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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
エシャトール国 夢を見る町編
309/340

第四十話 夢を見る町 1



 マエサ=マナを旅立った修太達は、そのままレステファルテ国を東へ進んだ。

 赤砂砂漠を越え、黄土色の岩や石がごろごろとしているオジェ荒野に入る。ノコギリ山脈を南に見ながら、鳥のモンスターの背に乗って飛ぶこと二週間ほどで、ようやくエシャトールまでやって来た。

 ノコギリ山脈の東の端には深い断崖があり、南から川が流れ込んで、滝となっている。

 その先には山脈が二重につらなる場所があるため、レステファルテ国やパスリル王国からも陸路では近づけない。

 エシャトール国は、北半分を険しい山脈に囲まれた火山地帯が締め、南半分は人間達の住む平原や森が広がっている。


火竜(かりゅう)なあ。我の塔を通るから、あやつのことは知っているが……。正直、好きではないぞ。我、暑いのは嫌いだし」


 夢見る町に行く前に、火竜に会いに行って、エシャトールについて情報を仕入れることになったのだが、サーシャリオンは行きたくないとしぶっている。それで火山地帯に入る前に、山脈に下りて休憩をしているところだ。


「嫌なのは分かるけど、エシャトールはパスリルの同盟国なんだから、情報を仕入れておかないと……」


 啓介が申し訳なさそうに言い、修太のほうを見た。フランジェスカも同意する。


「シューターのことがあるからな。慎重に行ったほうがいい。それに私も指名手配されている可能性がある」

「白教の色改(いろあらた)めに見つかったらどうなさるんです」


 ササラが語気を強めて言う。スオウの民は〈黒〉を敬っているため、彼らに害をなす白教を恐れている。

 色改めとは、異端審問官のようなものだ。目の色を改めて、〈黒〉が混ざっていないか探し、見つけたら連れ帰って処刑する。パスリル王国には収容所があり、悲惨な目にあう者がいるそうだ。


「じゃあ、〈氷雪の樹海〉の時みたいに、シューターと僕らで火竜の所で留守番ってこと?」


 トリトラが提案すると、修太は慌てて口を挟んだ。


「待ってくれよ、そんな暑い場所で待つのは嫌だし、俺も『夢を見る町』がどんなものか見たい!」


 珍しく修太が奇妙なものに関心を示すので、仲間達は唖然とした。


「え? シューター、変なものだよ?」


 トリトラが大丈夫なのかと問う。


「シュウ、やっと俺の趣味を分かってくれたのか……!」


 感動した啓介は、修太の肩に腕を回す。


「いいぞ、なんなら俺の集めている本を全て貸そう! なんでも教えてやるよ!」


 目をキラキラと輝かせる啓介の手を、修太はベリッと引きはがす。


「本はいらねえし、興味もねえよ。ただ、アレンが言ってた、町が夢を見るってどういうことなのか想像ができなくて、見てみたいだけだ。どうも、実際に見ないと分からないらしいんだ」

「なんだよ、オカルトに目覚めたのかと思った」

「目覚めないからな!」


 言い返しただけで疲れを感じ、修太はうんざりする。


「フランジェスカ、パスリルでは、黒狼族の扱いも悪いことがあるが……エシャトールはどうなんだ?」


 グレイが質問すると、フランジェスカは首を横に振る。


「あいにくと、エシャトールには行ったことがないから分からんな。私のいた騎士団は東部から南東部を担当していたが、隣国までは行かない。エシャトールからの客を護衛することはあったがな」

