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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 人を喰う本 編
282/340

 4



 啓介がハッと(まばた)きをすると、石造りの建物の中にいた。

 村を出た時、光に包まれたことまでは覚えている。だがあの時は傍にいた面々はおらず、円形の部屋はガランとして物寂しい。

 暖炉では火が燃え、床には青色の敷物があった。天蓋付の青いベッドと、ふかふかの長椅子、食卓や椅子以外には、食器棚や本棚、タンスやクローゼット、書き物机までそろっている。

 窓を見つけて近付くと、眼下には森が広がっていた。水に濡れた苔のような、深い緑の木々は、粉砂糖を振りかけたみたいにてっぺんだけ雪が積もっている。

 どれくらいの高さだろうか、かなり高い位置にある部屋だ。


「塔かな。それともお城?」


 啓介は武器となる杖を持ち、さっそく部屋を飛び出した。急こう配のらせん階段を降りていくと、途中にいくつかの部屋があった。倉庫や何も無い部屋、一番下には調理場と風呂場がある。

 そして玄関から外に出て、冷たい風に首をすくめた。


「うわあ、雪だ!」


 この建物の周りだけ、ぽっかりと空き地になっている。

 ローブやブーツは、内側が毛織になっているので温かい。まっさらな雪原に踏み出して、足跡を付けてみた。それから森へ入ろうとして、急に見えない壁に阻まれた。


「なるほど、村と同じ仕様かな。きっと物語が進むまで、俺はここを出られないんだろう」


 寂しさを紛らわそうと、声に出して言ってみる。


「でも物語が始まると、絵って感じじゃなくなるんだな。完全に本物みたいだ」


 お陰で変な気分の悪さに襲われることもなく快適だ。

 啓介は周りを見回し、念の為、仲間を呼ぶ。


「フランさーん、ササラさーん、ピアスーッ」


 声は消え、返事は何も聞こえない。

 ふうと溜息を吐くと、空気が白く染まった。


「……静かすぎるな」


 後ろを振り返り、細長い円筒形の塔を見上げる。

 空には灰色の雲がかかり、粉雪がしんしんと降る。

 エレイスガイアに来た時から、いつも誰かが傍にいたから、一人ぼっちになるのは初めてだ。啓介は足跡を踏むようにして、元来た道を戻っていく。部屋に戻って、薪の燃える音にほっとした。

 長椅子に座ったものの、無意味に周りを見回す。

 壁にかかったマントを人影と勘違いして、期待を込めて振り返る。そして誰もいないことにがっかりした。


「……シュウ、おじさん達が亡くなった後、こんな気分だったのかな」


 ふと思い浮かぶのは幼馴染の姿だ。

 家に一人でいたくないからと、バイトを多く入れていた。元々忙しくするのが好きな奴だが、無理するなよと声をかけたら、そう言っていたのだ。


「うーん、これは参るな」


 分かっていたつもりで、全然ではないか。


「もっと優しくしよう」


 再会した時のことを考えて、啓介は決意する。

 しかし構いすぎても邪魔にされるので、加減が難しい。

 やれやれと長椅子に寝転がって、すぐにガバリと身を起こす。


「まずい。俺、料理できないのに! どうしよう!」


 寂しいと言っている場合ではなかった。本の中で飢え死にのピンチだ。


「かじれるようなものがあるといいな」


 一階にあった調理場を思い浮かべ、啓介は再び部屋を出た。




 それから本の世界の昼夜で数えて一週間が経った頃、塔の周囲にあった見えない壁が光り輝いた。

 そろそろ果物と焼いた肉だけでの生活はしんどいと思い始めていた啓介は、ようやく起きた変化を喜んで窓に飛びついた。森からやって来るのは、グエナとササラ、ピアスである。ピアスを見つけた瞬間、啓介は杖を手にして塔を駆け下りた。


「やっと来たー! ピアス、ササラさん、会いたかった!」


 再会を喜んで飛び出した啓介だが、グエナの前で、いきなり足が止まった。

 自分の意思ではないのに、口から台詞が飛び出す。


「よくぞ来たな、勇者グエナ! 我は果ての塔の魔法使いだ。迷いの森の旅は楽しかったかね?」


 しゃべりながら、啓介は自分にドン引きした。


(なんだ、この古臭い喋り方。これ、どう呼ぶか知ってるぞ!)


