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酒場にはすでに五人がそろっていた。
木造なので、歩くと床板がきしんだ音を立てる。大きな丸テーブルがいくつか並び、樽を椅子代わりにしているようだ。天井からつるされたランプがあっても薄暗い。
「あ、グエナの嬢ちゃん、ちょうど呼びに行こうと思ってたんだ」
筋肉男がグエナを見つめてそう言い、啓介達に気付いて目を丸くする。
「うげっ、あの時の……!」
あからさまに飛びのく男は、黒髪と褐色の肌という特徴から、レステファルテ人のように見えた。
「その反応、貴様がジャックの部下か?」
フランジェスカの問いに、男はこくこくと頷く。
「ネムレスだ。ひいい、恐怖で筋肉がしぼみそうだ」
「あははは、間違いなくジャックさんの部下だ。大丈夫ですよ、なんにもしませんから。俺達は今回、グエナさんの救出依頼を受けただけなので」
啓介が笑いながら返すと、ネムレスは訳知り顔で頷く。
「そういやあ、前も人喰いの本に興味を示していたか。こんなところまで、ご苦労さんだな」
「それで巻き込まれてたら世話ないですねえ、あはは」
啓介が能天気に笑っていると、周りも気が抜けたようだった。
「なんだかこっちまで緩んじまう兄ちゃんだな。そら、お仲間だ、そこに座りな」
がたいの良い、二十代後半くらいの男があいている席を示した。黒髪を後ろで結び、鋭い目つきをしていて、赤い瞳と左の額から頬にかけての傷が迫力がある。だが隻眼というわけではなさそうだ。凄みがある雰囲気と、簡素な鎧がちぐはぐな印象がある。
啓介らは言われるままにテーブルにつく。フランジェスカが問う。
「皆はここで何をされていたのだ?」
「何もしてねえよ、暇潰しに雑談しながら酒や料理を楽しんでただけだな。仕方ねえだろ、旅立ちの村の外には出られなかったんだ。他に何をしてろって?」
男が言うと、茶色い髪を三つ編みにしているドワーフの男が茶化す。
「そこの二人みたいにいちゃつくとか?」
「ちょっと、やめてよ、マーカス! そんなことしてないわよ」
尻まである長い銀髪が印象的な、明るい緑目の美女が顔をしかめた。薄桃色のドレスとティアラがよく似合っている。もう一人、王のような赤マントと重たそうな王冠を被った青年が口をとがらせた。
「このまま死ぬかもしれないってのに、お預けってひどくない?」
「余計なことを言わないで!」
「ぐえっ」
女の肘が、青年の脇腹にえぐりこんだ。青年は身をかがめて苦痛に耐える。
「なるほど、恋人さんなんですね」
ササラの言葉に、女は顔を赤くした。
「まずは自己紹介といきましょう。私はご存知の通り、グエナ・ラーベルです」
「俺はアルだ。パーティ、赤盾のリーダー」
左目に傷のある男が手を挙げて名乗った。
次にカップルがそれぞれ口を開く。
「私はイスカ。パーティ、白のシアネイゼのメンバーよ。リーダーはこっち」
「どうも、オランドだ。よろしく」
立ち直ったオランドは陽気に笑った。華奢な体躯をしているものの、金髪碧眼の美男子だ。右頬から耳にかけて傷が走っている。
「ネムレスだ。パーティ、ジャックのメンバー」
ネムレスの名乗りに、啓介らはそろって頷いた。
「そのままだな」
「うるさい!」
フランジェスカのツッコミにネムレスは噛みついたが、フランジェスカににらまれて慌てて目をそらした。
「俺はマーカスだ。パーティ名は青ドラゴ。しがない一人さ」
ドワーフが名乗ったところで、本へと消えた六人がそろった。
啓介らも順番に名乗り返す。
「俺達が来た途端、配役がそろったという声が聞こえて、服装が変わったんだ。皆さんもそうだと思う」
啓介はカップルを見つめた。ドレスと赤マント姿で依頼を受ける冒険者はいないはずだ。
「……ですよね?」
「当たり前でしょ! なんで大陸南部風ドレスなの? せめてセーセレティー風にして欲しいわ、コルセットが苦しい!」
イスカが不満を漏らす横で、オランドも弱音を零す。
「俺だって王冠で首がつりそうだ。外れないからムカつく」
ドワーフのマーカスも口を開いた。
「俺なんぞ、吟遊詩人だぞ? エルフのようななよなよした格好なんざ、してたまるかってんだ」
明るい緑と黄色い衣服は普通だが、羽飾りのついた帽子が鬱陶しそうだ。竪琴をテーブルに置いて、マーカスはふてくされている。
「俺は城の兵士で、ネムレスは商人か。なんなんだ、この配役ってのは」
「なんのことだ?」
フランジェスカがきょとんとすると、アルは一枚の紙を差し出した。
「さっき、声がした後にテーブルの上に現れたんだ」
「なるほどな。物語をクリアして、ピリオドを打つ……か。我らは劇の一員というわけか」
