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昼食をとった後、サーシャリオンとコウ以外は食堂に出かけていなくなったので、修太はベッドで寝転がったまま、眠るわけでもなく考え事をしていた。
(納得いかねえ……! 家族だぞ。普通は迷うと思うんだけど!)
仲間からの変人扱いが気に入らず、修太は眉間に皺を刻んでうなっている。
「ははは、そなたの考えが手に取るように分かるぞ。シューターにとって、家族とは重いものなのだろうな。命のほうが下とは、まったく」
トリトラが置きっぱなしにしていった椅子に座り、サーシャリオンが呆れ顔をする。それから真剣な目を向けた。
「死ぬよりも生きるほうがつらいか、シューター」
見透かすような問いだった。修太は少し考えたが、死ぬことにピンとこないし、生きることがつらいわけではない。
「分からないよ。でも、俺にとって家族は、そんなに簡単なものじゃない」
「死んだ親への裏切りに思える?」
「いや。父さんと母さんは、俺が幸せならきっと喜ぶ。そうじゃなくて……」
「では、また失うかもと考えると怖い?」
図星だった。
修太はくるりとサーシャリオンに背を向ける。
「なんでお前、俺には自分が断片だって教えたんだ?」
あからさまに話題を変えた。サーシャリオンが他には黙れと言うなら、修太はそうする。だが理由が分からないので気になる。修太が素直に答えなくても、サーシャリオンは笑みを含ませた声で返す。
「そうだな。そなたならば、我が何を選ぼうと、理解してくれるだろうと思ってな」
なんだか含みのある言い方だ。
「死ぬつもりなのか?」
「我はオルファーレン様の影だから、死ぬことはない。オルファーレン様がいる限り、我も存在し続ける」
その答えを聞いて、修太はほっと安堵の息をつく。
「良かった」
「だが、そなたらとは、会えなくなるかもしれぬなあ」
死なないと言っているが、会えないとはどういうことだ。修太には分からないが、サーシャリオンは説明する気がないようだ。
「そうか……寂しくなるな」
傍にいて当たり前だと思っている存在との別れを思うと、修太の体に穴があいて、寒風が吹くように感じられた。
「そなたらとの旅をめいっぱい満喫するつもりだ」
「ああ、俺も楽しむことにする。覚えておくよ、サーシャとの旅を」
「うむ」
サーシャリオンは満足げに頷いた。そんなサーシャリオンに、修太は気になっていたことを質問する。
「他の皆はともかく、啓介には言わないのか?」
「ケイはきっと、我が選んだことを回避させようとするだろう。だから言わぬ。そなたはどんな結果にせよ、他人の考えを尊重するからな。それに……」
サーシャリオンが言いよどむので、修太はサーシャリオンと向き直る。
「何?」
サーシャリオンは修太と目が合うと、まるで老人が幼子を見るような温かい目をした。
「ケイは勝手に幸せになるだろうが、そなたは不器用だからなあ。我なりに案じておるのだ。もし数年後にそなたに会えるとしたら、我はこう言いたい。『そなたに家族がいて良かった』」
――まさか。
修太は昨晩のことを思い出した。修太がサーシャリオンに「家族がいて良かった」と言った後、サーシャリオンは自分自身がオルファーレンの断片だと打ち明けたのだ。
(この一言を、俺に言いたいために?)
飄々としてつかみどころがないけれど、サーシャリオンはずっと修太と啓介を見守ってくれていた。急に、サーシャリオンが自分達に向けてくれている慈愛が伝わってきて、修太の目が熱くなる。
「おい、やめろよ。泣けてくるだろ」
「我らの可愛い灯火。幸せになるには勇気がいるものだ。――どうか、負けないでおくれ」
久しぶりに、モンスターが〈黒〉を呼ぶ時の言葉を聞いた。
サーシャリオンには、修太がどこでぐずぐずと迷っているのかお見通しのようだ。
「サーシャ……。俺、選んでもいいのか?」
「ふふ。理由を付けて結論を出すのを先延ばしにしておるだけで、実はもう決めているのだろう? 何がそんなに心配なのだ。笑わぬから言ってみよ」
ほれほれとせっつかれ、修太は恐る恐る返す。
「お荷物にしかならないなって」
「そんな分かりきったことを、あの男が気にするか?」
否定もされなくて、ひそかに傷付いたが、事実なので仕方がない。修太はグレイの反応を想像してみた。
「うーん。しないと思うな」
「我もそう思うぞ。『それがどうした』と返しそうだな。他には?」
「俺って役に立てるかな?」
「そなたの家族の定義には、『役に立つ』が入るのか?」
まさに真理を突かれて、修太は目を丸くする。
「役に立たなくてもいい?」
「そうだろう。だいたい、あの男が役に立つかを気にするなら、弟子の誰かを養子にしていると思わんか」
「……確かに」
サーシャリオンの言葉に納得して、修太は更に問う。
「なんでグレイは、俺を養子にしたいんだろう?」
「さてなあ。それは本人に聞くべきだ。ところでそなた、あちらのほうが年上なのだぞ。将来、あの男が年老いて動けなくなったとして、そなたは世話ができるのか?」
あまりにも意外な問いに、修太は唖然とした。グレイが動けなくなるところなんて想像がつかない。だが、これは現実的だ。
「えっ、つまり……介護?」
「ぶふっ」
問い返すと、その単語がクリティカルヒットしたらしく、サーシャリオンはベッドに突っ伏して笑い出した。拳でマットを叩いている。
修太はそれを横目に、真剣に考えてみる。そもそも修太から見て、グレイはかっこいい大人だ。尊敬もしている。同性だから、手を貸すのに壁はない。するっと出てきた答えに驚く。
「俺、できるわ。介護。そっかー、そうするには、体力付けておかないと駄目そうだな。体格が全然違うもんなあ」
グレイのほうが身長があるし筋肉質だ。だが大柄で暑苦しいという感じはないから、修太でも頑張れば手伝えそうだ。うんうんと頷いて、真面目に考え始める修太に、ようやく笑い止んだサーシャリオンは、ふと真顔になって注意する。
「我が訊いておいてなんだが、さすがにこれはあの男には黙っておけ。我でも憐れに感じる」
「そう? 分かった、胸にしまっとく」
確かに、三十代という若さで老後の話は嫌な気分になるだろう。言わないでおくことにした。
「決めたか?」
サーシャリオンの問いに、修太はあいまいに笑い返した。




