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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 人を喰う本 編
274/340

 6



 啓介とピアス、フランジェスカが物資調達を買って出たので、修太は急に暇になった。サーシャリオンは啓介についていったので、残ったのは修太とグレイ、ササラとコウだ。


「シューター、その辺にいろ。俺はギルドに拠点変更の報告をする必要がある」

「敷地内を見学しててもいい?」

「ああ。四半鐘くらいで戻る」


 だいたい三十分のことだ。そのままグレイは窓口の方へ行った。修太はササラを見上げる。


「グレイは紫ランクだから、決まり事があるみたいだよ。俺も詳しくはねえけど」

「それだけ頼りにされてらっしゃるんですよ。上の立場の方は大変です」


 ササラが気遣わしげに言った時、足元でコウがワフッと鳴いた。


「ん? どうした、コウ」

「オンッ」

「あ、こらっ」


 奥の廊下に向けてコウが駆けだしたので、修太は急いで後を追う。


「待てよ、コウ。お前、いつも大人しいのにめずらし……ぶっ」

「うわっ」


 廊下を曲がったところで、誰かに思い切りぶつかった。後ろにはね飛ばされたが、そっと背中に手を添えられ、倒れるのはまぬがれる。


「大丈夫ですか、シュウタ様」

「ありがとう、ササラさん。でも、様は無しだって」

「あ、すみません」


 支えたのはササラのようだ。コウが足元に寄ってきて、クウンと鳴く。謝っているようだ。


「飛び出すのは感心しませんよ。というか、またあなたですか」

「ん?」


 ようやくぶつかった相手を見た修太は、フードの下で目を丸くした。


「あーっ、エセ勇者!」

「それをいうなら、元勇者です」


 ひさしぶりに会ったアレンは、相変わらずのキラキラした美青年だ。青みがかった銀髪は短く、右目が緑で左目が銀という珍しい二色持ちのカラーズである。


「名前はアレンですよ。相変わらず、失礼ですね」


 指差した修太の手を下ろさせて、アレンは眉を寄せる。後ろには灰狼族のディドがいて、オレンジ色の目を細めて呆れ顔をしていた。

 ササラが首を傾げて問う。


「まあ、お知り合いですか? シュウタさん」

「ああ。知り合いといっても、腐れ縁みたいなやつかな。紹介するよ、こっちは――」


 修太が話す前に、アレンが急に居住まいを正して名乗る。


「アレン・モイスです。お名前をお聞かせ願えませんか、美しい方」

「お上手ですね。ハクレン=ササラと申します」


 愛想笑いを返すササラに、アレンは首を横に振る。


「お世辞など言った覚えは……事実です」

「ええと、ありがとうございます」


 困っているササラを見かねて、修太は何故か前に出てくるアレンの前に出た。


「おいこら、なんなんだよ。ササラさんに近寄るな!」

「子どもは邪魔しないで下さい」

「まあ、邪魔と言いました?」


 アレンの言葉に、ササラが怖い顔になる。不穏な空気が流れた。


「シュウタ様は、私の主人なんです! 馬鹿にする方は容赦しませんわよ!」

「しゅ、主人……!? こんな年齢差で結婚を!?」


 よろめくアレンを、ディドが慌てて支える。

 修太はこの様子に面食らった。


「いったいどうしたんだよ、お前。そんなわけねえだろ、ちょっと色々あって、使用人みたいな立場だっただけで」

「傍仕えです」


 ササラが補足した。


「えっと、ディドさんみたいな従者と似てるかな?」


 修太の説明に、ディドは怪訝そうにする。


「なんで色々あって、従者ができるんだよ」

「説明したら長いんだよ。もういいだろ、グレイの用が終わるまで中を見学するんだ。行こうぜ、ササラさん」


 修太がササラに声をかけて歩き出そうとした時、なぜかアレンが前に立ちふさがった。仕方ないので修太が左を通ろうとすると左に、右を通ろうとすると右にずれて通せんぼする。

 流石に修太もイラついた。


「なんで邪魔するんだよ!」


 修太の文句に、アレンはにこりと笑う。


「僕が案内してあげます」

「え?」

「ここに来て長いので詳しいですよ。さあ行きましょう、まずは鍛錬場から」


 なぜか輝かんばかりの笑みを浮かべ、親切なことを言い出したアレンを、修太は不気味に思った。どういうことだとディドに目で問うと、ディドも分からないのか、肩をすくめる。


「アレン、何をたくらんでる」

「何も」

「嘘つけ! あんたの親切だけは怖いからお断りだ!」

「失敬な。勇者とも呼ばれた品行方正のかたまりですよ?」

「ぬけぬけとよく言う」


 恐ろしさに身震いする修太に構わず、アレンはにこやかに笑うばかりだ。その目がササラばかり見ているのに気付き、修太はふと感づいた。

 ササラに合図して、右や左にずれてもらう。するとアレンの目も同じ方向を見る。


「どうしたんですか、シュウタさん」

「……いや」


 ササラはまったく気付いていないが、修太には分かってしまった。


(アレンの野郎、ササラさんに惚れやがった……!)


