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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 黒狼族の掟 編
293/340

 5



 グレイが離脱して、一週間。

 大事をとって休まされていた修太は、右往左往していた。部屋の中を行ったり来たりする修太に、ベッドでごろごろしているサーシャリオンが、仰向けに寝転がったまま、顔だけこちらに向けて問う。


「いったい何がそんなに落ち着かないのだ」

「だって、グレイがまだ帰ってこないだろ? どうしよう。そろそろ次へ移動しないといけないよな」


 サーシャリオンが下位モンスターに命令するという裏技を使えば、あっという間に遠方まで行けるが、普通は徒歩か馬車での移動だ。


「そう急がなくても、オルファーレン様はかなり持ち直された。もう少し休んでいっても大丈夫だろう。それが嫌なら、冒険者ギルドに伝言を残して、後日、戻ってくるのはどうだ」

「でも、次の目的地は、エシャトールだろ? パスリルの東にあるっていう同盟国……。遠いよなあ。行くのも戻るのも大変だ。あんまり時間をかけすぎるのもな」

「他に分かっているのは、青石の魔女(サファイア・ウィッチ)くらいだが、あやつは雲隠れしてさっぱり行方がつかめない。どうせそちらに手間取るのだから、多少時間がかかっても構わんだろうよ」


 同意だと言いたげに、ベッドの足元でコウが「ワフッ」と吠えた。


「シューター様、お茶の時間ですわ。あら、いけませんよ。三日は安静にしているように、お医者様に言われたでしょう?」


 ササラが盆を抱えて入ってきて、眉をひそめる。


「もう一週間だから大丈夫だよ」


 そう答え、修太はササラの後ろを見て、けげんな顔になった。


「なんでエセ勇者もいるんだ?」

「エセではないと言ってるでしょうが。私の名前を覚えてますか?」

「アレンだろ。え、何、花? まさか俺に?」


 すでに何度か見舞い……と称して、ササラに会いに来ているアレンが花束を持っているので、修太はひくりと頬を引きつらせる。


「こちらはササラさんに」


 ササラはテーブルに盆を置き、アレンを振り返る。つい花束を受け取って、迷惑そうに顔をしかめた。


「え、またですの? ……分かりました、はっきり言いますわね、アレン様。お花なんていりませんわ、宿暮らしの身には邪魔ですもの。今までの分は全て、宿の方に差し上げてますのよ」

「ええ、宿の方に聞いて知っています。ですから今度は、全部薬草です。お茶にすると、安眠に効果的ですよ」

「……そうですか」


 断る理由を封じられ、ササラは渋々といった態度で花束を受け取り、チェストのほうに置いた。アレンのほうが上手(うわて)らしい。


(うわあ、こういう知恵が回る奴って面倒だな)


 修太は無言で首を横に振る。

 ササラはアレンに興味が無いらしく、丁寧に接するのも面倒になってきたのか、だんだん扱いが雑になってきた。


(ササラさん、アレンに告白されたけど振ったって言ってたよな)


 行動力だけはあるようで、アレンはササラのもとに日参して、アプローチに忙しそうだ。ここまで来ると拍手ものである。修太だったら振られた時点で撃沈し、顔を見るのも気まずくて、二度と近付かないだろう。


「お前も、よくめげないもんだな」

「ええ、当たり前でしょう。僕の相手は彼女しかいません!」


 アレンの返事に、ササラは冷たく返す。


「あらあら、今日の鳥はよくさえずりなさいますね。朝と夜では、違う鳥にピーチクパーチク鳴いているんでしょうに」

「はは、ご冗談を。その辺の小鳥ならともかく、(わし)一雄一雌(いちゆういっし)で浮気もしません」


 ササラの言葉に、アレンは嬉しそうに返している。


(なんか会話が文学的だな……。これが風流ってやつ?)


