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物語はゆっくりと進み、やがて魔王城に囚われている騎士フランジェスカを助け出すくだりになった。
修太は恐る恐る本に近付いて、文章を覗き込む。
「囚われてたって、ひどい目にあったんじゃ。大丈夫なのか?」
サーシャリオンはそのページを読むと頷いた。
「ああ、食事は与えられていたそうだぞ。特に危害がないのは、姫が騎士に与えた守りの魔法のせいらしい」
「そもそも、どうして魔王は姫をさらったんだ? お嫁さんにするとか?」
修太が根本的な疑問を口にすると、なぜかアレンが噴き出した。修太はそちらをじろりとにらむ。
「あんだよ」
「いや、君がお嫁さんって表現するから。純朴で可愛いですね」
「だから、子ども扱いするなっての!」
完全に親戚のちびっこ扱いで、アレンが頭をよしよしと撫でてくるので、修太はぶち切れて振り払った。隙あらば馬鹿にしてくるので、油断ならない。
サーシャリオンは続ける。
「姫は女神の加護を持つ存在らしいぞ。この娘が祈ることで、国が豊かになるらしい」
「豊かというと、〈黄〉のカラーズって意味か? 作物が多く採れるとか?」
グレイがけげんそうに問う。サーシャリオンはにやにやと返す。
「これはお伽噺あるあるだ。美しい姫の祈りで、緑豊かな国になる」
「意味が分からん」
「そういうものなのだ」
説明が面倒になったのか、サーシャリオンはぞんざいにまとめた。アレンが身を乗り出す。
「では、その姫をさらって隠すことで、女神の加護もなくなるわけですね。それを勇者が取り戻しに行く。……なるほど、かなり古典的な内容です。冬から春を取り戻すという意味が込められた、民話をベースにしたものですよ。ここでは魔王が冬、姫が春なんでしょう」
「冬から春を……、そういう民話なら、確かに各地にごろごろしてるな」
グレイはようやく納得を見せた。
修太は話を聞いていて、王道なロールプレイングゲームみたいだと思った。
「なあ、思ったんだけど。これがオルファーレンの断片なら、中にいる啓介が封印すれば手っ取り早いんじゃねえの?」
なかなか名案に思え、サーシャリオンの顔を見る。だが、サーシャリオンはそう思えないようだ。
「いや、それだと、本ごとケイ達も封じられる可能性が高い。冒険を終えて、本から解放されてからのほうが安全だ」
「なんですか、そのオルファーレンの断片っていうのは」
アレンがずいっと割り込む。修太は右手をぱたぱたと振る。
「こっちの話」
「もったいぶらずに教えてください」
「嫌だよ、面倒くせえ」
「シューター、教えてくださいよー」
「だだっ子かよ、やめいっ」
修太の腕を揺さぶってくるアレンが、いつもに増して鬱陶しい。修太は眉を吊り上げる。
(まじでササラさんを心配してるんだな、こいつ……)
前はあまり踏み込んでくる感じではなかったが、今回はやたら首を突っ込んでくる。
「お前、ササラさんのどこに惚れたんだ?」
修太の単刀直入な質問に、サーシャリオンが愉快そうに振り返った。
「なんだ、恋バナか? そなた、ササラに恋をしておるのか。いいのう、もっと聞かせてくれ」
サーシャリオンは目をキラキラさせて、ずいっと身を乗り出す。
(女子高生かよ)
修太は心の中でツッコミを入れる。今のサーシャリオンは青年の姿をとっているが、ノリがまさにそれに近い。
(前に俺と啓介が口喧嘩してる時も、楽しそうにしてたもんな。変な奴)
よく分からない奴だと思いつつ、修太はアレンの反応を見る。少しは動揺するかと思ったが、まったく隠すこともなく、アレンは堂々と返す。
「あの気品ある佇まいに、清楚な美しさ。一目惚れに決まってるでしょう!」
アレンは感極まった様子で、ほうっと溜息までこぼす。
「それでいて武にも秀でているとか。あんなタイプ、貴族にも滅多にいませんよ。においたつ花のようです」
「うぜえ」
修太は思わず本音を零した。だが誰もとがめない。それどころか、諦め顔のディド以外は、同意だと言いたげに大きく頷いた。
「ふむ」
アレンの返事が気に入ったのか、サーシャリオンは機嫌良く頷く。
「そなたが周りに他言しないと約束するなら、教えてやっても構わぬぞ」
サーシャリオンが口を挟んだ。修太は驚いた。てっきり反対すると思ったのだ。
「え、いいのか?」
「どうせ、周りに真面目に話したところで、面白い冗談だと笑われるだろうよ。悪くて距離をとられる」
「ああ、そうだな……」
