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気まぐれ都市サランジュリエを出て、ひとけがなくなったところで、サーシャリオンがモンスターを呼んだ。
大きな鳥のモンスターの背に二人ずつ乗って、大空へと飛び立つ。
途中で休憩もまじえながら、翌日の昼には双子山脈を越え、レステファルテ国の西部にある墓場砂漠の上空に着いた。そのまま南東へ向かうと、まるで塔が乱立しているような岩山の群集地帯に出る。岩塩鳥というモンスターの住処であるエズラ山だ。
あちこちの岩山のてっぺんには、麦わら帽子をひっくり返したみたいな巣がある。その中央部にあるとりわけ大きな岩山に、岩塩鳥のボスであるポナが住んでいる。
――マァァァ
「ん? なんかこれは……」
どこかから響いてくる声に、修太は眉を寄せる。
「聞き覚えがあるな」
後ろにいる啓介もそんなことを言った。修太はきょろきょろと周りを見て、自分達にかかる影に気付き空を見上げる。太陽を背にして、巨大な鳥が突っ込んでくる。
――クロイツェフ様――っ、お久しぶりですー! きゃあああ、ぎゃーっ!
最後には悲鳴に変わり、巨大な鳥は危うく地面に激突しかけて姿勢を立て直した。だが、結局、岩山にぶつかって止まる。
「相変わらず落ち着きのない奴だな。おい、大丈夫か?」
ササラと同乗しているサーシャリオンが、鳥の背で悠々と立って声をかける。ピクピクと痙攣していた鳥――ポナはぶんぶんと頭を振って、恥ずかしそうに笑う。
――たはは、またぶつかっちゃったー!
ポナは前に会った時よりも一回り大きくなっている。姉鳥のピリカほどではないが、成長したようだ。
岩塩鳥は、頭の部分は黄色、首周りは白いふわふわした毛、それより下は淡い黄緑色という、見た目がインコに似た鳥のモンスターである。嘴と足は黄土色で、どちらも固そうに見える。
「クアー?」
ポナはボスなので巨体を持つが、手下達は三分の一ほどの大きさだ。傍に集まってきて、心配そうに鳴いている。なんてけなげなんだろう。
地面に降り立った鳥の背から下りると、修太はポナに話しかける。
「何やってんだよ、ポナ。怪我してんじゃねえか」
ポナのすぐ下の地面に、白い塊がごろごろと転がっているので、修太は一応ポナを気遣った。岩塩鳥は、生きている時に怪我をしたり羽を抜いたりすると、それがたちまち岩塩に変わる。白、青みがかった白、ピンクがかった白の岩塩もあった。
――大丈夫だよ、シューさん。もう治ったよ!
「馬鹿、治るからって無茶をやっていいわけがねえだろ。もっと自重しろ!」
――ジチョーってなあに?
「ピリカはいないのか?」
――うん。あの後ね、寿命がきて、霧に帰ったの。
「そうか。ええと、それは残念だな。お悔み申し上げます……でいいのか?」
――ありがとう。闇に帰るのは当然なんだけど、やっぱりまだちょっと寂しいの。
悲しげにうつむいて、ポナは修太のほうにすり寄った。
――会いに来てくれてうれしい! 後で背中に乗せてあげるね!
「それは断る」
ポナの嘴を叩いて慰めながらも、修太はきっぱり答えた。
――なんでー!?
ガーンとショックを露わにするポナ。
さっきの飛行を見せた後で、よく言えるものだ。相変わらずのアホ鳥である。
「シューターってば、エズラ山のモンスターとも仲が良いなんて思わなかったな。だけど、なんか威厳のないボスだね」
トリトラがこっちに歩いてきながら、ポナをまじまじと観察している。
「代が変わったばっかだよ。シークと気が合うんじゃないか? 馬鹿だから」
「んだと、どういう意味だ、ゴラァ!」
シークがすかさず言い返す。
――無理ぃー。黒狼って怖いもん。あっち行って!
でかい図体で修太の後ろに隠れるポナ。修太はゆるゆると首を振る。
「あーあ、嫌われちまったな、シーク」
「振られてかわいそうに」
「おい、なんだよトリトラ。お前もだぞ、他人事みたいな振りすんな!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐシークを横目に、啓介がポナにあいさつする。
「ねえねえ、俺は触ってもいい? 春宮啓介っていうんだ。ケイって呼んで」
「こっちは俺の幼馴染で親友だぞ、ポナ」
――シューさんのお友達なの? ちょっとジェラシー。
「なんだそりゃ」
修太は小さく噴き出した。
幼稚園児が、とりあえず単語を使ってみたかった感じと似ている。
結局、ポナは啓介に触ることを許した。
「うわー、ふわっふわだ。可愛い!」
――そう。ポナはとっても可愛いの。ね、シューさん?
「はいはい、可愛い可愛い」
――ぶー!
このやりとりに、ピアスが大ウケしている。
「あはは、近所のお兄ちゃんみたい」
「なあ、ポナ殿。私も触っていいだろうか?」
「わたくしも」
フランジェスカとササラがおずおずと問う。修太が紹介すると、ポナは「いいよ」と気軽に請け負う。ピアスも加わり、首回りのふわふわの羽毛に歓声を上げた。
久しぶりの再会を楽しんだ修太達だが、一回り小さな岩塩鳥がしきりに鳴き始めた。ポナがうっかりという顔をする。
――あ、そうだった! あのね、大変大変たいへーんなの!
「なんなんだよ、いったい」
騒ぐポナに、修太は落ち着いて聞き返す。
――黒狼の巣がね、レステファルテの兵に襲われてるの! 大変なんだよー!
この知らせに、修太達はいっせいに凍りついたのだった。