第四十話 夢を見る町 1
マエサ=マナを旅立った修太達は、そのままレステファルテ国を東へ進んだ。
赤砂砂漠を越え、黄土色の岩や石がごろごろとしているオジェ荒野に入る。ノコギリ山脈を南に見ながら、鳥のモンスターの背に乗って飛ぶこと二週間ほどで、ようやくエシャトールまでやって来た。
ノコギリ山脈の東の端には深い断崖があり、南から川が流れ込んで、滝となっている。
その先には山脈が二重につらなる場所があるため、レステファルテ国やパスリル王国からも陸路では近づけない。
エシャトール国は、北半分を険しい山脈に囲まれた火山地帯が締め、南半分は人間達の住む平原や森が広がっている。
「火竜なあ。我の塔を通るから、あやつのことは知っているが……。正直、好きではないぞ。我、暑いのは嫌いだし」
夢見る町に行く前に、火竜に会いに行って、エシャトールについて情報を仕入れることになったのだが、サーシャリオンは行きたくないとしぶっている。それで火山地帯に入る前に、山脈に下りて休憩をしているところだ。
「嫌なのは分かるけど、エシャトールはパスリルの同盟国なんだから、情報を仕入れておかないと……」
啓介が申し訳なさそうに言い、修太のほうを見た。フランジェスカも同意する。
「シューターのことがあるからな。慎重に行ったほうがいい。それに私も指名手配されている可能性がある」
「白教の色改めに見つかったらどうなさるんです」
ササラが語気を強めて言う。スオウの民は〈黒〉を敬っているため、彼らに害をなす白教を恐れている。
色改めとは、異端審問官のようなものだ。目の色を改めて、〈黒〉が混ざっていないか探し、見つけたら連れ帰って処刑する。パスリル王国には収容所があり、悲惨な目にあう者がいるそうだ。
「じゃあ、〈氷雪の樹海〉の時みたいに、シューターと僕らで火竜の所で留守番ってこと?」
トリトラが提案すると、修太は慌てて口を挟んだ。
「待ってくれよ、そんな暑い場所で待つのは嫌だし、俺も『夢を見る町』がどんなものか見たい!」
珍しく修太が奇妙なものに関心を示すので、仲間達は唖然とした。
「え? シューター、変なものだよ?」
トリトラが大丈夫なのかと問う。
「シュウ、やっと俺の趣味を分かってくれたのか……!」
感動した啓介は、修太の肩に腕を回す。
「いいぞ、なんなら俺の集めている本を全て貸そう! なんでも教えてやるよ!」
目をキラキラと輝かせる啓介の手を、修太はベリッと引きはがす。
「本はいらねえし、興味もねえよ。ただ、アレンが言ってた、町が夢を見るってどういうことなのか想像ができなくて、見てみたいだけだ。どうも、実際に見ないと分からないらしいんだ」
「なんだよ、オカルトに目覚めたのかと思った」
「目覚めないからな!」
言い返しただけで疲れを感じ、修太はうんざりする。
「フランジェスカ、パスリルでは、黒狼族の扱いも悪いことがあるが……エシャトールはどうなんだ?」
グレイが質問すると、フランジェスカは首を横に振る。
「あいにくと、エシャトールには行ったことがないから分からんな。私のいた騎士団は東部から南東部を担当していたが、隣国までは行かない。エシャトールからの客を護衛することはあったがな」
「あの魔女の家、〈氷雪の樹海〉より東にあったもんな」
啓介がそう言うので、修太は納得した。フランジェスカがモンスターの討伐に行き、緑柱石の魔女に呪いをかけられるはずだ。
「セーセレティーの民も怪しいかもなあ。どんだけ閉鎖的なんだよ、パスリルって感じだよな」
「俺と、パスリル人に変身したサーシャで偵察に行くのが、一番安全かな?」
啓介の問いに、サーシャリオンはにんまりする。
「おお、たまにはケイと二人で旅というのもいいな。良い思い出になる」
「何を言ってるんだよ、いつでも一緒に行けるだろ?」
啓介は大げさだと笑っているが、サーシャリオンが断片だと知る修太はドキッとした。サーシャリオンはそれには答えず、にやにやしているだけだ。
なんとなく後押ししたほうがいいと判断し、修太は啓介の肩を叩く。
「いいんじゃないか、たまには。それで大丈夫そうだったら、俺のことも町に入れてくれよ。な、サーシャ」
「そうだな。そんなに見てみたいのなら、影の道を通してやってもよい」
「ああ、頼むよ」
これで話がまとまった。
修太達は再び鳥のモンスターの背に乗ると、火山地帯へ向かった。
「あ~、無理じゃ。暑すぎる!」
サーシャリオンが暑さに切れて、仲間から少し離れ、自分の周りだけ吹雪を起こしている。
赤茶色の岩山は、上のほうはマグマで赤く光り、噴煙を上げ続けている。ときどき地震があるのは、噴火のせいだろうか。
ところどころに深い溝があり、目をこらすと遠くに赤い光が見える。マグマが流れているようだ。
多少の草木は生えているが、人間が近づくべきではない所だ。硫黄のにおいが立ち込めて、黒狼族達は早々に布で鼻から下を覆い隠した。
「くっさ! 〈氷雪の樹海〉にあったくさいお湯より、ずっとくさい!」
トリトラが温泉と比較して、どれだけくさいかと表現する。失礼なと、修太は眉をひそめる。
「温泉だよ、くさいお湯って言うなよな。サーシャ、マグマが見えるのに、有毒ガスとか出てねえの?」
「あの辺の煙に近付かなければ、今のところは平気じゃろうな」
地下から湯気が噴き出している辺りを指さし、サーシャリオンが頷いた。たぶん、においで分かるんだろう。
「火竜はあっちのほうにいるようだ。行くぞ」
よっぽどこの場が嫌なのか、サーシャリオンからは普段のゆるさが消えて、せかせかと歩いていく。
溝から足を踏み外さないよう、できるだけ広い面を選んで進んでいくと、マグマがたまっている湖のような場所に出た。手前のほうから、サーシャリオンが呼ぶ。
「おーい、火竜! ちょっと顔を出さぬか!」
――んおお? この気配、クロイツェフ=サーシャリオン様か?
