6
啓介とピアス、フランジェスカが物資調達を買って出たので、修太は急に暇になった。サーシャリオンは啓介についていったので、残ったのは修太とグレイ、ササラとコウだ。
「シューター、その辺にいろ。俺はギルドに拠点変更の報告をする必要がある」
「敷地内を見学しててもいい?」
「ああ。四半鐘くらいで戻る」
だいたい三十分のことだ。そのままグレイは窓口の方へ行った。修太はササラを見上げる。
「グレイは紫ランクだから、決まり事があるみたいだよ。俺も詳しくはねえけど」
「それだけ頼りにされてらっしゃるんですよ。上の立場の方は大変です」
ササラが気遣わしげに言った時、足元でコウがワフッと鳴いた。
「ん? どうした、コウ」
「オンッ」
「あ、こらっ」
奥の廊下に向けてコウが駆けだしたので、修太は急いで後を追う。
「待てよ、コウ。お前、いつも大人しいのにめずらし……ぶっ」
「うわっ」
廊下を曲がったところで、誰かに思い切りぶつかった。後ろにはね飛ばされたが、そっと背中に手を添えられ、倒れるのはまぬがれる。
「大丈夫ですか、シュウタ様」
「ありがとう、ササラさん。でも、様は無しだって」
「あ、すみません」
支えたのはササラのようだ。コウが足元に寄ってきて、クウンと鳴く。謝っているようだ。
「飛び出すのは感心しませんよ。というか、またあなたですか」
「ん?」
ようやくぶつかった相手を見た修太は、フードの下で目を丸くした。
「あーっ、エセ勇者!」
「それをいうなら、元勇者です」
ひさしぶりに会ったアレンは、相変わらずのキラキラした美青年だ。青みがかった銀髪は短く、右目が緑で左目が銀という珍しい二色持ちのカラーズである。
「名前はアレンですよ。相変わらず、失礼ですね」
指差した修太の手を下ろさせて、アレンは眉を寄せる。後ろには灰狼族のディドがいて、オレンジ色の目を細めて呆れ顔をしていた。
ササラが首を傾げて問う。
「まあ、お知り合いですか? シュウタさん」
「ああ。知り合いといっても、腐れ縁みたいなやつかな。紹介するよ、こっちは――」
修太が話す前に、アレンが急に居住まいを正して名乗る。
「アレン・モイスです。お名前をお聞かせ願えませんか、美しい方」
「お上手ですね。ハクレン=ササラと申します」
愛想笑いを返すササラに、アレンは首を横に振る。
「お世辞など言った覚えは……事実です」
「ええと、ありがとうございます」
困っているササラを見かねて、修太は何故か前に出てくるアレンの前に出た。
「おいこら、なんなんだよ。ササラさんに近寄るな!」
「子どもは邪魔しないで下さい」
「まあ、邪魔と言いました?」
アレンの言葉に、ササラが怖い顔になる。不穏な空気が流れた。
「シュウタ様は、私の主人なんです! 馬鹿にする方は容赦しませんわよ!」
「しゅ、主人……!? こんな年齢差で結婚を!?」
よろめくアレンを、ディドが慌てて支える。
修太はこの様子に面食らった。
「いったいどうしたんだよ、お前。そんなわけねえだろ、ちょっと色々あって、使用人みたいな立場だっただけで」
「傍仕えです」
ササラが補足した。
「えっと、ディドさんみたいな従者と似てるかな?」
修太の説明に、ディドは怪訝そうにする。
「なんで色々あって、従者ができるんだよ」
「説明したら長いんだよ。もういいだろ、グレイの用が終わるまで中を見学するんだ。行こうぜ、ササラさん」
修太がササラに声をかけて歩き出そうとした時、なぜかアレンが前に立ちふさがった。仕方ないので修太が左を通ろうとすると左に、右を通ろうとすると右にずれて通せんぼする。
流石に修太もイラついた。
「なんで邪魔するんだよ!」
修太の文句に、アレンはにこりと笑う。
「僕が案内してあげます」
「え?」
「ここに来て長いので詳しいですよ。さあ行きましょう、まずは鍛錬場から」
なぜか輝かんばかりの笑みを浮かべ、親切なことを言い出したアレンを、修太は不気味に思った。どういうことだとディドに目で問うと、ディドも分からないのか、肩をすくめる。
「アレン、何をたくらんでる」
「何も」
「嘘つけ! あんたの親切だけは怖いからお断りだ!」
「失敬な。勇者とも呼ばれた品行方正のかたまりですよ?」
「ぬけぬけとよく言う」
恐ろしさに身震いする修太に構わず、アレンはにこやかに笑うばかりだ。その目がササラばかり見ているのに気付き、修太はふと感づいた。
ササラに合図して、右や左にずれてもらう。するとアレンの目も同じ方向を見る。
「どうしたんですか、シュウタさん」
「……いや」
ササラはまったく気付いていないが、修太には分かってしまった。
(アレンの野郎、ササラさんに惚れやがった……!)
