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マエサ=マナの北部一帯は、戦の跡でひどいありさまだ。
赤い甲冑の兵士の死体がごろごろと転がっていて、そこから焦げ臭いにおいがしている。
黒狼族達は怪我人の手当てをし、同朋の亡骸だけを運んできて、集落から離れた場所に埋めた。
「グレイ。物資の支援に感謝する」
三十代半ばほどの黒狼族の男が、グレイに声をかけた。
ゆるく波うった黒髪を後ろで結び、垂れ目がちの紺色の目を持っている。族長の夫で、黒狼族で最強といわれている男だ。グレイより一つ年上なだけなので、もちろん集落で暮らしていた頃からの顔見知りである。緩くてけだるげな空気をしているが、槍の名手だ。
「スレイトか。たまたまのことだが、役に立ったようで何よりだ」
「しっかし、お前も物好きだな。あの連中とまだ一緒に行動してるなんてよ」
「ああ。シューター、こっちに来い」
「ちょっと待って。大人しくしてろよ、おいこら、ばたつくな。ポナ!」
――ぶー!
退屈だから遊ぼうとわめくポナを一喝してから、修太がグレイのほうに駆けてくる。
「この男はスレイト。族長であるカリアナの夫だ。俺より強い」
「そうなの!? すげえ、そんな人が存在するのか……」
修太はたじろいだ様子でスレイトを見上げ、それからグレイのほうを不思議そうに伺う。どうして紹介されたのか分からないようだ。
「スレイト、こいつはシューター・ツカーラ。俺の養子にした」
「は……?」
スレイトはあんぐりと口を開く。
「養子? お前が? どう見ても、弱そうだが」
「戦えねえし持病があるが、精神面は強い」
「ふうん、こいつがねえ。まあ、前にエズラ山のボスモンスターを鎮めてくれたのは助かったよ」
スレイトの好奇の視線に、修太は気まずそうに首をすくめたが、ぺこっと頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「だから一緒にいるのか。あっちのガキどももいるのが驚きだぜ」
トリトラとシークのほうを一瞥し、スレイトはぽつりと言う。
「そういや、イェリはどうしてるか知ってるか? 何か連絡は?」
「イェリならあの辺にいるぞ。ほら、あそこ。養女と怪我人の手当てをしてるだろ」
スレイトが示すほうに、日射し避けのマントを着たイェリとアリテが働いているのが見えた。戦場に立ち込めるひどいにおいのせいで気付かなかった。
「ここが襲撃されるって情報はイェリから得たんだ。立場がまずくなるのを見越して、レステファルテ国内の冒険者ギルドに伝言を回してから、こっちに避難してきたんだよ。レステファルテじゃあ、どこに逃げたって同じだから、ここのほうがマシだ」
スレイトはそこで溜息をついた。
「何人かはここに着いたが、数人はレステファルテの連中に捕まったみたいだ。パスリルの情勢が悪いだろ? この機に乗じて、戦を仕掛けるんだと。兵力の足しに、俺達を戦闘奴隷にしようって腹らしい」
「それで先にこっちに戦か? あの馬鹿王子らしい、間抜けな采配だな」
「おう。わざわざ遠征して、兵力を減らしに来たようなもんだ。物資で金がかかるだろうに」
嘆かわしげに首を振り、スレイトは砂漠のほうへ目を細める。
「助けられるもんなら助けてやりてえが、ここを守るので手一杯だ」
「ここからはどうだ? 捕まった奴は?」
「死人は出たが、捕虜はいねえよ」
そこへ、子どもが駆けてきた。
「父さん、母さんが今後の方針を話し合いたいって」
「ああ。グレイ、こいつは俺達の息子だ。バルっていう。バル、あいさつしろ」
黒い髪と紫の目を持つ子どもは、勝ち気で賢そうな顔をしている。
「バルです。父がお世話になっています」
「くくっ、どういうあいさつだよ。九歳にしちゃあ、大人びてるだろ? ちょっとうけるよな」
「俺は間違ってないぞ。母さんが言ってた。父さんが悪さした後片付けに、いつもグレイが付き合わせられてたって」
バルの主張に、スレイトはたちまち渋面になる。
「カリアナ、余計なことを教えやがって。まあ、それはいい。ほら、バル。こっちはグレイの養子だそうだ」
「シューター・ツカーラです。よろしく」
修太が右手を差し出すと、バルは握手を返し……たかと思えば、そのまま修太の右腕をひねった。
「いだだだだ」
「なんだ、弱いじゃん」
パッと手を離したものの、修太は痛そうに右手を振っている。グレイは修太の肩を引いて、バルから離し、後ろのほうに立たせる。そういえば、子どものほうが容赦がないのだと忘れていた。
バルは不服そうに目を細める。
「グレイは仲間じゃ五本指に入る強さなのに、なんでこんなのを養子にしたの?」
「お前の思う価値観と、違う基準で強いからだ」
「よく分かんないよ。戦いに強いのが、強さでしょ?」
「理解しなくてもいいが、こいつに手を出すんじゃねえ。分かったな」
「でも、俺は弱い奴は嫌いだ」
バルが意見を曲げる気がないようなので、グレイは面倒になって、後方を振り返る。
「おい、トリトラ」
「なんですか、師匠」
トリトラは素早く駆け寄ってきた。グレイは修太の背を軽く押して、トリトラのほうに向かわせる。
「シューターの傍についていろ。ガキどもの標的になるかもしれねえ」
「分かりました。シューター、あっちに行こう」
「ああ。それじゃあ、スレイトさん、失礼します」
修太はちらっとバルのほうを気にしたものの、スレイトに頭を下げて、その場を離れる。
「トリトラ、あっちのイェリさんとこに行こうぜ」
「いいよ。シーク、あっちに君のあの子がいるよ」
暇そうにしていたシークはバッと振り返り、パアッと明るい顔をして、そちらに走っていく。
その一部始終を見ていたスレイトは、すぐに察知したようだ。
「なんだ、シークの奴、イェリの養女に気があるのか」
「アリテが成人したら、嫁にするつもりらしいぞ」
「ふうん。何がそんなに良いんだかね」
けげんそうにしているスレイトに、グレイはふんと鼻を鳴らす。好みはそれぞれだ、スレイトがどう思おうが、グレイは興味が無い。
「お前、養子のこと、ミドーレとバロアにも紹介していけよ」
ミドーレはグレイの母親で、バロアは姉だ。
「バロアも反対するだろう。気を付けておけ」
スレイトは忠告すると、族長のいるほうへ歩いていく。バルもついていった。
「ああ」
グレイは頷いたものの、賛成されようが反対されようがどうでもいい。グレイは集落を出た身だ。自分が決めたことについて、干渉されるいわれはない。
それよりも、黒狼族の子どものほうが厄介だ。
大人はグレイを尊重して、修太を守るだろう。だが、子どもは自分の考えのほうが大事で、気に入らなければ排除しようとするはずだ。
(土産は渡したし、用は済んだ。今日はここで野宿して、明日には発つほうがいいか)
後で、フランジェスカやサーシャリオンと話そうと考えながら、赤砂荒野のほうを眺める。あの王子は邪魔になれば味方も魔法の餌食にしていた。肉が焼け焦げた醜悪なにおいに、眉をひそめた。