マグマの中から、赤い鱗を持った竜が顔を出した。眠そうにあくびをしているので、昼寝していたみたいだ。
――珍しいこともあるもんじゃのう。あんまりここには来たくないとおっしゃっていたのに。どういう風の吹き回しですか。
マグマのプールをかき分け、火竜はのそのそと近づいてくる。サーシャリオンが耐え切れずに叫んだ。
「それ以上、寄るな! 暑苦しい!」
――はいはい、すみませんでした。
火竜は離れた岩場のほうへ行く。小島のようになっているその場所に上がると、マグマがしずくみたいに落ちていった。
(すげえ。マグマの中にいても平気なのか)
幻想的な光景だ。目や鼻はどうして無事なんだろう。
サーシャリオンは手短に、ここを訪ねた理由を教える。
――エシャトールの状況ですか? パスリルが混乱まっただ中で、エシャトールも揺れているみたいですけどねえ、庶民は落ち着いていますよ。たいして名産となるものもないので、観光で稼いでいますからね。パスリルよりは外国人にも優しいほうです。
「〈黒〉や黒狼族、セーセレティーの民でもか?」
――〈黒〉は目立たないほうがいいですよ。白教徒が多いので。そんなふうにフードで隠しておけば問題ないかな~? この国の人達、パスリルほど過激じゃないんで。
火竜は眠たげにくあっとあくびをし、真紅の目がグレイ達を一瞥する。
――黒狼族や異国人も大丈夫ですよ。パスリルでは黒を嫌っているので、黒狼族を見ると眉をひそめますけど、目の色が黒くない限りは何もしません。黒かったら終わりですね。えげつないやり方で処刑されます。エシャトールではそこまでしませんけど、心配なら目を隠しておいたらいいんじゃないですか。
「なんでそんなに詳しいんだ?」
修太の質問に、火竜は頭をもたげ、南のほうを見た。
――黒の子。エシャトール人は、たまに度胸試しに来るんだよ。宝石をあげるついでに、いろいろと質問責めにするんだ。暇つぶしにはもってこいだからね。
それからと、鼻先で南を示す。
――あっちをずっと行ったほうには火山湖があって、硫黄の採掘場があるんだよ。湖自体は強い酸性で危ないんだけどね、周りに硫黄がごろごろしてて。夜になると硫黄ガスが青く燃えていて綺麗ってことで、わざわざ見に来る観光客もいるんだ。ま、採掘場の作業員なんかは、マスクをしていても歯が溶けてむざんな有様っぽいんだけどさ。
「それでよく暴動が起きないな」
フランジェスカが思わずという調子で口を出すと、火竜は首を傾げる。
――そこが人間の不思議なところだよ。危険なだけあって、稼げる仕事らしいね。エシャトールはあんまり資源がないから、これを輸出してるんだ。
「火薬以外に、何に使うんだ? 温泉のもととか?」
修太のそぼくな疑問に、火竜は周りを見回す仕草をする。
――えーっと、レディ。なんだったっけ?
