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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
エシャトール国 夢を見る町編
311/340

 3



 火山地帯から南下し、山脈を越え、森と草原が広がる肥沃(ひよく)なエリアに入った。

 東に進み、海に近い町が見えると、鳥のモンスターは森に下りた。

 この付近で待つようにとサーシャリオンが声をかけると、モンスターは「ケェ」と鳴いて、空へと舞い上がる。

 啓介とサーシャリオンは、そこから街道を進んで町に入った。


 アレンが教えてくれた夢を見る町ドリムガルドは、エシャトールの最東部にある町だ。

 石の城壁はパスリルと似通っているが、中は違う。見た瞬間、啓介が思い出したのは、世界遺産にもなっている、ガウディが作り出した奇抜で美しい街並みだった。


 ドリムガルドはゆるやかな斜面にある町で、丸みを帯びた不思議な形の家があちこちに建っている。その壁には白い線で絵が描かれていた。手すさびに描いた棒人間の絵は、古代壁画みたいにも見える。

 大通り以外は狭い階段通路があちこちにあって、思いがけぬ場所に公園や噴水があるので驚いた。ちょっと路地を変えるだけで、冒険をしている気分になる。


 カランカランと鈴の音がするので振り返ると、ロバに羊の角が生えたみたいな動物が上から歩いてくるところだった。首に鈴をつけており、背中には荷物が積まれている。それを引いているのは、白い神官服をまとった白教の神官だ。


 啓介はドキッとし、サーシャリオンの腕を引いて、道の脇にずれる。

 パスリル人みたいに、〈白〉を見つけて大げさに反応するのではと恐れたが、神官はこちらに会釈をしただけで、興味もなさそうに坂道を下っていった。啓介はほっとした。大げさに持ち上げられて浮かれるような性格ではないのだ。


「へえ、パスリルとは少し違うんだね」

「それでもさすがに、あんなにおおっぴらに白教徒がいると、シューターを堂々とは歩かせられぬな。だが、良い町じゃ。のどかだ」


 サーシャリオンは、貴公子ごっこはやめたようだ。いつもの老獪なしゃべりかたをして、目を細める。


「そうだね」


 啓介もそれを否定するつもりはない。

 牧歌的といえばいいのだろうか。三本角の山羊もどきをロープで引いて、のんびり散歩している人を見かける。レステファルテ国の町のように、動物の落し物で道路が汚れているということもない。清潔な田舎町だ。

 花壇では小さな花が咲き乱れ、春の訪れを感じさせる。

 この町も観光地のようで、いろんな人種が入り乱れている。


「おお、チーズ屋があるぞ、ケイ」


 商店の多い通りをのんびり歩いていると、サーシャリオンが店を指さした。大きなチーズの塊が棚に積まれている店があった。看板には標準語で、モラリー・チーズ店と書かれている。

 四十代くらいの女性が「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。金髪を白い三角巾で覆い、白いブラウスと前掛け、赤い糸で花を刺繍した黒いスカートを身に着けている。

 チーズのはかりうりもしているみたいだが、サーシャリオンは大きなチーズのかたまりに目が釘づけた。おいしそうと言わんばかりに目を輝かせ、啓介に買うように言う。


「あの大きいのを一つ買っていこう。いや、十くらいかな。我、あれをガブッとまるごと食べたい」

「ははっ、いいんじゃないか?」


 啓介は笑って返す。黄色いチーズは一抱えもあるが、神竜のサーシャリオンなら飴玉みたいなものだろうと思ってのことだ。修太だって呆れはしても、好きにしろと言いそうだ。

 チーズ屋に寄り、くさみの少ないチーズを選んで、十個のチーズを買った。

 店頭で声をかけてきた、先ほどのふくよかな女店主はにっこりする。


「お兄さん達、パスリルからの行商の人? 荷車はどこ? 従業員に積んでもらうわ」

「ああ、必要ないですよ。セーセレティー精霊国の便利アイテムがあるので」

「あら、北からのお客さんなの。たまーに港からいらっしゃるわよね」

「港ですか?」


 なんのことだと問い返すと、女店主は驚きを見せた。


「それじゃ、陸路で来たの? レステファルテ国のグインジエから、この町から南のほうにある港町まで、船が行き来しているのよ。パスリルを通るより安全だから、お客さんは多いわよ。でも、海路が火竜の巣の傍だから、モンスターに船を燃やされて沈没することもあるのよね」