「あの魔女の家、〈氷雪の樹海〉より東にあったもんな」


 啓介がそう言うので、修太は納得した。フランジェスカがモンスターの討伐に行き、緑柱石の魔女(エメラルド・ウィッチ)に呪いをかけられるはずだ。


「セーセレティーの民も怪しいかもなあ。どんだけ閉鎖的なんだよ、パスリルって感じだよな」

「俺と、パスリル人に変身したサーシャで偵察に行くのが、一番安全かな?」


 啓介の問いに、サーシャリオンはにんまりする。


「おお、たまにはケイと二人で旅というのもいいな。良い思い出になる」

「何を言ってるんだよ、いつでも一緒に行けるだろ?」


 啓介は大げさだと笑っているが、サーシャリオンが断片だと知る修太はドキッとした。サーシャリオンはそれには答えず、にやにやしているだけだ。

 なんとなく後押ししたほうがいいと判断し、修太は啓介の肩を叩く。


「いいんじゃないか、たまには。それで大丈夫そうだったら、俺のことも町に入れてくれよ。な、サーシャ」

「そうだな。そんなに見てみたいのなら、影の道を通してやってもよい」

「ああ、頼むよ」


 これで話がまとまった。

 修太達は再び鳥のモンスターの背に乗ると、火山地帯へ向かった。




「あ~、無理じゃ。暑すぎる!」


 サーシャリオンが暑さに切れて、仲間から少し離れ、自分の周りだけ吹雪を起こしている。

 赤茶色の岩山は、上のほうはマグマで赤く光り、噴煙を上げ続けている。ときどき地震があるのは、噴火のせいだろうか。

 ところどころに深い溝があり、目をこらすと遠くに赤い光が見える。マグマが流れているようだ。

 多少の草木は生えているが、人間が近づくべきではない所だ。硫黄(いおう)のにおいが立ち込めて、黒狼族達は早々に布で鼻から下を覆い隠した。


「くっさ! 〈氷雪の樹海〉にあったくさいお湯より、ずっとくさい!」


 トリトラが温泉と比較して、どれだけくさいかと表現する。失礼なと、修太は眉をひそめる。


「温泉だよ、くさいお湯って言うなよな。サーシャ、マグマが見えるのに、有毒ガスとか出てねえの?」

「あの辺の煙に近付かなければ、今のところは平気じゃろうな」


 地下から湯気が噴き出している辺りを指さし、サーシャリオンが頷いた。たぶん、においで分かるんだろう。


「火竜はあっちのほうにいるようだ。行くぞ」


 よっぽどこの場が嫌なのか、サーシャリオンからは普段のゆるさが消えて、せかせかと歩いていく。

 溝から足を踏み外さないよう、できるだけ広い面を選んで進んでいくと、マグマがたまっている湖のような場所に出た。手前のほうから、サーシャリオンが呼ぶ。


「おーい、火竜! ちょっと顔を出さぬか!」


 ――んおお? この気配、クロイツェフ=サーシャリオン様か?


 マグマの中から、赤い鱗を持った竜が顔を出した。眠そうにあくびをしているので、昼寝していたみたいだ。


 ――珍しいこともあるもんじゃのう。あんまりここには来たくないとおっしゃっていたのに。どういう風の吹き回しですか。


 マグマのプールをかき分け、火竜はのそのそと近づいてくる。サーシャリオンが耐え切れずに叫んだ。


「それ以上、寄るな! 暑苦しい!」


 ――はいはい、すみませんでした。


 火竜は離れた岩場のほうへ行く。小島のようになっているその場所に上がると、マグマがしずくみたいに落ちていった。


(すげえ。マグマの中にいても平気なのか)


 幻想的な光景だ。目や鼻はどうして無事なんだろう。

 サーシャリオンは手短に、ここを訪ねた理由を教える。


 ――エシャトールの状況ですか? パスリルが混乱まっただ中で、エシャトールも揺れているみたいですけどねえ、庶民は落ち着いていますよ。たいして名産となるものもないので、観光で稼いでいますからね。パスリルよりは外国人にも優しいほうです。


「〈黒〉や黒狼族、セーセレティーの民でもか?」


 ――〈黒〉は目立たないほうがいいですよ。白教徒が多いので。そんなふうにフードで隠しておけば問題ないかな~? この国の人達、パスリルほど過激じゃないんで。


 火竜は眠たげにくあっとあくびをし、真紅の目がグレイ達を一瞥する。


 ――黒狼族や異国人も大丈夫ですよ。パスリルでは黒を嫌っているので、黒狼族を見ると眉をひそめますけど、目の色が黒くない限りは何もしません。黒かったら終わりですね。えげつないやり方で処刑されます。エシャトールではそこまでしませんけど、心配なら目を隠しておいたらいいんじゃないですか。