 高校で習っていた古典文学を思わせるやりとりである。鳥を話題にして、遠回しに「女なら、誰にでも声をかけてるんでしょ?」とあしらうササラに、鷲の生態について返すアレンもなかなかだ。


(ササラさん、傍付きで教養がありそうだし、アレンは元貴族だからな。さすがって感じ)


 ふと思い出して、修太は漢詩を話題にする。


「鳥かあ。あれを思い出すな。『天にあっては比翼(ひよく)の鳥となり、地にあっては連理(れんり)の枝とならん』。どこの国でも、例えに鳥とかが出てくるんだな」


 恋愛光景って似たようなものなのだろうか。

 修太の呟きを拾い、ササラが目を輝かせて問う。


「まあ、異界の知識ですか? 風流な響きですわね」

「俺の故郷じゃなくて、隣の国の詩なんだ。悲劇の夫婦が、生まれ変わったら仲睦まじく過ごしましょうって約束する話。ええと……」


 比翼の鳥は、目が一つで翼も一つという鳥で、空を飛ぶ時は助けあわないと飛べないので、仲睦まじい夫婦の例えだ。連理の枝は、二本の木が合わさって合体したもののことである。

 説明を聞き終えたアレンは、じろりと修太をにらむ。


「つまり、なんですか? ササラさんとの恋愛に希望はないから、来世に期待しておけという、遠回しの嫌味ですか」

「うわ、面倒くさ。ただ思い出して言っただけだろ」


 だいぶこじらせているなあ。

 身を引く修太に対し、サーシャリオンはベッドで笑い転げている。アレンはそちらもにらんだ。ササラはぷいっとそっぽを向く。


「シューター様をないがしろになさるなら、もう口も利きませんわっ」

「ただの冗談の言い合いですよ。ねえ、シューター?」


 アレンはにこにこと笑っているが、圧力がすごい。これはかばってやらないと、アレンが後で怖そうだ。仕方がないので、修太はフォローを入れてやる。


「ササラさん、友達同士の会話だから」

「そうです、そうです。友達です!」

「左様ですか。シューター様の交流は広くてらっしゃるのね」


 修太が言えば、ササラは疑わずに褒める。修太はなんとも複雑な気分にさせられるが、アレンが面倒くさいので、とりあえず頷く。


「……うん。あと、様付けはやめてくれってば」

「ええ、シューターさん。さ、お茶を飲んでください。おやつで魔力を補給してください」

「ありがとう」


 修太は席について、ありがたく茶菓子を味わうことにした。今日はクラッカーに似た菓子に、マロネの実のジャムが挟まっている。

 さくっとして、甘味もあっておいしい。

 さすがのアレンも、勝手に椅子に座る気はないらしく、少し離れた場所で所在なさげにしている。そうされていると食べづらいので、修太は前の席を示す。


「座ってくれよ」

「では失礼します。なんだか浮かない顔をしていますね、まだ体調が悪いんですか?」


 席についたアレンは修太の顔をまじまじと見て指摘する。


「そろそろ次の断片を探しに移動すべきか迷ってるだけ。でも、ほら」

「保護者が帰ってこないから心配?」

「いや、グレイは保護者じゃねえけど」

「でも、養子縁組を誘われてるんでしょう? いいじゃないですか、冒険者なんて不安定な稼業(かぎょう)ですが、紫ランクなら特別です。よほど高官ににらまれることでもしなければ、政略争いに巻き込まれることもない。それでいて発言権と警察権はある。後見人としては、かなり良い条件です」


 だが、とアレンは断りを入れる。


「リスクもありますね。賊狩りグレイは、犯罪者に恨みを買いまくっていますから。でも同じだけ、怖がられてもいる」

「賛成なのか反対なのか、どっちだよ」


 修太の問いに、アレンは肩をすくめてみせる。


「どんな物事にも、表裏(おもてうら)はあるもの。僕はそれを教えてあげただけですよ。信用ならない人間は、利点しか述べません。自分が損をしても、リスクについて話してくれる知人ならば善人といえるでしょう。そして、考えて決めるのは、そちらの仕事です」


 筋は通っているが、つまり、自分は良い人だよとアピールしているのか。アレンがちらっとササラをうかがっているのが良い証拠だ。


「相変わらず、まだるっこしい奴」


 修太は悪態をついたが、アレンはなんだかんだと人が()いのも本当で、憎めない人柄をしていると思う。

 その時、ササラがスッとお茶をアレンの前に置いた。


「わたくしとしては、是非、アレン様の良心をお聞きしたいですわね」


 ササラはにこりと微笑んで、アドバイスしろとせっついた。アレンはお茶を嬉しそうに受け取り、仕方ないなあとばかりに付け足す。


「そうですねえ。狼は警戒心が強いですが、仲間には情が深い生き物です。知っていますか? 狼は一度(つがい)になると、同じ番のまま共に生きるんですよ。一夫一妻なんです」

