表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
レステファルテ国 激動の赤砂荒野 編
303/340

 5



 あいさつしようと右手を出したら、思い切りひねるのだから、黒狼族の子どもって怖い。

 修太はいまだに痛む右腕をさすりながら、あの敵意には懐かしさを覚えた。


「初めて会った頃のシークみたいだったな」


 修太の呟きを拾い、トリトラはバルのほうをちらっと見た。


「ああ、さっきのクソガキ? 僕らが集落を出た頃はチビだったけど、生意気に育ったみたいだね」


 気に入らないという態度でふんと鼻を鳴らし、トリトラは皮肉っぽく笑った。

 スレイトがバルは九歳だと言っていた。トリトラの今の年齢は十九歳だから、トリトラが十三歳で集落を出た頃、バルはまだ三歳だったはずだ。チビと表現するのも当然だ。


「いい、シューター。母親が怖いから、あんなことをする奴ばっかじゃないけど、子どもはまだ修業前なんだ」


 トリトラが真面目な口調で話すので、修太は合槌(あいづち)を打つ。


「外のことがよく分からないから、僕らは集落を出たら、父親や師匠のもとで一年の修業をする決まりなんだよ。僕みたいに力加減が苦手な子どももいるから、安全のためにも、一族の子どもには近付かないほうがいいよ」

「了解」


 そういえば、トリトラには悪意は無かったが、軽く背中を叩かれたせいで、修太はテーブルに突っ伏すはめになったのだ。あれを思い出すと、黒狼族の恐ろしさを実感する。


「それに、あいつらは仲間しかいない世界に住んでるんだ。ここに来るのは岩塩狙いの商人か、あんなふうに集落を襲うような悪党ばっかり。意味は分かるだろ?」

「外から来る奴は、だいたい敵だと思ってるわけか」

「そういうこと。レステファルテ人は僕らを差別してるから、他人を警戒するのは正しい。でも、君や白い人みたいに、種族という理由で差別しない人もいるってことは知るべきだよ」


 トリトラは子ども相手だろうが厳しいみたいだ。


「俺は大人の対応をするべきなのかな」

「え? それは違うでしょ。気に入らなければ、そう言えばいい。だいたいさ、君と僕とは違う個なんだから、推測はできても理解なんか無理。僕らが思ったことをそのまま口にするのは、不快なら相手が言い返すって思ってるからだよ。我慢すると、つけ上がるよ?」

「ああ、そういう……」


 トリトラと話していて、修太は急に理解した。

 彼らには表も裏もないわけだ。そう分かってみると、気に入らないとはっきり口にするバルは可愛い気がしてくる。腹の内で何を考えているか分からない者より、あけすけで分かりやすい。


「だから、何回も言ってるけど、僕らは感情面にうといんだ。口にして言ってくれないと、分からないんだって」

「面倒くせえな」

「ええー? 何も言わないで、勝手に悩んだ挙句に、いきなり怒り出すほうが面倒くさいよ」


 修太の愚痴に、トリトラも言い返す。

 トリトラの言い分も分かるので、修太は押し黙る。


「ほら、また黙る。何?」

「お前の言い分も分かるけど、やっぱり面倒くさいなって」

「ははっ。そういう遠慮のないとこは好きだよ」


 何故かトリトラが笑い出した。

 どうしてそこで面白そうにするのか、修太にはやっぱりトリトラの笑いのツボが謎だ。

 首をひねっていた修太だが、シークがアリテに抱き着いたのを見て、考えが吹っ飛んだ。


「アリテー! 久しぶり!」

「きゃあっ」


 突然のことに、アリテが身をすくめる。イェリはシークの後ろ襟を掴んで、アリテから引きはがす。


「こらっ、娘に気安くするんじゃね……うおっ」

「おっさんも久しぶり!」


 シークはイェリにもハグをした。


「そういや、ビルクモーレでグレイと再会した時もあんなんだったな、あいつ」


 修太の呟きに、トリトラは頷く。


「シークは、久しぶりに会う知人には、抱き着くんだよね。彼の母親がそういう教えをさずけたせいで」

「レステファルテの慣習?」

「いや、おばさんのマイルール」

「……そうなんだ」


 また迷惑な教えを受けたものだ。イェリとアリテの驚きようを、修太は同情を込めて眺める。


「よ。イェリさん、アリテ、久しぶり」


 修太がフードを脱いで声をかけると、イェリはシークを自分から引き離してからあいさつする。


「よう、元気そうじゃねえか、坊主。その鉄狼(アイアン・ウルフ)、まだ一緒なんだな」


 修太は足元にいるコウを見た。常に傍にいるので、修太にしてみればすっかり空気みたいな存在だ。


「まあな。アリテは背が伸びたみたいだな」


 長い黒髪を三つ編みにしている少女は、以前と同じく、水色の長衣みたいなワンピースを着ている。湖面のような静かな青い目が、修太をひたりと見つめ返した。右目を覆う包帯が痛々しいが、色白で可愛らしい少女だ。