 女店主は苦笑いを浮かべた。


(ああ、そうか。あんまり航海技術が発達してない頃って、陸を見ながら航海をするもんな。うっかり火竜の巣に近づきすぎたってことか)


 そうでなければ、火系のモンスターがわざわざ海まで出てくることはないだろう。


「それは大変ですね」


 啓介が同情して言うと、女店主は頷いた。


「そうなのよ。まあでも、陸路より楽だし、安全よ。グインジエは提督がしっかりなさってるから、海賊が出てもすぐに駆逐(くちく)されるのよ。エシャトールの海域ぎりぎりまでは結構安全」

「エシャトールの海域はそうでもないんですか?」

「そうね。レステファルテ国に比べたら、あんまり船の操縦が上手くないし……。小型船ばっかりよ。あっちは大型の帆船(はんせん)なんですってね。いつか船の旅行に行ってみたいわ」


 女店主は頬を赤らめ、憧れを込めて溜息をつく。

 もし興味があるなら、南の町に行って、小型船がたくさん並ぶ港を見るといいとすすめてくれた。


「ところであなた達は、青い炎を見るために来たの? それとも、夢を見る町かしら」

「夢を見る町のほうですけど、それっていったいなんなんですか?」

「町を見て、壁に絵があるでしょう? 夜になると、あれが動きだすのよ。私達が描いたわけじゃないわ。精霊でもすみついてるんじゃないかと思うんだけど……昔からだし、家を建て替えても勝手に線ができてしまうのよね。どうしてそうなるのかなんて、誰も何も知らないわ」


 それから女店主は、パスリルから来た観光客や白教徒の中には邪悪だと騒ぐ者もいて困るのだと愚痴をこぼし、肩をすくめる。


「って、こんなことをお客さんに言ってもしかたないわね。同盟を築いているからいいけど、過激な神官に家を燃やされたこともあるの。でも、家を建て直したらまた線ができるから、あの人達もあきらめたわ」

「そんな真似をされたら、そりゃあ文句を言いたくもなりますよ」

「だな」


 啓介とサーシャリオンが同意すると、女店主は少しだけ困った顔をして、でもうれしそうに「でしょ?」と言った。




 買い込んだチーズを旅人の指輪に収納してからチーズ店を出ると、いったんカフェテリアに入って休憩をすることにした。

 ちょうど今は木苺のシーズンみたいで、木苺フェアをしている。観光客向けの割高設定で、木苺ケーキが売られていた。サーシャリオンが食べたいと言うので、ワンホールを頼んで、半分を持ち帰り用に包んでもらい、お茶をしながら残りをのんびり頬張る。

 甘さがひかえめで、甘酸っぱい木苺がおいしい。


(そういえば、サーシャと二人旅って初めてだな)


