7
所変わって、人喰いの本の中。
灰色の幹の間を、青い光が漂う幻想的な森に、男のうんざりした声が響いた。
「やってられるかーっ、なんでこう毎回、歌わなくちゃいけないんだ。誰か役をチェンジしてくれ!」
吟遊詩人役のドワーフの男――マーカスは苛立ちとともに叫んで、地面にがっくりと手足をついた。
役から解放された後、だいたい皆、こんな反応をする。
自分の意に沿わない役を演じさせられた恥ずかしさで、精神的な疲労が激しいのだ。
「無理だよ、マーカス。まったく、商人なら最初に殺されなければ、安全な役どころだと思ったのによ。なんで勇者の宝目当てに、こんな最前線まで来るんだ。このごうつくばりめっ」
商人役のネムレスも、自分の役どころへと悪態をつく。
二人の嘆きようには、啓介も苦笑するしかない。啓介自身もこの調子なのだ。だが、マーカスが可哀想なので笑顔で褒めることにした。
「そんなに嫌がらなくても、マーカスさんの歌はかっこいいですよ」
「頼むから、純粋に褒めないでくれ……余計に死にたくなる」
「ええっ」
何故かマーカスにとどめを刺してしまい、啓介は慌てた。ピアスとフランジェスカが首を横に振り、啓介を場から引き離す。
「駄目よ、ケイ。放っておいてあげましょう」
「追い打ちというのだ、それは」
一方、ササラは簡易カマドを作って料理に精を出し、グエナは拍手して手際を褒めている。平和なやりとりを横目に、更に距離をとった。
「あれ? どこまで行くの、フランさん」
「ちょっと内緒話をしたくてね。この辺でいいだろう」
フランジェスカは、キャンプ地から姿は見えるが、会話は聞こえない位置で立ち止まり、啓介に声を潜めて話しかける。
「ケイ殿、思ったのだが、ここが断片の中であるなら、君が封印すればいいのでは?」
「ああ、うん。俺もそう考えたんだけど……、ゲームがスタートしたら、この通り、衣装が全部変わっただろ? 旅立ちの村を出た途端、分け合った荷物もどこかに消えてしまった。封印の豆本は首にかかっているけど、なぜか動かせないんだ」
啓介も、果ての塔にいる時に、暇を持て余していて気付いたことだ。創造主オルファーレンからもらった、神の断片を封じる豆本は、啓介の肌にぴったりと貼りついてしまっている。
「これをはがそうとすると、怪我しそうだ。さすがに首元は怖くってさ」
「確かに、その辺は危険だな」
「やめたほうが無難よ。それに、私達も封印されちゃったらどうするの? 永遠にここから出られないなんて、しかも死ねないなんておかしくなりそう」
ピアスはうんざりと嘆いて、天を仰ぐ。
「とにかく、クリアが優先だな」
思いついた案が駄目だったので、フランジェスカはがっかりしている。啓介は右手を挙げた。
「なあ、このゲームのクリア条件ってなんだろう?」
「姫の救出だろう? 今のところ、魔王軍を倒して、姫を取り戻すために動いているのだし……」
フランジェスカはちらりとピアスを見る。ピアスも頷いた。
「うん。最終目的は姫の奪還だと思うわ。神話みたいな話よね。姫の祈りが豊穣をもたらすなんて、素敵」
「てっきりか弱いだけの姫かと思えば、超常の存在だよな。私……騎士が無事でいられたのは、姫の加護のおかげだ」
聖女信仰をしていた白教の元信徒であるフランジェスカは、神がかっている姫に憧れの気持ちを抱いているらしい。
啓介は分かっていることを口に出してみる。考えをまとめ時にするのだ。
「つまり姫自身も、女神の加護で守られてるってことだよな。魔王は姫に危害を加えられないけど、姫を封じることで、世界を荒廃に追いやろうとしてる」
「何がそんなに気にかかるんだ、ケイ殿」
フランジェスカの問いに、啓介はなんともいえないもやもやを抱えて、首をひねる。
「いやあ、なんだろうな。なんか……そんなすごい姫を、どうしてこんなに急いで助けようとしてるんだろうって思って。もしかしてタイムリミットのあるゲームなんじゃない? これ」
「ただ物語をクリアすればいいってわけじゃないの!?」
ピアスが驚きの声を上げる。
「だって、物語をクリアして、ピリオドを打てって言ってたじゃない?」
「物語での重要なシーンは体が勝手に演じてたけど、それ以外は自分達で行動してただろ。物語をクリアって、そういう意味だと思うんだ」
「そう言われてみると……」
三人で顔を見合わせていると、ササラが顔を出した。
「お食事ができましたよ。あら、どうなさったんです、深刻なお顔」
「うーん、あっちで話すよ」
啓介達はキャンプ地に戻り、居合わせている面々に推測を話した。
「考えすぎじゃねえか?」
そう言ったのはマーカスだ。
「誰か、タイムリミットみたいな話を聞いた人は?」
