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再び鳥のモンスターの背に乗って、空を移動する。ポナが配下三羽を連れて、一緒についてきた。
――ねえ、シューさん、危ないよぉ~。なんかね、火がボーンって飛び出してね。ドカーンってなったりするの。
ポナの感覚的な表現を聞いて、修太は問い返す。
「つまり、強い〈赤〉の魔法使いがいるから危険だってことだな?」
――そうそう! 他にもいるよ。でも火がボンボンしてて怖いよ。ポナも燃やされちゃうかも。
「お前は上空にいて、下には降りるな。いいな? でかいから的にしやすい」
――そんな怖い所に行かないでさぁ、ポナと遊ぼうよ、シューさん。ねえねえ。
「うるさいなあ。行くったら行くんだよ」
――ぶー!
修太が言い返すと、ポナは不満たらたらに返す。
「あはは、シーク、君みたいな分かりにくい会話だねえ」
「うっせえぞ、トリトラ。俺はここまでガキっぽくない」
後ろのほうで、トリトラとシークが言い合っている。修太はグレイのほうを見た。コウと一緒に乗っているグレイからは感情が読めない。
右のほうにいるサーシャリオンがグレイに話しかける。
「むしろ、今まで無事だったのが奇跡ではないか? こんな砂漠の危険地帯とはいえ、岩塩は金になるだろう」
「分かってねえな。魔法が使える分、一族の男よりも女のほうが強いんだ。並の魔法使いなら、並の歩兵十人分の働きをするが、黒狼族の女ならば弱くても一人で歩兵百人分くらいになる。戦なんざしてみろ、割に合わねえだろうよ」
グレイの冷静な指摘を聞いて、修太はゾッとする。
「それじゃあ、その黒狼族の女よりも強いらしいグレイってどうなんだ?」
修太がひそひそと後ろの啓介に問うと、啓介は真面目に返す。
「歩兵千人くらいの能力でも、俺は納得するよ」
「身体能力に、嗅覚が効くだろ。奇襲してもバレるよな。――あ、花ガメの花粉を使われたらまずいんじゃないか? なあ、グレイ!」
修太はグレイへと大声で問いかける。
「集落にも、あの花粉への治療薬は届いてる。昔と違って、イェリが薬を作ったから、それほどひどくはない。薬師なんてしてると一族から見下されるもんだが、あいつが黙認されてるのはそのせいだ」
「へえ、あれってイェリさん開発の薬だったのか。そりゃすごい」
「あいつ、薬師のランクは藍だからな。住んでいる場所は悪いが、あれでかなり優秀だ」
グレイの称賛を、フランジェスカが鼻で笑う。
「あのセクハラ親父がねえ」
「ねえ、マエサ=マナが襲われてるなら、王都オルセリアンに住んでいるイェリおじさんって危ないんじゃないかしら。心配だわ」
ピアスは表情を曇らせる。ピアスはイェリと懇意にしていたから、尚のこと不安なんだろう。
「うおー! それじゃあアリテはどうなっちまったんだ! イェリのおっさんはしぶといから大丈夫だろうけど、アリテはか弱いのに!」
頭を抱えて叫ぶシークに、グレイが冷静に返す。
「イェリがアリテを放っておくわけがねえだろ。あいつは仮にも情報屋をしてるんだ、事前に危険を察知して、とっとと逃げてるさ」
「そうそう。しぶといから大丈夫だって」
トリトラも全く心配していないようだ。
そんな話をしているうちに、マエサ=マナのすぐ近くまで着いた。普通の嗅覚しか持たない修太でも、風に乗って、何かが燃えるにおいをとらえる。焦げ臭いし、腐ったにおいもした。
「また毒素溜まりになりかけておるぞ」
サーシャリオンが嫌悪を込めてうなる。
空から見ると、まるで赤い蟻の群れのような兵士の一団と、少数の黒衣の戦士達が戦っている。レステファルテ兵は赤に塗られた甲冑を着ているようだ。黒狼族はよく持ちこたえているほうだが、数に圧倒されているのか、少しずつおされている。
武器を手に戦う合間に、あちこちで魔法の花が咲く。
そんな中、レステファルテ兵から騎馬が飛び出した。まるでドラゴンのブレスのような火が前方めがけて発射される。女戦士は魔法でガードするが、何人かは火だるまになって、砂漠を転げまわった。
「うわっ。あれは全身大やけどじゃないか?」
ゴクリと息を飲む修太だが、啓介が否定する。
「違うよ。砂に転がって火を消したんだ。また動きだしてる」
「つよっ」
修太ならとっくに戦意喪失しているレベルだが、彼女達は諦めることを知らないようだ。