 綺麗なお兄さんが、優雅にケーキを大食いしているのを眺め、啓介はそんなことを考えた。

 ピアスとサーシャリオンと啓介の三人での旅はあったが、保護者と二人というのはない。


「おいしいか?」


 ふとサーシャリオンが手を止めて、こちらに問う。


「うん、おいしいよ」


 なんだろう。サーシャリオンが我が子を見つめる親みたいな目をするので、啓介はちょっと照れた。


「サーシャ、いったん皆の所に戻る?」

「そうじゃの。宿をとって、我が影を通って顔を出すか。セーセレティーの民にはきひ感はないようだが、黒狼族はどうか探りを入れたいしのう」

「〈黒〉もどうかな。ここでも処刑されるのかな? それとも、単に嫌悪感があるだけなのか」


 啓介はそう言いながら、エシャトール人のクリムを思い出した。

 彼女は冒険者だからか、異国人を目の敵にすることはなかったが、実際はどうなんだろう。

 しかし、彼女には悪いことをした。思い出して自己嫌悪にひたっているうちに、サーシャリオンはケーキを胃におさめていた。

 啓介も残りを食べ、お茶を飲み終えると店を出る。会計の時におすすめの宿を聞いて、そこの宿に向かった。

 部屋に入るなり、サーシャリオンはすぐに啓介の影を踏んで、その中へと姿を消し、数分後に再び現れた。


「皆で火竜の鱗磨きをしておったぞ」

「ええっ、すっごく面白そう!」

「火竜が喜んでおってな。さっきチーズ屋で聞いただろう? 今晩は皆を背に乗せて、青い炎見学に連れていくと言っていた。硫黄が燃える青い火だから、あんまり近づくと有毒ガスで倒れる者もいるそうでな。上空からのほうが安全なのだそうだ。おぬしも行くか?」

「うーん、帰りでもいいかな。せっかくだし、今日はサーシャと遊びたい」


 啓介がサーシャリオンとの行動を優先すると、サーシャリオンはうれしそうににんまりした。


「ほう! 可愛いことを言うものじゃな。よいぞ、今晩は我と思い切り遊ぼうじゃないか」

「酒場で情報収集もしつつね」

「そこは任せておけ。善は急げだ。日があるうちに、商店めぐりをするか!」

「いいね。エシャトールなんてそうそう来れないし、名物があったら買い込もうよ」


 次にどこに向かうか分からないが、パスリル王国にはもう断片はないそうなので、分かるのは行方不明の宝石姉妹、青石の魔女(サファイア・ウィッチ)のサフィくらいだ。


「そういやさ、サーシャ。パスリル王国の南って何があるの?」


 オルファーレンからもらった地図があるが、大陸南部はパスリル王国がほとんどを占め、あとは小国がクラ森の西やパスリル王国南部に少しある程度だ。あの辺には断片はないのだろうか。


「あちらか? 鉱山が少しある程度だな。細々と暮らす小国ばかりだ。ボスモンスターのテリトリーもないし、断片もないだろう。聖戦と称して攻めこまれ、パスリル王国の支配下に置かれているのだ。ケイならばともかく、他の者は近づかぬほうがいい」

「それじゃあ、オルファーレンちゃんの断片って、大陸の北部に多いんだね」


 セーセレティー精霊国やミストレイン王国ではいまだにエターナル語が使われている。断片の多さと関係がありそうだ。

 ふむ、とサーシャリオンは頷く。思い出すように遠くを見た。


「五百年前はあの辺りが特に栄えておったからな。人間への祝福をさずけるに辺り、あの辺に断片を散りばめるのは自然なことだ。パスリル王国が大きくなったのは、レーナが弟のリィンとともに表舞台から姿を消して以降じゃな。それから周りと戦をして、少しずつ南へと領土拡大していった。未開地をそのまま取り込んだりもしていたようだぞ」

「なるほどね。つまり、南部は未開エリアが多かったわけか」

「そういうことじゃ」


 北部に断片が多い理由が分かり、啓介は納得してうんうんと頷く。


「そうなると、そろそろ断片を集め終える頃なのかな? 豆本を見ても、よく分からないんだよなあ」

「……まあ、確かに終わりが近いであろうな」


 なぜだかサーシャリオンは寂しげに微笑んだ。


「サーシャ、そんなに寂しがらなくても。旅が終わってもさ、また会おうぜ」

「おぬしは優しいなあ」


 啓介の頭をぐしゃぐしゃとかき回し、サーシャリオンはにっと口端を引き上げる。

 サーシャリオンに元気が戻ったことに安心した啓介は、サーシャリオンが返事をしなかったことには気付かなかった。




 啓介、不思議好きだから絶対に世界遺産にも詳しいはず、と思って世界遺産にふれてみた。

 修太なら「なんか変な町だな」で終わる(笑)

 ガウディはサクラダ・ファミリアが有名ですけど、私はカサ・バトリョっていう建物が好きです。海をイメージしているらしく、青好きな身にはたまらんですね。

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