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「本がいきなり飛び上がって、ページが仲間に触れたら、そのまま仲間が消えちまったんだ」
「で、その後、光り始めたからやばいと思って退散して」
「喰われたっていうか、吸い込まれた?」
事件のことを思い出して、彼らは青ざめた顔でそう言った。依頼に参加して仲間を失ったという冒険者のパーティだ。
一通り話を聞いた後、修太達は冒険者ギルドを出た。
「なんかどれも似たような話だったな」
雑踏を歩きながら、修太はグレイを見上げて言った。
「本が飛び上がって、先頭にいた一人を飲み込む。その後、本が光る。それを見て逃げた」
グレイがまとめる。ササラも難しい顔をしている。
「つまり最初の一撃さえかわせば、どうにかなると? ですが、本の中に消えた後、その人達はどこに行くんでしょう?」
「だよなあ。本を壊せたとして、喰われた奴らの安否が謎だ」
そもそもの話、オルファーレンの断片が原因なら、人間にどうにか出来るとも思えない。
「そいつが神の断片として、祝福はなんだ? 本に喰われて消えることだったら笑えるな」
グレイがうっそりと笑うので、修太はその不気味さに凍りついた。全然笑えない。一方、ササラは外はすごいなと感動している。
「世の中には、奇異なものがたくさんあるのですね」
「いや、ササラさん、俺らがそれを狙って旅してるだけ……」
まあ確かに、エレイスガイアには奇異なものが多くある。それは否定できない。
ササラは修太に問う。
「では、あの勇者という方に訊いてみては? 勇者ならば、一般人よりも奇抜なものと出会っているのではないかしら」
「あいつが聞いたら怒りそうだな。……って、ああっ!」
修太はふと思い出して、大きな声を出してしまった。通行人が怪訝そうに振り返るので、慌てて口を手で覆う。もごもごと言った。
「そういえば俺、アレンから、夢見る町と出世帰りの山の話を聞いてたよ。忘れてた」
「ほう。確かに“不思議”だな。ケイが好きそうだ」
グレイが納得だと頷き、ササラは首を傾げる。
「夢見る町ですか? どういうことなんでしょう」
「俺も分からねえよ。見れば分かるって言ってたな。エシャトールにあるそうだ」
「エシャトールねえ。お前をお邪魔虫太郎とか呼んでた女を思い出すな」
愉快そうにグレイがこちらを見る。
以前、冒険者ギルドからサーシャリオンを監視するために派遣された、クリムという少女のことだ。彼女が現われたことで、啓介の恋を応援したい修太は奮闘していたが、全て空回り、フランジェスカとグレイにしばらくからかわれたのである。
修太はむすっとした顔になる。
「その話、わざわざ蒸し返さないでくれよ」
「ああ。結局、空回って痛い目を見ただけだったよな。くくく」
「もーっ、言うなってば!」
修太の抗議など、グレイは笑って流すだけだ。
珍しくも楽しいようで、彼の黒い狼の尾がふさふさと揺れている。そんな修太とグレイのやりとりをササラは微笑ましげに見ていたが、コウは違った。
「ワフッ」
コウはグレイにたしなめるように吠える。修太はにやりと笑う。
「ありがとな、コウ。フランといい、嫌な大人だよなあ」
「おい、あの女と一緒にするな」
グレイはちくりと言い返す。
仲間としては長いわりに、グレイとフランジェスカはそんなに仲が良くない。そのくせ、夜に酒を飲みかわすことはあるから、人付き合いというのは仲良くなくても出来るんだなと、修太はひそかに感心している。
「しかし、子どもが変な失敗をしているのを見るのは愉快だな」
「……本当に嫌な大人ぁー」
修太はにがっとしかめ面をした。
「ああ、住所だとこの辺だな。ええと、鳥のモチーフが飾られた青い扉の家」
次の目的地に着いたので、修太は話を切り上げた。
最初に行方不明になった生徒。彼女と一緒にいたという、少年の家だ。
週末は学園は休みなので、家にいるのではないかと冒険者ギルドでは聞いている。不在なら、代わりに依頼主の家を訪ねるつもりだが、できれば彼から話を聞きたかった。
「よし、行ってみるか。すみません、シモン・ミーサさんはご在宅ですかー?」
玄関扉をノックすると、しばらくして青白い肌をした少年が顔を出した。
「……どちら様ですか?」
不審な旅人に警戒する彼に、修太は冒険者ギルドからの紹介状を渡す。
「冒険者ギルドの……。ああ、またあの件ですか。いいですよ、上がってください」
シモンはそれで察したようで、修太達を中へと招いた。