9
岩塩鳥はモンスターなので、鳥の姿をしているが、鳥目ではない。暗さもものともせず、夜空を悠々と風を切って飛んでいく。
馬やクルクルという鳥が荷車をひいていても、空に障害物などない鳥の身なら、あっという間に軍団に追いつく。
先頭に馬鹿王子――ザダックが馬に乗っており、その後に歩兵が続き、最後にクルクルが数羽、荷車をけん引している。食料や武器を積んだ車の他に、鉄の檻がのった車がある。さらわれた黒狼族の人達はあの檻に囚われているのだろう。
「あの先には岩場がある。そこに入られる前に助けるぞ」
グレイがそう言って示す先には、夜闇の中、黒くそびえる城のような岩山があった。荒野の中に、こういった場所がぽつぽつと存在している。そういった場所はモンスターや危険な動物が棲んでいることも多いが、水が湧いている場所ならば、休憩で使うこともあった。
――合点承知~!
ポナが明るく答える。絶対に面白がって言っているが、返事のしかたが古すぎる。
――皆~、どんな感じ~? 突撃しちゃうよ~?
ポナが後方を振り返り、手下に乗った黒狼族に問う。カリアナが右手を上げ、それを下ろす仕草をした。
「降りて問題ないそうだ」
グレイが合図の意味を教えると、ポナは応じる。
――はーい。それじゃあ、つかまっててね。行っくよー!
ポナは僅かにふわりと浮かび上がり、そのまま体を斜めに傾ける。羽を閉じ、一気に急降下を始めた。
「ひっ。うわああああ」
修太はギタルを抱えたまま、必死に首のふわふわした羽毛に掴まる。
「あはははは、最高ー!」
隣で大笑いしている啓介が信じられない。昼間もこの調子で笑っていたのだから大物だ。
「シューター、準備しておけ」
「え?」
グレイの声に顔を上げると、あろうことかグレイはハルバートの柄を右肩にかけた格好で、座る姿勢に変わっている。
――シューさん、斜め前のほうに、目標がいるよー。さん、にー、いち、今だよ!
ポナの気の抜ける合図とともに、修太は羽毛にしがみついたまま、集中する。
(指先に魔力を集めて、弾く!)
ギタルの弦を爪弾いて、〈黒〉の魔力の波を前方へぶつけた。
「おおっ」
何やら啓介が感嘆の声を上げたが、修太は必死すぎて質問する余裕がない。
グレイがポナの背を踏んで、空へ飛び上がる。そのままハルバートを振りかぶり、ザダックに襲いかかった。
*
「うおぉぉっ」
空から落ちる勢いを利用して、グレイはハルバートを振りかぶってザダックに特攻を仕掛けた。
「なっ、黒狼だと! くそっ」
剣を抜いて応戦したザダックは、焦るあまり致命的なミスをした。斧の刃を、剣の腹で受けてしまったのだ。
激しい衝撃とともに、剣が半ばから折れて飛んでいく。
すぐさま火の魔法を使おうとしたが、何故か魔法が発動しない。
焦って折れた剣を構えたが、グレイはすでにハルバートを横に薙いでいた。
「あ……?」
ザダックは唖然とした。その顔のまま、首が落ちる。鮮血が飛び散った。
「ちっ、くせえ」
返り血をもろにかぶったグレイは眉をひそめ、ハルバートの刃を振るう。刃についた血がビシャリと地面に落ちた。
その鬼神のような有様に、周りにいた兵士達は凍りつく。そして、恐怖が爆発のように広がった。
「ひいいい、王子がおたおれになった!」
「将が落ちた!」
「殺される!」
「逃げろ!」
レステファルテ兵を束ねていた将を失い、混乱のあまり、兵士達は我先にと逃げ出した。そんな一団を横目に、グレイはふんと鼻を鳴らす。
「烏合の衆か。人間は団結すれば強いが、こうなるとただの蟻だな」
逃げる者を追いかけて殺す余裕はない。
「おい、姉さん。生きてるか?」
檻の中を覗くと、バロアとバル、他に黒狼族の少年と少女が二人、ぐったりと横たわっている。むせかえるような血のにおいに紛れて、不快な香りがした。花ガメの花粉だ。檻の天井部に、花粉を入れた籠がかけられている。
念のため、作戦開始前に治療薬を飲んでおいて良かった。
グレイはザダックの亡骸を漁って鍵を探したが、檻の鍵は見つからない。そこへ、カリアナ達が遅れて到着したので、グレイはカリアナを呼んだ。〈赤〉であるカリアナは魔法で花粉を燃やした。
それでもまだぐったりしている彼らの中で、バロアが床に這いつくばるようにしてこちらを見た。バロアが何も言わなくとも、しんどいと顔に書いてある。