「なんでそんなに詳しいんだ?」


 修太の質問に、火竜は頭をもたげ、南のほうを見た。


 ――黒の子。エシャトール人は、たまに度胸試しに来るんだよ。宝石をあげるついでに、いろいろと質問責めにするんだ。暇つぶしにはもってこいだからね。


 それからと、鼻先で南を示す。


 ――あっちをずっと行ったほうには火山湖があって、硫黄の採掘場(さいくつじょう)があるんだよ。湖自体は強い酸性で危ないんだけどね、周りに硫黄がごろごろしてて。夜になると硫黄ガスが青く燃えていて綺麗ってことで、わざわざ見に来る観光客もいるんだ。ま、採掘場の作業員なんかは、マスクをしていても歯が溶けてむざんな有様っぽいんだけどさ。


「それでよく暴動が起きないな」


 フランジェスカが思わずという調子で口を出すと、火竜は首を傾げる。


 ――そこが人間の不思議なところだよ。危険なだけあって、稼げる仕事らしいね。エシャトールはあんまり資源がないから、これを輸出してるんだ。


「火薬以外に、何に使うんだ? 温泉のもととか?」


 修太のそぼくな疑問に、火竜は周りを見回す仕草をする。


 ――えーっと、レディ。なんだったっけ?


 火竜が呼ぶと、マグマ湖の下流のほうで、炎の翼を持つ鳥が岩陰から顔を出した。頭の羽が、火みたいに燃えている。


 ――彼女は火冠鳥(クラウン・バード)のレディ。オレの側近だから、いじめんなよ。


 火竜はまず釘を刺す。レディは火竜のほうへ飛ぶ。岩場へ舞い降りた。近くで見ると思ったよりも大きい。羽を広げると、一軒家くらいの大きさになりそうだ。


 ――レディはヒナサイズの分身を飛ばせるから、それで情報収集してくれるんだ。採掘場なんかで盗み聞きして、オレに教えてくれるんだよ。


 レディは右の翼だけ広げ、お辞儀するみたいに頭を下げた。それから火竜に、「ピャアピャア」と何か話しかける。


 ――硫黄は薬になるんだってさ。


「薬! ああ、そういえば、塗り薬や湿布に使うことがあるな。それから、皮膚病に効くんだ。騎士団で世話になったことがある。あの材料はエシャトール産なのか」


 フランジェスカはポンと手を叩いた。


「温泉が肌に良いのと理屈は同じってことだね」


 啓介がそう言ったので、修太にはかなり分かりやすかった。


「なるほどな! あれも硫黄が混じってるもんな。町で売ってるなら、少し買っていこうぜ」


 温泉のもとにもなるし……という私欲でつぶやくと、火竜がひらひらと前足を振る。


 ――あれが欲しいなら、持っていっていいぞ。よいしょっと。


 火竜は小島になっている岩場から羽ばたいて飛び、すぐ傍の山へ向かう。ぽっかりとあいた洞窟が火竜の巣のようだ。それから修太達がいるほうに舞い降りる。

 サーシャリオンの神竜姿よりは小さいが、のけぞるほどの巨体に、修太達は自然と距離をとる。

 火竜は背中にのせていたものを、尻尾を器用に使って、修太達の前に置いていく。黄色い石――硫黄がこんもりと山になった。


「……くせえ」

「最悪!」

「卵がくさったにおいみたいだ」


 黒狼族達は顔をしかめ、かなり離れた所へ移動した。

 火竜が五往復もすると、硫黄とガーネットやルビーといった宝石がそれぞれ山になった。


 ――長生きしてると、貯まるんだよなあ。うろこや歯が生え変わる時や、あくびした時に出た涙とか……いろいろ? うっかり引っかいて血が出ると、そこの赤い石みたいなのに変わっちまうんだよ。オレにとっちゃあゴミなんだが、人間には宝物なんだろ。度胸試しに来た人間にやると喜ぶんだが、オレとしてはちょっと複雑?


