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途中、グレイはいつの間にか席を離れていた。
すでに満腹になっていた修太は、まだにぎやかに話しながら飲食している仲間に断って、コウとともに二階の部屋へ行く。
窓を開け放し、明かりもつけずに、グレイが煙草を吸っていた。紫煙に混じって、草と水のにおいが香る。どうやら食事中にスコールが降ったようだ。雨の後独特の湿っぽいにおいがしている。
「そういえば俺、グレイに訊いてなかったことがあるんだよな」
「……なんだ?」
グレイはちらりとこちらに視線を向けたが、まるで身構えるような気配を感じた。一度気付いてしまうと、修太にもグレイの感情のかすかな揺れみたいなものが分かる。なんとなく、というレベルで、いつも気付くわけではないが。
「だからグレイのことを責めたりしないって。俺が気になってるのは、なんで俺を養子にしようって思ったのかってことだよ」
そういえばグレイが帰ってきたら質問しようと思っていたのに、家族というものについての話し合いをしていて忘れていた。黒狼族流に扱われると、修太は予測ではなく絶対に死ぬだろうから、焦っていたせいだ。
「どうして俺がお前を養子にするのを不思議に思う?」
「だってさ。フランがよく言うし、そうじゃなくても分かってるんだ。俺がこの旅でお荷物になってるのは」
「お前がいなければ、ピアスがそうなってる」
「……うん。まあ、なぐさめてくれてると思うことにする」
「いや、事実だ」
グレイはそう答えると、しばらく黙り込んだ。ややあって、首を振る。
「分からない。荷物なのは当たり前だ、それをどうして気にする?」
予想通り、グレイは責めるでも否定するでもなく、淡々と言った。
「そもそも、だ。俺が責任を取れるのは自分のことだけだ。他人がいればわずらわしいし、一人のほうが身軽だ」
「誰といようが、相手はお荷物にしかならないって意味?」
「ああ。俺はその荷物を持つことに決めただけだ、お前が気にすることじゃねえ」
グレイは夜空に向けて、ふうと煙草の煙を吐く。ふわりと藍色ににじんで、あっという間に消えていった。
「俺がグレイと家族になったら、俺の責任は?」
「家族になることが責任じゃねえ、お前の責任は、お前の人生を生きるってだけだ。俺は関係ねえだろ。好きにすればいい」
「ううーん、でもグレイは俺を守るんだろ?」
「俺はたまたま戦うのが強い。お前の強さは他にある。お前も俺を守りたいと考えているんなら、他のことをすればいい。だが、別にお前が何かしなくても、俺はどうでもいいがな。俺がお前を養子にするのは、ただの自己満足だ」
よく分からないが、グレイが修太に何かを期待しているわけではない、ということは理解した。
「そこだよ、自己満足って? どういうこと? いや、俺に何か役割を求めてるんなら、がんばろうと思うから訊いてるんだ。家族の役に立ちたいからな」
「難儀な奴だな。自分の価値は自分で決めろ。家族だろうが、他人にゆだねるもんじゃねえ」
「でも俺はそういう性分なの!」
外を向いていたグレイが、修太のほうを振り返った。修太が魔具のランプに明かりを灯すと、グレイは珍妙なものを見るような目をしていた。
「お前の……というより、人間のそういうところは心底謎なんだが、まあいい。自己満足ってのはな、つまり……そうだな、俺にはお前は卵みたいに見える」
「ヒヨッコ以前に、卵!? そこまでお荷物!?」
ショックを受ける修太に、グレイはフンと鼻を鳴らす。
「おい、勝手に曲げて受け取るんじゃねえよ。卵ってのは割れやすいだろ?」
「うん」
なんだ意味が違うのかとほっとして、修太は慎重に話を聞く。
「俺らの一族は握力も強いからな、気を付けねえと、すぐに割れるんだ」
「……うん」
「だが、布でくるんだり、布をしいた籠に入れたりすりゃあ、割れない。お前が卵だとしたら、ほうっておいたら確実に割れる。今までは運が良かっただけだ。俺がその布みたいにお前と一緒にいて、卵が割れずに済むんなら、それもいいかと思った。自己満足だろ」
更にうっすらと、笑みのようなものが口端に浮かんだ。
「しかもその卵は、俺みたいなのを良い人だのなんだの言うし、責めることもさげすむこともしねえで、受け入れようとする。まあ……悪くはねえな」
「それってつまり、気が合うってこと? 居心地が良い?」
「よく分からねえ」
そう返す気はしていたが、修太はがんばって例えをひねりだす。
