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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 人を喰う本 編
286/340

 8

 ※残酷描写注意。



 魔王城の地下では、姫役のイスカが右往左往していた。

 冬至とは、正確には冬至点(とうじてん)を通過する日のことだ。その瞬間が、姫と魔王の力が逆転する、最悪のタイミングだった。


「今日の日没後すぐまでに勇者が来ないと、魔王に殺されるなんて……。どうすりゃいいのよっ」


 イスカは冒険者だ。自力で脱出したいところだが、それがかなわない。

 鳥籠のような檻に入れられ、鉄の柱の先から、鎖でぶら下げられている。姫が超常の存在なので、食事も排泄もしない不思議仕様だから耐えられるが、そうでなかったらとっくに衰弱死していただろう。

 魔法陣が張り巡らされた封印の間のせいで、少し動いただけで疲れるから、イスカはほとんど眠っていた。だが、先ほど、ゲーム開始を告げた子どもの声に起こされて、イスカは状況を教えられたのだ。

 死ぬかもしれないと聞いては、眠ってはいられない。

 ドレスで体育座りをして、鎖の先を眺める。天井に向けて斜めに建っている鉄の柱に沿い、二階の歩廊(ほろう)部分で固定されていた。この柱を動かすことで、檻を移動できるのだ。檻に入れられる時に一度だけ目にしたので、仕組みは分かっている。


「オランドは王様役だから来られないでしょうし。会ったばかりの子どもを頼るなんて、怖すぎるわ! 早く迎えに来てよ、もうっ。来て欲しい時は来られないなんて、オランドの馬鹿馬鹿馬鹿」


 同じパーティメンバーであり、恋人でもある男を思い浮かべ、イスカは愚痴をこぼす。彼のせいではないし、ただの八つ当たりなのは分かっているが、こうしていないと恐怖に耐えられそうにない。


「姫よ、ご機嫌いかがかな」


 その時、山羊(やぎ)の頭を持った魔王がやって来た。人間の三倍はあるだろう巨体で、のしのしと歩いてくる。こちらを見上げる目は金色で、瞳孔は十字(じゅうじ)だ。


「いいわけがないでしょう。わたくしを城に帰して!」


 急に体が勝手に動きだし、しゃべったこともない上品な口調で、魔王をなじる。内心ではむずむずしているが、言いたいことは台詞と同じだったのでスッキリする。

 魔王は気に留めず、悠然と床を歩く。


「冬至点、あの瞬間だけは貴様を葬り去ることができる。太陽神が死に、生まれ変わる時だ。太陽神の娘である女神の加護も、この時だけは及ばない」


 魔王は目を細めた。


「夜明けだ。貴様の命の刻限も、あと半日。その時、お前はこの地下の溶岩(ようがん)に焼かれ、骨も残さずに死ぬ。楽しみに待っているがいい」


 魔王がそう言った時、床の丸い紋様が盛り上がり、ゆっくりとスライドしていった。深すぎて真っ黒にしか見えない穴の奥で、赤い光がちらちらしている。熱気が立ち昇り、イスカの顔は青ざめた。


(あそこに落とされる前に、蒸し焼きにされそうなんだけど!)


 だが、その時、ふわりと体の周囲が光に包まれた。熱さが消え、イスカはほっとする。姫の身の危険を察知して、女神の加護が働いたようだ。


(物語に出てくるお姫様なんて、花畑でにこにこして、王子様を待ってりゃいいのかと思ってたけど、かなりハードなのね)


 こんな役回りのせいで、見方が変わった。この状況で、綺麗で上品をたもてる女なんて、普通はいない。そもそも手入れをしないと、どんな美人でも不潔でみすぼらしくなるものだ。その点、女神の加護というのは便利な能力である。