「はは……。それを聞くと、こっちも複雑だよ」


 修太が苦笑し、他の皆もそれぞれ微妙な顔になる。


「いらないんならもらっておくよ。ありがとう。啓介、とりあえずお前が預かっておいて。後で分配しようぜ」

「うん、いいけど……、火竜さん、もらうだけだと悪いから、何かお礼をしたいな」


 啓介が火竜に申し出ると、火竜はにんまりと笑う。


 ――それなら、オレの内にたまった毒素(クイス)の浄化を頼もうか。それと、〈黒〉に会うのは初めてなんだよなあ。いいにおいがする。なあ、味見……ひとなめしていい?


「味見って言った!」


 修太がショックを受けた時、サーシャリオンが前に出て、火竜のあご下を蹴り上げた。ドガッと音がして、火竜がのけぞる。


「駄目に決まっておろうが」


 ――ちぇっ。


 すぐに体勢を整えなおし、火竜は残念そうに舌打ちする。少し考えて、頭を修太の前に突き出した。


 ――それじゃあ、なでてよ~。


「えっ、お前にさわったらやけどするんじゃねえの?」


 ――別に? オレのうろこがめちゃくちゃ頑丈だから、マグマも通さないだけで、オレが熱いわけじゃないんだ。あ、オレの名前、ラングディドラムな。ちびっこの名前は?


 火竜――ラングディドラムは尻尾をパタパタと揺らして楽しそうだ。

 トリトラがかわいそうなものを見る目を、修太に向けた。


「シューターってば、モンスターに軟派(なんぱ)されてるよ」

「うるさい!」


 修太は青筋を立てて言い返す。

 リーリレーネといい、ドラゴンには変な奴が多すぎではないか。

 それから啓介がラングディドラムに浄化の魔法を使い、修太はしぶしぶラングディドラムをなでた。よく見るとうろことうろこの間に、石みたいなクズがこびりついている。気になってしかたのない修太が掃除用のブラシで磨き始めると、ラングディドラムのテンションが上がった。

 度胸試しに来た人間を質問責めにしているだけあって、ラングディドラムは外の世界に興味しんしんのようで、質問を繰り出してくる。修太と啓介が馬鹿丁寧に答えていると、ラングディドラムの好奇心が尽きる前に、サーシャリオンがぶち切れた。


「そこまでにせよ! 暑くてかなわん! 我は用心のため、先にケイと偵察してくる。いいか、ラングディドラム、シューターを食ったりするなよ!」


 ――ひとなめも駄目ですか?


 ラングディドラムの問いに、サーシャリオンの瞳孔が猫の目のように割れた。ドラゴンらしさをあらわにして、ラングディドラムにすごむ。


「マグマごと氷漬けにして、この辺り一帯を永久凍土に変えるぞ」


 ――絶対に手出ししません。


 サーシャリオンの脅しに、ラングディドラムは即答し、うやうやしく頭を下げた。



 ※目次4にも同じ内容を更新しています。

  断片の使徒は、こちらにすべてまとめましたが、あちらも同じように更新していきますね。

 

 2019.5/10 なろうサイト用のweb拍手に、この話の直前くらいに、もしかしたらあったかもしれない話として、番外編をアップしました。「グレイが記憶喪失になる話」です。よかったらどうぞ。



 ファンタジー世界だけど、硫黄の採石場については、ジャワ島のイジェン山をモデルにしています。


 それと、硫黄なんですが、火薬や硫酸に使う前、古代の日本では薬にしてたらしいんですよねえ。

 あと、古代じゃないけど、硫黄マッチ(発火しやすくて危険)とか、似たものに「付木つけぎ」っていうものがあって、そういう使い方をしてたらしいよ。

 あくまでネット調べです。

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