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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 激動の赤砂荒野 編
305/340

 7



 ポナの背に乗り、エズラ山から北西に少し行った砂漠の中に、ポナの言う通りオアシスがあった。

 背の高いヤシの木がたくさん生えていて、まるで小さな森のようだ。


「エズラ山から走って四半刻くらいかな。結構近いね。それに、大きいオアシスだ」


 ポナから降りて、トリトラが感嘆の声を漏らす。


 ――えー? ちっちゃいよぉ。てーい!


 全員が降りるなり、ポナは泉の真ん中に飛び込んだ。深さはそんなにないらしく、ポナの体が半分浸かる程度だ。


「ぶはっ」

「うわー」

「油断した」


 ポナが着地した勢いで、水を思い切りかぶった修太達は、ずぶ濡れになってしまった。

 気にせず、ポナは羽ばたいて、バッチャバッチャと水遊びをする。小鳥なら可愛らしい光景も、ポナのような巨鳥がすれば水しぶきだけで結構な威力だ。


「確かに、ポナからすれば小さい泉だよな」


 ポンチョの端をしぼりながら、修太は納得した。人間からすれば大きい水場だ。

「集落全員が住むほどの広さはないけど、怪我人を避難させるくらいなら大丈夫そうだよ」

 トリトラがそう言った時、また水が降ってきた。ポナが翼で弾いたのだ。


 ――遊ぼう!


「ったく、しかたねえな」


 周りを確認して、蛇や虫がいないと分かると、ブーツを脱いで裸足になる。泉に飛び込んだ修太は、意外な深さに驚いた。


「ぶはっ。足がつかない!」 


 焦ってバタバタしていると、トリトラも泉に飛び込んだ。修太の腕をとって自分の肩に回すと、あっという間に岸まで連れて戻る。啓介に手を引っ張られて陸に上がった修太はぜいはあと息をした。


「大丈夫かよ、シュウ。駄目だろ、まずは準備運動だ」


 啓介が真面目に注意する。


(いや、うん。そうだけど……)


 確かにいきなり飛び込むのは悪かった。


「まったく、君は普段は用心深いくせに、たまに変なことをやらかすよね。あの鳥の足の部分を考えたら、深いって分かるだろ」

「足か! 忘れてた!」


 違和感の正体が分かって、修太は声を上げる。


 ――シューさんには深いのかあ。残念。


 一緒に遊ぶつもりでいたポナはしょんぼりして、ぶるると身震いをした。水が弾け飛んで、ついでに岩塩も飛んでくる。羽が抜けたらしい。


「ここ、塩水になってるんじゃねえ?」


 この調子でポナや手下達が水浴びをしては岩塩を落としていたのなら、塩が溶け込んでいる可能性がある。


「ありえるね。うーん、でも、水の味しかしないけどな」


 ――お塩? 周りに落ちてると思うよ~。


 修太はブーツを履くと、トリトラや啓介とともに泉の周囲を見て回る。ポナの言う通り、円形状にあちこちに岩塩が落ちている。身震いした拍子に、水と一緒に羽が抜けて岩塩へ変わり、そのまま飛んでいったのだろう。


「後で拾うとして……、デナの木がこんなに生えてる。最高だな」


 トリトラはヤシの木を見上げ、嬉しそうに口元をほころばせる。


「あれ、デナの実だよ。栄養価が高くてね、甘いんだ。マエサ=マナでは貴重な甘味だね。春と冬の始めくらいに実がなるんだ。あと少しで白葉(しろは)の月だから、早いものはもうなってるみたいだ」


 セーセレティー暦は一年が十二ヶ月で、白葉の月は四番目――つまり地球でいうところの四月だ。今は三番目の月で、黄萌(きもえ)と呼ばれている。名前の通り、黄色い花がたくさん咲き始める、春の初めだ。

 トリトラが示すほうを見上げた修太は、背の高いヤシの木のてっぺん辺りに、小さな木の実がたくさんついた房が垂れているのを見つけた。辺りに危険がないか確認してから、トリトラは靴を脱いで、するすると木に登っていった。熟して赤くなっている木の実だけを摘み、自分のフードに放り込んで戻ってくる。


