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サーシャリオンが呼ぶと、火山地帯の入口付近で待っていた鳥モンスターがすぐに飛んできた。
サーシャリオンを吹雪が覆い隠し、一瞬後、金髪と白い肌を持つ青年“リオン”が立っている。旅の間は、ダークエルフの青年姿を選んでいることが多いので、この姿はミストレインぶりだ。
先にサーシャリオンが鳥モンスターの背に乗り、啓介に手を差し出して、ひょいっと引き上げる。
「ありがとう、リオン」
「ふふ。どういたしまして」
サーシャリオンはまた貴公子になりきって遊んでいるようだ。啓介だけはその遊びに付き合ってくれるので、ノリノリである。
啓介は修太達を見回して、左手を上げる。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「気を付けてな、ケイ。サーシャ、頼んだぞ」
修太はサーシャリオンに声をかけたが、サーシャリオンは「ふーん」という態度で答えない。修太はため息をつき、うんざりと言い直す。
「リオン」
「任せてくれたまえ。少し遊んでくるから、君達は山脈のほうで休んでいるといい。それではね」
にこりと微笑むと、サーシャリオンは鳥モンスターに声をかける。ふわりと空に舞い上がり、あっという間に空にかすんだ。
「あいつ、あの悪ふざけさえなければ、格好いい顔してんのにな」
残念すぎる。
「そうか? 俺はあれを見ると、むしょうにぶん殴りたくなるが」
グレイがぼそりと呟き、トリトラとフランジェスカが同意する。
「分かります、師匠。どこぞの迷子エルフを思い出すんですよ!」
「誰かに似ていると思ったら、あいつか!」
そのエルフ――アーヴィンの嫌われ具合が知れるというものだ。
「そうかあ? ダークエルフの旦那のほうが、性格が悪そうじゃね?」
さりげなくお前が一番失礼だな、シーク!
修太が内心で突っ込んでいると、背中を押された。
「おわっ。ぐえっ」
前によろめいて転びかけると、フランジェスカが修太のフードを掴んだ。
助けてくれたのはありがたいが、場所を考えて欲しい。首が絞まって、一瞬、声が詰まった。
――シューター、続きを頼むぞ。ほらほら、磨いてくれ。
背中を押したのはラングディドラムの鼻先だったようだ。
「お前、さっきはなでろって……」
――鱗磨きなんて初めてされたが、なかなか素晴らしい! 他の者も手伝っていいのだからな。
仲間達は顔を見合わせる。
フランジェスカが挙手をして問う。
「私達が触っても大丈夫なのですか? 火竜殿」
――ああ、いいぞ。だからほら、鱗を磨いてくれ。
よっぽど気に入ったようで、ラングディドラムは尾をゆるく振っている。傍に火冠鳥のレディが降り立った。
なでてと言いたげに、修太の前に頭を突き出す。
「え? さすがにやけどするだろ?」
――レディが敵意をもたなければ、傷つけることはない。ちょっとなでてあげてよ。レディ、しっかり者だから、あんまり甘えたりしないんだ。か~わいい。
「ピャア」
レディは少し恥ずかしそうに鳴いた。
ラングディドラムは目を細める。レディは貴婦人のように誇り高く美しい鳥だが、そうしていると引っ込みじあんな女の子に見えてくるので不思議なものだ。
修太は皆にも掃除用のブラシや雑巾などを渡してから、レディに恐る恐る手を差し伸べる。
ふわっとしていて、シルクみたいな手触りだ。
「ふわふわで気持ちいいな。クッションみたいだ」
「いいなあ、シューター君。私も触っていいかしら」
ピアスがうかがうと、レディはそちらに頭を近づけて、触ることを許す。ピアスもレディをなで、歓声を上げる。
「わあ、とってもすべすべ! 美人な鳥さんね」
二人でもふもふとなでると、レディは満足したようで、ピャッと鳴いてからラングディドラムの巣のほうへ飛んでいってしまった。
「あらら、気にさわったのかしら。なですぎた?」
ピアスががっかりと目で追うと、ラングディドラムが返事をする。
――いや、眠くなったそうだ。分かるぞ、これは気持ちいい……
鱗磨きは人間にとってのマッサージのようなものなのだろうか。ラングディドラムはうつらうつらとし始める。
「すごいな、こんなふうに竜に触ったのは、ダークエルフの旦那の背に乗った時以来だよ」
掃除ついでに、ペタペタと触りながらトリトラが言う。
「鱗にゴミがたまるなんて、不思議だな」
フランジェスカは念入りに黒い石クズを削り落としている。シークがにかっと笑った。
「せっかくだし、ピカピカにしてやんよ」
「……すごいな。爪は鋼みたいだ。これは良い光沢だ」
グレイはというと、前足の傍にしゃがみこんで、爪を観察している。武器を前にした時みたいな称賛を呟いた。
ラングディドラムは夢に旅立ったようで、気にしていない。
――スプー。スピー。
見た目が凶悪なのに、寝息が可愛いので、なんだか和む。
居眠りを始めた火竜を、修太達は暇つぶしで尻尾まで磨くことにした。ちなみに、何もすることがないコウは、傍で丸くなって昼寝している。
しばらくの間、火竜の巣なのにモンスターは皆そろって寝ていて、人間と黒狼族だけ起きているという珍妙な光景が繰り広げられたのだった。