修太は頭を抱える。ササラは美人だし、良い人だ。分かるが、よりによってアレンなんて喜べない。
「ど、どうしよう、ディドさん!」
「……小僧、世の中には様子見してた方が良いこともある」
思わずディドに問うと、ディドが渋面で言った。彼も気付いたようだ。修太とディドがアイコンタクトをかわしていると、ササラが心配そうに問う。
「どうかしたのですか?」
「いや、別に、なんでもない」
冷や汗をかく修太に、にこにことアレンが話しかけてくる。
「問題ないなら、参りましょう」
「分かったよ……」
アレンがしつこいので、修太は渋々ついていくことにしたが、さりげなくコウをけしかけて、アレンとササラとの間に割り込むようにさせた。
「なんだお前ら、またか」
ホールに戻ってくると、四人掛けのテーブルについていたグレイが、修太の後ろの二人を見て眉をひそめた。
「おうおう、ごあいさつだな。黒狼の」
「暑苦しいんだよ、向こうへ行け」
しっしっと犬でも追い払うようなグレイの仕草に、ディドはたちまち頭に血が上ったようで、グルルルとうなり声を上げた。
「ちょっと落ち着いてくれよ。喧嘩はなし! ほんっと仲悪いんだから、まったく」
グレイは気にした様子もなく、修太に椅子を示す。
「シューター、お前も座れ。職員が茶をくれるそうだ」
「ラッキー。喉がかわいてたんだよな」
修太はグレイの隣に座り、ササラはグレイの前の席に座った。するとなぜかアレンがササラの隣についた。ディドは近くから椅子を引っ張ってくる。
「おい、お前らには言ってない」
グレイがにらむが、アレンはササラの方ばかり見ている。
「いいじゃないですか、僕も喉が乾いてるんです。案内してあげてたんですよ、あなたの保護してる彼を」
「……なんなんだ、こいつ。おかしくねえか?」
「ははは」
グレイも変だと気付いたようだ。修太は笑うしかない。
ササラはどうしてそんなにこちらを見るのだと、居心地悪そうに椅子を横にずらした。コウが修太の膝に前足を置いて、見上げてくる。「手伝う?」と言いたげな黄橙色の目に、修太は苦笑した。
「いいよ、そこにいろ」
「オンッ」
コウは返事をして、その場に座った。その頭を修太は軽く撫でてやる。
そこへ、職員の女性がポットとコップを運んできた。
「何かお困りでしたら、いつでもご相談くださいね」
そしてグレイに色気たっぷりの流し目をして去っていく。
「……グレイも色目を使われてるんだな」
「“も”ってなんだ? ……ああ、そういうことか」
修太の質問一つで理解したようで、グレイはものすごく嫌そうにアレンを見た。アレンはお茶を飲み、気を取り直して問う。
「そういえば、まだあのへんてこな旅をされてるんです?」
「まあな」
修太もお茶を飲んだ。一口飲んで、ポポ茶だと分かった。おいしい。
「風変りなものといえば……まさか、あの依頼ですか? 生徒を喰ったとかいう奇怪な本」
「ご名答。たぶん当たりだ」
「危険ですよ、やめた方がいい。すでに冒険者が何人か行方不明になっています」
アレンは深刻な顔で忠告した。
「こいつが必要だというなら俺は付き合うだけだ」
「ええ、わたくしも」
さっぱりした返事をするグレイに、ササラも頷く。アレンはササラの返事に青ざめ、キッと修太をにらむ。
「いいえ、今回ばかりは忠告しますよ。僕が紫ランクになれたのはどうしてだと思います? 本当に危険なものをかぎ分ける才能があるからです。これはヤバイやつだ」
「あんたの心配も分かるけど、平気な理由があるんだよ。説明はしないけどな」
「……では、何か手伝いましょうか?」
「そう言われても、明日、行ってみないと分からねえよ」
修太の返事に、アレンはこめかみに指を押し当てる。
「情報収集もしていないのですか? どうかしています。ヤバイ依頼を受ける時は、事前に調べておくものですよ」
「まあ、あんたの言うことは一理ある」
「確かに」
修太とグレイは首肯を返す。
「喰われたと証言があるなら、それを見ていた奴がいるはずだ。まずはそいつらを探してみるか」
ひょいと席を立ち、グレイは先程の職員のもとに向かった。
「グレイもトリトラと同じで、誰に聞けば楽か分かるんだな……」
「旅人なら、それくらい見極めないと。嘘を教えて、物陰におびき寄せる輩もいるんですから」
アレンがちくりと口を挟む。
修太はじっとりとアレンを見る。
「で、あんたはいつまでここにいるんだ? 茶も飲んだから、もういいだろ」
「そうですね。僕達はまだこの都市にいるので、何か手伝いがいるなら呼んでください。滞在先と、僕の名前です。手伝いでなくても会いに来ても構いませんよ」
アレンはメモ用紙にさらさらと連絡先を書くと、ササラの手に握らせた。
「は、はい……」
そして、何度も振り返りながら、ディドとともにホールを出て行った。ササラも少し引いている。
「なんだか変わったご友人ですね」
「え? 今ので分からなかったの、ササラさん」
「なんのお話ですか?」
「ううん、いいよ。こっちの話」
修太は断りつつ、頭を抱える。
あんなに分かりやすいのに、まったく眼中にないササラに、初めて少しだけアレンがかわいそうになった。
「あれで紫ランクの冒険者なんだ。モンスターとか化け物専門」
「盗賊専門のグレイさんとはまた違うんですね。冒険者って分業制なんですか?」
天然な質問に、修太はぶはっと噴き出してしまい、しばらく笑ってササラを戸惑わせた。