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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 激動の赤砂荒野 編
304/340

 6



 近況を話すと、イェリとアリテは驚愕を込めて、修太を凝視した。


「グレイの養子だと」

「かなりびっくりしたわ。冗談ではないのよね?」


 彼らの驚きようも分かる。自分でも意外な状況だ。


「そんな冗談を言うわけがないだろ」

「おかげで、シューターは僕の弟分だよ」


 トリトラがにこやかに口を挟むと、イェリはトリトラのほうを不気味そうに見やる。


「なんでトリトラまでなついてるんだ」

「彼とはセーセレティーで会ったんだ。雰囲気が師匠と似てるだろ? それで気に入ったんだけど、僕がヘマしてダンジョンで毒をくらった時、彼が看病してくれたんだ」

「へえ。確かにあいつと雰囲気は似てるかもな。顔は似てねえけど」

「うっせーぞ、イェリさん! 地味で悪かったな。ビルクモーレで聞き飽きたわ!」


 修太は憤然と言い返し、体の前で腕を組んだ。ついでにビルクモーレでの話もすると、イェリはほっとした様子を見せた。


「そうか。グレイの奴、親父さんのこと、けりがついたんだな。俺らは後始末はすることはあるが、仲間をはめる真似はしねえんだ。父親の親友に、父親を殺されたことが、あいつには納得がいかなかったんだろ。人間なんて大きなくくりじゃなくて、賊嫌いに落ち着いたのは良かったと思うぜ」

「親を殺されて納得できるかよ。……まあ、グレイはおっかないけど、良い人だと思うよ」


 修太がそう呟くと、アリテもこくりと頷いた。


「私もそう思うわ」

「小僧とアリテみたいなのが、人間では少数派なんだけどな」


 イェリはふっと笑って、アリテの頭をぽんぽんと撫でる。こんなふうにしていると、とても血のつながらない親子には見えない。


(俺もグレイとこうなれるのかな)


 良い見本がいてくれて良かったなあと、修太はさりげなくイェリとアリテを観察する。


 ――シューさん、遊ぼうよぉー! 


 そこへ、(ごう)を煮やしたポナが飛んできて、テントの傍に着地した。ぶわっと風が巻き起こり、砂が飛ぶ。日除けの布に砂が当たって、パラパラと音を立てた。布を支える木材が大きく軋んだのを見て、修太は目を吊り上げる。


