第三十七話 孤独の毒 1
正午近い午前中、グレイは一人、サランジュリエの冒険者ギルドをふらりと訪れた。人の数はまばらで、待合室のテーブルや椅子は空席のほうが目立つ。
窓口にいたギルド職員のリックが、目ざとく気付いて声をかける。
「よう、賊狩りのお兄さん。あの倒れた彼は大丈夫?」
グレイはちらりとリックを見て、面倒ながらカウンターに近付いた。
図書室で倒れた時、医務室の場所を教えてくれたのはこの男だ。気乗りしないが、話しておくのが筋だろう。
そう思ったものの、目の前で心臓発作を起こして苦しんでいた修太を思い出すと、なんだか胸の奥がざわついて、どうにも苛立つ。
「午前中のうちに医務室を出て宿に移ったが、医者にはしばらく安静に過ごせと言われている」
「そうか、分かった。悪いな、あの依頼について、報告書を出さないといけないんだ」
リックが、グレイには興味のない理由を付け足すので、グレイは特に返事もせず、待合室の奥にあるテーブルにつく。紫のランクの義務として、緊急事態に備え、ギルド内で一定時間の待機というものがある。用事が無い時のみという条件が付くとはいえ、時間を縛られるのは面倒だ。
紙煙草を取り出して、火を点ける。
奥まった場所、全体が見渡せる位置に座るのを好むグレイは、売店を視界の端に収め、ふと修太を思い出した。冒険者ギルドで暇つぶしをしていると、修太はよく飲食物を買い込んで、当然のようにグレイの前にも並べていた。食べる気分でない時は、その食べ物を修太の前にスライドするのが常だった。
昨日は起き上がれない様子だったが、今日は起きて食事もとれるようになっていた。色々と話したいことはあったが、会話するにはまだ調子が悪そうだった。今頃は啓介達が世話を焼いているだろう。
「あのー、ちょっといいっすか」
リックがテーブルの横に立ち、グレイに話しかけてくる。まだ何か話があるのか、鬱陶しい。グレイはリックをじろりとにらんだ。
「こんな時にこんな話をするのは、申し訳ないんだけど」
リックはあからさまにギクリとしたが、一言謝ってから、恐る恐る書類を差し出す。生死問わずの指名手配書だ。日付はつい最近だ。
「ほんの数日前に、黒狼族が指名手配されてさ。ほら、あんた達って、身内の不祥事は自分達でけりをつけたがるから……教えておこうかと」
手配書に書かれた似顔絵には、黒い髪と赤目の男が描かれている。見覚えのある顔だった。グレイはぽつりと名前を呟く。
「……ヴァイ」
「え? もしかして知り合い?」
「こいつは何をした」
手配書に書かれた細かい字を読む気になれず、グレイはリックに説明を求める。
「隊商を狙った強盗だよ。でも、ちょっと変わってるんだ。隊商の護衛と戦いたがるんだそうだ。で、負けたら、女と子どもだけ逃がして、他は全員殺して荷も奪うって話」
「その逃げてきた女と子どもってのが情報源か?」
「そういうこと。街道沿いをふらついていて、たまに出没するらしいんだ。衛兵やギルドでも調査中だけど尻尾を出さないんで、被害だけが増えてる。藍ランク向けの依頼だ」
グレイはその手配書を受け取り、懐に仕舞う。椅子を立った。
「こいつは俺が責任を持って処理しておく」
グレイが即断したので、リックは驚いたようだった。
「責任って、いったいどういう知り合いなんだ?」
グレイは目を細めて呟くように答える。
「俺の二番目の弟子だ」
「え? 弟子って。知らなかったとはいえ、悪い! そんな酷な仕事は任せられねえよ!」
慌てて前に回り込み、リックはグレイを止めようとする。その肩を、グレイは横へと押しのけた。
「弟子の不始末は、師がとるものだ」
「ちょっと!」
リックの制止を無視して、グレイは冒険者ギルドを出て行く。雑踏の人込みに乗ると、さすがに追ってこなかった。忌々しく思って、空をにらむ。
「よりによって盗賊とはな……あの野郎」
どす黒い苛立ちが胸を占め、グレイは静かに怒りを感じている。そして同時に、これはあの男のサインだと気付いてもいた。
「弟子に喧嘩を売られるとはな」
溜息とともに吐きだした煙が、青空にすうと白い線を引いた。
冒頭部だけ、さらっと書いてみた。
この部分だけでどんな話か想像がつくと思うので、こういった話が苦手なかたは避けてください。あんまり後味はよろしくない回です。
断片の使徒、たまにある胸糞悪い話。人を選ぶと思うわぁ。でも、書くけど。
こういう話が苦手な人は、二番目の弟子が出てきたら飛ばして、修太とグレイのやりとりのとこだけ読めばいいと思う。