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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 人を喰う本 編
287/340

 9



 蔦と骨の足場を伝って死体穴を通り抜けると、調理場に到着した。

 先陣切って調理場に入り込んだフランジェスカは、今にも大きな包丁で殺されそうになっている人間を見つけ、調理人の魔物を背後から斬り伏せた。ギャッと断末魔を上げ、蛙に似た魔物は倒れる。緑の血が床に広がっていく。

 次に登ってきた啓介は、本の中の世界と分かっていても、リアルすぎて気持ち悪い。啓介は身震いした。


「あ……ありが……」


 ボロボロのワンピース姿の女が、涙を零してフランジェスカに礼を言うが、震えすぎて声になっていない。


「他にも被害者がいるなら、教えてくれ」


 フランジェスカが声をかけると、女はすぐに隣の部屋に向かった。

 ここでイベントが起きた。




 食糧保管庫だという部屋には檻があり、十人ほどの人間やエルフが身を寄せ合っていた。彼らを檻から助け出した後、話し合いの末、彼らの護衛としてササラが居残ることになった。勇者達が戻るまで、調理場に籠城すると言う。


「勇者様、ご武運をお祈りしております」


 ひざまずいて、ササラがグエナにあいさつする。


「あなたも気を付けて、ササラ。危なくなったら先に脱出してちょうだい」

「いいえ、外は魔物が多くて危険です。わたくし一人ではこの人数は守りきれません。皆様を信じて、ここでお待ちしております」


 いかにもフラグみたいな会話をし、啓介が魔法をかけて、簡単に調理場に入り込めないように守りを強化した。


「さあ、行きましょう」


 勇者が促すと、騎士が廊下を走り出す。


「姫は地下のほうにいるはずだ。前に捕まった時、魔物が話していた」

「皆、気を引き締めて参るのだ」

「おうともさ!」


 魔法使いの忠告に盗賊が返事をして、そろって地下を目指した。




 イベントが終わると、それぞれ精神的にぐったりして、自然と沈黙する。何回も味わっているが、この恥ずかしさには慣れない。

 その空気を振り払うように、フランジェスカが口を開く。


「魔物が出払っているから、手薄で楽だな。しかし、迷路のような城だ。ケイ殿、なんかこう、都合の良い魔法はないのか?」

「無茶言うなあ、フランさん。でも、魔法使いがどうにかするのは、御伽話あるあるだよね。うーん、いや、無理だよ。この城の中では、探索の魔法は使えないみたいだ。ダンジョンみたいに、魔法で道は分からない」