ネムレスが慎重に問い、皆、首を横に振る。だが、少し間を開けて、グエナが声を漏らす。
「あっ、そういえば王様の話にそれっぽい表現があった気がしますわ」
「そうでした?」
勇者の雑用係として、ササラも勇者とともに謁見したようだが、ピンと来ていないようだ。
「一年に一度、姫の力が弱り、魔王の力が一番強まる日があるとか……」
「ああ、思い出しました。冬至のお話をされてましたわね」
ササラがすっきりしたように呟いたが、グエナはけげんそうにする。
「冬至? そんな話はしてませんわよ」
「え? 王様がおっしゃってたでしょう? 一年で一番夜が長い日、それがそうだと」
きょとんとササラが問い返すと、マーカスがぼそりと呟いた。
「死に一番近い日……」
その不気味な言葉に、キャンプ地が一瞬だけ静まり返る。ネムレスが顔を引きつらせ、マーカスに苦情を言う。
「おい、いきなり怪談はよしてくれ」
「お前、レステファルテ人だろう。レステファルテでは戦神として日の神を祀ってるだろうに、知らんのか。
冬至はな、一年で昼の時間が最も短く、夜の時間が最も長いんだ。だから太陽が死んで、新たに生まれる日ともいわれてる。この日は命が終わる日ってことで、厄払いの祭りが各地であるよ。
セーセレティーじゃあ特に盛大にやってるぜ。……おい、何を不思議そうにしてるんだ、嬢ちゃん。精霊の誕生祭だよ」
マーカスが知識を披露すると、グエナは目を丸くする。
「精霊の誕生祭ならよく知ってますわ! 収穫祭と新年祭についで大きな祭りではありませんの。そんな由来でしたのね。お参りとお供えをする日だと思ってましたわ。そして帰りに、聖堂でふるまい料理を食べまくるんです」
「若いと、そんなもんか。俺もガキの頃は、腹いっぱいに食える日くらいにしか、思ってなかったしな」
けらけらとマーカスが笑い、グエナもつられて噴き出す。啓介はグエナの話に興味を抱いた。
「ふるまい料理って何?」
「大鍋で煮込んだスープや簡単に食べられるパン、日持ちするお菓子などが並べられていて、この日に聖堂にお参りにきた人は誰でも食べられるんですの」
「へえ、シュウが喜びそうだな」
「外国人も大丈夫ですよ。他にも、屋台が出ているので、食べ損ねても楽しいですわ」
「楽しそうだ」
啓介も参加してみたいとわくわくしたが、今はそれどころではない。
「それで、ここでの冬至はいつなんだ? 誰か知ってる?」
ネムレスが右手を軽く挙げる。
「待て、確か帳簿を付けてたから……。これだな。この日付だと……明日だな」
キャンプ地が静まり返る。
ピアスは青ざめた顔で、ネムレスに詰め寄る。
「え、ちょっと待って。それって本当なの? 間違えてない?」
「商人が稼ぎ時を間違えるはずがないだろ!」
「やだ、納得!」
頬を押さえ、ピアスは涙目になって頷いた。彼女も商人の端くれだ、ネムレスの言うことは理解できるのだろう。
フランジェスカは額に手を当てて、ふうと息を吐く。
「つまり……なんだ? 日付が変わる前に――できればこの後すぐにでも、魔王城に乗り込んだほうがいいと? 確か王からの援軍待ちだったよな」
「途中で魔物と混戦中だという情報だから、到着を待っていたら、冬至には間に合わない」
ネムレスの出した結論に、キャンプ地に重い空気が満ちる。
フランジェスカがうなる。
「ほら見ろ、後半戦がきついんだ、この手の話は」
「勇者とのロマンスはなかったけど、代わりに全員死亡フラグかあ」
空笑いを零し、啓介は頭を抱えた。援軍なしに魔王軍に突っ込む、最悪のパターンだ。
「フラグ? よく分かんないけど、ぎりぎりで気付いただけ良かったじゃない」
ピアスはそう励ましたが、彼女自身が血の気の抜けた顔をしている。
(そうだよな、ピアスも怖いよな)
誰だって、望んで死にたくはない。啓介はピアスの腕に手を伸ばして、軽く叩いた。ピアスが小さく微笑み返す。ありがとうと目が語っている。
沈鬱な空気を打破したのは、ササラだった。皆の顔の前で、パンパンと手を叩いて回る。顔を上げたのを見て、にっこりした。
「落ち込んでいてもしかたありませんわ。ここは腹を据えませんと。――まずは食事にしましょう。お腹を満たせば、考えも肯定的になります」
「そうだな。ササラ殿の言う通りだ。闇雲に突っ込まず、最短ルートを取ろう。食事をしたら、作戦会議。その後に出発だ」
フランジェスカも気を持ち直し、この後の方針を話しだす。あきらかに空気が明るくなり、皆の顔に前向きさが戻る。
その後、入念に話しあいをした後、日が沈んでから出発した。
すると、すぐにマーカスやネムレスと別れるイベントが起き、勇者が仲間達と絆を確認するやりとりをして、魔王城での最終戦に突入したのだった。