第三十八話 家族としての約束事 1
「おめでと~!」
啓介の声とともに、食卓を囲む仲間達はそろってグラスを掲げた。
宿の食堂で、夕食時のことである。
「ああ、良かった。シューター君が受け入れてくれて。私も安心だわ」
凍らせた果実が浮いたカクテルを手に、ピアスが表情を緩ませる。サーシャリオンはエールがたっぷり入った木製のジョッキを持って、機嫌良く笑う。
「いやあ、酒が美味いな。我も嬉しいぞ、シューター。そなたには保護者がいたほうが良い」
「子どもっぽくて悪かったな!」
その言い草に、修太は腹を立てて言い返す。サーシャリオンは啓介のほうを示す。
「ケイにも後ろ盾があると安心だろうが、このタイプは逆に足枷になって、自由さがそこなわれるだろう。それに、ケイならば勝手に信頼を勝ち取って、味方も作って、したいことはするし、どこにでも行ける」
「それは俺も否定しねえよ」
修太は大きく頷いた。
啓介のすごいところは、すぐに人と仲良くなるところだ。いつの間にか信頼されて、応援までされている。これは啓介の持つ、生まれながらのカリスマだろう。そして修太も、それと善良さに惚れこんでいて、親友として手助けしたいと思っている。
「よく分かんないけど、俺は運が良くて、周りが良い人ばっかりなんだ。感謝しかないよ」
啓介は照れたように笑い、ごまかすみたいにして、果実ジュースを飲む。
フランジェスカが目を細めた。
「そういったところは、本当に尊敬するよ、ケイ殿。ササラ殿はどうした、ちょっと悲しそうだが」
「わたくしがもう少ししっかりしていたら、シュウタさんをお世話したのにと残念で……。今の私はただのさすらい人で、とても後ろ盾にもなれません」
めそめそしながら、ササラは果実酒をあおる。良い飲みっぷりに、シークが絡みに行く。
「おう、いける口か、姉さん。俺と乾杯してくれ」
「ええ、乾杯!」
ササラはシークとグラスを打ち鳴らし、今日は飲みまくってやると呟いて目を据わらせる。
「落ち着いてよ、ササラさん」
「シューター、そなた、罪作りだな。くっくっく」
サーシャリオンは笑いながら、分厚く切り分けたローストビーフにかじりつく。
「師匠、ケテケテ鳥のハーブソルト焼きです。召し上がってください!」
「そこに置いておけ。自分のペースで食う」
「分かりました。シューターにも、はい」
トリトラは運ばれてきた料理――山盛りに積まれたケテケテ鳥の手羽先をグレイに取り分けようとしたが断られ、代わりに修太の皿に入れた。
「ありがとう。でも、なんでお前はそんなに機嫌が良いんだよ」
修太には不思議だ。グレイが殺したヴァイという男は、トリトラにとって兄弟子だし同朋のはずだ。少しは気にならないのだろうか。
「だってさ、師匠の養子になるんなら、もう完全に、シューターは僕の弟分だろ? 仲間として認められるから、君は同朋にも守ってもらえるよ。やったね!」
にこにこと微笑み、トリトラは度数の高そうな酒を口に運ぶ。
「かんぱーい! ひゃっほー!」
「うおー! 乾杯だぜー!」
羽目を外しているトリトラに、シークも乗っかって騒ぐ。
うるさいが、他の席も似たようなものだ。この宿は冒険者が集まっているので、ダンジョンの探索やクエストを終えた者達が、その成果を喜んでいる。
そうやって楽しげな雰囲気になるほど、飲み物や食べ物の消費も進むので、食堂ももうかる。悪質な酔いかたをしない限り、店員は笑っているばかりだ。
「えっ、俺は男なのに? なんで他の黒狼族も俺を守るようになるんだよ」
「確かに同朋は男には厳しいが、お前は人間で、病弱だ。イェリんところのアリテもそうだ。あいつも隻眼だろ? “認める”かどうかは本人次第だが、少なくとも同朋が認めて保護している相手なら、危害は加えず、時に守ることになってる。つまり俺やイェリの考えを、仲間は尊重しているわけだ」
「俺自身じゃなくて、グレイを尊重して守ってくれるってことか」
円形のテーブルを囲んでおり、隣席にいるグレイを見上げると、グレイは修太の頭にポンと手をのせた。
「だが、お前を“認めて”いる者は三人いる。俺とトリトラ、エンラ」
「エンラって、レステファルテで、ちょっと会っただけの人だよな? なんで?」
「お前がエンラを普通の女扱いしたんで、気に入ったらしい。もう少し年齢が上だったら、旦那候補に入れるのにとか言ってたな」
「げほっ」
修太は思い切りむせた。
「俺の知らないところで、モテ期!?」
思わず叫ぶと、テーブルの面々がどっと笑った。
「あーあー、モンスターにばかりモテて、女にモテないからってそれは無いぞ、シューター」
フランジェスカが同情を込めて言う。
「俺だって彼女が欲しい!」
「あっはっはっは。可愛い弟分の君には、おいしい果物を進呈しようじゃないか」
「オイコラ、馬鹿にすんな、トリトラ!」
大笑いしながら、トリトラがデザートの皿を修太に寄越す。
まあ、食べるが。
「だってこの面子でいたら、俺なんかすぐに埋没するんだぞ! 目立ちたくはないけど、俺もデートとかしたい」
美形ぞろいのメンバーだ。そりゃあ他に目移りするだろう。
「君が大人だったら、そういう店に連れてってあげてもいいんだけどね」
「裏通りのなー」
トリトラとシークがにやにや笑いながらそんなことを言うが、修太は首を傾げる。
「そういう店? 裏通り?」
「駄目駄目! シューター君に耳汚いこと教えないで!」
「そうですわよ。そういうオイタはよろしくありませんわ。……ね?」
ピアスが声を張り上げ、ササラが笑っていない目で二人を見やる。テーブルに冷たい空気が流れた。
「あ、分かった。ホステスとかそういうの? あのさあ、違うって。俺は普通に恋愛がしたいんだよ」
「なんだ、あっちの遊ぶじゃないのか。ふーん。でも君、そう言うけど、誰かを好きになったことあるの?」
トリトラに問われ、修太は目を丸くする。
「そういや無いな」
「ええっ」
ピアスが驚きの声を上げる。
「いやだって、普段身近にいる女子といえば、啓介の妹だけど、あいつはおっかねえし、クラスの女子の暗黒面も見てきたから、そんなに夢を持てなくてだな」
言い訳すると、告白をされていないわけではない。
告白されて喜んでたら、後で、啓介に近付く踏み台扱いだと判明して、結局お断りすることがあったのだ。悲しいことにほとんどそれだ。
(というか俺、はっきり物を言いすぎて、むしろ女子を泣かせたりして、敵に回してたよな)
女子って難しいなとは、小学生の時から思っている。
「でも、恋愛したいの?」
なんだかトリトラは呆れている。
「当たり前だろ。俺も男だ! っておい、なんでそんな微笑ましいものを見る目をする?」
テーブルの面々だけでなく、通りがかりの店員までにっこりしているではないか。
「よしよし、そんな可愛らしいシューターには、ジュースを贈呈しよう」
フランジェスカが、水差しに果物を浮かべたジュースをついで、修太の前にグラスを置いた。
「馬鹿にすんなー!」
抗議したところで、また笑いが起きるだけだった。