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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 人を喰う本 編
288/340

 10



 目を開けると、図書室に立っていた。

 現世に戻ったと気付くや、啓介はサーシャリオンに叫ぶ。


「サーシャ、その本を捕まえてて!」

「うむ。そうしているぞ」


 サーシャリオンは古ぼけた絵本を手にしたまま、啓介に頷いてみせた。

 啓介以外は、まだ床に倒れている。全員が脱出しているのを素早く確認すると、もう啓介は迷わなかった。この本を放置していれば、あの男の子の遊びに付き合わされ、大勢の被害者が出るに違いない。

 豆本を掴むと、ポンと音を立てて、封印の書が大きくなる。

 啓介はすぐさま呪文を唱える。


「ここなるオルファーレンの断片、お前の役目は終わった。我はオルファーレンの使徒。断片よ、ここへ戻られたし!」


 目の前の空間が水面のようにさざなみ、光の波紋が立つ。

 サーシャリオンが本をその光へと投げ込むと、光が鎖となって本を絡め取った。そして光の渦へと飲み込まれ、細い光となって本へ吸い込まれていく。

 無音の衝撃が走り、絵本は消えてなくなった。

 啓介は手元に戻った本を見下ろす。開いているページには、「物語の世界での遊び場」と書いてあり、「愉快な心」という祝福が記されている。


 ――あーあ、せっかくの遊び場だったのに。なくなっちゃった。


 男の子の声が聞こえたので、啓介は天井を見上げた。そこにはぼんやりした白い人影が浮かんでいる。

 ようやく起き上がった他の被害者達が、その影をぎょっと見上げた。サーシャリオンは年長者が幼子に話しかけるように、人影に諭す。


「もう充分、遊んだであろう。そろそろ魂の流れに戻るがよい。我が案内してやろう」


 ――そこって楽しい?


「ああ。時に苦しくもあるだろうが、生きることは楽しいものだ」


 ――じゃあ、行く!