「生きてるようだ」
「奴隷を殺さないだろ」
カリアナはそう言ったが、グレイは鼻で笑う。
「どうだかな。そこの馬鹿王子は、馬鹿だ。ところで族長、鍵が見当たらない」
「ならば、無事で何よりだな。鍵がないなら、しかたがないな。少し下がっていろ」
カリアナは刀を構え、居合い抜きを放つ。鍵が真っ二つに切られ、地面に落ちた。
檻の扉が開き、すぐにミドーレと部下が中に入って、バロアやバル、子ども達を外へ出す。それぞれに治療薬を飲ませた。
兵士達が潰走したので、危険は荒野に住む蛇や毒虫だけだ。安全な場所に五人を移動させて休ませる。
フランジェスカがやって来て、グレイの様子に顔をしかめた。
「ひどい有様だな、グレイ殿」
女戦士も頷く。
「素晴らしい斬撃だったが、これはないな」
「私が水をかけてあげよう」
部下達が口々に良い、〈青〉の女戦士が、グレイに水をかけて血を落としてくれた。乾くとこびりついて面倒なので、早いうちに水浴びできたのは良いことだ。
「助かった」
「ひどいにおいだからな」
単に悪臭が迷惑だっただけらしい。
兵士が立ち去り、武器や食料などが残されている中、兵士が何人か倒れている。痙攣しているのを見るに、生きてはいるようだ。
「少しくらい向かってくると思ったが、この男がいないだけで、こうも弱いとはな」
グレイが呟くと、フランジェスカも呆れ顔で返す。
「人間の一団は、指揮官を失うと崩れることがあるとはいえ、あれはひどい。あの連中には、この王子と違って、黒狼族と敵対する理由がないのだろうな」
「普段は迷惑な差別だが、こういう時は、荒野の狩人と忌み嫌われているのは楽でいい」
「貴殿の有様を見たら、生きた怪談にしか見えぬしな」
「ふん」
失礼な女だと思うが、返り血を浴びた姿は、兵士達には割増で恐ろしく見えていたのだろう。たったこれだけで戦う手間がはぶけるなら問題ない。
問題は、この死体をどうするか、だ。
修太は怖がるだろうなと、今度こそ嫌われるかもしれないと眉間に皺を刻んだところに、タイミング悪く、傍にポナが着地した。
「グレイ、大丈夫だったか? ひぇっ」
すぐさま駆け寄ってきた修太は、ザダックの死体を見て飛び上がり、そのまま後ろにすーっと戻っていった。
――何、その動き。シューさん、おもしろーい。
ポナの笑い声が響く。惨状と真逆で、気が抜ける声だ。
「どうしたの? あー……」
啓介はそれに気付いて、目をそらす。
「おお、見事な切り口だな。すっぱり」
サーシャリオンが軽口を叩くが、誰もそんな会話にはのらない。サーシャリオンは肩をすくめた。
「ただの冗談だ。冷たい目で見るな、フランジェスカ」
「敵将とはいえ、今はただのむくろだ。笑いものにするのは良くない」
「悪かった」
フランジェスカに、サーシャリオンは意外にも素直に謝った。
「そちらはどうだった?」
グレイは修太達へ質問する。グレイ達が仲間を救出している間、修太達がレステファルテ兵に追い討ちをかけている算段だった。
「もちろん上手くいった。大成功だな」
サーシャリオンはにんまりと笑う。
そこへ、一度はポナのほうへ戻った修太が、じりじりと歩み寄ってきた。ザダックの死体は視界に入れないようにしながら、きょろきょろしている。
「どうした?」
「グレイのお姉さん達は?」
「そこだ」
休ませているほうを示すと、修太の肩から、あからさまに力が抜けた。
「ああ、良かった。あの王子って物騒だから心配だったんだ」
「ああ」
確かに、修太も迷惑をこうむっていた一人だ。体調が悪い中、この男の我が儘に付きあわされて、さぞかし最悪だっただろう。グインジエの提督であるサマルがよく嘆いていたし、グレイにとってもこの男は不愉快な存在だった。
「グレイは平気?」
「怪我はない」
「そう、良かった。俺ならポナから飛び降りた時点で、足を骨折してそうだもんなあ。すごいなあ、さすがは黒狼族だ。あの高さから落ちて平気なんて」
しきりとすごいと呟く修太を、意外に思ってじっと眺める。
「……何?」
グレイの視線にたじろぐ修太に、グレイは問う。
「お前は?」
「え? ああ、ギタルを使ったから、大丈夫だよ。ちょっと疲れたくらい」
「そうじゃねえ。こいつの死体を見て、どう思ったかっていう話だ」