「そうなの?」


 動物の生態など詳しくない。修太はアレンの話に耳を傾ける。


「ええ。黒狼族の生き方にも、それがよーく現われています。ディドから聞きましたが、一度、夫を見つけた女性は、相手が違う家庭を持とうと、相手を想って子どもを育て、子どもが巣立った後も一人で生きていくそうですね」

「そうらしいな」

「そして、仲間と認めたら情に厚い。君達を見ていれば、よーく分かる」


 言われてみると、そっくりだ。人間より狼に近い種族ということか。


「灰狼族もそうなのか?」

「ええ。余所者にはなかなか心を開かないそうですが、仲間と認めたら情に厚いようですよ。そして一度結婚すれば、浮気など絶対にありえない」


 するとササラが神妙な顔で呟く。


「女性は皆、灰狼族か黒狼族と結婚すべきですね」

「人間も捨てたものじゃありませんよ」


 アレンがしれっと付け足す。

 修太は手を振る。


「そういうやりとりはいいから。で?」

「そっくりでしょう? 実際の狼と、彼らのありかたは。若い雄は群れを旅立ち、新しい群れを作るために配偶者を探します。時に群れのボスを殺して、自分が成り変わることもありますが、成功率は低いとか。そういった狼を一匹狼といいますが、群れが合わなくて、さまよっているだけのはぐれもいる。そして、そういう狼は死にやすい」


 修太は話を咀嚼(そしゃく)して、首をひねる。


「ええと?」

「黒狼族は個を大事にしますが、狼として考えると、群れを――家族を持つほうが本来の在り方に近いわけです。しかし一匹狼で、さすらっている者のほうが多い。ひずみができてもおかしくはない」


 修太はぱちくりと瞬く。

 ――つまりそのひずみが、黒狼族の男の暴走につながるということか? 


「単なる推測ですけどね。僕の予想が正しければ、彼にとっても家族を持つのは良いことだ。――本当かどうかは、是非、君が実験して証明して欲しいですね」

「いや、それなら、イェリさんが長生きしている理由が納得いくな」


 レステファルテの王都である、殻状(かくじょう)都市オルセリアンに住んでいる男を思い浮かべ、修太は呟く。黒狼族としては風変わりにも、彼は薬師をしている。そして、彼は親に大怪我を負わされて死にかけていた娘――アリテを拾って養女としていたのだ。

 修太がイェリについて教えると、アレンは興味深げに話を聞く。


「仮説は正しそうですね。パスリルにいた時は、黒狼族はほとんど見かけなかったので、興味で調べていただけなんですが。役に立つこともあるものですね」

「興味で調べるの?」

「失礼をしたら悪いでしょう? 異種族が多くいる地域で生活するなら、最低限のマナーを調べておくべきです」

「すげえ。その辺は貴族っぽいな」


 マナーと聞いて、修太は彼の姿勢に素直に感心した。


「よく知らずに、ディドの尻尾(しっぽ)を触ったりする人もいましたしね。というか、君ね。尻尾に限らず、他人の体に断りなく触るのは、普通に考えてマナー違反でしょう。気を付けてください」


 以前やらかしたことをチクリと刺され、修太は首をすくめる。


「うぐっ。だってディドさんの尻尾が、あんまりふわっふわだから!」


 思わず叫ぶように言い訳すると、開けっ放しの扉からディドが顔を出し、グッと親指を立てた。いないと思ったら、廊下にいたのか。


「……あの毛むくじゃらの尻尾の何が良いんだか、僕にはさっぱり分かりませんけど」

「モフモフしてるじゃないか。最高だろ、モフモフ。ほら、コウもモフモフしてるんだぜ。啓介がブラッシングして手入れもしてるから、毛並みが良いだろ」


 修太がコウを差して褒めると、床に寝転がっていたコウは、うれしそうに座り、ふふーんと誇らしげに胸をそらした。尻尾をパタパタと振って見せつける。対するアレンは、ちらっと見ただけだった。


