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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 激動の赤砂荒野 編
307/340

 9



 岩塩鳥はモンスターなので、鳥の姿をしているが、鳥目ではない。暗さもものともせず、夜空を悠々と風を切って飛んでいく。

 馬やクルクルという鳥が荷車をひいていても、空に障害物などない鳥の身なら、あっという間に軍団に追いつく。

 先頭に馬鹿王子――ザダックが馬に乗っており、その後に歩兵が続き、最後にクルクルが数羽、荷車をけん引している。食料や武器を積んだ車の他に、鉄の檻がのった車がある。さらわれた黒狼族の人達はあの檻に囚われているのだろう。


「あの先には岩場がある。そこに入られる前に助けるぞ」


 グレイがそう言って示す先には、夜闇の中、黒くそびえる城のような岩山があった。荒野の中に、こういった場所がぽつぽつと存在している。そういった場所はモンスターや危険な動物が棲んでいることも多いが、水が湧いている場所ならば、休憩で使うこともあった。


 ――合点承知(がってんしょうち)~!


 ポナが明るく答える。絶対に面白がって言っているが、返事のしかたが古すぎる。


 ――皆~、どんな感じ~? 突撃しちゃうよ~?


 ポナが後方を振り返り、手下に乗った黒狼族に問う。カリアナが右手を上げ、それを下ろす仕草をした。


「降りて問題ないそうだ」


 グレイが合図の意味を教えると、ポナは応じる。


 ――はーい。それじゃあ、つかまっててね。行っくよー!


 ポナは僅かにふわりと浮かび上がり、そのまま体を斜めに傾ける。羽を閉じ、一気に急降下を始めた。


「ひっ。うわああああ」


 修太はギタルを抱えたまま、必死に首のふわふわした羽毛に掴まる。


「あはははは、最高ー!」


 隣で大笑いしている啓介が信じられない。昼間もこの調子で笑っていたのだから大物だ。


「シューター、準備しておけ」

「え?」


 グレイの声に顔を上げると、あろうことかグレイはハルバートの()を右肩にかけた格好で、座る姿勢に変わっている。


 ――シューさん、斜め前のほうに、目標がいるよー。さん、にー、いち、今だよ!


 ポナの気の抜ける合図とともに、修太は羽毛にしがみついたまま、集中する。


(指先に魔力を集めて、弾く!)


 ギタルの(げん)爪弾(つまび)いて、〈黒〉の魔力の波を前方へぶつけた。


「おおっ」


 何やら啓介が感嘆の声を上げたが、修太は必死すぎて質問する余裕がない。

 グレイがポナの背を踏んで、空へ飛び上がる。そのままハルバートを振りかぶり、ザダックに襲いかかった。


     *


「うおぉぉっ」


 空から落ちる勢いを利用して、グレイはハルバートを振りかぶってザダックに特攻を仕掛けた。


「なっ、黒狼だと! くそっ」


 剣を抜いて応戦したザダックは、焦るあまり致命的なミスをした。(おの)の刃を、剣の腹で受けてしまったのだ。

 激しい衝撃とともに、剣が半ばから折れて飛んでいく。

 すぐさま火の魔法を使おうとしたが、何故か魔法が発動しない。

 焦って折れた剣を構えたが、グレイはすでにハルバートを横に()いでいた。


「あ……?」


 ザダックは唖然とした。その顔のまま、首が落ちる。鮮血が飛び散った。


「ちっ、くせえ」


 返り血をもろにかぶったグレイは眉をひそめ、ハルバートの刃を振るう。刃についた血がビシャリと地面に落ちた。

 その鬼神のような有様に、周りにいた兵士達は凍りつく。そして、恐怖が爆発のように広がった。


「ひいいい、王子がおたおれになった!」

「将が落ちた!」

「殺される!」

「逃げろ!」


 レステファルテ兵を束ねていた将を失い、混乱のあまり、兵士達は我先にと逃げ出した。そんな一団を横目に、グレイはふんと鼻を鳴らす。


烏合(うごう)の衆か。人間は団結すれば強いが、こうなるとただの(あり)だな」


 逃げる者を追いかけて殺す余裕はない。


「おい、姉さん。生きてるか?」


 檻の中を覗くと、バロアとバル、他に黒狼族の少年と少女が二人、ぐったりと横たわっている。むせかえるような血のにおいに紛れて、不快な香りがした。花ガメの花粉だ。檻の天井部に、花粉を入れた籠がかけられている。

 念のため、作戦開始前に治療薬を飲んでおいて良かった。

 グレイはザダックの亡骸(なきがら)を漁って鍵を探したが、檻の鍵は見つからない。そこへ、カリアナ達が遅れて到着したので、グレイはカリアナを呼んだ。〈赤〉であるカリアナは魔法で花粉を燃やした。