フランジェスカは紙に目を通して呟く。次に啓介が受け取ると、両脇からピアスとササラが覗きこんだ。
「私ってシーフなのね」
ピアスは呟き、軽装の自身を見下ろす。啓介も黒いローブの袖を持ち上げてみる。
「俺が魔法使いで、フランさんは騎士か。流石だね」
「悪くない配役だな」
フランジェスカはにやりと笑った。それに対し、ササラは悲しそうだ。
「わたくしは、料理番で雑用ですか? なんだかわたくしだけひどくありません?」
「恐らく従者のような立場だろう。いくら勇者とて、従者はいただろうからな」
「だから雑用係、納得です。でもどうせなら、シューター様の雑用係が良かったです。ごはんをおいしく食べてくれますもの」
少しずれたところで気に入らないらしく、ササラは溜息をついた。
順番にメモを見ると、配役はこうなっている。
・勇者(主人公)……グエナ
・魔法使い……ケイスケ
・騎士……フランジェスカ
・シーフ……ピアス
・料理番、雑用……ササラ
・姫……イスカ
・王……オランド
・城の兵士……アル
・商人……ネムレス
・吟遊詩人……マーカス
「わざわざ行間が開けてあるってことは、意味があるんだろうね。つまり俺達は主人公の仲間一行ってやつかな?」
啓介の推測に、アルは肩をすくめる。
「それで俺らは脇役ってか? 嫌んなるぜ、この中で一番先に死ぬとしたら俺だろ? 勇者ものの劇では大概そうだ」
「それか商人の俺だろうなあ」
ネムレスがぼやき、マーカスを見る。
「吟遊詩人は物語の説明役だから、安全パイってとこだな」
「嬉しくはないがね」
マーカスはむすっと返す。
「でもどうして私達、酒場にいるのかしら? 役が姫なら、お城にいそうなものなのに」
イスカが不思議そうに言うと、グエナがあっけらかんと返す。
「あら、だってまだスタートしてませんもの。さっきの声はこう言いました、村を旅立てばゲームスタート……と」
皆、顔を見合わせる。
「村を出たら、俺達はふさわしい場所に飛ばされる可能性もあるってことか」
アルが深刻な顔でつぶやき、啓介は挙手した。
「それなら離れても大丈夫なように、まずは装備と道具を分け合いましょう。服装は変わりましたけど、荷物はそのままみたいだからね」
「坊主、落ち着いてるなあ」
ネムレスが感心した様子で言う。
「流石、主人が一目置くだけはある」
「ジャックさんが? それはどうも。でもここで悩んだって仕方ないでしょう? まずは出来ることからしていくってだけです。役どころを確認した、次は荷物」
オランドが興味津々というように問う。
「その後は?」
「行動で何を最優先にするか――ですね。命の安全」
「いや、違うな。ゲームのクリアだ」
フランジェスカが口を挟んだ。
「え、でもフランさん」
「いいか、ケイ殿。あの声は言っていた、クリアしなければ我々は二度と現世に戻れない……と。つまり、だ。わざわざ君達と表現したのだから、誰か一人でもクリアすれば、全員が戻れる可能性が高い」
「そしてその一人以外は、死体って可能性もある」
啓介はそう言って、真顔になった。
「まあまあ、二人とも。誰もわざわざ死にたくないんだし、命も守りつつ、クリアする。それでいいんじゃない?」
ピアスが仲裁に入り、啓介とフランジェスカは議論をやめた。フランジェスカは苦笑いを返す。
「何があるか分からないから、最悪に備えようとしただけだ、ピアス殿」
「フランさんの言い分も分かるよ。最悪の状況で、クリアと命とどちらをとるかってことでしょ?」
「永遠にこの地にとどまるのか、死んだとしても自由になるのか。私ならば後者という話だ」
啓介が周りを見回すと、それぞれ神妙な顔で黙り込んでいる。
オランドが挙手する。
「俺はクリアがいい。ずっとここにいたが、退屈でどうかなりそうだ」
「……私も。ここにいて、爪も髪も伸びないの。まるで時間が止まっているみたいで怖いわ」
イスカがそう言うと、アルが付け足す。
「試しに手を傷付けてみたが、あともつかなかった。つまりここが嫌になったとして、死にたくても死ねないってことだな」
なんともいえない不気味さで、啓介は背筋が冷たくなった。
ネムレスも同意する。
「ここは普通の場所じゃない。こんな訳の分からない牢獄なんてごめんだ」
「俺もだ。せっかく良い剣を作っても、見せる相手がこれっぽっちではつまらんわい」
マーカスに続き、ピアスやササラも頷いたので、満場一致でクリアが最優先に決まった。
グエナが場を仕切り直すように、パチンと手を叩く。
「では話がまとまったことですし、荷物を分け合った後、ゲームスタートと参りましょう。私が言うのもなんですけど、何が起きても恨みっこなしでお願いしますわね」
彼女の言葉に、皆、承諾を返した。