「きっと勇者が来ます。破滅するのはお前のほうよ、魔王!」


 イスカの口から、けなげに勇者を信じる姫の台詞が飛び出した。

 魔王は愉快そうに哄笑(こうしょう)しながら、地下の封印の間を出て行く。憎たらしいったらない。姫だからではなく、本気でムカついて、イスカはにらみつけた。

 魔王が立ち去ると、体の自由が戻った。イスカは溜息をつく。


「なんでもいいけど、コルセットをつけたドレスで、(とら)われの身ってないと思うのよね。苦しい……早く着替えたい」


 セーセレティーではふくよかな体型が美人とされているから、コルセットなんて付けない。エルフか、南部の文化の影響だろう。

 イスカは色んな意味でめそめそしながら、勇者の到来を待った。


     *


 魔王城の前には、千を越す魔物の軍勢が集結していた。


「勇者やその仲間の首をとった者には、褒美と位を授けると、魔王陛下がお約束なされた! 貴様らの獅子奮迅(ししふんじん)の働きを期待する!」


 魔王軍を統率する大将軍――(わし)の頭を持った魔物の言葉に、魔物達は盛り上がる。


「これより出発し、勇者の潜伏する精霊の森に突撃する。皆の者、準備はよいか?」


 おうと応える声が響く中、斥候がやって来た。


「大将軍閣下、勇者一行が参りました!」

「正面から来るとは……愚か者め。皆の者、ひねりつぶしてやれ!」


 号令のもと、地を揺るがす魔物の声が返り、彼らはいっせいに動き出す。

 褒美を求め、我先にと、遠くに見える五人の影へ襲い掛かる。しかしそれは、魔法使いが幻影をかけた、土人形だった。

 あっという間に人形はつぶされ、頭や腕、足が外れて宙を舞う。しかし落ちた先で再び土人形が現われ、軍勢をかく乱した。

 魔物は個々の能力はあるが、他の者の言うことは聞かない。冷静な時ならば、強い個体の命令くらいは聞くが、興奮している今は耳を貸す者はいない。


「こら、違う。これは(おとり)だ! 皆、戻れ!」


 大将軍に仕える将軍達がなだめても、場は騒然として治まらない。勇者の策に落ちたことを知り、大将軍はうなり声を上げた。




「よし、軍勢を突破! こうして見ると、魔物って馬鹿なんだな」


 大混乱の場を、幻影に隠れてひっそりと通り抜け、後方を振り返って啓介は思わず呟く。全員で一気に戦場を駆け抜け、城の裏手を目指す。

 フランジェスカは呆れ混じりに返事をする。


「個体の能力はあるんだがなあ。鳥が猫の命令を聞かないようなものだ」

「なるほど、納得ですわ」


 グエナが頷き、フランジェスカに問う。


「それで、侵入できるポイントというのは?」

「私が前に魔王城に入り込んだ場所だ。死体穴(したいあな)

「し、死体穴?」


 顔を引きつらせるピアスに、フランジェスカは頷く。


「あいつらにとってはゴミ捨て場だ。さらってきた人間を食べた後、穴から外に捨てるんだよ。大丈夫だ、骨ばかりだから、そうグロくない」

「子ども向けの本で良かったですわ!」


 グエナの心からの安堵に、啓介も同意する。腐乱(ふらん)死体や血みどろ死体なんか誰も見たくない。戦意喪失して進めなくなりそうだ。


「ほら、ここだ」


 城は岩山の上にあり、一段低い裏手には、おびただしい数の白骨死体があった。人間のものだけではなく、魔物や動物のものもあるようだ。穴から落ちる地点が一番高くなるように、骨で斜面ができている。


「どうやらこの騎士は、姫を助ける以前に、さらわれた恋人を探しに来たらしい。死体に紛れてここまでやって来て、途中で目を盗んで逃げ出した。魔物を殺して、その血を塗り込んでにおいを誤魔化していたよ。だが、ここで遺品を見つけて、自滅覚悟で魔王に挑んで捕まったというわけだな」


 淡々とした説明に、啓介はうめく。


「ひどすぎる……」

「本当に子ども向けなんですの?」


 ササラが疑わしそうに問う。


「と、とりあえず、どうやってここを上ったんです?」


 グエナは死体穴を見上げて問う。とてもではないが高すぎる。


「どうって……骨を壁に刺して、足場にしたんだ。ほら、いくつか残ってるだろ」


 フランジェスカはあっさりと言い放つ。


「フランジェスカさんも、こういうところはぶっとんでるわよねえ」

「ピアス殿、何と比べて言ってるんだ?」

「グレイ達に決まってるでしょ」

「あいつらは、そんなものはなくても登れると言うだろ」

「わあ、言いそう」


 啓介もピアスに頷いた。フランジェスカは剣聖(けんせい)の称号を得るほどの実力者だが、黒狼族と比べるとまともに見えてくるから不思議だ。


「ご遺体を道具に使うのは気が引けますが……これも姫を救出して元の世界に戻るため。分かりました」


 ササラは骨に両手を合わせて祈った後、いくつか太くてしっかりした骨を選びとった。グエナがササラの手元を覗き込む。


「え? どうなさるの、ササラさん」

「こうします」


 ササラは骨の片方を短剣で切り落とす。すると先が尖って、杭のようになった。それからササラは少し離れた所から助走をつけ、宙へ飛び上がった。ブンと風を切る音を立て、骨が飛んでいく。

 ――ドスドスドスッ

 骨が三本、壁に突き刺さった。


「ははあ、なるほど。先をとがらせたほうが刺しやすかったな」


 フランジェスカが感嘆とともに言い、啓介は拍手する。


「すごい、ササラさん。かっこいい!」

「まあ、そんな。ケイ様、よろしければ、是非ともササラの武勇談を、シューター様にお伝えくださいませ」


 ササラは照れながらも、さりげなくアピールしている。

 一方、グエナは呆れてピアスに問う。


「どうして誰もツッコミを入れないんですの!?」


 ピアスは諦め顔で首を横に振る。


「すごい人ばっかりだから、常識外れなの。見すぎて慣れちゃったのよね。ここにシューター君がいたら、騒いでくれるのに……。私はいちいち言ってられないわ。疲れるもの」

「よく分かりませんが、そのシューターという方のご苦労をお察ししますわ」

「まあ、シューター君も、ときどき変わってるんだけどね」

「……そうですか」


 こんな会話をしている横で、啓介は壁を眺め、杖を掲げる。骨の杭に這わせて、(つた)を生やした。


「うん、これで登りやすいかな。ササラさん、フランジェスカさん、上のほうも頼むよ」

「畏まりました」

「了解」


 啓介の頼みにこたえ、二人は新たに支えを作ってくれた。


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