「そうなのね」


 啓介の返事に、ピアスは周りを見回す。

 天井が高く、だだっ広いのを除けば、造りは人間の城と変わらない。ただ、どこにも明かりが置いていないので、啓介の魔法の明かりが頼りだ。


「手分けして探す?」

「いや、分散したところを敵に叩かれるほうが危険だ」


 フランジェスカはすぐに否定した。


「ねえ、ちょっといいかしら」


 グエナが立ち止まり、すぐ傍の階段を示した。


「たぶん、あっちだと思います」

「なんで?」


 啓介が問うと、フランジェスカとピアスもグエナをじっと見つめる。グエナは首を傾げ、あいまいな答えを返す。


「勘です」

「勘……。ああ、そうか。勇者に力を貸している精霊って、女神様に仕えてるんだっけ。その辺のことで、勇者には姫の居場所が分かるのかな?」


 啓介の推測にも、グエナは分からないと首を振るだけだ。


「どうせ地図もないんだし、行ってみるしかないと思うわ」


 ピアスの言葉で、啓介達も腹をくくった。


「それなら試しに行ってみよう!」


 そして、下へ続く階段へと踏み出した。




 魔王城の地下は迷宮じみていた。

 時に魔物に襲われながら、ほとんど半日かけてようやく姫が囚われている封印の間を探し当てると、山羊頭の魔王が待っていた。


「カッカッカ。よくぞ参ったな、勇者!」

「勇者様!」


 鳥籠のような檻に囚われた姫が、上から叫ぶ。魔王は忌々しげに勇者一行を見回す。


「まったく、しぶとい奴らだ。しかし、冬至点まであと少し……。我が相手をしてやろう。――お前達、姫を落とす準備にかかれ!」

「きゃあああ!」


 魔王の命令とともに、姫の悲鳴が上がる。

 二階の歩廊にいるトカゲのような魔物が、檻を支えている鎖を操作して、穴へと檻を下げていく。


「冬至点、その時だけは女神の加護は消える。姫は溶岩に焼かれ、この世界は我のものとなるだろう!」

「させるか! 魔法使い、盗賊、君達は上を頼む!」

「分かった」

「行くよ、魔法使い!」


 グエナの頼みを請け負い、啓介とピアスは歩廊へ続く階段へ走る。そして、グエナとフランジェスカは魔王戦に突入した。




 仕掛けを守るトカゲの魔物や魔王との戦いのせいで、時間を消耗した。

 なんとか魔物を倒して、仕掛けに飛びついたが、問題があった。


「嘘だろ。この鎖、重すぎる!」

「私達じゃ駄目だわ。動かせない」


 ピアスもほとほと困った顔で言った。

 鎖の巻き上げ機は、トカゲの魔物二体で動かしていた。腕力がある魔物だったのだろう。あろうことか、死ぬ間際に、魔物は檻を支える鉄棒の根元を壊していった。鎖の固定金具はなんとかもっているが、支柱がぐらついていて、いつ落下するか分からない。急いで巻き上げようにも、重すぎてできない。


「ガハハハハ、刻限(こくげん)だ。姫よ、お別れだ!」


 魔王はグエナとフランジェスカを暴風で吹き飛ばし、宝玉のついた杖を掲げる。

 魔法で作りだした黒々とした玉を、魔王は檻の真上、鎖へと投げる。当たった箇所に、ピシリとヒビが入った。


(もう駄目だ……!)


 頭に、バッドエンドの文字が浮かぶ。啓介が絶望とともに檻を見た瞬間、何故か世界がピタリと止まった。


「え?」


 驚いたことに、魔王は万歳した格好で動きを止めている。


 ――すぐに穴を塞ぐなりなんなりしろ! 啓介!


 どこからか修太の声が響き、啓介は我に返る。


(穴を塞ぐ……そうだ!)


 啓介が魔法使い役で良かった。即座に魔法を使い、穴だけでなく鎖の巻き上げ機ごと、全てを氷漬けにした。

 その瞬間、パチリと音がして、時間が戻る。

 一分もなかったが、充分だった。


「これで世界は我のもの……。な、なんだこれは!」


 一変した状況に、魔王が驚きの声を上げる。

 穴はふさがり、檻は氷で支えられていた。

 ピアスが拳を握り、歓声を上げる。


「やったー! ねえ、ケイ。さっきの声ってシューター君よね?」

「ああ。よく分からないけど、助けてくれたみたい」

「ありがと、シューター君! 大好き! 感謝! ハグしてお小遣いをあげたい!」


 天に向け、ピアスが叫ぶ。ぴょんぴょんと跳ねてそんなことを言うので、啓介も緊張のたがが外れて、壊れたみたいに笑い出す。


「あはははは。俺もハグしたいよ。ハイタッチして、好きな料理を山ほどご馳走したい」

「もう、あんた達っ。笑ってないで、私を下ろしてちょうだい!」


 檻の中から、姫役のイスカが叫ぶ。

 気付けば、グエナとフランジェスカにより、魔王にとどめが刺されていた。先ほど、魔王が油断した時に最後の一撃をくれたのだろう。


「あ、すみません」

「すぐに行くわ」


 啓介とピアスが急いで階下に下りると、再びイベントが起きた。




 床が光り輝き、女神が姿を現す。


「姫を救ってくれてありがとう、勇者達。魔王を退治したお陰で、天界に通じる扉にかけられた、()しき魔法も消え去りました」


 女神は雪のように真っ白だ。白く長い髪、銀の目、白いドレスに、白い羽。しかし微笑む姿は温かい。

 檻が輝き、扉が開く。姫はふわりと浮かび上がり、女神の前に下りてきた。

 女神は姫を抱きしめる。


「わたくしの娘、無事で良かった。この子は豊穣の女神の血を継ぐ、春の女神。この地に光が戻るでしょう」


 まさか超常の姫の正体が、半神(はんしん)の娘とは思わない。

 だが、啓介は妙に納得した。


(道理で、この物語に王妃が出てこないわけだよ)


