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シモンは台所に案内した。
セーセレティーの一般的な家庭と同じで、この家も台所は土間にある。
靴のまま中に入った修太達は、六人掛けのテーブルに案内された。
「いらっしゃい。グエナちゃんの事件の件で来たのでしょう? シモン、ちゃんと協力するのよ」
「分かってるよ、母さん」
少しだけ煙たそうにして、シモンは母親から茶器の盆を奪い取り、テーブルに並べた。薬草の香りが部屋いっぱいに広がる。シモンの母親は肩をすくめ、修太達に会釈をすると、家の奥へと姿を消した。
シモンも席に着き、まずは詫びる。
「すみませんけど、うちは薬師をしてるんで、薬草茶しか出せなくて」
「構いませんよ。いきなり訪ねてきたのに、親切にありがとうございます」
修太が丁寧に返すと、シモンは茶色の目をぱちくりとさせた。
「君、ずいぶん大人びてるんだね。ちっちゃいのにえらいな」
「はは……どうも」
内心では、実年齢はお前と変わらないくらいだよと毒づいた修太だが、説明していてはきりがない。引きつり笑いを返すと、グレイがふっと笑うのが聞こえた。そちらをにらむと、グレイは肩をすくめ、自分の身分証をシモンの前に出す。
「俺はグレイだ。こいつの付き添いだが、この事件には首を突っ込むつもりでいる。情報をくれると助かる」
「紫ランク……! ええっ、賊狩りってあの方ですか? すごいやっ。後でサインくださいっ」
「断る」
グレイのにべもない返事に、シモンは残念そうな顔をした。このままでは嫌な空気になると踏んだ修太は、慌てて口を開く。
「俺は塚原修太。修太って呼んで下さい。こちらはハクレン=ササラさん」
「ササラと申します、よろしくお願いします。ええと、シモン・ミーサ様?」
ササラが丁寧に名乗ると、シモンは照れたようだ。
「シモンでいいですよ。なんだか不思議な組み合わせ。黒狼族に、スオウ国人に、犬に、ええと……ちっちゃい」
「悪かったなっ」
「落ち着け」
我慢出来ずに修太が怒ると、グレイにたしなめられた。修太は渋々気持ちを静めて、お茶を引き寄せる。
「ごめんね、子どもが来たのは初めてだったから。他意はないんだ、事実を言っただけ」
「……話を進めましょう」
シモンが悪気なく修太の地雷を踏むので、ササラがそっと口を出した。
「あ、はい。それにしても、こんなにおおごとになるなんて……。僕はただ、怪談が好きなグエナについていっただけだったのに」
「なんだかケイみたいだな」
修太が思ったことを、グレイが呟いた。修太は問う。
「その怪談って?」
「グエナが消えた夜から少し前くらいから、噂になってたんだ。夜になると誰もいない図書室で本が動きだすって。グエナは物好きだから、調べて回って、実際に聞いたっていう守衛を見つけたんだよ。――それで」
シモンが最後まで言わなくても、修太にはオチが読めた。
「それで、噂を確かめに、図書室に行ったんですか」
「そうなんだ。どうせ隙間風とかネズミとか、そんなことだろうと思ってたんだけど」
「本当だった……と」
グレイの言葉にシモンは頷き、がっくりと肩を落とす。
「僕がちゃんとグエナを止めてたら良かった。びっくりして逃げちゃったんだ」
「身の安全を選べるのは、冒険者には重要な資質だ」
グレイが当たり前のように言った。
「もしかして慰めてくれてるんですか? でも、うれしくない。僕は友達を置いてきちゃったんだから。あの日から何度も思ったよ。僕も一緒に本に食べられてたらマシだったんじゃないかって。グエナのお父さんとお母さんには責められるし、校長や司書の先生にも怒られて。でも僕が悪いから、それでいいんだ。ただ、すごく嫌なのは、置いて逃げた僕の小心者ぶりだ」
自責の念にとらわれているシモンは、鬱々として呟いた。
「落ち込むことはいつでも出来る。それより、詳しく教えてくれ。後悔しているんなら、お前がすべきことはなんだ。ぐずぐずくだを巻くことか?」
こんな時でも、グレイは容赦がない。
「お、おい、グレイ……」
「ひどいですわ、グレイさん」
たじろぐ修太と、同情の目をするササラ。グレイは淡々と返す。
「俺達がここに来たのは、お前に同情して悩みを聞くためじゃない。これを解決するためだ」
「……そうですね、すみませんでした」
目元をぐしぐしと袖でぬぐい、シモンはしゃきりと背を伸ばす。
「ええと、あの時のことでしたよね」
「夜というのは何時くらいだ?」
「閉門の鐘が鳴ってから、鐘一つくらいの頃です」
グレイの問いに、シモンは斜め上を見て答える。
「ちょうど校舎に入る時に、遠くから鐘が聞こえたのを覚えています」
「閉門の鐘ってことは、日が沈んだ頃か」
だいたい夜二十時くらいかなと、修太は首を傾げる。
「その本は図書室に置いてあるんですよね? 昼間に被害者は出なかったのですか?」
ササラの問いに、シモンは大きく頷いた。