「くぉら、ポナ! 羽ばたくな! テントが壊れるだろ!」


 ――ずっと待ってるのに、ひどーい! ポナ、お姉ちゃまがいなくなってから、寂しいのに。ひどいよぉー。うわぁぁん。


 巨大な鳥が地面に伏せて、わんわん泣き出す様は圧巻だ。

 緑色の目からポロポロと涙が零れ落ちると、岩塩に変わって地面へと転がる。さすがの修太も放っておけず、ポナに構うことにした。


「ああもう、悪かったってば。泣くなよ」


 どうすれば泣きやむのかと、嘴を叩いてみたりするが、ポナはぐずついている。体が大きいだけで、精神的には幼稚園児みたいだ。


「遊んでやるから。っつっても、お前、俺とお前じゃ大きさが違うんだぞ。どう遊ぶんだよ」


 ――ポナの背に乗って、エズラ山を飛ぶの。山の向こうに小さいオアシスがあるから、私と水浴びして遊ぼう。果物もあるんだよ。


「くっ、自殺行為すぎて乗りたくないけど、しかたねえな」

「シュウ、ポナちゃんと飛行するのか? 俺も乗りたい!」


 修太とポナの会話を聞きつけて、啓介が楽しそうに駆け寄ってくる。


「ポナは飛ぶのが下手なんだぞ、啓介。今日だって山に激突しただろうが」

「しがみついてたら死なないって」

「そういう問題か?」


 啓介の考えをいぶかる修太の横で、イェリはポナに質問する。


「エズラ山のボスだよな? あの山の向こうに、オアシスなんかあったか?」


 ――あるよー。ポナならすぐに着くよ。


「つまり、鳥でないと行けないような距離か?」


 ――分かんない。ポナ、黒狼みたいに地面を歩かないもん。


 修太は半笑いを浮かべる。


「まあ、そうだよな」

「坊主、グレイかトリトラを連れていって、場所を見てきてくれよ。果物がとれるんならありがてえ。それに、怪我人だけでも避難できるようにしたい」

「怪我人? 治療師がいても駄目なのか?」


 〈青〉の治療魔法であっという間に治るので、イェリの頼みは不思議に思えた。


「連日のことで、仲間の治療師も魔力不足で疲れがたまってるんだ。重症者を優先的に治して、あとは俺が薬を塗ってやっている状況なんだよ」


 声に苦味を混ぜ、イェリは説明する。なるほど、イェリの言っていた通り、確かにじり貧だ。

 するとトリトラが右手を上げて引き受けた。


「そういうことなら、僕が同行するよ。ねえ、君は三人くらいは乗せられるよね?」


 ――うん! ポナ、強いから大丈夫! でも、黒狼かあ。怖いからやだなあ。


「俺がいるから大丈夫だって。頼むよ、ポナ。ここの連中がやられたら、次にレステファルテ兵が向かうのは、お前の所だぞ。助けてやったほうがいい」


 ――えっ、なんで来るの!


「お前達がドロップする岩塩は、人間の間では金になるんだよ。エズラ山は宝の山ってことだな」


 ――あの人達のほうが怖いからやだ! シューさんがそう言うなら、助けてあげるよ。これもあげる。


 さっきの涙が岩塩に変わったものを、ポナは嘴で示す。


「ありがとな、ポナ」


 修太がお礼を言うと、周りにいる黒狼族もポナに感謝を示した。声をかける者もいれば、会釈する者もいる。


 ――黒狼にお礼を言われるなんて、変な感じー。ポナのお友達が言うからだからね、勘違いしないでよねっ。


 ポナはツンデレじみたことを言い、ちょっとだけ身を低くして、修太の後ろに隠れるそぶりをする。


「ポナ、俺の後ろに隠れたって、俺は助けてやれねえぞ。弱いから、真っ先にアウトだ」


 ――いいの。シューさんといると落ち着くの。〈黒〉の魔力は、私達が生まれる闇の香りをしているから、眠る時みたいな感じで気持ち良いの。


 修太は試しに、手の甲を鼻に近付けてみたが、魔力のにおいなんて分からない。


「全然分からん。黒狼族は、魔力のにおいって分かるのか?」

「さすがにそこまでは分からないよ」


 トリトラが否定するところをかんがみるに、モンスターにしか分からないことのようだ。


「まあ、いっか。とりあえず、ちょっと行ってくるよ。おーい、皆、ちょっといいか」


 近くで負傷者の世話をしている仲間のほうへ、修太は小走りに向かう。ポナとともにオアシスに行く話をした。


「それならついでに水を汲んできてくれ。確か(おけ)を持っていたよな」


 フランジェスカの頼みに、修太は頷いた。


「分かった。皆の水筒にも汲んでこようか?」

「煮沸したほうがいいから、桶だけで充分だろう。ケイ殿、気を付けてな」


 フランジェスカは啓介に声をかける。


「シュウタさんをよろしくお願いします、トリトラさん」


 ササラがトリトラにぺこっとお辞儀をする。ピアスが右手を上げた。


「ねえ、ケイ、荷物を少し置いていってくれない? そもそもエズラ山には昼食の休憩で下りたから、お腹が空いたわ。先に食べてるわね」

「ああ、そうだったな。ばたばたしてたから忘れてた」


 啓介は休憩地にテントを置くと、そこに食料を入れておいた。修太達は出かけた先で果物でも食べようと言い合う。


「ポナよ、レステファルテ兵を見かけたら、戦わずに戻ってくるのだぞ」


 ――はーい、分かりました、クロイツェフ様


「うむ」


 サーシャリオンは鷹揚(おうよう)に頷き、暑いとぼやいて、気温調節のついたテントに入ってしまう。真っ先に休息に走る辺りがさすがだ。

 準備を終えたので、ポナの背に乗ろうとしたところ、グレイが女戦士を二人連れてこちらにやって来た。一人は五十代前半ほどで、もう一人は三十代半ばくらいで見覚えがあった。確かグレイの姉だ。