 中二病と笑われる類の話し方ではないか。顔がみるみるうちに朱に染まるのに、口は勝手に恥ずかしい台詞を続ける。


「来たまえ、お茶を出してあげよう。大丈夫、何が目的か知っているぞ。何せ、我は大魔法使いだからな!」


 わーはははと笑いながら、啓介は身を返す。そして扉から中に入った途端、操られている感じが急に消えた。調理場でがくっとしゃがみこむ。


(うう、ピアスに変なところを思いっきり見られた。死にたい)


 膝を抱えて落ち込んでいると、扉が開いて、ピアスの気遣う声がした。


「大丈夫よ、ケイ。皆、同じ目にあってるから」

「そうですわよ、素敵な威張った魔法使いぶりでしたわ!」

「ちょっとササラさん、それは追い討ちですわ」


 拍手するササラに、グエナがひそひそ声で注意する。


「っていうか、君達の目的ってなんだよ。俺は知らないよ」


 頭を抱える啓介に、グエナが教える。


「お姫様が魔王にさらわれたので、助けに行くんですわ。我々は迷いの森を抜ける方法を教えてもらいにきたのです」

「本当にファンタジーものRPGっぽいなあ」


 啓介は感心しながら、調理場の魔具と向き合う。

 とりあえず台詞通りにすればいいのかと、啓介はやかんに湯を沸かし始める。ピアスが希望を叫ぶ。


「どっちにしろ、食事をとりたいわ。ベッドで休みたいし、お風呂にも入りたい!」

「でしたらお茶は後回しにしませんと、また物語が動きだしますわよ、ピアスさん」


 ササラの言葉に、啓介はやかんを見つめた。


「え? お湯を沸かすとまずいのかな」

「お茶を淹れるのだけ後回しにしてください。ああ、素晴らしい食糧の数々ですこと!」


 調理場の戸棚にある食糧に感動して、グエナは叫ぶ。

 いったいこれまでどんな食生活だったのだろう。啓介は不思議に思ったが、悲惨な食事内容だったのは変わりないだろうと思った。


「俺は料理ができないから、この一週間はお茶と果物と焼肉だけだよ」


 焼肉なら出来るから、肉を焼いて塩をふって食べていた。他には木の実を適当にかじっている。ありがたいことに、一晩寝ると、食べた分が元通りになっていた。このエリアから出られないのに、食糧が尽きたら死ぬので、最初の日は冷や冷やしていたから助かった。

 悲しいことに、この世界では、旅人の指輪は機能しないようなのだ。だから中に入れている食糧を使うこともできない。


「まあ、それだけですか? 宝の持ち腐れですね」


 ササラが眉をしかめ、袖をまくり始める。


「ここはこのササラにお任せください。立派なお料理をご用意いたしますわ」

「「「やったー!」」」


 三人の声が揃う。

 調理場はササラに任せ、啓介は風呂場やトイレの位置を案内し、自分の部屋のベッドで休んでいいと三人に伝える。あの大きなベッドなら、女性三人で雑魚寝もできるだろう。無理ならば長椅子もある。

 啓介は床で寝ればいい。敷物もあるし、野宿で慣れているから平気だ。

 他の部屋には暖炉がないので、どうしても同室になるが、話せば彼女達も理解してくれるだろう。


「この旅で何が嬉しいかって、ササラさんの世話の腕がすごいことよ。勇者の雑用係で適任だったわ」

「ええ、そうですわね、ピアスさん。特にお料理が上手で助かりました。それに強いので、敵をずばずばとナイフや魔法で倒してしまいますし」


 二人の会話に聞き捨てならないものを拾い、啓介は身を乗り出す。


「敵ってなんだよ。大丈夫だったのか?」

「魔王軍ですわよ。魔物が現われて襲ってくるのです」

「四天王とかいるのよ。王道な劇の設定ね。大丈夫よ、ダンジョンのモンスターに比べたら弱いもの」


 グエナとピアスは、「ね」と言い合って頷いている。年齢が近いので、旅の間に意気投合したらしい。


「ピアスはいつから二人と?」

「私は結構、最初からよ。洞窟で罠に引っかかってるところを助けてもらって、恩返しに旅に付き合うって設定みたい。役の時はアタイとか言いだすから、引かないでね」


 遠い目をして溜息を吐き、ピアスは念押しした。ササラとグエナもすっと目をそらしたので、それぞれ被害にあっているようだ。

 啓介達は互いに励ましあい、まずは休息することにした。



 啓介は誰かといると充電できるタイプで、修太は一人の時間をとると充電できるタイプ。

 どっちも寂しがりだけど、根本は違う感じかなあ。たぶん本当に一人ぼっちになった時、啓介のほうが耐えられない。

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