「そうなんだ。不思議なことに、あの本が動き出すのは夜だけなんだよ。あの絵本は歴史の棚にあったんだけど、昼間に資料探しでその辺の棚を見た時には無かった。クラスメイトにも聞いてみたよ。でも、誰もあの絵本を知らなかったんだ」
「不思議な話だな。啓介が好きそう」
「オンッ」
修太の呟きに、コウが吠えて同意した。
「そんなにお好きなら、ケイスケさんを連れてくれば良かったですね」
ササラが微苦笑を浮かべて言うので、修太は首を横に振る。
「いや、いたらうるさかっただろうから、いいよ」
「確かに」
修太とグレイは頷きあった。それからグレイが問う。
「ところでその絵本というのはなんだ?」
「絵がほとんどで、文章が少しの子ども向けの本だよ。ほら、前に俺が文字の読み書きを教えるのに使ってたやつ」
「ああ、あれか」
修太の説明で、グレイは思い出したようだ。
「よく分からんが、学校とやらには、あんなものも置いてるものなのか?」
「いえ、ありません。シュタインベル学園は、ある程度の勉強が出来ることが入学条件なんです。基本は冒険者と騎士の育成場所なんで、戦えることのほうが重要なんですけどね。でも授業で教える時に困るので、実技以外にも筆記試験もあります」
ササラが右手を挙げる。
「ええと、シモンさん。基本ということは、それ以外もあるんですか?」
「ええ。文官を養成する文学科もあるので。そちらは、戦闘学は免除されてるんです。でも、代わりに筆記試験のレベルが上がりますけど」
シモンは冒険者科に通っているが、他に城仕えを見据えた騎士科があるそうだ。
「平民が城仕えをするには、使用人になるのが一番早いんですけど、それも伝手や後ろ盾が必要なので限られた人しかなれなくて。でも、学園を卒業すれば、城仕えも夢じゃないんです。学があるほうが、仕事の幅が増えるからありがたいとかで。だから冒険者として食いはぐれても大丈夫だからって、この街育ちは学園に通いたがりますね」
「はあ、なるほどね」
実力もついて、職の安定もあるなら、投資には充分だなと修太は頷いた。
「僕は家を継ぐために、薬師となるつもりですけど……。採取に行くにもある程度の能力は必要なので、学園に。グエナはダンジョン巡りや旅をしたいって言っていました」
「採取……」
修太が目で問うと、シモンは丁寧に説明してくれる。
「店で材料を買ってたら、高くつくんだよ。だから戦えるくらいの力量があるなら、自分でとりに行くんだ。護衛を雇って、採取の旅をして戻る人もいるけど……経費のほうがかかるからもうけが減っちゃうんだよね」
薬師の世知辛い事情を知り、なんでも商売っていうのは大変なんだなと修太は見る目を変えた。
「質の良い薬草が欲しかったら、自分で見たほうが早いしね」
「若くてらっしゃるのに、ご立派ですね」
「へへ、ありがとうございます。でも、まだまだなんですよ」
ササラに褒められて、シモンは頬を赤くした。
「それで、その絵本っていうのは?」
逸れた話を、グレイが戻す。シモンは気を取り直し、説明を再開する。
「とても綺麗な、山だったかな? 風景の絵がついてましたよ。これくらいの大きさの本でした。でも、タイトルは分かりませんでしたけど」
「そいつが飛び上がって、娘を喰った?」
「ええ。最初、グエナが棚から落ちてきた本を拾って。その後、本が高く飛び上がって、開いたページがグエナに当たったら、グエナが消えてしまったんです。その後、本が光り始めて、僕は逃げました」
この辺は冒険者の話と同じだ。
「人を呼んで戻ってきたら、やっぱりまだ光ってて。危ないから近付きませんでしたけど……見張ってた守衛の話だと、朝になったら光が消えたみたいです。僕は事情聴取でいなかったので」
「本が危険になるのは夜なのか」
グレイが呟いた。
これで話は終わりのようだった。シモンは席を立つと、ぺこりと頭を下げる。
「僕は力不足で、こんな話しか出来ません。どうかグエナをよろしくお願いします」
修太もつられて頭を下げ返す。
「いや、あの……。まいったな」
修太はついていくつもりだが、戦闘では役立たずなのだ。グレイを見ると、仕方なさそうにグレイが返事をする。
「出来ることはするが、期待はするな」
「ええ、構いません。あ、そうだ。ちょっと待っててください」
シモンはばたばたと家の奥に行き、袋を手に戻ってきた。
「これ、僕が調合した薬です。役立ててください」
「治療師がいるからいらな……」
「ありがとうっ、喜んで使うよ!」
「ありがとうございますっ」
グレイの声をさえぎって、修太とササラは大声で礼を言った。グレイがどうして邪魔するんだという目でこちらを見てきたが、ここで好意をむげにするなんて可哀想すぎる。
グレイが余計なことを言い出す前に、修太は話を切り上げた。
「では俺達はこれで失礼します。お話、ありがとうございました! さあ、行くぞ。宿に戻るぞ。皆に報告だ」
「……ああ」
うろんそうにしつつも、グレイは頷いた。