「シューター」

「あ、ちょうど良かった。父さん、ちょっとエズラ山の向こうまで、ポナ達と出かけてくるよ」


 オアシスの話をすると、グレイはポナに注意する。


「おい、ボスモンスター。こいつらを落とすんじゃねえぞ」


 ――はーい。


「うわあ、すっげえ信用ならねえ返事」


 ポナの安請(やすう)け合いが、修太には怖い。グレイは隣の女戦士達を示す。


「それから、シューター。紹介しておく。俺のお袋と姉だ」

「ミドーレよ、よろしく。漆黒の〈黒〉なのね」


 五十代前半程の女はあいさつして、琥珀(こはく)色の目を細めた。背が高く、華奢な体格でほっそりしていた。長い黒髪を三つ編みにし、表情に乏しく、静かな雰囲気をしている。外見も雰囲気も、グレイとよく似ていた。


「シューター・ツカーラです。よろしくお願いします」


 目のことを言われて、そういえばフードを外したままだったと思い出した。修太があいさつをすると、ミドーレは修太とグレイを見比べている。


「グレイ、本当に養子なの? それにしては雰囲気が似ているわ。なんだか他人とは思えない」


 じっと疑いを込めてグレイを見つめるミドーレに、グレイはきっぱりと返す。


「養子だ」

「隠し……」

「隠し子じゃねえ」


 ミドーレが言いかけた言葉を、グレイは素早く否定する。


「こっちは姉のバロアだ」


 面倒な会話を避けるように、グレイは姉のほうを紹介する。修太はそちらにもあいさつしようと思ったが、その前にバロアが鼻を鳴らして言う。


「気に入らないね」


 豊満な胸を抱えるみたいに体の前で腕を組み、バロアは上から睥睨(へいげい)する。女にしてはがっしりした体をしていて、背も高い。いかにも戦士といった風情で、金の目をギラつかせている様は怖い。