 そんなことを考えていると、女神は両手を広げる。


「さあ、悪しき者は滅びました。全てを光に戻しましょう」


 世界が光り輝き、次に目を開けると、花畑に立っていた。城は廃墟と変わり、外にいた魔物の軍勢は、全て動物へと変化する。

 殺された者達は戻らなかったが、ササラや囚われの人々と再会した。


「城へ戻りましょう」


 再び女神が声をかけ、勇者達は全員で城へと転移していた。

 その後、凱旋(がいせん)パレードが開かれ、勇者達は人々にたたえられる。それから人々は女神の加護のもと、平和に暮らしたという。

 ――めでたし、めでたし。




 その最後のピリオドが押された瞬間、啓介達は真っ白な部屋に立っていた。本に喰われた全員が、元の姿で立っている。互いに無事を確認して、ほっと穏やかな空気になった。

 そこに一人だけ、見慣れぬ者がいた。


「途中、ずるもあったけど、まあいっか。ゲームクリア、おめでとう」


 いかにも生意気な雰囲気の、十歳くらいの男の子が言った。白い肌に、白銀の髪。青い目を持った姿はやせ細り、弱弱しい空気があるが、顔は賢そうだ。


「君はいったい、何者? オルファーレンの断片なのか?」


 啓介は男の子に問う。

 もしかしてサーシャリオンや、他のボスモンスターのように、何かの化身(けしん)のような存在なのかと思ったのだ。

 だが意外にも、男の子は首を振る。


「オルファーレン? 知らないよ。僕は普通の人間だ。この本の最初の持ち主」

「つまり被害者ってことですの!?」


 驚きの声を上げるグエナに、男の子は否定を返す。


「違うよ。僕はここで遊んでただけ。僕は病気で外に出られなくて、いつも退屈してた。そんな時、この本が急に現われたんだ」

「急に? どういうこと?」


 イスカがけげんそうに問う。前に出ようとする彼女を、オランドが引きとめて背後に押しやる。


「おい、イスカ。訳の分からん奴の前に出るな」

「はーい」


 ちょっとだけ不服そうにしつつも、イスカは嬉しげにオランドの後ろにとどまる。オランドは慎重に問う。


「で? 急にって?」

「さあ。“急に”は“急に”だよ。光り輝いている本が、手元に現れた。僕が本を手に取ったら、この世界にいたんだ。ここでなら苦しくもないし、好き勝手遊べることに気付いた。本当に、楽しい毎日だったよ」


 男の子は微笑んで、遠くを見る仕草をする。


「でも僕は病気で死んだんだ。その時、願った。ずっとここで遊びたいって。それは叶った。こうしてここにいる。――でもね、一人で遊ぶのは飽きちゃったんだ」

「ええーと、つまり君は霊魂みたいな存在で、本に()りついてる?」


 啓介はドキドキと胸が高鳴るのを抑えきれずに問う。そんな面白いこと、聞き逃す手はない。


「うーん、どうだろう。僕が本に憑りつかれてるのかもしれない。分かんないよ」

「ちょっと待て。つまりだ、一人で遊ぶのに飽きたから、仲間を探していたってことか?」


 フランジェスカの質問に、男の子は無邪気に頷く。


「うん! そうだよ」

「ゲームをクリアできなかったら、永遠に戻れないというのは?」

「ここで遊んでもらおうと思って。これまでもそうやって、何人もここに閉じ込めたんだ。でも、途中でおかしくなっちゃって、しまいには昇天していなくなった。だから代わりを探してたよ」


 男の子がにこにこと楽しげに言うものだから、逆に不気味すぎて、場には沈黙が落ちた。


「子どもってのは無邪気だが、時に残酷な生き物だよな」


 兵士役のアルが、ぼそりと呟く。

 この男の子にしてみれば、本に連れ込んだ人間は、代わりのきく人形とたいして変わらないのだろう。

 冷や汗が浮かび、啓介はさすがに面白いと思えなくなった。


「クリアできなかったら、ずっとここで僕と遊んでもらうつもりだったから残念だけど。クリアしたから帰してあげる。楽しかったよ、バイバイ」


 男の子はにこっと笑って手を振る。

 その瞬間、世界が光り輝いた。


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