 サーシャリオンが右手を差し伸べると、男の子はその手を握る。ふわりと人影が光に包まれ、そして消えた。


「迷った魂を導いた。あとはオルファーレン様の領分だ」

「これでもう、被害は出ないかな?」


 啓介の問いに、サーシャリオンは頷く。


「ああ。お(はら)いをしたからな」


 そして周りに向けて、分かりやすい表現を使い、ウィンクしてみせる。彼らは安堵して、床にへたりこんだ。アルが溜息をつく。


「これで終わりか……」

「グエナの嬢ちゃんは無事か?」


 マーカスの問いに、グエナが右手を挙げる。


「ええ、生きてますわよ」


 わっと歓声が上がる。

 オランドがガッツポーズをして叫ぶ。


「よっしゃあ、救出対象の生存を確認。依頼達成!」

「でも、この人数で割るんだもの、少なくなっちゃうわね」


 イスカの呟きに、グエナは肩をすくめる。


「こちらから、親に報酬値上げを相談してみますわ」


 拍手と歓声が再び上がる。

 廊下で待機していた冒険者ギルドのリックが顔を出し、この状況に笑顔になる。

 お祭りムードの場の中で、啓介は違和感に気付いた。


「あれ? あんな幽霊が出てきたのに、シュウが騒がないなんておかしいな」


 ようやく周りを確認すると、図書室にはサーシャリオンしかいない。


「ねえ、サーシャ。シューター君は? ハグしてお礼を言いたいんだけど」


 ピアスがサーシャリオンに問うと、サーシャリオンは曇り顔になった。


「ああ。シューターは医務室だ。発作(ほっさ)を起こして倒れた」

「――は?」

「幸い、我が傍にいたから応急処置はできたが、あとはアレンという男に任せている。グレイとコウは付き添いだ」


 サーシャリオンは深々と溜息をついた。


人智(じんち)を超えた魔法を、数秒とはいえ止めたのだ。負荷がかからないわけがない。物語の流れがまずいと気付いて、無茶しおった。――役に立ったか?」

「絶体絶命のピンチを助けてくれたよ。あの数秒がなかったら、皆、本の中に永遠に囚われるところだったんだ」

「そうか。ならば、シューターも満足するだろうな。後で褒めてやるといい」


 サーシャリオンはリックに声をかけ、図書室を出て行く。

 啓介もすぐさま後を追いかけた。




「シュウ!」


 啓介は医務室に駆けこもうとしたが、扉の脇にいたグレイに腕を掴んで戻された。


「騒ぐな。やっと眠ったんだ」


 グレイの鋭い声に、啓介は余計に不安がかきたてられた。感情を表に出さない男が、分かりやすく苛立っている。啓介は逆にグレイを離れた場所に引っ張っていき、問い詰める。


「どういうこと? 発作ってどうしたの? いつもみたいに、熱を出して倒れたって意味?」

「違う。心臓発作だとよ。サーシャがいなかったらまずかった。あいつ、息も止まりかけて……。おい、だから行くなと言ってる。落ち着け」

「そんなことを聞いて、落ち着いてられるか!」


 また扉に向かおうとすると、後ろ(えり)を掴んで戻された。ばたばた暴れていると、フランジェスカとピアス、ササラが遅れて到着した。


「なんだ、いったいどうした?」

「ケイがそんなに取り乱すなんて……まさかシューター君」


 ピアスは悪い想像をして、顔を青ざめさせる。グレイは淡々と返す。


「生きてる。心臓発作を起こして、さっきまでひどく苦しんでたから、そっとしとけと言ってるだけだ」

「心臓発作ですって!?」


 ピアスが声を上げ、ササラは口を手で覆う。一方、フランジェスカは冷静に問う。


「魔力が減りすぎたのか? カラーズの生命力は、魔力に依存してる。出血多量のショック死と似たことが起こる場合がある」


 グレイは頷いた。


「医者の話だと、そうだってよ。だが、これまでにも何度も倒れただろう? 心臓に負荷がかかっていたのが、今回でとうとう表に出たんだと。サーシャが治療魔法で落ち着けたんで、持ち直した」

「そうか……。もし、あいつも本の中に入っていたら、まずい事態だったな。不幸中の幸いか」

「さっきようやく寝たから、騒ぐな。面会禁止だとよ」


 グレイとフランジェスカの声が、啓介には遠くに聞こえる。

 呆然と突っ立っていると、サーシャリオンがアレンとディドを伴って医務室から出てきた。


「こちらが診断書ですね。治療費はこちら。今日はこちらに泊めてくださるそうなので、こちらの申請書にサインをください。ええーと、この中で保護者は……」


 アレンはてきぱきと説明して、グレイに紙を差し出す。啓介は大きく挙手した。


「はいっ! 俺がサインします。幼馴染なんで!」

「誰でもいいですけど、お願いします。医者が、付き添いも欲しいそうですよ。この中で適任者はあなたですね、〈青〉の魔法が使えるようですし」


 アレンがサーシャリオンを示すので、啓介はサーシャリオンをじっと見つめる。


「俺も……」

「ケイ、本に喰われて大変だったのだ。そなたも休むべきだろう。それより依頼のほうの後始末を頼む。我はそちらのことは興味がないからな」

「でもっ」

「ほら、寝ているだろ? 安心せよ」


 サーシャリオンは扉を開け、修太の様子を見せた。顔は少ししか見えないが、深い眠りに落ちているのは分かる。啓介はようやくほっとした。


「……分かった。俺にできることをするよ。ところで、お二人はどうしてここに?」


 啓介が問うと、アレンは啓介がサインした書類を医師に戻してから扉を閉めて返事をする。


「その辺のことも含め、外で説明しますよ。僕も休憩したいんで、構いませんね」

「あ、すみません」


 どうも気がせいて仕方がない。啓介の肩を、ピアスがやんわりと叩く。


「気持ちは分かるわ。いったん場を変えましょう。ね?」

「分かったよ、ピアス。ええと、治療費は……」

「明日でいいそうです、行きましょう」


 アレンに促され、啓介は医務室の前を離れることにした。サーシャリオンとグレイが残り、扉の脇にいたコウも啓介に寄り添う。何も言わないが、グレイも修太のことが気がかりなのだろう。