「少ないけど、男の黒狼族もいるみたいだよ、シュウ」
「危険を知って駆け付けたのかもな」
確か、黒狼族は女のほうが優位だ。それに、女が窮地にあれば、普段は一人でいることの多い男も、団結して救出に当たると、前にグレイが言っていた。
「ちっ、あの馬鹿王子が来てやがる」
グレイが舌打ちとともに言い、火炎が上がるほうを指差す。
「シューター、前に俺を燃やそうとした奴を覚えてるか。お前が無効化で防御した」
「ええっ、馬鹿王子ってあのおっかない奴!?」
よく覚えている。グレイが修太を認めるきっかけにもなった事件だ。
「あれが、リコさんが言ってた馬鹿王子か」
啓介が思案げに呟く。
上から見ていると、あの王子は楽しそうに戦っている。戦闘狂という雰囲気だ。乱暴者で鼻つまみにされているが、戦上手だからむげにもできず、王家は王子に海軍を与えて、王宮から追い払ったそうだ。
「俺を自分の船の魔物避けにするっつって、冒険者ギルドに押しかけてきたんだよな。俺、あいつは本当に嫌いだ。仲良くするのは、どうがんばっても無理」
「俺も嫌だよ。味方の兵士がいるのに、魔法の巻き添えにしてるじゃないか。最悪だ」
啓介は悪態をつき、ぎり……と歯ぎしりした。修太はぎくりとし、恐る恐る振り返る。啓介は冷静のようだが、銀の目には冷たい怒りが浮かんでいる。静かに切れているので、前にいる修太のほうがおっかない。
「ふむ。シューターがそこまで嫌うとはな。よし、分かった。我が仕返ししてやろう」
サーシャリオンがにぃっと口端を上げて、悪魔じみた恐ろしい笑いを浮かべた。そして、右手を掲げて周囲に声をかける。
「我、神竜クロイツェフ=サーシャリオンが命じる。我が僕ども、ここに集え。レステファルテ兵を追い払う壁となれ!」
サーシャリオンはただそう言っただけだったが、砂漠の地面が盛り上がり、下から岩のモンスターが顔を出した。どこからか鳥のモンスターが飛来し、サンドタートルも駆けてくる。昆虫や蛇のモンスターまで、戦場に集まり始めた。
「くくく。あやつらは血のにおいにつられてやって来たと思うだろうよ。さあ、逃げろ逃げろ」
まるでゲームを見ているみたいに、サーシャリオンが笑うものだから、修太は顔を引きつらせる。
「やばすぎるぞ、サーシャ。完全に魔王って感じの邪悪さだ」
どう見てもラスボスの哄笑だが、言葉のわりに、モンスターから兵士を襲う真似はしない。ただ壁になり、じっと兵士を見つめている。
だが、この異様な光景に恐れをなし、レステファルテ兵は瓦解した。将軍である王子の制止も無視して、後方へと逃げ始める。
王子は怒って、逃げる者を斬り捨てたが、集団パニックになっているので手が付けられない。仕方なさそうに、王子も引き上げていった。
これには黒狼族達もあっけにとられたようだが、兵士の次はモンスターが敵になったと思ったのか、戦闘態勢を取り直す。
そこへ、サーシャリオンは鳥モンスターへ命じて、下へと降りていく。
「えっ、あそこに行くのですか。お待ちくださ……きゃあああ」
同乗しているササラの憐れな悲鳴が響く。
修太も鳥モンスターに頼んで、慌ててその後を追いかける。サーシャリオンに付き合わされるササラがかわいそうだ。
警戒する黒狼族達の前で、サーシャリオンは鳥の背に立ち上がって、にこやかにあいさつする。
「久しぶりだな」
「お、お前……いつぞやの魔王!」
女戦士の誰かが叫んだ。
その後、後方で指揮をとっていた族長の女・カリアナが、右手を上げる。黒狼族達はいっせいに武器を下ろした。カリアナはサーシャリオンをまっすぐに見て、会釈をした。
「どういう魂胆かは知らぬが、援護に感謝する。サーシャリオン殿……だったか?」
「礼はいらぬ。あの馬鹿王子なる者が気に入らなかっただけだ」
サーシャリオンとポナの後ろに、修太達が次々に着地すると、黒狼族達はますます気の抜けた顔をして、あちこちから疲れの混じった溜息が落ちた。
修太は周りを囲むモンスターを気にして、サーシャリオンに声をかける。
「サーシャ、周りのモンスターに帰ってもらおうぜ」
「否。レステファルテの残党がいないとも限らぬ。しばらく番をさせておこう。――皆の者、頼んだぞ」
すると、あちこちからモンスターの返事があった。
「相変わらず、無茶苦茶な奴だな」
誰かが呟いた。
(ああ、それには俺も全面的に同意するぜ)
修太がこくっと頷く後ろで、仲間達もいっせいに首肯していた。