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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 黒狼族の掟 編
298/340

 3



 翌日、修太はグレイとともに冒険者ギルドにやって来た。もちろん、コウも一緒だ。

 冒険者は、情報を守りたい話をギルド側としたい場合、応接室を使うことができる。グレイは受付にいるリックに声をかけ、応接室に通すように言う。

 リックは特に理由を聞くこともなく、代理の受付を呼ぶと、修太達を応接室に案内した。


「そちらへどうぞ。ええと、もしかして恨みがある人とトラブった……とか?」


 革張りのソファーに座るようにすすめてから、リックは修太のほうを気にしながら推測を口にする。


「いや、この子どもを養子にすることにした。その申請だ」

「へえ、養子ですか。養子ってなんだっけ――えええっ、養子!?」


 よっぽどの驚きだったようで、リックはのけぞった。彼が本当か確認を込めて修太を凝視するので、修太は頷く。


「本当なんで」

「ええと……大丈夫?」

「何が?」


 修太は問い返す。

 どうしてかリックは深刻な顔で、ちらちらとグレイをうかがっている。


「脅迫とか、弱味をにぎられてるとか……。もしかして借金がらみ?」

「そんなわけないだろ。ちょっと失礼すぎませんか!?」


 思わず叫ぶように返す修太だが、グレイは至極冷静に止めた。


「落ち着け、シューター。こういう反応は想定内だ」

「えええ、こんなの想定すんの!? グレイはそりゃあ見た感じは怖いけど、良い人だから、もっと自信を持っていいと思う!」

「そりゃどうも」


 修太に対し、グレイのテンションは低い。この温度差を目の前で見ていたリックは噴き出した。


「あははっ、ごめんごめん。疑って悪かったよ、念のためな。賊狩りのお兄さんは、うちのギルドじゃ信頼度がかなり高いほうだけど、人間の子どもを養子ってなるとさすがに驚いたんで、つい、な」


 リックは座ったばかりの椅子を立つ。


「この手続きは俺の担当ではないんで、他の者を呼んできますね。かなり時間がかかると思うから、お茶と菓子を用意しますよ。それじゃあ、少しお待ちを」


 それからの行動は早かった。リックは年配の職員を呼び、お茶と軽食を運んでくる。そして、リックは窓口業務に戻っていった。

 冒険者ギルドの銀行や相続関係の確認など色々とあったので、結局、半日くらいかかった。今日の一度だけで終わる内容ではないようで、また三日後にギルドに来て、受理された書類を確認するように言われている。

 午前中の遅い時間に来たので、冒険者ギルドを出た頃には夕方になっていた。


「もう空が(だいだい)色だ。疲れた」

「待ち時間が長かったな」


 珍しく、グレイの声に疲れがにじんでいる気がする。

 動き回るより、座ってじっと待っているほうが、疲労感があるものだ。


「あ! ケーキ屋がある!」


 明かりの(とも)り始めた店を眺めていると、ケーキの販売もしているカフェを見つけた。


「すげえ。俺、こっちに来て、初めて菓子屋を見たぞ。グレイ、入ろう!」

「食べ物のことになると、急に元気になったな」

「だってケーキだぞ! すげー!」


 砂糖は高価だ。生クリームをたっぷり使ったケーキなんて、庶民にはなかなか手が届かない。もし食べたいなら、高給宿のレストランにでも行かないと手に入らないのだ。

 こんなふうにカフェテリアだけで提供している店を見たのは初めてだった。

 エレイスガイアで見かける菓子といえば、クッキーなどの焼き菓子がメインだ。日持ちするし、干した果物やジャムを使っている。他には果物をそのまま食べるか、ワインで煮たコンポートなどもあった。

 どうやら閉店ぎりぎりだったようで、ベリーののったホールケーキが二つ売れ残っていたので、両方とも買った。薄い木の板で作られた木箱に入れてもらった。


「ありがとうございました~」


 売れ残りもはけたので、にんまりとうれしそうな店員に会釈を返し、修太は浮き浮きと店を出る。

 少し離れた辺りで、すぐに旅人の指輪へケーキをしまった。これでうっかりケーキが崩れる心配がない。


「そもそもケエキってのはなんだ?」

「甘いお菓子だよ」

「お前の故郷にもあるのか?」

「あるけど、食べてみないと同じかは分からない」


 修太はにっと笑う。


「お祝いはケーキでするんだ」

「何を祝うんだ?」


 素で訊いているらしきグレイを見上げ、修太は唖然として足を止める。


「グレイ……俺達は今日、何をしてきたんだよ」

「養子の申請だ」

「そう! 親子になったんだ。おめでたいだろ?」


 グレイも傍に立ったまま、僅かに首を傾げる。


「そうか」

「そうだよ! うれしいことがあったらお祝いするの。誕生日とか!」

「何故、誕生日を祝うんだ」

「生まれておめでとう。それから、生まれてから何年生きました、ありがたいですねってことだろ。親への感謝もあるよ」


 修太は気を取り直し、グレイに問う。


「グレイの誕生日は?」

「知らん」

「えっ」

「そんなものは数えない。新年がくれば一つ歳をとるもんだ。冬に生まれたとは聞いているが」


 なるほどと修太は(あご)に手を当てる。


「黒狼族は数え年なんだな。ちなみに俺は秋だぞ。十月……ええと、こっちだと、紫夕(しゆう)の月の、二十五日生まれだ」

「冬生まれじゃないのか」

「え? なんで?」

「冬生まれはだいたい体が弱くて、小さい」


 その言い草に、修太はカチンときた。背伸びして主張する。


「俺はこれから成長するの! グレイくらい伸びるんだからなっ」


 グレイは修太をじっと見下ろした。伸びるところを想像したのだろうか、視線が上に向き、また修太の頭の高さに戻る。


「そうか……。まあ、がんばれ」

「全然そうなると思ってないよなっ」


 グレイは肯定も否定もしないが、思っていないのが分かりやすい。修太はむすっと口をへの字にする。


「とりあえず、新年と俺の誕生日はお祝い……とまでいかなくてもいいから、そろって食事くらいはしようぜ」

「お前の日だけにすればいいんじゃないか」

「俺達、家族になったんだよな?」

「……分かった」


 グレイは渋々頷いた。だが、やっぱり納得がいかないのか、うろんげに問う。


「そんなに大事か?」

「グレイ、長生きしてくれるんだろ。年に二回の約束くらい、守ってくれよな」

「まったく、しかたがない奴だな」


 フードの上からポンと頭を叩いて、グレイは雑踏を歩きだす。

 もしかして照れたのだろうか。機嫌は悪くはなさそうだと踏んで、修太もその横に並んだ。

 その後、ケーキは皆でおいしく食べた。日本で食べたのと変わらない、ベリーの酸味がほどよくマッチした、甘ったるいケーキだった。

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