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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 黒狼族の掟 編
291/340

 3



 昼食をとった後、サーシャリオンとコウ以外は食堂に出かけていなくなったので、修太はベッドで寝転がったまま、眠るわけでもなく考え事をしていた。


(納得いかねえ……! 家族だぞ。普通は迷うと思うんだけど!)


 仲間からの変人扱いが気に入らず、修太は眉間に皺を刻んでうなっている。


「ははは、そなたの考えが手に取るように分かるぞ。シューターにとって、家族とは重いものなのだろうな。命のほうが下とは、まったく」


 トリトラが置きっぱなしにしていった椅子に座り、サーシャリオンが呆れ顔をする。それから真剣な目を向けた。


「死ぬよりも生きるほうがつらいか、シューター」


 見透かすような問いだった。修太は少し考えたが、死ぬことにピンとこないし、生きることがつらいわけではない。


「分からないよ。でも、俺にとって家族は、そんなに簡単なものじゃない」

「死んだ親への裏切りに思える?」

「いや。父さんと母さんは、俺が幸せならきっと喜ぶ。そうじゃなくて……」

「では、また失うかもと考えると怖い?」


 図星だった。

 修太はくるりとサーシャリオンに背を向ける。


「なんでお前、俺には自分が断片だって教えたんだ?」


 あからさまに話題を変えた。サーシャリオンが他には黙れと言うなら、修太はそうする。だが理由が分からないので気になる。修太が素直に答えなくても、サーシャリオンは笑みを含ませた声で返す。


「そうだな。そなたならば、我が何を選ぼうと、理解してくれるだろうと思ってな」


 なんだか含みのある言い方だ。


「死ぬつもりなのか?」

「我はオルファーレン様の影だから、死ぬことはない。オルファーレン様がいる限り、我も存在し続ける」


 その答えを聞いて、修太はほっと安堵の息をつく。


「良かった」

「だが、そなたらとは、会えなくなるかもしれぬなあ」


 死なないと言っているが、会えないとはどういうことだ。修太には分からないが、サーシャリオンは説明する気がないようだ。


「そうか……寂しくなるな」


 傍にいて当たり前だと思っている存在との別れを思うと、修太の体に穴があいて、寒風が吹くように感じられた。


「そなたらとの旅をめいっぱい満喫するつもりだ」

「ああ、俺も楽しむことにする。覚えておくよ、サーシャとの旅を」

「うむ」


 サーシャリオンは満足げに頷いた。そんなサーシャリオンに、修太は気になっていたことを質問する。


「他の皆はともかく、啓介には言わないのか?」

「ケイはきっと、我が選んだことを回避させようとするだろう。だから言わぬ。そなたはどんな結果にせよ、他人の考えを尊重するからな。それに……」


 サーシャリオンが言いよどむので、修太はサーシャリオンと向き直る。


「何?」


 サーシャリオンは修太と目が合うと、まるで老人が幼子を見るような温かい目をした。


「ケイは勝手に幸せになるだろうが、そなたは不器用だからなあ。我なりに案じておるのだ。もし数年後にそなたに会えるとしたら、我はこう言いたい。『そなたに家族がいて良かった』」


 ――まさか。

 修太は昨晩のことを思い出した。修太がサーシャリオンに「家族がいて良かった」と言った後、サーシャリオンは自分自身がオルファーレンの断片だと打ち明けたのだ。


(この一言を、俺に言いたいために?)


 飄々としてつかみどころがないけれど、サーシャリオンはずっと修太と啓介を見守ってくれていた。急に、サーシャリオンが自分達に向けてくれている慈愛が伝わってきて、修太の目が熱くなる。


「おい、やめろよ。泣けてくるだろ」

「我らの可愛い灯火。幸せになるには勇気がいるものだ。――どうか、負けないでおくれ」


 久しぶりに、モンスターが〈黒〉を呼ぶ時の言葉を聞いた。

 サーシャリオンには、修太がどこでぐずぐずと迷っているのかお見通しのようだ。


「サーシャ……。俺、選んでもいいのか?」

「ふふ。理由を付けて結論を出すのを先延ばしにしておるだけで、実はもう決めているのだろう? 何がそんなに心配なのだ。笑わぬから言ってみよ」


 ほれほれとせっつかれ、修太は恐る恐る返す。


「お荷物にしかならないなって」

「そんな分かりきったことを、あの男が気にするか?」


 否定もされなくて、ひそかに傷付いたが、事実なので仕方がない。修太はグレイの反応を想像してみた。


「うーん。しないと思うな」

「我もそう思うぞ。『それがどうした』と返しそうだな。他には?」

「俺って役に立てるかな?」

「そなたの家族の定義には、『役に立つ』が入るのか?」


 まさに真理を突かれて、修太は目を丸くする。


「役に立たなくてもいい?」

「そうだろう。だいたい、あの男が役に立つかを気にするなら、弟子の誰かを養子にしていると思わんか」

「……確かに」


 サーシャリオンの言葉に納得して、修太は更に問う。


「なんでグレイは、俺を養子にしたいんだろう?」

「さてなあ。それは本人に聞くべきだ。ところでそなた、あちらのほうが年上なのだぞ。将来、あの男が年老いて動けなくなったとして、そなたは世話ができるのか?」


 あまりにも意外な問いに、修太は唖然とした。グレイが動けなくなるところなんて想像がつかない。だが、これは現実的だ。


「えっ、つまり……介護?」

「ぶふっ」


 問い返すと、その単語がクリティカルヒットしたらしく、サーシャリオンはベッドに突っ伏して笑い出した。拳でマットを叩いている。

 修太はそれを横目に、真剣に考えてみる。そもそも修太から見て、グレイはかっこいい大人だ。尊敬もしている。同性だから、手を貸すのに壁はない。するっと出てきた答えに驚く。


「俺、できるわ。介護。そっかー、そうするには、体力付けておかないと駄目そうだな。体格が全然違うもんなあ」


 グレイのほうが身長があるし筋肉質だ。だが大柄で暑苦しいという感じはないから、修太でも頑張れば手伝えそうだ。うんうんと頷いて、真面目に考え始める修太に、ようやく笑い止んだサーシャリオンは、ふと真顔になって注意する。


「我が訊いておいてなんだが、さすがにこれはあの男には黙っておけ。我でも憐れに感じる」

「そう? 分かった、胸にしまっとく」


 確かに、三十代という若さで老後の話は嫌な気分になるだろう。言わないでおくことにした。


「決めたか?」


 サーシャリオンの問いに、修太はあいまいに笑い返した。


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