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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 人を喰う本 編
281/340

 3



 旅立ちの村の広場に出ると、皆、顔を見合わせた。それぞれ緊張した面持ちをしている。


「準備はいいですか、皆さん」


 グエナが問うと、それぞれ頷いた。


「では、参りますわよ。せーのっ」


 最前列にいたグエナと啓介、アルとオランドがいっせいに足を前へと突きだす。

 その瞬間、パッと世界全体が光り輝いた。


     *


 一方、図書室にいる修太達は、うんともすんとも言わない本の前で、所在無く立っていた。


「うーむ、何も起こらぬな。冒険とやらはいつ始まるのだ?」


 サーシャリオンは本を取り上げ、ページをめくる。

 それを修太やグレイは遠巻きに見ていた。巻き添えになってはたまらない。


「おい、触って大丈夫なのかよ」


 はらはらと問う修太に、サーシャリオンはページを向ける。


「ぎゃーっ、こっちに向けるんじゃねえ! 喰われる!」

「……落ち着け、何も起きていない」


 思わずしゃがみこむ修太の横で、グレイが冷静に指摘した。


「ページが白いな」

「そうじゃ。てっきり何か書かれておるのかと思ったが……これはいったいどういう断片なのだろうな」


 サーシャリオンは首を傾げ、修太ににやりと笑う。


「おい、そう怯えずとも、わざわざ配役がそろったと書かれたのだから、そなたらは定員オーバーだろう。何も起きぬさ」

「そうかもしれないけど……得体の知れないものは怖いに決まってるだろ」

「ははは、そなたは本当に怪談ものが苦手だな。一応言っておくが、我とその男とコウも、充分に得体が知れぬぞ」

「俺が言ってるのは、超常現象! 啓介が好きなやつ!」


 面白がるサーシャリオンに、修太は息巻いて返す。


「まったく、そなたのヒエラルキーは不思議じゃな。つまり怪談ものが上位なのだろ?」

「トップに燦然(さんぜん)と輝いてるよ! うるさいな!」


 情けないのは分かっているので、どうしても口調が荒くなる。


「だがそいつの言うことは一理ある。俺達は実体があるからどうにか出来る余地があるが、超常現象だの霊魂だのは触れないからどうも出来ない。そもそも霊魂とは殺せるのか? もう死んでるんだ、殺したらどうなるんだ?」

「グレイって、霊魂相手でも殺す殺さないで考えるんだな。すげえ」


 そんな話をしていると、突然、本のページが勝手に開き、ページが光り輝いた。


「おわぎゃーっ」

「……シューター、いちいち叫ぶな。お前の声のほうが驚く」

「ワフッ」


 大声を出す修太に、グレイとコウが苦情を言った。サーシャリオンは腹を手で押さえて笑う。


「お、おわぎゃーって、なんだその驚き方は。おかしすぎる。はははは」

「笑うなよ、サーシャ。くそーっ」


 修太は顔を赤くして、サーシャリオンをにらむ。相変わらず人を喰う本からは離れ、サーシャリオンに問う。


「で、今度は何が起きたんだ」

「どれ」


 サーシャリオンは笑い止み、本を覗き込んだ。


「ふむ。物語が始まったようだな。――昔々、世界は魔王により闇に覆われようとしていました。そんな折、光の勇者が生まれました。十五歳になった勇者グエナは、神官からのお告げのもと、お供のササラを連れて村を旅立ちました」

「えっ、ササラさん、勇者のお供なのか」


 聖剣の勇者アレンと、従者のディドを思い浮かべ、修太はなんだか気の毒になった。


「あの扱いってかわいそうだな。大丈夫そう?」

「誰のことをさしてそう言っているのかは理解できるが、それより重要なことがあるだろう? 光の勇者の名前だ」


 グレイの指摘に、修太はあっと声を上げる。


「そうだな、最初に消えた被害者だ! さっきの配役、今までに喰われた人数と合うから、皆、無事ってことになる」


 希望が見えて、修太の表情は明るくなった。


「ふむ。どうやらこの物語、勇者の行動がそのまま書き出されるようだな。場所や状況はすぐに書かれるが、勇者に視点を当てると急に文字の速度が落ちる」


 サーシャリオンの分析に、修太は恐る恐る本のほうへ近付く。よく分からないが、物語が始まったのなら、サーシャリオンの言う通り、定員オーバーということになる。きっと喰われはしないだろう。


「シューター、念の為、これを持っておけ」

「ありがとう」


 流石はグレイ、用心深い。本来はサーシャリオンのためのものだったロープを拾い上げ、修太に渡した。グレイも後ろのほうでロープを掴んでいる。コウは迷った仕草でロープを見上げ、修太の足に前脚を絡みつかせる格好で落ち着いた。


「お前、俺を安全綱かわりにするなよ。でも、変にロープを結んだりして、窒息したらことだしな。仕方ないな」


 修太は旅人の指輪からタオルを取り出すと、左足首に結んで、端をコウに見せる。


「いいか、危なくなったらこれを噛むんだぞ?」

「オンッ」


 良い子の返事に、修太はコウの頭を撫でてやった。


「で、なんだって?」


 話を戻すと、微笑ましげにしていたサーシャリオンは本を示す。


「見てみよ、例えばここ、『立札の前に辿り着いた。右は町、左は洞窟だ。勇者は』で止まっているだろう? こんな感じで、勇者が何か選ぶ時だけ、物語が止まるらしい」

「ふーん、なんか、ロールプレイングゲームみたいだな。当然、町だろ? そういうゲームなら、情報収集が命だ」

「……うむ、町を選んだな。話が進み始めた。ササラが傍におるのなら、余程の愚か者でなければ、賢明な判断をするであろうな」


 修太は大きく頷く。


「ああ、ササラさんは賢いからな。しっかり者に見えて、ときどき抜けてるけど」

「早いところ、フランジェスカかピアスと合流できればいいが……」


 グレイが思案気に呟くので、修太は問う。


「え? 啓介は?」

「あいつもときどき天然だろうが。今はストッパーのお前が傍にいない」

「あー……」


 さもありなん。

 正義魂に火がついたら、暴走しかねない。それはフランジェスカも同じだが、フランジェスカのほうが冷静だ。


「でもあいつ、幸運レベルだけはやたら高いから、運の良さだけで乗り切ると思うぞ」

「それは言えるな。ビルクモーレのダンジョンで、ケイの引きの良さには、ピアスも少し引いていた」


 その時のことを思い出したのか、サーシャリオンは愉快そうににまにまする。グレイは感心混じりに言う。


「冒険者に必要な素質だな。どれだけ技量があろうが、最後は運だ」

「それなら啓介と早めに合流がいいんじゃないか? あいつ、なんの役なんだ」


 修太は身を乗り出して、本のページを見てみたが、勇者はまだ町にいて、これから王と謁見するようだった。



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