「こんな弱っちい男を、養子だって? 娘を保護するんならまだ分かるが、男に保護なんか必要ないだろう」


 バロアの厳しい物言いに対し、グレイは興味も無さそうに、薄い態度で返す。


「血縁だろうが、俺が決めたことに口を出されるいわれはねえな」

「生意気を言うんじゃないよ」

「文句があるなら、こっちでけりつけるか?」


 ハルバートを示すグレイに、バロアは口端を釣り上げて笑う。


「面白い」


 バロアが槍を握る手に力を込めた時、ミドーレが一喝した。


「やめなさい! 今、私達には身内で喧嘩している余裕はないのよ。バロア、グレイのことは放っておきなさい。お前とグレイでは、生きる道が違うのだから」

「……はい」


 ものすごく不満そうにしながら、バロアは頷く。ミドーレはグレイのほうを見た。


「久しぶりに会えて、養子を紹介してくれただけで、私は充分よ。普通は集落を出たら、もう会わないものだから」


 静かに微笑みを浮かべたミドーレだが、そこで悪戯っぽく問う。


「養子はいいけど、グレイ、いい加減、一族の女と結婚したらどうなの? 見合い相手を送ってるのに、全然じゃないの」

「あれはお袋の仕業か。面倒だからやめろ」

「じゃあ、どんなのが好みなのよ」

「……後くされがなくて、うるさくない奴」

「あんたね、それ、結構最低なことを言ってるわよ! まったくもう、小さい頃からそっけなかったわよね。もうちょっと会話ってものをしなさいよ」

「うるさい奴は鬱陶しいと言ってるだろ」

「だからって、ちょっと話しかけたら、うるさいから話しかけるなって返すのはあんまりにもあんまりでしょ!」


 急に始まった親子での口論に、修太はあっけにとられている。グレイに無暗に話しかけると煙たがられるが、昔からこうだったとは驚きだ。

 すると何故かバロアが、修太にきつい眼差しを寄越す。


「お前が邪魔してるんじゃないだろうね?」

「そんなことするわけないだろ。だいたい、反対したってあんた達黒狼族が俺の言うことなんか聞くかよ」


 即座に言い返すと、グレイが口を挟んだ。


「おい、変ないちゃもんを付けるんじゃねえよ」

「私はこんな養子、認めないからね!」

「好きにしろ。そもそも、姉さんの許可など必要ない」

「何よっ、可愛くない! あんたにそっくりな可愛い甥か姪を見たかったのに! バーカ!」


 バロアは子どもじみた罵倒をすると、修太のほうをギッとにらんでから、赤い石を積んだ塀に囲まれた集落へと駆けていった。門には赤く塗られた木の柱が二本立っていて、てっぺんに結ばれた青い布がバタバタと風に揺れている。


「なあ、グレイ。あれって単純に、血の繋がった子どもを見たくてすねてるだけじゃないのか」

「子どもが欲しいなら、あいつが結婚すりゃあいいだけだろ」

「いや、まあ、そうかもしんないけど……。でもほら、親族としてはそう簡単に片付くことじゃないだろ?」

「ここに寄ったのは気まぐれだ。興味はない」


 そこまですっぱり切り捨てられると、修太はバロアが不憫になってくる。


「相変わらず冷たいわねえ。そんなに興味がないなら、もう結婚しろなんて言わないわよ」


 ミドーレのほうが匙を投げた。そして、修太に気遣わしげな目を向ける。


「あんた、グレイの養子になって大丈夫なの? 良い奴ではあるんだけどね。親から見ても、結構、難しい性格をしてると思うわよ」

「はあ。もう慣れましたんで、大丈夫です」

「ふうん……。本気で言うなんてすごいわね」


 意外そうに呟き、ミドーレは修太の頭に、ポンと手をのせた。そのままわしゃわしゃと撫でられ、髪がボサボサになる。


「……あの?」


 何をしたいんだろうと戸惑う修太に、ミドーレは薄らと笑みを浮かべる。


「いいわよ。孫として認めてあげる。今日から、おばあさまと呼びなさい。おばあさまよ、おばあさま」


 やたら「おばあさま」を強調する。どうやら家族として認めてくれたらしいが、修太は戸惑いが大きい。


「ええと……でも」

「なあに、孫は嫌?」

「そうじゃなくて。ミドーレさん、まだ若いから、その呼び方は抵抗が……」


 たじろぐ修太の前で、ミドーレは口元に手を当てる。嬉しそうに口角が上がった。


「まっ。やだもう、可愛いことを言うわね! ちょっと、グレイ。あんたもこの子を見習いなさい!」

「は? お袋はどう見てもババアだろ」

「死ね!」


 ミドーレの鋭い蹴りが飛んだが、グレイはすっと横にずれてかわした。


「可愛くない奴だね! 久しぶりに稽古してやろうか、ああん?」


 ミドーレは拳を構え、腰を落として臨戦態勢をとる。そんな彼女に、グレイは淡々と返す。


「身内で喧嘩している余裕はなかったんじゃないのか」

「それとこれとは別だ!」


 怒って青筋を立てているミドーレの口調は、鋭いものに変わっていた。


「ほらみろ、女って面倒くせえだろ?」


 グレイに同意を求められ、修太は顔を引きつらせ、ぶんぶんと首を振る。


「いや、今のはどう考えてもグレイが悪い」

「事実しか言ってないが」


 何がいけなかったのかと、グレイは僅かに首を傾げる。


(ちょっと、いい加減に黙ってくれます!?)


 ミドーレの殺気がおっかなくて、修太はますます青ざめる。

 結局、ミドーレは修太に「ミドーレさん」呼びでいいと言い、足音も荒く集落に戻っていった。


「なあ、久しぶりの親子の再会がこんな感じでいいの? 大丈夫?」


 思わず訊く修太に、グレイは頷く。


「問題ない」


 本当に? まったく問題ない?

 母親と姉を怒らせたグレイは、どうでも良さそうに煙草を吸い始めた。自分で言っていた通り、本当に興味がないらしい。

 修太のほうがはらはらしてしまうが、ポナ達を待たせているので、そっとその場を離れた。


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