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グレイ視点
まったく、人間というのは訳の分からない生き物だ。
どうして他人のことを、まるで自分のことみたいに考えるのか、グレイには謎で仕方がない。
雑踏を歩くと、遠くから演説が聞こえてきた。
台の上に立ち、精霊教の祭祀官が、本を手にしてろうろうと語っている。
「祖先の霊、精霊たちはいつもあなたがたの傍にいて、見守っていてくださる。この豊かさに感謝をして……」
これをありがたそうに聞いている者もいれば、ちらっと見て通り過ぎる者もいて様々だ。
その時、話を聞いていた老婦人が、急に倒れた。とっさに隣にいた者が支え、すぐに祭祀官が老婦人を助けに行く。どうやら熱中症らしく、水を飲ませるように指示を出していた。
わっと拍手が起きて、祭祀官と支えた者をたたえる声が上がる。
いわゆる神官とかの類が慈善と称して他人を助けるのも、グレイにとって不可解だった。だが、彼らはそれで利益を得ている面もある。
個人での感情になると、お人よしな輩は不思議だ。
たとえばあの老婦人を背負い、家まで送り届けてやろうなどと名乗り出る輩、とか。
騒ぎの場所を離れ、修太を思い浮かべる。
(弟子を殺すのは、俺なんだがな)
どうして修太がストレスを感じて、具合を悪くするのだ。
ただ、自分が原因になりうるということに、なんだか腹の底がひやりとした。
グレイにとって世界は、自分と仲間とその他で区分けされている。それには壁があり、他が自分に侵入してくるなどありえない。直接的に危害を加えられたなら分かるが、言葉や感情だけで具合が悪くなることなどない。
そんなふうに考えながらも、予定通りに体は動く。
情報屋を当たって、ヴァイがよく出没する辺りの情報を買った。
レステファルテ国に程近い、セーセレティー精霊国南部の街道にたまに現われるようだ。双子山脈が近く、レステファルテとセーセレティーが陸で通じる唯一の交通の要衝。昔から、モンスターだけでなく盗賊も多い地点だ。
あの場所は身を隠しやすいし、上手くモンスターを誘導すれば、被害をモンスターのせいにもできる。だが、盗賊もモンスターに殺される可能性があるので、弱い者は簡単に淘汰される。
黒狼族が身の回りのことはほとんど一人でできると言えど、他所から手に入れないといけないものもある。例えば、塩。塩がなければ生きていけない。
黒狼族の集落マエサ=マナならば、エズラ山周辺で、岩塩鳥が落とした岩塩を拾うことができる。そもそもあそこに集落があるのは、水の湧き出る小さなオアシスがあり、近場で岩塩を調達できるからだ。黒狼族がいくら頑丈でも、水と塩無しには生きられない。食べ物は周辺で狩ればいい。モンスターのドロップ品を狙えば、日用品もおおかたそろう。
ヴァイが隊商を襲うのは、塩や食料、衣類などのためだろう。それ以上に、隊商を守る護衛と戦うのが目的だ。
黒狼族の男が力におぼれると、「強い者と戦って勝つ」ことしか見えなくなる。だから弱い者には用がないから、先に逃がすのだ。
情報屋を後にすると、干し肉やパン、干し果物をいくらか買って、その足でサランジュリエを出る。しばらく走り通しになるから、食料を得る手間を省いた。
(ここから乗合馬車で、二週間か。まあ、俺の足なら、一週間もあれば着くだろ)
南門をくぐり、遠のいた所で、ふとサランジュリエを振り返る。
ふと、気泡のように疑問が浮かぶ。
(俺が弟子を殺した後でも、あいつらは俺を受け入れるだろうか)
――荒野の残飯食らい!
レステファルテ人のようなさげすんだ目で見られるのは、さすがに少し嫌な気分になりそうだ。