「もしかしてお前、犬が嫌い?」

「好きも嫌いもありません。興味が無い」

「好きな動物は?」

「……牛?」

「もしかして、おいしいからとかそういう……」

「よく分かりましたね」


 アレンの返事に、修太はがっかりした。

 ――駄目だ。本当に動物に興味が無いんだ、こいつ。

 コウがあからさまに顔を歪め、フンと鼻を鳴らすと、修太の足にすり寄った。かわいそうになったので、修太はコウを撫でてやる。

 動物に興味が無くても、アレンはササラにはにっこり笑顔を向ける。


「どうですか、参考になりました?」

「ええ、アレン様は賢くてらっしゃるんですね」

「喜んでいただけたなら、デートをしましょう、デート。今、広場に劇団が巡業(じゅんぎょう)に来ていますよ。王都で人気の大衆劇団らしいです」


 ササラは溜息をついた。


「……しかたありませんわね。ちょっと興味もありますし、劇を見るだけなら」

「それから食事をして、散歩に買い物に」

「調子に乗らないでくださいます? ただの情報代ですわっ」


 ぴしゃりと言い返し、ササラはそっぽを向く。

 その時、テーブルの下で足を軽く蹴られた。修太がそちらを見ると、アレンが目で「頼む!」と語りかけてきた。鬱陶しいとは思ったが、彼の推測はかなり役に立ったのも事実だ。


「ええと、ササラさん。良かったら、俺にお土産を買ってきてくれるとうれしいなあ……なんて」

「お土産ですか?」

「こいつ、目利(めき)きは良いだろうし」


 アレンに買わせてもいいし……とは心の中で付け足しておく。


「俺、あんまり物に詳しくないしさ。ササラさんなら、元の知識もあるから、すぐに理解できるだろ。良い品かどうかって、アレンに教わったらいいと思うんだよ」

「……まあ、確かに勉強にはなりそうですわね」


 我ながらこじつけだったが、ササラは納得したようだ。

 それから駄目押しに、手を合わせて頼んでみる。


「で、後で俺に教えて?」

「分かりました! このササラ、しっかり知識を吸収してまいりますわ!」


 ササラのやる気に火がついた。

 すると、アレンがこのタイミングで席を立つ。


「では、明日、朝食後くらいの時間に迎えにきますね。よろしくお願いします」

「ええ、分かりました」


 ササラは頷いて、ぺこりと会釈する。ササラの態度はデートという甘い雰囲気は一切無く、アレンを教師として見ている感じだが、この際なんでもいい。

 ついでに修太は戸口までアレンとディドを見送りに行く。先にアレンを通してから、ディドが小声で言った。


「グッジョブだ、小僧。旦那(だんな)の機嫌が良くなって助かるよ」


 そして、アレンの後に続いて、のしのしと階段を下りていく。

 とりあえず修太は思った。

 恋愛が絡むと、なんて面倒くさいんだ、と。




※興味あったら調べてみてください。


・「比翼連理」……白居易の「長恨歌」より。玄宗皇帝と楊貴妃の悲劇の別れの時に出てくる詩。

  高校の教科書にのってたはず。

  「連理の枝」自体にもストーリーがあって、そっちも好き。

・鷹……一雄一雌は、種類によります。

・狼……こちらも一夫一妻。群れの中では、アルファの雄と雌しか繁殖できない決まりらしいよ。

   近い場所で生まれ育った雌より、遠方で生まれた、遺伝子上、遠い雌のほうがモテるらしい。

  (この理論でいくと、狼の獣人的に、異世界人なら見た目関係なくモッテモテですよね。いつか獣人もの書いてみたい……)

 

おまけ小話


修太「アレンってかなりイケメンなのに、好きそうじゃないよな。ササラさんの好みってどんな人なの?」

ササラ「そうですねえ。もう少し背が低くて、はんなり風雅で、性格が良くて、守りたくなるタイプが良いですわねえ」

修太「守られたいんじゃなくて?」

ササラ「わたくし、充分、強いですもの。弱くても構いませんわ」

修太「まじか。フランと好みが真逆だな……」

 

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