     *****



 ふっと目を覚ますと、真夜中だった。

 見慣れない天井を眺めていると、サーシャリオンが顔を覗かせる。


「おお、気が付いたか」

「サーシャ……?」


 修太は体を起こそうとしたが、胸が痛んだのでやめた。ふうと息をついて、水差しを見つめると、サーシャリオンが()い飲みに水を注いで口元に運んでくれた。少し飲むと、喉の渇きがいえる。


「ありがと。なあ、啓介や皆は?」

「まったく、最初に質問するのがそれか。無事だ。お前のおかげで、窮地を乗り切れたらしいぞ」

「そっか、良かった」


 ほっとしたが、さすがに今回は死ぬかと思った。


(神の魔法に対抗するんだもんなあ、数秒でもヤバかった。なんか命を吸い取られてる感じがひしひしと……)


 魔法の無効化をした時のことを思い出し、修太は今更ながら冷や汗をかく。

 できる限りのことはしてみたが、人を喰う本の魔法にエネルギーごと引っ張られそうになる感覚があって、そちらから自分を元に戻すのに力尽きた感じだった。修太が漆黒の〈黒〉だからどうにかなっただけで、弱い〈黒〉だったら即死だったのではないだろうか。


(魔力混合水、飲んでおいて良かったぜ)


 修太は自分の準備の良さを、内心で褒めた。


「今後は、断片に魔法を使うのはやめておく」

「それがよい。危険は、自分で学ばねば分からないものだ。そなたは学んだ。同じ失敗はしないだろう」

「……怒らないのか?」

「止めたところで、ケイの危機を前にしたら、そなたは魔法を使うのだろう。我がオルファーレン様のために身を張るのと同じことだろうな。さすれば、止められぬ」


 ふっと微笑むサーシャリオンの横顔は、誇らしげに見えた。修太はその顔を見ていて、なんだか気持ちが穏やかになる。


「サーシャにも、家族がいて良かった」

「ん?」

「長い時を生きるのに、ひとりぼっちは寂しいだろ?」

「ふふ。そうだな」


 サーシャリオンはにこにこと笑い、修太の額を手の平で軽く撫でる。小さい子どもを見る老人のような雰囲気で、しばらくサーシャリオンは黙っていた。居心地は悪くない、穏やかな沈黙だ。少し迷ったようだが、結局、決めたらしい。青と緑と銀に輝く不思議な目が、ふと強さを帯びる。


「そなたには教えておこうかのう。我はモンスターの王であるが、神竜(しんりゅう)とも呼ばれている。どうして(かみ)とつくと思う?」

「え……? 神のように強い竜、とか?」


 少し考えて、修太はそれらしい答えを引っ張り出す。どうやら違うらしい、サーシャリオンはじっと修太を見つめ、更に問う。


「我は影の化身(けしん)であるが、誰の影だと思う?」

「え、誰って……」


 修太は思い浮かんだ答えに、ぎょっと目を丸くする。


「まさか、お前ってオルファーレンの影なのか?」


 導き出した答えに、驚きを隠せない。

 サーシャリオンは楽しげに微笑む。


「オルファーレン様の断片を感知できるが、我は影だから、干渉はできない。そなたらはやけに我の性別を気にしていたが、神に性別はない。ゆえに我もまた、どちらでもなく、どちらでもあるわけだ。女の姿のほうが好きだがな」


 ひらひらの服が可愛いからと、サーシャリオンは呟いた。こんな時でも気が抜ける奴だ。

 サーシャリオンは修太に顔を近付けて、ひそひそとささやいた。




 ――シューター、我もまた、オルファーレン様の断片なのだ。





 三十六話完結。


 まだ続きますが、はやくアフターに集中したいので、こちらの本編は完結に向けて、少しずつ舵を切ろうかと思います。

 でも気まぐれに話数が増えるとは思いますが、いつもののりです。

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