「緑、黄色、橙色、赤色ってどれも食べられるけど、僕は熟してるもののほうが好きだな。これを干して、保存食にすれば一年中食べられるんだよ」


 小さい虫がついていることもあるからと、オアシスの水で洗ってから、それぞれ一つをかじる。


「なんか……(かき)みたいな?」


 ぐにゃっとした食感と甘さがくせになるおいしさだ。干し柿みたいだ。もぐもぐと咀嚼する修太の隣で、一口かじった啓介は眉を寄せる。


「う……。俺はちょっと苦手な甘さだな。ジャムだったら食べられそうだけど」


「好みは人それぞれだから、無理なら食べなくていいよ。これと〈青〉の魔法使いがいれば、砂漠で遭難しても、僕らなら一ヶ月は生きられるかな」


 黒狼族で一ヶ月なら、人間は一週間くらいではないだろうか。

 トリトラも一粒つまんで頬張りながら、啓介のほうに食べかけを寄越せと手を出す。他人がかじったものなど気にならないのか、それも食べてしまった。


「もう一個欲しい」


 修太がトリトラに声をかけると、トリトラは更に一個くれた。


「はい。食べすぎると下痢(げり)になるから、一日に五個までね」

「そうなのか。分かった」


 素直に頷き、修太は大事にちまちまと食べる。すると、トリトラが噴き出した。


「君、あれみたいだよ。頬袋に木の実を詰め込むネズミがいるんだけど、あんな感じ」

「味わって食べてるだけだよ!」

「ははは、腹が減ってるんだろ。俺達も昼食にするか」


 啓介に言われて、まだ食事前だったと思い出した。どうりで果物に手が伸びるわけだ。

 木陰に敷物を敷き、旅人の指輪から料理を出す。気まぐれ都市サランジュリエで買いこんでおいた惣菜やパンだ。指輪の中に入れておけば時間が止まるので、買った時のほかほかなままである。


 ――良いにおい~


 岸辺に座り込んで、ポナがこちらを覗きこむ。根菜と野菜を使ったいためものに興味を示すので、修太は大きな口に一皿分を入れてやる。


 ――わぁ、おいしい。人間ってこんなの食べてるんだねえ。ぜいたくだねえ。


「今のが一食分くらいだから、それで我慢しろよ」


 ――うん! 私、ちょっとその辺で蛇をつまんでくるね。


「え? お前らの食べ物って、毒素(クイス)だろ?」


 ――おやつだよー! 木の実、まだ熟してないから。北のほうに岩場があってね、蛇がいるんだ。人もたまに通る道だよ。


 北というと、レステファルテ国の王都――殻状都市オルセリアンがある。前に隊商と通ったルートのどこかだろう。この国の砂漠は砂だけの場所のほうが少なく、ほとんどは礫砂漠(れきさばく)だ。岩場も多い。

 マエサ=マナのある赤砂荒野も、赤い砂と礫が多い砂漠地帯である。一転して、西に広がる白い砂の墓場砂漠は砂だけだ。


「蛇か、いいなあ。集落の備蓄が減ってるから、動物を狩らないといけないんだ。僕も一緒に行こうかな」


 トリトラが立ち上がると、ポナはぶるぶると頭を振る。


 ――それなら持ってきてあげるよ。黒狼だけは乗せたくない。でも、シューさんを連れてくには危ないから。


「毒蛇の巣なのか?」


 修太の問いに、ポナは否定する。


 ――うーん、毒はあるかもしれないけど、違うよぉ。えっとね、蛇の胴体がね、シューさんの体くらいの太さなの。


「へえ、肉が多くていいね」

「そういう問題か、トリトラ!? 俺は行かない、絶対に行かない。断固拒否だ!」


 ――だから連れていかないってば。エズラ山なら安全なんだけどねえ。皆がおやつに食べちゃうから、蛇、いなくなっちゃったの。


 岩塩鳥は、エズラ山から蛇を絶滅させたらしい。


 ――たまに砂漠から迷い込む蛇もいるけど、見つけたら、つい食べちゃうんだよねー。


「そんなスナック感覚で食べるんだね」


 啓介が面白そうに言い、ポナは首を傾げる。


 ――スナック?


「手軽なお菓子……とか?」


 そういえば意味を知らない。修太が啓介を見ると、啓介が頷いた。


「簡単な軽食って意味だけど、お菓子でいいんじゃないかな」

「らしいぞ、ポナ」


 ――へー! シューさんのお友達は賢いんだねえ。蛇はスナックなんだね!


「いや、お前らだけの常識だからな?」


 ――じゃあ、行ってくるねー。すぐに戻るから待っててね


 ポナは羽ばたいて空へ舞い上がり、あっという間に姿が見えなくなった。

 それから三十分くらいして、ポナは頭の無い蛇を足で掴んで戻ってきた。茶色に黒の(しま)がついていて、見るからに不気味だ。


 ――毒のあるところは捨ててきたから、あとは食べられると思うよ。


「じゃ、そのままマエサ=マナに戻ろう。おい、俺にそれを見せるな! やめろ!」


 スオウ国にいたアルヴィーラみたいに意志疎通ができる蛇ならいいが、蛇そのものはそんなに好きではない。レステファルテでは毒蛇が多いから、すっかり嫌悪の対象だ。


 ――すごいでしょ。ポナは狩りの名人なんだよ~!


「ポナちゃんはかっこいいね!」


 啓介が褒めるので、ポナはふんぞり返る。


 ――そうでしょ。えへへー!


 ポナは浮かれまくり、帰りに墜落しかけた。

 青ざめる修太とトリトラに対し、啓介はジェットコースターみたいだとはしゃいでいた。大物である。


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