硫黄ガスが燃える青い炎だ。線となって斜面を這い、不可思議な景色を作り出している。
「すげぇ……綺麗だ」
修太にはちんぷな感想しか出てこない。
――あれを見るため、観光客がやって来るんだそうだ。硫黄ガスを吸い込んで死ぬ者もいるそうだから、人間とは変わっているよな。
ラングディドラムはゆっくりと上空を旋回しながら、エシャトールの観光事情についてつぶやく。
「確かに綺麗だけど、命をかけてまで見たいとは思わんなあ」
フランジェスカがそう言うと、皆も同意を返す。
「離れた山から見るんじゃ駄目なのか?」
シークの問いに、ラングディドラムは「さあ」と返すだけだ。
――オレにもよく分からんが、地形の問題ではないか? 遠くから見づらいのかもしれん。しかし、これだけのために、危険な山脈越えをするのだから、不思議な生き物だよ。
ラングディドラムの手下モンスターは火山の周りに多いが、山脈のほうにもちらほらと棲みついている。登山だけで危ないのに、モンスターに襲われる危険もあるのだそうだ。
「硫黄の採掘所も危険地帯なのですか?」
ササラの問いに、ラングディドラムは「いや」と返す。
――あちらは最短経路となるように、山脈にトンネルを作ったようだぞ。レディが言うには、エルフの魔動機――浮遊する車をロバにひかせて、荷や人を運んでいるんだそうだ。
「パスリルでも滅多とお目にかかれない品だぞ。エシャトールでは国宝クラスではないか?」
フランジェスカが驚きをあらわにする。修太はセス達を思い浮かべ、フランジェスカに質問する。
「ああ、確か銅の森にいたエルフ達は、パスリルに税を納めてたんだっけ? その中に、魔動機が入ってたのか?」
「いや、彼らは金で納めていた。だが、その金を得るために、まれに魔動機を売りに出すことがあってな。王侯貴族や富豪の垂涎の的だと聞いている。私のような一介の騎士には、とても手が出せない代物だ」
「へえ、そんなに高価なのか、あれ……。え!?」
修太は思わぬ事実を知って、声が裏返った。
「だから、俺がスノウフラウに乗ってると、商人が売ってくれって寄ってきてたの?」
一度は壊してしまった魔動機のバ=イクだが、ミストレイン王国を出る時に、セスが『スノウフラウ・改』と名付けた、スノウフラウの部品をリユースした二号機をくれたのだ。目立つのであんまり乗っていないが、修太は大事にしている。
「はあ? お前、何を今更なことを言ってるんだ」
フランジェスカのほとほと呆れた声に、ピアスも続く。
「そうよ。エルフからもらえるなんてすごいって、あたしも前に言ったでしょ!」
「いや、そう言われてもなあ……」
「ほんっと変わってるんだから。でも、そういうとこが、セスさんにはうけるのかしら?」
「セスさんはめちゃくちゃ長話をするんだよ。俺は面白いからずっと付き合ってたら、なんか気に入られたんだよな」
修太がそう説明すると、フランジェスカがうんざりしたように言う。
「ああ、あれか。私は勘弁してくれって感じだったな。息子にも煙たがられていたぞ、あの長話。シューターは老人の長話をずっと聞いていられるっていう、妙な特技があるからな」
「特技っていうか、好きなんだよ。面白い」
「老人じみてるだけあって、うまが合うんだろ」
「うっせーぞ、フラン」
皮肉を言うフランジェスカを、修太はにらむ。
「その観光客は、どうやってあの場所まで行くんだ?」
グレイが問いかけるとラングディドラムは山脈を見るように言う。旋回でラングディドラムの背が傾いたおかげで、山脈の尾根にポツポツと見える明かりが見えた。
――ほら、見てみろ。あの辺に焚火があるだろ。登山をしてあの辺まで来るみたいなのだ。そこまでして見たいものかな? さて、もうそろそろいいだろう。野宿場所まで送るぞ。
ラングディドラムは最後にもう一周してから、ゆっくりと修太達の野宿ポイントまで降りていく。途中、レディもついてきた。
――鱗磨きをありがとう。近くまで来たら、また顔を見せるといい。あんなゴミでよければ、くれてやるからな。
「ピャア」
レディも甲高く鳴いて、羽ばたいて空へ舞いあがる。
「いろいろとありがとう」
修太が礼を言うと、仲間達もそれぞれ感謝を示す。ラングディドラムはゆるりと尻尾を振り、赤い翼を広げて空へ飛んでいった。
「お前達といると、飽きないな」
ボスモンスターと側近が去るのを眺め、グレイがぽつりと言う。
「ええ、確かに」
「竜の背に乗って観光した奴なんか、他にいないですよねえ」
トリトラとシークの同意に、皆もいっせいに頷く。ササラは恍惚を込めて修太を褒める。
「さすがはシュウタさんですわ」
いや、意味が分からないんですけど、その賛辞。
「あたし、あの時、ケイ達についてくって決めた自分を褒めてあげたい。最高に楽しいわ!」
「さすがだ、ピアス。ケイと気が合うだけある」
ピアスはすごい女子だと、修太は見直した。
「変なことばかりに遭遇するのはあれだが、こういうのは悪くはないな。この調子で、呪いを解く方法も分かればいいんだが」
「ワフッ」
フランジェスカに向け、「がんばって」と言いたげにコウが吠える。
「犬に慰められた……」
「宝石姉妹の呪いなんだから、サフィを封印できたら、一緒に呪いも消えるってことはないのかな」
修太のつぶやきに、フランジェスカはそわっと期待を見せたが、グレイがばっさりと返す。
「そうなら、すでにあいつらがそう教えているんじゃないか」
「グレイ殿、ひどいぞ。少しくらい期待したっていいだろ!」
眉を吊り上げて抗議するフランジェスカを一瞥し、グレイは修太に問う。
「シューター、どうしてこいつは怒ってるんだ?」
「はは……」
希望を一瞬で破壊したのに、グレイは何が悪いのか分かっていないらしい。
修太はちょっと面倒くさくなって、乾いた笑いを零した。
拍手から、啓介に誕生日おめでとうって送ってくださった方、ありがとうございます。
五月二十日、啓介の誕生日なんですよ。少し触れただけなのに、覚えていてくださってありがとうございます。作者も忘れてましたよ…。