 それでもまだぐったりしている彼らの中で、バロアが床に這いつくばるようにしてこちらを見た。バロアが何も言わなくとも、しんどいと顔に書いてある。


「生きてるようだ」

「奴隷を殺さないだろ」


 カリアナはそう言ったが、グレイは鼻で笑う。


「どうだかな。そこの馬鹿王子は、馬鹿だ。ところで族長、鍵が見当たらない」

「ならば、無事で何よりだな。鍵がないなら、しかたがないな。少し下がっていろ」


 カリアナは刀を構え、居合(いあ)い抜きを放つ。鍵が真っ二つに切られ、地面に落ちた。

 檻の扉が開き、すぐにミドーレと部下が中に入って、バロアやバル、子ども達を外へ出す。それぞれに治療薬を飲ませた。

 兵士達が潰走(かいそう)したので、危険は荒野に住む蛇や毒虫だけだ。安全な場所に五人を移動させて休ませる。

 フランジェスカがやって来て、グレイの様子に顔をしかめた。


「ひどい有様だな、グレイ殿」


 女戦士も頷く。


「素晴らしい斬撃だったが、これはないな」

「私が水をかけてあげよう」


 部下達が口々に良い、〈青〉の女戦士が、グレイに水をかけて血を落としてくれた。乾くとこびりついて面倒なので、早いうちに水浴びできたのは良いことだ。


「助かった」

「ひどいにおいだからな」


 単に悪臭が迷惑だっただけらしい。

 兵士が立ち去り、武器や食料などが残されている中、兵士が何人か倒れている。痙攣(けいれん)しているのを見るに、生きてはいるようだ。


「少しくらい向かってくると思ったが、この男がいないだけで、こうも弱いとはな」


 グレイが呟くと、フランジェスカも呆れ顔で返す。


「人間の一団は、指揮官を失うと崩れることがあるとはいえ、あれはひどい。あの連中には、この王子と違って、黒狼族と敵対する理由がないのだろうな」

「普段は迷惑な差別だが、こういう時は、荒野の狩人と忌み嫌われているのは楽でいい」

「貴殿の有様を見たら、生きた怪談にしか見えぬしな」

「ふん」


 失礼な女だと思うが、返り血を浴びた姿は、兵士達には割増で恐ろしく見えていたのだろう。たったこれだけで戦う手間がはぶけるなら問題ない。

 問題は、この死体をどうするか、だ。

 修太は怖がるだろうなと、今度こそ嫌われるかもしれないと眉間に皺を刻んだところに、タイミング悪く、傍にポナが着地した。


「グレイ、大丈夫だったか? ひぇっ」


 すぐさま駆け寄ってきた修太は、ザダックの死体を見て飛び上がり、そのまま後ろにすーっと戻っていった。


 ――何、その動き。シューさん、おもしろーい。


 ポナの笑い声が響く。惨状と真逆で、気が抜ける声だ。


「どうしたの? あー……」


 啓介はそれに気付いて、目をそらす。


「おお、見事な切り口だな。すっぱり」


 サーシャリオンが軽口を叩くが、誰もそんな会話にはのらない。サーシャリオンは肩をすくめた。


「ただの冗談だ。冷たい目で見るな、フランジェスカ」

「敵将とはいえ、今はただのむくろだ。笑いものにするのは良くない」

「悪かった」


 フランジェスカに、サーシャリオンは意外にも素直に謝った。


「そちらはどうだった?」


 グレイは修太達へ質問する。グレイ達が仲間を救出している間、修太達がレステファルテ兵に追い討ちをかけている算段だった。


「もちろん上手くいった。大成功だな」


 サーシャリオンはにんまりと笑う。

 そこへ、一度はポナのほうへ戻った修太が、じりじりと歩み寄ってきた。ザダックの死体は視界に入れないようにしながら、きょろきょろしている。


「どうした?」

「グレイのお姉さん達は?」

「そこだ」


 休ませているほうを示すと、修太の肩から、あからさまに力が抜けた。


「ああ、良かった。あの王子って物騒だから心配だったんだ」

「ああ」


 確かに、修太も迷惑をこうむっていた一人だ。体調が悪い中、この男の我が儘に付きあわされて、さぞかし最悪だっただろう。グインジエの提督であるサマルがよく嘆いていたし、グレイにとってもこの男は不愉快な存在だった。


