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「物好きだなあ。ちゃんと警告したのに、それでも引き受けるなんて」
翌日、冒険者ギルドを再び訪ねると、リックは呆れ顔をした。
それから学校へ案内してくれることになり、皆でそろって徒歩で向かう。
問題の学校は、冒険者ギルドのすぐ隣にあった。
「ここが事件のあったシュタインベル学園だ」
門前でリックはそう説明し、門番にあいさつしてから中へと入る。玄関まで歩きながら見ていると、広々とした敷地にはいくつかの校舎と運動場、小さな塔があった。
「セーセレティー精霊国にある学校のほとんどは、貴族や金持ちのためのものだが、ここだけは平民でも外国人でも、試験を合格して学費さえ払えれば、誰でも通えるんだ。あ、年齢制限はあるぞ。十五歳から二十歳までだ」
リックは小さな塔を示す。
「あれはダンジョンの一部でね、かなりレベルの低いモンスターしか出ないんで、教練用に使ってる。他にも、あっちのダンジョンの低層を使うこともあるけどな」
「あの塔ってダンジョンだったのね。こんなに小さいものって珍しいわ。アイテムもとれるの?」
興味を示すピアスに、リックは笑い返す。
「三階までしかないんだが、一番上に宝箱がある。でも木の腕輪だけだから、たいした価値もないよ。腕輪を手に入れて戻ってきたら合格、みたいな使い方をしてるんだ。でもいくら低レベルっていったって、危険だからな。稽古でしか武器を握ったことがないような奴らには、それでもビビる奴もいるよ」
でも、とリックは付け足す。
「この学校の目的っていうのは、冒険者や戦士の死亡率を下げるためにあるんだ。だから、ビビってても、学べばそれでいいわけ。基本の戦闘術以外にも、罠を回避する方法やサバイバルの知識とか、簡単な薬草や野草の見分け方とか色々あるよ。冬場の合宿じゃあ、狩りも学んで、動物の解体から食べ方も学ぶかな」
フランジェスカは何度も頷く。
「なるほどな。死亡率を下げ、生存率を上げるのか。ダンジョンを鍛錬に使うことは他国でもあるが、やはり若いうちに学んでおいたほうが、吸収がいいからなあ。目のつけどころがいい」
そんな話をしていると、ちょうど、初老の女性に庭を案内されている小柄な少年と少女を見つけた。
「あれっ、もしかしてラミル君とイミルさん?」
「え? ケイじゃないか。会うかもとは思ってたけど、結構、すぐだったな」
ラミルが驚いた様子でこちらにやって来て、修太を見つけると悲鳴を上げた。
「うぎゃー! なんでいるんだ、シューター。お前、死んだはずじゃ!」
「あ……。噂を聞いたのか」
修太は苦笑し、ラミルの腕を引っ張って少し離れると、小声でラミルに頼む。
「驚くのは分かるけど、騒がないでくれ。困る」
「じゃあ本当に本物なのか? 俺ら、港で夜宮が前代の水神に殺されたって聞いたんだけど」
「その前代に頼んで、そういうことにしてもらって、別ルートから脱出してきたんだ。夜宮になったのは不本意だからな、新しい水神も分かってくれた」
「ふーん、よく分からないけど、水神が味方になったんなら、あんな孤島からでも逃げられるか。すごいな。俺達、竜の花園って下宿屋にいるから、今度聞かせてくれよ」
「オッケー、また話そう」
約束したところで、修太とラミルは皆の輪に戻る。
「お友達ですか?」
初老の女性の問いに、イミルが困った顔をする。
「友達というか……。ねえラミル、なんであの子」
「後で話してくれるってさ。ええと……俺達って友達なんだっけ?」
ラミルは伺うようにこちらを見た。啓介が即答する。
「友達だよ。スオウでは助けてくれてありがとう」
「いや、あれは仕事だったから構わないんだけど……そうか、友達なのか」
フードの下から覗いているラミルの頬が、少し赤くなって見えた。
「照れてるのか?」
修太がからかうと、ラミルはむすっとする。
「だって仕方ないだろ、俺らはこんなんだし、友達なんてなかなか作れなくってさ。――ところで、あんた達も入学案内を受けにきたのか?」
「いえ、今日はあなたがただけです。彼らは依頼を受けてくれたのかと」
女性がラミルの問いに返事をして、修太達を見回す。
白銀の髪に、涼やかな青い目をした女性は、セーセレティーの民にしては露出の少ない服装をしている。ボレロのような薄手の外套に、裾まで届く藍色のワンピースだ。六十代くらいだが、凛と背を伸ばして立つ姿には気品がある。
「私はこちらの学校で校長をしております、マリアン・シュタインベルと申します。あの本のことでこちらに?」
代表して啓介が答える。
「ええ、俺は春宮啓介です。パーティ〈不思議屋〉のリーダーですが、パーティ以外もいます」
それぞれ順にあいさつをして、最後にグレイが身分証を見せる。
マリアンは目を丸くした。
「まあ、紫ランクのかたまで。でも……こんなにお若いかたばかりで大丈夫なんですの? もう六人も行方不明になりましたのに」
「大丈夫ですよ。俺達、その本を探していたんです」
「おかしなかた。こちらは把握もしていない本のせいで、この大騒ぎ。欲しいなら持っていってください。……と言いたいところですが、昼間は見当たらないのですよ」