 修太は頭を抱える。ササラは美人だし、良い人だ。分かるが、よりによってアレンなんて喜べない。


「ど、どうしよう、ディドさん!」

「……小僧、世の中には様子見してた方が良いこともある」


 思わずディドに問うと、ディドが渋面で言った。彼も気付いたようだ。修太とディドがアイコンタクトをかわしていると、ササラが心配そうに問う。


「どうかしたのですか?」

「いや、別に、なんでもない」


 冷や汗をかく修太に、にこにことアレンが話しかけてくる。


「問題ないなら、参りましょう」

「分かったよ……」


 アレンがしつこいので、修太は渋々ついていくことにしたが、さりげなくコウをけしかけて、アレンとササラとの間に割り込むようにさせた。




「なんだお前ら、またか」


 ホールに戻ってくると、四人掛けのテーブルについていたグレイが、修太の後ろの二人を見て眉をひそめた。


「おうおう、ごあいさつだな。黒狼の」

「暑苦しいんだよ、向こうへ行け」


 しっしっと犬でも追い払うようなグレイの仕草に、ディドはたちまち頭に血が上ったようで、グルルルとうなり声を上げた。


「ちょっと落ち着いてくれよ。喧嘩はなし! ほんっと仲悪いんだから、まったく」


 グレイは気にした様子もなく、修太に椅子を示す。


「シューター、お前も座れ。職員が茶をくれるそうだ」

「ラッキー。喉がかわいてたんだよな」


 修太はグレイの隣に座り、ササラはグレイの前の席に座った。するとなぜかアレンがササラの隣についた。ディドは近くから椅子を引っ張ってくる。


「おい、お前らには言ってない」


 グレイがにらむが、アレンはササラの方ばかり見ている。


「いいじゃないですか、僕も喉が乾いてるんです。案内してあげてたんですよ、あなたの保護してる彼を」

「……なんなんだ、こいつ。おかしくねえか?」

「ははは」


 グレイも変だと気付いたようだ。修太は笑うしかない。

 ササラはどうしてそんなにこちらを見るのだと、居心地悪そうに椅子を横にずらした。コウが修太の膝に前足を置いて、見上げてくる。「手伝う?」と言いたげな黄橙色の目に、修太は苦笑した。


「いいよ、そこにいろ」

「オンッ」


 コウは返事をして、その場に座った。その頭を修太は軽く撫でてやる。

 そこへ、職員の女性がポットとコップを運んできた。


「何かお困りでしたら、いつでもご相談くださいね」


 そしてグレイに色気たっぷりの流し目をして去っていく。


「……グレイも色目を使われてるんだな」

「“も”ってなんだ? ……ああ、そういうことか」


 修太の質問一つで理解したようで、グレイはものすごく嫌そうにアレンを見た。アレンはお茶を飲み、気を取り直して問う。


「そういえば、まだあのへんてこな旅をされてるんです?」

「まあな」


 修太もお茶を飲んだ。一口飲んで、ポポ茶だと分かった。おいしい。


「風変りなものといえば……まさか、あの依頼ですか? 生徒を喰ったとかいう奇怪な本」

「ご名答。たぶん当たりだ」

「危険ですよ、やめた方がいい。すでに冒険者が何人か行方不明になっています」


 アレンは深刻な顔で忠告した。


「こいつが必要だというなら俺は付き合うだけだ」

「ええ、わたくしも」


 さっぱりした返事をするグレイに、ササラも頷く。アレンはササラの返事に青ざめ、キッと修太をにらむ。


「いいえ、今回ばかりは忠告しますよ。僕が紫ランクになれたのはどうしてだと思います? 本当に危険なものをかぎ分ける才能があるからです。これはヤバイやつだ」

「あんたの心配も分かるけど、平気な理由があるんだよ。説明はしないけどな」

「……では、何か手伝いましょうか?」

「そう言われても、明日、行ってみないと分からねえよ」


 修太の返事に、アレンはこめかみに指を押し当てる。


「情報収集もしていないのですか? どうかしています。ヤバイ依頼を受ける時は、事前に調べておくものですよ」

「まあ、あんたの言うことは一理ある」

「確かに」


 修太とグレイは首肯を返す。


「喰われたと証言があるなら、それを見ていた奴がいるはずだ。まずはそいつらを探してみるか」


 ひょいと席を立ち、グレイは先程の職員のもとに向かった。


「グレイもトリトラと同じで、誰に聞けば楽か分かるんだな……」

「旅人なら、それくらい見極めないと。嘘を教えて、物陰におびき寄せる輩もいるんですから」


 アレンがちくりと口を挟む。

 修太はじっとりとアレンを見る。


「で、あんたはいつまでここにいるんだ? 茶も飲んだから、もういいだろ」

「そうですね。僕達はまだこの都市にいるので、何か手伝いがいるなら呼んでください。滞在先と、僕の名前です。手伝いでなくても会いに来ても構いませんよ」


 アレンはメモ用紙にさらさらと連絡先を書くと、ササラの手に握らせた。


「は、はい……」


 そして、何度も振り返りながら、ディドとともにホールを出て行った。ササラも少し引いている。


「なんだか変わったご友人ですね」

「え? 今ので分からなかったの、ササラさん」

「なんのお話ですか?」

「ううん、いいよ。こっちの話」


 修太は断りつつ、頭を抱える。

 あんなに分かりやすいのに、まったく眼中にないササラに、初めて少しだけアレンがかわいそうになった。


「あれで紫ランクの冒険者なんだ。モンスターとか化け物専門」

「盗賊専門のグレイさんとはまた違うんですね。冒険者って分業制なんですか?」


 天然な質問に、修太はぶはっと噴き出してしまい、しばらく笑ってササラを戸惑わせた。


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