「すっげえ暑い日にさ、木陰に入るとほっとするじゃん? そんな感じ?」
「……似てるな」
グレイの返事を聞いて、修太はパアッと目の前が開ける感じがした。
「俺、分かった! 俺は戦えないし、こんなんになって、これからは魔法で助けるのも難しくなってきた。俺にグレイを助けられるか分からないけど、でもさ、俺、暑い日の木みたいなのを目指すよ!」
けげんそうな沈黙が落ちた。グレイは黙り込んでいるが、修太は構わずにたたみかける。
「俺はグレイの自由さを尊重して、休憩場所を守っておくよ。グレイは生きてちゃんと帰ってくる。俺達家族はこれからそういうふうにしよう! な!」
修太は自分ができることを見つけてうれしくてたまらないが、グレイは呆れ混じりに言う。
「お前、そいつは俺に都合が良すぎるんじゃねえのか?」
「でもグレイは、親として俺を守ってくれるんだろ?」
「親はそういうもんだろ」
当然と返すグレイを、修太はまじまじと見つめる。
「なんだ?」
「グレイのお父さんとお母さんって、立派な人なんだろうなって思ってさ。それが当然だと思わない人も、世の中には多いよ。悲しいけど」
「……まあ、いろんな奴がいる。だが俺はこれしか知らない」
簡潔で明快な言葉だ。
「俺も家族への情ってのは、こういうのしか分からないんだ。俺にとっては、家族は重いものだ。時には自分より」
「お前がしたいようにすりゃあいいが、身を削る真似だけはするなよ。俺は分からねえし気付かないことのほうが多い。だが、お前が勝手な思い込みで我慢するってことは、俺には相談する価値もねえって馬鹿にするってことだ。いいな?」
思いもよらない注意を受けて、修太はそわそわする。
「ええと、馬鹿にするっていうか……邪魔になりたくないから言わないことはあるかもしれないけど」
「その邪魔になりたくないってのが問題だ。わざわざ家族にすると認めたのがお前だ。そんな奴と、数分すら話す時間をとらないほど、俺は狭量じゃねえよ」
「な、なるほど、そういう意味か。分かった。できるだけそうする」
修太は頷いて心に刻み込んだが、グレイは納得していないようだ。
「できるだけじゃねえ、必ずそうしろ」
「いやあ、遠慮っていうのが日本人の美徳で……」
「……シューター?」
「分かりました、必ず相談しますっ!」
説教する時の静かな気配を感じ取り、修太は慌てて背筋を伸ばして言い切った。
(グレイは普段は話しかけられると邪魔くさそうにするけど、仲間には別なんだなあ)
黒狼族が身内には情が深いというのは、こういったところなのかもしれない。
「お前が良いなら、明日、ギルドに登録に行くつもりだ」
「登録って?」
「養子の登録に決まってんだろ。そうすりゃあ、正式に俺がお前の後見人ってことになる。身分証明になるのに加え、俺は紫ランクだからな、今後は冒険者ギルドからも守られるようになるってことだ」
「なるほど」
そういえば修太は無戸籍なのだが、その辺はどうなっているのだろう。首を傾げる修太に、グレイは説明を続ける。
「俺にはマエサ=マナに家族がいるが、あの二人は集落を出るつもりがないからな、冒険者ギルドには正式に登録されている家族がいない。俺が死んだ場合、ギルドの銀行に貯蓄している金はそのままギルドへの寄付になるんだが、養子として登録したら、全額、お前に渡ることになる」
「うぇっ、金目当てみたいな言い方はやめてくれよっ。いや、モンスターから何かと素材をもらって、それを売って小遣い稼ぎしてる身としては、どこが違うかといえば言い訳できないけど」
ごにょごにょと言いながら、情けない気分になってきた。あとはオルファーレンからの援助と、バイトで稼いだ金がある。
「制度を話しているだけだ。銀行にも登録しねえといけないか。ちと面倒だからな、時間がかかると思って用意しておけ」
「何を持っていけば? 印鑑なんて持ってないぞ」
「正式書類は、拇印かサインだ」
「ぼいん?」
「指紋のことだ」
「ああ、あれってそう呼ぶのか。みとめ印しか使ったことないから分からなかった」
こうして、明日の予定も話し合い、修太は気になっていたことも解消してすっきりした。
「それじゃあ、明日はそれで。疑問が解決したら小腹が空いてきたぜ。あいつら、まだ下にいるみたいだから、何か食べてくる」
「……よく入るな」
「じゃ、また後でな。父さん!」
照れを振り払ってそう声をかけると、修太はコウとともに扉に向かう。閉まる直前、ゲホゴホとむせて咳をする音が聞こえたような気がした。