火竜が呼ぶと、マグマ湖の下流のほうで、炎の翼を持つ鳥が岩陰から顔を出した。頭の羽が、火みたいに燃えている。
――彼女は火冠鳥のレディ。オレの側近だから、いじめんなよ。
火竜はまず釘を刺す。レディは火竜のほうへ飛ぶ。岩場へ舞い降りた。近くで見ると思ったよりも大きい。羽を広げると、一軒家くらいの大きさになりそうだ。
――レディはヒナサイズの分身を飛ばせるから、それで情報収集してくれるんだ。採掘場なんかで盗み聞きして、オレに教えてくれるんだよ。
レディは右の翼だけ広げ、お辞儀するみたいに頭を下げた。それから火竜に、「ピャアピャア」と何か話しかける。
――硫黄は薬になるんだってさ。
「薬! ああ、そういえば、塗り薬や湿布に使うことがあるな。それから、皮膚病に効くんだ。騎士団で世話になったことがある。あの材料はエシャトール産なのか」
フランジェスカはポンと手を叩いた。
「温泉が肌に良いのと理屈は同じってことだね」
啓介がそう言ったので、修太にはかなり分かりやすかった。
「なるほどな! あれも硫黄が混じってるもんな。町で売ってるなら、少し買っていこうぜ」
温泉のもとにもなるし……という私欲でつぶやくと、火竜がひらひらと前足を振る。
――あれが欲しいなら、持っていっていいぞ。よいしょっと。
火竜は小島になっている岩場から羽ばたいて飛び、すぐ傍の山へ向かう。ぽっかりとあいた洞窟が火竜の巣のようだ。それから修太達がいるほうに舞い降りる。
サーシャリオンの神竜姿よりは小さいが、のけぞるほどの巨体に、修太達は自然と距離をとる。
火竜は背中にのせていたものを、尻尾を器用に使って、修太達の前に置いていく。黄色い石――硫黄がこんもりと山になった。
「……くせえ」
「最悪!」
「卵がくさったにおいみたいだ」
黒狼族達は顔をしかめ、かなり離れた所へ移動した。
火竜が五往復もすると、硫黄とガーネットやルビーといった宝石がそれぞれ山になった。
――長生きしてると、貯まるんだよなあ。うろこや歯が生え変わる時や、あくびした時に出た涙とか……いろいろ? うっかり引っかいて血が出ると、そこの赤い石みたいなのに変わっちまうんだよ。オレにとっちゃあゴミなんだが、人間には宝物なんだろ。度胸試しに来た人間にやると喜ぶんだが、オレとしてはちょっと複雑?
「はは……。それを聞くと、こっちも複雑だよ」
修太が苦笑し、他の皆もそれぞれ微妙な顔になる。
「いらないんならもらっておくよ。ありがとう。啓介、とりあえずお前が預かっておいて。後で分配しようぜ」
「うん、いいけど……、火竜さん、もらうだけだと悪いから、何かお礼をしたいな」
啓介が火竜に申し出ると、火竜はにんまりと笑う。
――それなら、オレの内にたまった毒素の浄化を頼もうか。それと、〈黒〉に会うのは初めてなんだよなあ。いいにおいがする。なあ、味見……ひとなめしていい?
「味見って言った!」
修太がショックを受けた時、サーシャリオンが前に出て、火竜のあご下を蹴り上げた。ドガッと音がして、火竜がのけぞる。
「駄目に決まっておろうが」
――ちぇっ。
すぐに体勢を整えなおし、火竜は残念そうに舌打ちする。少し考えて、頭を修太の前に突き出した。
――それじゃあ、なでてよ~。
「えっ、お前にさわったらやけどするんじゃねえの?」
――別に? オレのうろこがめちゃくちゃ頑丈だから、マグマも通さないだけで、オレが熱いわけじゃないんだ。あ、オレの名前、ラングディドラムな。ちびっこの名前は?
火竜――ラングディドラムは尻尾をパタパタと揺らして楽しそうだ。
トリトラがかわいそうなものを見る目を、修太に向けた。
「シューターってば、モンスターに軟派されてるよ」
「うるさい!」
修太は青筋を立てて言い返す。
リーリレーネといい、ドラゴンには変な奴が多すぎではないか。
それから啓介がラングディドラムに浄化の魔法を使い、修太はしぶしぶラングディドラムをなでた。よく見るとうろことうろこの間に、石みたいなクズがこびりついている。気になってしかたのない修太が掃除用のブラシで磨き始めると、ラングディドラムのテンションが上がった。
度胸試しに来た人間を質問責めにしているだけあって、ラングディドラムは外の世界に興味しんしんのようで、質問を繰り出してくる。修太と啓介が馬鹿丁寧に答えていると、ラングディドラムの好奇心が尽きる前に、サーシャリオンがぶち切れた。
「そこまでにせよ! 暑くてかなわん! 我は用心のため、先にケイと偵察してくる。いいか、ラングディドラム、シューターを食ったりするなよ!」
――ひとなめも駄目ですか?
ラングディドラムの問いに、サーシャリオンの瞳孔が猫の目のように割れた。ドラゴンらしさをあらわにして、ラングディドラムにすごむ。
「マグマごと氷漬けにして、この辺り一帯を永久凍土に変えるぞ」
――絶対に手出ししません。
サーシャリオンの脅しに、ラングディドラムは即答し、うやうやしく頭を下げた。
※目次4にも同じ内容を更新しています。
断片の使徒は、こちらにすべてまとめましたが、あちらも同じように更新していきますね。
2019.5/10 なろうサイト用のweb拍手に、この話の直前くらいに、もしかしたらあったかもしれない話として、番外編をアップしました。「グレイが記憶喪失になる話」です。よかったらどうぞ。
ファンタジー世界だけど、硫黄の採石場については、ジャワ島のイジェン山をモデルにしています。
それと、硫黄なんですが、火薬や硫酸に使う前、古代の日本では薬にしてたらしいんですよねえ。
あと、古代じゃないけど、硫黄マッチ(発火しやすくて危険)とか、似たものに「付木」っていうものがあって、そういう使い方をしてたらしいよ。
あくまでネット調べです。