「え……、馬鹿王子の? 殺されたのは気の毒だけど、因果応報じゃないか。前に遊びでマエサ=マナに冒険者をけしかけてただろ。あんな真似をしていて、今まで無事でいられたのが奇跡だと思うけど」
思ったよりも冷静な返事があったが、修太は死体のほうを見ない。
「死体はやっぱり怖いし、俺はどうしても慣れないよ。でも俺は聖人じゃないから、仲間が無事なほうがいいんだ。あー、やっぱり気分悪いから、あっちに行ってるよ」
またじりじりとポナのほうに戻る修太に、グレイは声をかける。
「いいか、シューター。俺が賊にしてるのは、こういうことだ。それでもお前は」
言い終える前に、修太がさえぎった。
「気にしないって。理解する努力をすると言っただろ。犯罪者なら縁を切るけど、グレイはそうじゃない。結構、気にするんだな、父さんは。俺の決意を軽く見ないでくれ」
そう言ってこちらを軽くにらんでから、修太はダダッと走って逃げた。言っていることはなかなか男気があるが、態度は情けないので、相変わらず変な子どもだ。すでにそちらに下がっていた啓介が、修太の肩を叩いて、苦笑を浮かべた。彼らは互いに、死体には慣れないなあと言いながら、ポナの後ろに移動する。それを眺めていると、サーシャリオンがグレイの傍に来た。
「まったく、そなたは過保護だな。慣れないだけで、あの二人もこの世界で成長しているのだ。そなたが思うより、ずっと大人だぞ。……まあ、慣れないせいで、行動だけを見ると、時に幼子のようだがな」
「俺は、人間のことはよく分からない」
「レステファルテ人の態度が、そなたの常識なのだろうが。違うタイプだと分かっているだろう?」
「あいつは我慢するだろう? 俺は冒険者として高ランクでも、やっていることは底辺の者と変わりない。どこで見限られるか、そのラインが分からない」
「その底辺に、シューターは『良い人だ』、『かっこいい大人だ』と憧れているのだから、大丈夫ではないか?」
グレイが黒狼族らしく誇り高くある限りは、見限らないだろう。サーシャリオンはそんなことを言って、子どもを見るような目で、グレイを見つめた。どうやら励ましたつもりらしい。
「お前にとっても、俺は子どもか?」
「そなただけではない。どれも我にとっては、童のようなものだ。オルファーレン様の愛し子達。出来が良かろうが不出来だろうが、我には色の違う石のように見えている」
「いと……その呼ばれ方はさすがにきつい。ガキ扱いはやめろ」
「悔しかったら、我より長生きするのだな」
絶対に不可能なことを言い、サーシャリオンはにまにまと笑っている。相変わらず、腹立たしくて気が合わない奴だ。だがサーシャリオンがどうしてグレイと修太の間に立つのか、グレイにはなんとなく分かっている。
「そんなにあの二人が可愛いなら、お前が保護者になればいい」
「それは無理だ。一時期を共にするのはいいが、家族となると、人の身には悪影響にしかならぬ。我はあの二人に、この地で健やかに育って欲しいと願っている。シューターの保護者には、そなたのほうが適任だ」
何故か知らないが、グレイはこの竜のお眼鏡にかなったらしい。
「我が言うのだから、少しは自信を持て」
「お前が言うから、不安しかないな」
「失礼な奴だ」
言い返すが、サーシャリオンに怒った様子はない。いつもひょうひょうとしていて、つかみどころがない。こんなに傍で観察していても、雲か霧みたいに正体がつかめない。得体の知れない奴である。
「分かった、この話は終わりだ。ところで、そちらの首尾はどうだった?」
「ん? おーい、シューター、ケイ。我らのしたことを、この男に説明してやれ。我は面倒くさい」
修太と啓介を可愛がるわりに、面倒事は押しつけるサーシャリオンは、なんとも不思議な存在だ。
ポナの向こうから顔を出した修太も、面倒くさそうに眉間に皺を刻む。
「面倒くさいって……はあ、ったく、しかたねえな」
「サーシャだもんね」
二人もサーシャリオンに甘い。サーシャリオンだからという、至極明快な理由で諦めて、グレイにこちらに来るように手招いた。ポナの向こうに回り込むと、しれっと敷物を敷いて休憩している。
砂漠の夜は冷える。焚火に当たりながら、修太と啓介は、グレイがポナから飛び降りた後のことを話し始めた。