「君は変わってないみたい」

「うっせえな、これから伸びるんだよ!」


 異世界に来た時に若返ったが、身長は伸びるはずだ。……たぶん。


「こら、チビ! 俺の将来の嫁に、きつく当たるんじゃねえよっ」


 シークが噛みつくと、アリテがぎょっとした。


「え? あれって本気だったの? 冗談だと思ってた」

「こんなことで嘘を言うかよ」


 瞬く間に不機嫌になるシークを、アリテはけげんそうに眺める。


「変な人。私みたいなキズモノと結婚したいなんて」

「はあ!? 何言ってんだ」


 卑屈な言葉を聞いて、シークが真顔になる。


「お前の右目の怪我は、お前のせいじゃねえし、傷があるってことは生きてる証だ。それの何がいけない。いくらお前でも、俺が好きなお前が、お前を馬鹿にするのは許さねえ」


 その怒りにアリテは驚いた様子でシークを見つめ、パッと目をそらして、顔もそむけた。


「……本物の馬鹿ね」


 言葉のわりに、アリテの目元は赤く、口元には笑みが浮かんでいる。照れているようだ。

 シークは胸を手で押さえた。


「うおっ、なんかその『馬鹿』はぐっとくる。もう一回言って!」

「……馬鹿じゃないの。気持ち悪い」


 今度は本気のさげすみをにじませて、アリテはぷいっとそっぽを向いた。


「ひでー!」


 シークが言い返すと、イェリのほうが怒った。


「うるせえぞ、クソガキ。こんな近くで大声を出すな。ったく、俺が差し向けたとはいえ、よくグレイはこんな奴のおもりを耐えられたな」

「うるさいって言われて、よくアイアンクローされてたよ」


 トリトラの暴露に、イェリは頷く。


「ああ、そうだろうよ。俺でもする」


 イェリは会話しながら、敷物に座っている黒狼族の男のほうに行き、そちらの傷を消毒して、傷薬を塗り込んだ。


「この程度なら、薬を付けておきゃあ治る」

「……助かるぜ、イェリ」


 男の返事に頷いて、また隣の患者のほうに行く。アリテもついてきて、傷がひどい者は治療師(ヒーラー)として治していく。


「そういやあのダークエルフの奴、ここでも魔王って騒がれてるんだな。またあいつかと呆れられてたぞ」

「そこで排除に向かわないのが面白いよな」


 修太の返事に、イェリは肩をすくめる。


「敵じゃないからな。レステファルテ兵を追い払ってくれたのはありがたい。いくら俺らが頑丈で、三日は眠らなくても平気で、一週間は動き回れるったってな。こうも連日やって来ると、じり(ひん)だ。食糧の備蓄がかなり減ってる」

「そんなに襲ってくるの?」

「ああ。ここ一ヶ月ばかり、ずっとあの調子だ。捕虜は出てねえが、何人か死んじまった。ったく、あいつらは俺達を奴隷にしたいくせに、何してんだって感じだぜ」


 舌打ちをして、イェリは眉間に皺を刻んだ。


「俺、あの王子は嫌いだ」

「安心しろ。レステファルテ人にも嫌われてる」

「それを知ったからって安心はできないよな」

「違いねえ」


 イェリはけらけらと笑い、女戦士のほうに行く。軽いやけどを見て、アリテを呼んだ。アリテがすぐに治療魔法をかけ、ふうと息をつく。


「お父さん、疲れてきたわ」

「重症患者はおおかた()たから、一度休憩するか」


 イェリは周りを見回して、一つ頷いた。女戦士には水を飲むように言い、立ち上がる。


「そういや、なんでまた、グレイだけでなく、トリトラとシークまで一緒にいるんだ? あっちのテントで話を聞かせてくれや」

「うん、いいよ。あ、お姉さん、この水をあげるよ。まだしんどそうだ」


 旅人の指輪から水筒を出して、使い捨て用に買いだめしている木製のコップについで渡す。


「ありがとな、少年」


 彼女は礼を言って受け取った。近くの男が手を上げて、こっちにもくれと言うので、修太はしばらく水を配って歩いた。気付けば、修太だけでなく、仲間達も戦士達の補助に当たっている。

 一足先に、日除けのテント下に向かっていたイェリが、後で修太の肩を軽く叩いて言った。


「たまたま立ち寄っただけだろうに、働かせて悪いな」

「困った時はお互い様だよ」

「小僧は変わってるが、良い奴だよな」

「うん。一言余計だ」 


 修太は言い返した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるーく活動中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