「グレイは平気?」

「怪我はない」

「そう、良かった。俺ならポナから飛び降りた時点で、足を骨折してそうだもんなあ。すごいなあ、さすがは黒狼族だ。あの高さから落ちて平気なんて」


 しきりとすごいと呟く修太を、意外に思ってじっと眺める。


「……何?」


 グレイの視線にたじろぐ修太に、グレイは問う。


「お前は?」

「え? ああ、ギタルを使ったから、大丈夫だよ。ちょっと疲れたくらい」

「そうじゃねえ。こいつの死体を見て、どう思ったかっていう話だ」

「え……、馬鹿王子の? 殺されたのは気の毒だけど、因果応報じゃないか。前に遊びでマエサ=マナに冒険者をけしかけてただろ。あんな真似をしていて、今まで無事でいられたのが奇跡だと思うけど」


 思ったよりも冷静な返事があったが、修太は死体のほうを見ない。


「死体はやっぱり怖いし、俺はどうしても慣れないよ。でも俺は聖人じゃないから、仲間が無事なほうがいいんだ。あー、やっぱり気分悪いから、あっちに行ってるよ」


 またじりじりとポナのほうに戻る修太に、グレイは声をかける。


「いいか、シューター。俺が賊にしてるのは、こういうことだ。それでもお前は」


 言い終える前に、修太がさえぎった。


「気にしないって。理解する努力をすると言っただろ。犯罪者なら縁を切るけど、グレイはそうじゃない。結構、気にするんだな、父さんは。俺の決意を軽く見ないでくれ」


 そう言ってこちらを軽くにらんでから、修太はダダッと走って逃げた。言っていることはなかなか男気があるが、態度は情けないので、相変わらず変な子どもだ。すでにそちらに下がっていた啓介が、修太の肩を叩いて、苦笑を浮かべた。彼らは互いに、死体には慣れないなあと言いながら、ポナの後ろに移動する。それを眺めていると、サーシャリオンがグレイの傍に来た。


「まったく、そなたは過保護だな。慣れないだけで、あの二人もこの世界で成長しているのだ。そなたが思うより、ずっと大人だぞ。……まあ、慣れないせいで、行動だけを見ると、時に幼子(おさなご)のようだがな」

「俺は、人間のことはよく分からない」

「レステファルテ人の態度が、そなたの常識なのだろうが。違うタイプだと分かっているだろう?」

「あいつは我慢するだろう? 俺は冒険者として高ランクでも、やっていることは底辺の者と変わりない。どこで見限られるか、そのラインが分からない」

「その底辺に、シューターは『良い人だ』、『かっこいい大人だ』と憧れているのだから、大丈夫ではないか?」


 グレイが黒狼族らしく誇り高くある限りは、見限らないだろう。サーシャリオンはそんなことを言って、子どもを見るような目で、グレイを見つめた。どうやら励ましたつもりらしい。


「お前にとっても、俺は子どもか?」

「そなただけではない。どれも我にとっては、(わらべ)のようなものだ。オルファーレン様の(いと)()達。出来が良かろうが不出来だろうが、我には色の違う石のように見えている」

「いと……その呼ばれ方はさすがにきつい。ガキ扱いはやめろ」

「悔しかったら、我より長生きするのだな」 


 絶対に不可能なことを言い、サーシャリオンはにまにまと笑っている。相変わらず、腹立たしくて気が合わない奴だ。だがサーシャリオンがどうしてグレイと修太の間に立つのか、グレイにはなんとなく分かっている。


「そんなにあの二人が可愛いなら、お前が保護者になればいい」

「それは無理だ。一時期を共にするのはいいが、家族となると、人の身には悪影響にしかならぬ。我はあの二人に、この地で健やかに育って欲しいと願っている。シューターの保護者には、そなたのほうが適任だ」


 何故か知らないが、グレイはこの竜のお眼鏡にかなったらしい。


「我が言うのだから、少しは自信を持て」

「お前が言うから、不安しかないな」

「失礼な奴だ」


 言い返すが、サーシャリオンに怒った様子はない。いつもひょうひょうとしていて、つかみどころがない。こんなに傍で観察していても、雲か霧みたいに正体がつかめない。得体の知れない奴である。


「分かった、この話は終わりだ。ところで、そちらの首尾はどうだった?」

「ん? おーい、シューター、ケイ。我らのしたことを、この男に説明してやれ。我は面倒くさい」


 修太と啓介を可愛がるわりに、面倒事は押しつけるサーシャリオンは、なんとも不思議な存在だ。

 ポナの向こうから顔を出した修太も、面倒くさそうに眉間に皺を刻む。


「面倒くさいって……はあ、ったく、しかたねえな」

「サーシャだもんね」


 二人もサーシャリオンに甘い。サーシャリオンだからという、至極明快な理由で諦めて、グレイにこちらに来るように手招いた。ポナの向こうに回り込むと、しれっと敷物(しきもの)を敷いて休憩している。

 砂漠の夜は冷える。焚火に当たりながら、修太と啓介は、グレイがポナから飛び降りた後のことを話し始めた。



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