オルファーレンの断片を追いかけている修太自身、ときどき絵空事みたいだと思えるので、第三者にはもっとそう思えるだろう。
「約束します! 僕は口が固いので、安心してください」
「アレンの旦那への忠誠に誓って」
勢い込むアレンに続き、ディドが真面目に宣言する。
仕方が無いので、修太は自分の旅の目的について話した。簡単にまとめた話を聞き終え、アレンは顎に手を当てる。
「だから最初に会った時、ツェルンディエーラの遺跡にいたんですか?」
「嘘だと言わないんだな」
案外あっさりとアレンが信じたので、修太はそちらに驚く。
「嘘くさいですけど、私も聖剣の勇者なんてものをしていたので、お伽噺が実在していることは知っています。しかし、異界の者とは……君の変人ぶりにものすごく納得しました。お伽噺より説得力があります」
「アレンの旦那に同じく」
失礼なことを言うアレンとディドに、修太は青筋を立てて返す。
「うるせえよっ」
怒る修太に対し、サーシャリオンは腹を抱えて笑っている。アレンはサーシャリオンを示し、不可解そうに口を開く。
「こちらのダークエルフの彼が、神竜でモンスターのトップである魔王みたいなものと言われるほうがピンときませんね。変人っぽさはありますが、エルフは変わり者が多いので」
「そんなに信じられないなら、正体を見せてやってもいいが」
サーシャリオンが冗談交じりに言った瞬間、修太達がいっせいに止めた。
「サーシャ、やめろよ」
「騒ぎになる」
「オンッ」
サーシャリオンは肩をすくめた。
「この通り、うるさいのでな」
「……なるほど」
反応を見て、アレンは頷いた。
「ということは、奥の手というのはまさか」
「そ。サーシャのことだよ。こいつも一緒に本に喰われてたら、かなり安心だったんだけど」
修太は落胆混じりの息をつく。サーシャリオンは困った顔をした。
「我も残念だ。しかし……そうだな、我はオルファーレン様の断片を感知することはできるが、断片が発動する魔法には干渉できぬようだな」
「魔法?」
意外な言葉に、修太は訊き返す。
「え、どういうことだよ、サーシャ。これって断片に喰われたんじゃなくて、断片の魔法なのか?」
「祝福にしろ呪いにしろ、断片が引き起こしていることは魔法だ。ただ、色の枠には治まらぬし、ほとんど奇跡といっていい。神の御業だからな」
修太はそれを聞いて、目の前が開けるような感覚がした。
「それなら、俺もできることがあるな! もしあいつらが危なくなったら、俺が魔法を止めればいい」
名案だと喜んだが、サーシャリオンは呆れ顔だ。
「そなたな、人の身でありながら、神に対抗できるとでも? ……だが、シューターの魔法はコントロールが下手なだけで、神がかっておるから、数秒くらいならば可能か……?」
「数秒があれば、危険は回避できるだろう。だが、ないに越したことはない。お前、またぶっ倒れるぞ」
グレイがちくりと忠告する。アレンもうんうんと頷く。
「そうですよ、ツェルンディエーラでも、都市を覆う結界を一人で壊したせいで、しばらく寝込んでたんですから」
「なんだそれは、初耳だ」
グレイが呟くと、サーシャリオンはきょとんとする。
「我は知っていたぞ。でなければ、あの都市には入れなかった」
「そういうことは、もっと早く言え」
「言ってどうなる? 問題ないと思ったから言わなかった。ケイが心配するからな」
グレイはものすごく面倒くさそうに口を閉ざした。無表情だが、不満そうなのが伝わってくる。一応、修太も返す。
「あの時は、一晩寝たら治ってたし、気にしなくていいよ。そっか、数秒なら大丈夫かな? 念のため、今のうちに魔力混合水を飲んでおくかな」
旅人の指輪から瓶を出して、さっそく補給する。
「止めぬのか?」
サーシャリオンの問いに、グレイは首を横に振る。
「無駄だろう。ケイに関わるなら」
「さようじゃな」
そこで、サーシャリオンの手元で、本が勝手にめくれた。修太は内容に目を向ける。
「どうした?」
「騎士を助けたことで、仲間がそろったようだ。いったん精霊の守る森に引いた後、体勢を整えて、魔王城に突撃だそうだぞ」
また文字が止まったので、修太も上から順に目を通す。
吟遊詩人がところどころで物語を歌い、商人は魔王城の近くまでやって来ているらしい。
「この商人の役の人も大変だな。勇者が魔物を倒すことで得た宝目当てに、わざわざ前線まで来て、勇者への物資補給をしているとか」
「絶対に嘆いているでしょうねえ、それは」
修太の感想に、アレンも気の毒そうに頷いた。