疲れた様子で、マリアンは溜息を吐く。
「リック、案内をよろしくお願いします。私は案内の途中ですから」
「分かりました、先生」
リックの返事を聞いて、マリアンは修太達にお辞儀をすると、イミルとラミルを振り返る。
「お二人とも、参りましょう」
「はい」
「それじゃあ、またな」
三人が立ち去る前に、啓介が宿の名前と場所を教えると、やっぱりラミルはどこか照れくさそうにしながら、手を振って別れた。
「ここが問題の図書室だ。昼間にはあの本は現れないって話だから、夕方にまた来よう。何か準備があるなら、今のうちにしておいてくれ」
リックはそれじゃと右手を挙げる。
「案内はこれで終わりな。済んだら隣の司書室にいる人に声をかけて、鍵をかけてもらってくれ。俺は先にギルドに戻ってる」
「分かりました。案内ありがとうございます」
啓介や修太達が口々に礼を言うと、リックは右手をひらひらさせて廊下を去っていった。
「さて……。どんな感じだ、サーシャ」
修太はさっそくサーシャリオンに問う。
「間違いない。断片の気配があるが……今は実体化を解いているようだ」
サーシャリオンは図書室に入ると、注意深く周りを見回す。
奥の本棚を示した。
「あの辺りに隠れているようだからな。夕方に来た時の対策をしようかの」
「最初の人が喰われるというか、本に吸い込まれるんなら、戻ってこられるようにロープを持っていくと良さそうだよね」
啓介は部屋を見回し、天井を支える柱の一本に目をとめる。
「この辺にロープを縛っておいたらいいかな?」
「ええ、念には念を入れておきましょ」
柱を手で叩いて強度を確認しつつ、ピアスが肯定した。
「まっ、最初はサーシャだから、いざって時は影の道で帰ってくればいい」
フランジェスカは楽観視しているが、サーシャリオンは難しい顔をしている。
「いくら我が神竜といえど、相手は神の断片だ。我でもオルファーレン様にはかなわん。干渉するのは難しい。宝石姉妹は、同一の断片が五つに分かれているから、妹の力に手を出せたのだ」
グレイがふっと笑った。
「つまり何が起きるか分からんというわけだ。他の奴らと同じく」
「そういうことだな」
同意して、サーシャリオンは楽しそうに目を細める。
「なんで笑ってるんだよ、お前」
うんざりして修太が問うと、サーシャリオンはにやっと口端を上げた。
「我はほとんどのことを出来るからな、出来ないことがあるのが面白い。長く生きてきたが、こんなことは滅多と無い」
「よし、サーシャが一番手に決定。絶対にサーシャ!」
「はっはっは、もちろんそうするに決まっておる。夕方が楽しみじゃ」
腕が鳴るといわんばかりに、その場で体をひねってストレッチを始めるサーシャリオン。修太達は顔を見合わせる。
「嫌だなあ。サーシャが面白そうにしてると、ろくなことが起きない」
啓介の呟きに、皆、そろって頷く。
「クウーン」
コウですら物悲しげに鳴いて、耳をぺたんと伏せた。
――そして夕方。
万全の用意を整え、修太達はまたシュタインベル学園の図書室へとやって来た。
状況把握のため、リックもついてくるが、中には入らないという。
昼のうちに柱に結んでおいたロープの先は廊下に置いてあり、サーシャリオンの腰にしっかりと結びつけた。
「よし、行くぞ」
サーシャリオンははりきって扉を開ける。
皆が緊張して見守る中、図書室の奥へと進んでいった。
「む? おかしいな。本はあるが、何も起きぬぞ」
「え?」
本を掲げてみせるサーシャリオン。
「こんなこと、初めてだ」
リックはもちろん、修太達も困惑する。
「本が違うとか?」
「いや、確かにこれだ。魔法の力を強く感じる」
「今は満腹とか?」
笑えない冗談を口にして、啓介がサーシャリオンに近付いた。そして絵本を覗きこんだ。
「本当だ、ただの綺麗な絵本……」
「あっ」
その時、サーシャリオンの手から絵本が飛び上がり、ページを下にして啓介へとぶつかった。
「啓介!」
本に吸い込まれるようにして消えた啓介を見て、修太が声を上げる。
床に落ちた本は光っていた。
サーシャリオンが構わずに拾い上げる。
「うーむ、どうやら我は餌にはふさわしくないようだな」
「のんきなことを! ケイ殿が本に喰われてしまったではないか!」
「この予定はなかったわ。あ、待って、フランさんっ」
怒ったフランジェスカがサーシャリオンのもとへ行くのを、ピアスが止めようとした。その瞬間、本が明るく輝き、突如、光の玉が三つ飛び出してきた。
それは図書室の入口にいたフランジェスカとピアス、ササラにぶつかる。
「ええっ、三人まで!」
光が当たった瞬間、三人全員が消えてしまい、修太は仰天した。
まだ何か起きるのかと身構えたが、そこで光は消え、本がひとりでに浮かび上がる。
「おい、下がれ」
グレイが修太の手を引いて、廊下に下がらせる。コウはオンオンとけたたましく吠えた。
警戒する中、本は閲覧用のテーブルにおりる。そして、最初のページがぱらりと勝手に開いた。
サーシャリオンが慎重に近付いて、本を覗きこむ。
「『物語の配役がそろった。これから愉快な冒険を始めましょう』……と書かれてあるな。勇者と、仲間。脇役で……ふむ、全部で十人だ」
修太達は顔を見合わせる。
くしくも、消えた人々と同じ人数だった。