表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 黒狼族の掟 編
294/340

 6

 ※残酷描写注意。



 ――ふわり。

 吐きだした煙が草のにおいと混じり、夜の空気に消えていく。

 双子月が雲に隠れ、辺りは暗闇に沈み込み、煙草についた火が赤い点となって浮かび上がっている。

 グレイは、それの訪れを待っていた。

 サランジュリエを出て、一週間。ヴァイがよく現われるという地点に着くと、見通しの良い場所に岩を見つけてそこに座っていた。双子山脈に近付きすぎず、モンスターが現われればすぐに分かり、こちらからもあちらからも、誰かがいると分かる場所。

 今晩は月が雲に隠れ、風も無い。

 夜目(よめ)が効き、嗅覚(きゅうかく)が鋭い黒狼族にとって、絶好の夜だ。

 もし隊商を襲うなら、こんな夜だろう。だが、近くに商人はいない。ならば旅人を襲うはず。

 そういうわけで、グレイは堂々と、獲物を釣り上げる餌としてそこにいた。

 やがて、闇の中を影が走るのが見えた。それは近くまで来ると足を止める。静かに、探るように、ゆっくりとグレイの近くまでやって来て、再び立ち止まった。

 雲間から月が現われ、白い光が差し込む。

 雑に伸びた黒い髪をした青年が、影のように立っていた。赤い双眸(そうぼう)が光り、グレイを見据えている。黒い上着に、黒いズボン、そして黒い尾。右手には、よく手入れされた(やり)を持っている。


「……師匠。待ってたよ」


 青年――ヴァイは離れた場所から、まるで独り言みたいに言った。

 グレイのもとを卒業し、別れた時は十五だった。随分背が伸びて、体格も良くなっている。数え年ならば、今年で二十二歳だ。


「随分、お迎え(・・・)が早かったな」


 グレイも雑談みたいに返す。

 ――お迎え。

 黒狼族の男が力を暴走させる時のことを、仲間内では暗にそう呼んでいる。

 ヴァイは静かだった。グレイがここに来たことの意味を分かっているだろうに、動揺も逃げる真似もしない。


(やはり、そうだった)


 グレイは心の中で呟いた。わざと盗賊の真似をして、この男はサインを送っていた。

 ――自分を殺しに来い。

 だから、グレイはやって来た。


「そんなに外は合わないか」


 グレイの呟きのような問いかけに、ヴァイはふいと月に目を向ける。


「俺は、気付いたんだ」


 ……何を。

 グレイは視線で問う。それだけで意図が伝わり、ヴァイは(むな)しそうな声で答える。


「俺はずっと(ひと)りだ。誰かといても、独りだ。そしてこれは、死ぬまで続くんだって」

「それが生きるってことだ」

「……うん。師匠は……他の仲間は、それを耐えられるんだ。でも、俺は苦しい。俺は世界の中にいるのに、世界から分断されているんだ。どんなににぎやかな音がしても、俺は音の無い場所に立っている。そんな感じがする」


 あいにくと、グレイにはヴァイの言うことが分からない。ただ黙ってヴァイの話を聞いている。

 ヴァイははっきりとした声で、意思を告げた。


「俺は、世界に戻りたい」


 グレイはふうと息をつく。煙が夜空に線を引いた。吸いかけの煙草を地面に捨てると、靴底で火を消す。岩に立てかけていたハルバートを手に取った。


「どうして賊の真似をした。どうして、関係ない奴を大勢殺した」


 ヴァイは首を傾げる。


「戦いたかった。(やいば)を交えている間は、俺は独りじゃない。それに、あいつらは分断されているのに気付いていない。かわいそうだから、俺が世界の一部にしてやった」

「……そうか」


 肯定も否定もしない。

 黒狼族の教えでは、死んだ後、世界の一部になるといわれている。

 ヴァイにしてみれば、ああするのは正しいことで、良いことをしたのだと信じているのだ。

 こうして話してみて、決意がついた。例えヴァイが正しかったとしても、この世界では殺しは悪だ。もう軌道修正できないほどに、この男はずれてしまっている。


「どうして俺を待ってた?」

「最後くらい、独りになりたくない。師匠なら、綺麗に終わらせてくれるだろ?」


 ヴァイは穏やかに笑った。嬉しくてたまらないというように。

 その狂気をはらんだ気配に目を細め、グレイはハルバートを構える。ヴァイもまたゆっくりと槍を両手で握り、腰を落とす。


「しかたないガキだ。俺がお前らの世話をしたのは、生きられるようにしてやるためだったってのに」


 ――まったく、可愛げのないクソガキだ。




 夜闇の中、二つの影が踊るように動き、金属音が響く。

 蹴り飛ばされて地面を転がったヴァイに、グレイは指先で手招きする。


「おい、そんなもんか? てめえのこの五年は」


 槍を構え直し、ヴァイは目を輝かせる。

 戦いを喜び、牙をむく。

 仲間のことながら、どうしようもないさがだ。


「そんなわけないだろ!」


 ヴァイは鋭く切り込んできたが、グレイは柄で攻撃を流す。

 叩き返し、よけ、距離を取り、駆け出し、また切り結ぶ。

 もしこの戦いを見学する者がいたなら、稽古(けいこ)をしているように見えただろう。

 ヴァイは楽しそうだ。グレイも数年の成長を、武器を通して感じとっている。


「やっぱり師匠には敵わないな。尊敬してるし、俺にとっては自慢だよ」

「このクソガキ、最後まで手間かけさせやがって」

「ははは! 師匠って文句言うけど、なんだかんだ、俺達のことを助けてくれてたよな」


 笑い声を上げ、ヴァイはグレイと大きく打ち合うと、いったんグレイから距離を取った。悪戯っぽく笑う。


「シュレインに会ったら、『お前もとっととくたばれよ、バーカ』って言っておいてよ」

「……自分で言え」

「とか言いつつ、言っておいてくれるんでしょ?」


 ヴァイは槍を構え、深く腰を落とす。

 次が最後だ。グレイにはヴァイの考えが、手に取るように分かる。


「師匠、ありがとう。さよなら」


 そして、ヴァイの目つきが変わった。

 赤い目をギラリと光らせ、まるで獣が獲物を見据え、深くためて前へと飛び出すように、グレイへと魂をのせた一撃を見舞う。

 グレイもまたその一瞬、本気にならざるをえなかった。

 そして二つの影が交差し――鮮血が飛び散った。

 グレイの後ろで、ヴァイが倒れる。グレイの左腕にも深い傷ができた。


「……少しは成長したじゃねえか」


 ゆっくりと振り返る。ヴァイの返事はない。首を切り裂かれ、すでに事切れている。

 歩み寄ると、その顔は随分満足そうだった。グレイはふんと鼻を鳴らし、半分空いた目蓋を閉じてやる。


「お前みたいなクソガキ、弟子にするんじゃなかった」


 世話してやったわりに可愛げがなさすぎる。

 グレイは死体の傍らに座ると、夜が明けるまで、ずっと隣で煙草を吹かせていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆるーく活動中。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