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ピリンカという肉と野菜がたっぷり入った揚げパンで小腹を満たした後、中規模の宿を拠点に決めた。
四季ドラゴンの春という名の宿で、老夫妻と従業員数名の宿のようだ。一階は食堂兼酒場で、客の多い週末は楽師が来るとか。
トリトラ曰く、料理がおいしくて清潔で、あんまりもめ事が起こらない宿だそうだ。防具屋の主人からの紹介らしい。
「お前らって、自由なくせに紹介をもらってくるのは上手いよな」
四季の塔の傍にあるという冒険者ギルドへ向けて歩きながら、修太はトリトラに話しかけた。トリトラはにこりと笑う。
「この見た目が人間受けするのは分かってるから、使いようだよね」
「嫌味な奴」
修太の返事に、トリトラはあははと笑った。
「あ、そうだった。僕とシークで話したんだけど、君らの用事が終わるまで、あのダンジョンで修業してようと思うんだ」
「いいんじゃないか? 好きにしろよ。こっちはサーシャがいるから平気だしな。啓介もいいだろ?」
修太が啓介を呼ぶと、啓介はにこやかに頷く。
「もちろん。グレイとササラさんがいるから、シュウも安心だと思うよ。あ、もしかしてグレイもダンジョンに行きたい?」
「行く時は、前もって声をかける」
「分かった」
啓介とグレイのやりとりを聞いていて、修太はササラに話しかける。
「ササラさんもダンジョンに行きたいならそうしてくれよ。俺は俺で上手くやるから」
「ええ、ありがとうございます。少し興味がありますが、今はあの行商人さんの話の行方が気になりますわ」
ササラの言葉に、修太も頷く。とりあえず冒険者ギルドで依頼を見てみようと考えたところで、急に雑多な通りが終わり、広場に出た。
馬車のロータリーにもなっており、正面に冒険者ギルド、その奥に四角柱の塔がそびえている。
「見た感じ、ギルドを通り抜けないと、ダンジョンに入れないようだな」
フランジェスカが呟いた。
「あっちにも塔があるぜ」
シークが指差す方に、ダンジョン程ではないが、小さな塔がある。ピアスが面白そうに言う。
「セーセレティーきっての学問の街で有名だから、研究機関かしら?」
「へえ、何を研究してるの?」
啓介の問いに、ピアスは首を傾げる。
「ダンジョンについてって聞いたことはあるけど、詳しくは知らないわ」
「滞在しておるうちに分かるだろ。行くぞ」
サーシャリオンが適当に言って、冒険者ギルドへと足を向ける。
横に広い長方形をした白い石造りの建物は二階建てだ。壁には冒険者ギルドを示す旗がかかっており、屋上には見張りが立っているようだ。
中央の入口から入ると、中も広々としている。清潔で明るいホールは無機質で冷たい感じがした。
「なんか他所と違う雰囲気だね。他は食堂か酒場みたい雰囲気があるだろ?」
トリトラの問いに、修太達は首肯を返す。
だが、窓口の様子や、冒険者がテーブルと椅子が並ぶスペースで雑談していたり、壁の依頼表や広告を見ていたりするのは、他と変わらない。
(だけどなんか、病院の待合室みたいだな)
白い壁と床もそんな雰囲気だ。
「あ、あったよ。ジャックさんが言ってたのは、きっとこの依頼だ」
真っ先に依頼を確認しに行った啓介が声を上げた。修太達もそちらに行くと、啓介が依頼を読み上げる。
「依頼。報酬は十万エナ。成功条件は、本に喰われた生徒を救出、もしくは死体の確保。前金はなし」
啓介に続いて、フランジェスカが読む。
「ただし、参加者の安否の保障はできない……か」
「あんた達、その依頼に興味があるのか?」
後ろから声をかけられたので、振り向くと暗い金髪の少年が立っていた。十代後半と若いが、ギルドの紋様が入った上着なので、ギルド職員のようだ。青い目でじっとこちらを伺うので、啓介が頷いて返す。
「ああ。俺は春宮啓介。ケイだ、よろしく」
「どうも。俺はリック・ウィスコット。ここで受付や事務、雑務とか……まあ色々やってる。職員として注意しておくと、依頼には書いてないが、それは藍ランクレベルの依頼だ。紫でもいいくらいだが」
リックはそう言って、苦い顔をした。
日焼けのない白い肌をしているが、どうやら彼も戦士のようだ。腰には剣を二本携えているし、鍛えているのがシャツの上からでも分かる。
リックは少し近付いて、小声で言う。
「実は依頼を受けた冒険者がこれまでに五人、全員、本に喰われて戻ってきてない。いや、昨日も消えたから、六人だな。恐らく太古の魔法がかけられてるんだろうって、ドワーフやエルフが教えてくれたが、それが分かってもどうしようもない」
「そんなに危険なのに、どうして依頼を出している?」
グレイのもっともな質問に、リックは依頼主を示した。
「最初に消えた生徒の親だ。もう一ヶ月も経つが、あきらめきれないらしい。正直、生きてるかは絶望的だ。飲まず食わずだったら、とっくに衰弱死してる」
その時、リックを呼ぶ声がした。
「リック、ちょっといいか」
「ああ、すぐ行く! 悪いな、仕事がある。もし受けるんなら、声をかけてくれ。俺はその学校の卒業生だから、案内できる。――だが、ギルドは責任を持たないからな?」
念押しすると、リックは窓口の方へ走っていった。
修太は問う。
「どうする?」
啓介はサーシャリオンを見る。
「サーシャはどう思う? オルファーレンちゃんの断片かな?」
「恐らく。あちらの方向にあるのが、その学校なら」
「……決まりだな」
簡潔な返事に、啓介は頷いた。
トリトラが右手を挙げる。
「それじゃあ、決まったみたいだし、僕らはここのダンジョンに挑戦するよ。シーク、まずは情報収集と」
「武器の手入れだろ。任せとけ」
シークは返事をして、トリトラと右のこぶしをかちあわせ、あっさりと修太達から離れた。
フランジェスカが提案する。
「もし消えたとして、食料があった方が安全だろう。引き受ける前に、物資の調達だな」
「じゃあそういう方向で。がんばろう」
啓介はこぶしを握って言い、皆、頷いた。