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旅立ちの村の広場に出ると、皆、顔を見合わせた。それぞれ緊張した面持ちをしている。
「準備はいいですか、皆さん」
グエナが問うと、それぞれ頷いた。
「では、参りますわよ。せーのっ」
最前列にいたグエナと啓介、アルとオランドがいっせいに足を前へと突きだす。
その瞬間、パッと世界全体が光り輝いた。
*
一方、図書室にいる修太達は、うんともすんとも言わない本の前で、所在無く立っていた。
「うーむ、何も起こらぬな。冒険とやらはいつ始まるのだ?」
サーシャリオンは本を取り上げ、ページをめくる。
それを修太やグレイは遠巻きに見ていた。巻き添えになってはたまらない。
「おい、触って大丈夫なのかよ」
はらはらと問う修太に、サーシャリオンはページを向ける。
「ぎゃーっ、こっちに向けるんじゃねえ! 喰われる!」
「……落ち着け、何も起きていない」
思わずしゃがみこむ修太の横で、グレイが冷静に指摘した。
「ページが白いな」
「そうじゃ。てっきり何か書かれておるのかと思ったが……これはいったいどういう断片なのだろうな」
サーシャリオンは首を傾げ、修太ににやりと笑う。
「おい、そう怯えずとも、わざわざ配役がそろったと書かれたのだから、そなたらは定員オーバーだろう。何も起きぬさ」
「そうかもしれないけど……得体の知れないものは怖いに決まってるだろ」
「ははは、そなたは本当に怪談ものが苦手だな。一応言っておくが、我とその男とコウも、充分に得体が知れぬぞ」
「俺が言ってるのは、超常現象! 啓介が好きなやつ!」
面白がるサーシャリオンに、修太は息巻いて返す。
「まったく、そなたのヒエラルキーは不思議じゃな。つまり怪談ものが上位なのだろ?」
「トップに燦然と輝いてるよ! うるさいな!」
情けないのは分かっているので、どうしても口調が荒くなる。
「だがそいつの言うことは一理ある。俺達は実体があるからどうにか出来る余地があるが、超常現象だの霊魂だのは触れないからどうも出来ない。そもそも霊魂とは殺せるのか? もう死んでるんだ、殺したらどうなるんだ?」
「グレイって、霊魂相手でも殺す殺さないで考えるんだな。すげえ」
そんな話をしていると、突然、本のページが勝手に開き、ページが光り輝いた。
「おわぎゃーっ」
「……シューター、いちいち叫ぶな。お前の声のほうが驚く」
「ワフッ」
大声を出す修太に、グレイとコウが苦情を言った。サーシャリオンは腹を手で押さえて笑う。
「お、おわぎゃーって、なんだその驚き方は。おかしすぎる。はははは」
「笑うなよ、サーシャ。くそーっ」
修太は顔を赤くして、サーシャリオンをにらむ。相変わらず人を喰う本からは離れ、サーシャリオンに問う。
「で、今度は何が起きたんだ」
「どれ」
サーシャリオンは笑い止み、本を覗き込んだ。
「ふむ。物語が始まったようだな。――昔々、世界は魔王により闇に覆われようとしていました。そんな折、光の勇者が生まれました。十五歳になった勇者グエナは、神官からのお告げのもと、お供のササラを連れて村を旅立ちました」
「えっ、ササラさん、勇者のお供なのか」
聖剣の勇者アレンと、従者のディドを思い浮かべ、修太はなんだか気の毒になった。
「あの扱いってかわいそうだな。大丈夫そう?」
「誰のことをさしてそう言っているのかは理解できるが、それより重要なことがあるだろう? 光の勇者の名前だ」
グレイの指摘に、修太はあっと声を上げる。
「そうだな、最初に消えた被害者だ! さっきの配役、今までに喰われた人数と合うから、皆、無事ってことになる」
希望が見えて、修太の表情は明るくなった。
「ふむ。どうやらこの物語、勇者の行動がそのまま書き出されるようだな。場所や状況はすぐに書かれるが、勇者に視点を当てると急に文字の速度が落ちる」
サーシャリオンの分析に、修太は恐る恐る本のほうへ近付く。よく分からないが、物語が始まったのなら、サーシャリオンの言う通り、定員オーバーということになる。きっと喰われはしないだろう。
「シューター、念の為、これを持っておけ」
「ありがとう」
流石はグレイ、用心深い。本来はサーシャリオンのためのものだったロープを拾い上げ、修太に渡した。グレイも後ろのほうでロープを掴んでいる。コウは迷った仕草でロープを見上げ、修太の足に前脚を絡みつかせる格好で落ち着いた。
「お前、俺を安全綱かわりにするなよ。でも、変にロープを結んだりして、窒息したらことだしな。仕方ないな」
修太は旅人の指輪からタオルを取り出すと、左足首に結んで、端をコウに見せる。
「いいか、危なくなったらこれを噛むんだぞ?」
「オンッ」
良い子の返事に、修太はコウの頭を撫でてやった。
「で、なんだって?」
話を戻すと、微笑ましげにしていたサーシャリオンは本を示す。
「見てみよ、例えばここ、『立札の前に辿り着いた。右は町、左は洞窟だ。勇者は』で止まっているだろう? こんな感じで、勇者が何か選ぶ時だけ、物語が止まるらしい」
「ふーん、なんか、ロールプレイングゲームみたいだな。当然、町だろ? そういうゲームなら、情報収集が命だ」
「……うむ、町を選んだな。話が進み始めた。ササラが傍におるのなら、余程の愚か者でなければ、賢明な判断をするであろうな」
修太は大きく頷く。
「ああ、ササラさんは賢いからな。しっかり者に見えて、ときどき抜けてるけど」
「早いところ、フランジェスカかピアスと合流できればいいが……」
グレイが思案気に呟くので、修太は問う。
「え? 啓介は?」
「あいつもときどき天然だろうが。今はストッパーのお前が傍にいない」
「あー……」
さもありなん。
正義魂に火がついたら、暴走しかねない。それはフランジェスカも同じだが、フランジェスカのほうが冷静だ。
「でもあいつ、幸運レベルだけはやたら高いから、運の良さだけで乗り切ると思うぞ」
「それは言えるな。ビルクモーレのダンジョンで、ケイの引きの良さには、ピアスも少し引いていた」
その時のことを思い出したのか、サーシャリオンは愉快そうににまにまする。グレイは感心混じりに言う。
「冒険者に必要な素質だな。どれだけ技量があろうが、最後は運だ」
「それなら啓介と早めに合流がいいんじゃないか? あいつ、なんの役なんだ」
修太は身を乗り出して、本のページを見てみたが、勇者はまだ町にいて、これから王と謁見するようだった。