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「あれ、ササラさん、どこかにお出かけ?」
照れて赤い顔を手で仰いで階段を下りたササラは、ピアスに声をかけられた。にこやかで話しやすい相手だと、ササラはほっとして頷く。
「その辺りを偵察してこようかと。あら、良いにおいですね。先程、黒狼の方が持ってきたものと同じみたい」
「なんだ、先にグレイがお土産で買ってきたのね。じゃあいいや、ササラさん、外で一緒に食べましょうよ」
するとそこに、ちょうど階段の傍まで来たフランジェスカが口を挟む。
「ピアス殿、私も邪魔していいか? 小腹が空いた」
「ええ、もちろんよ」
「では向かいで茶を買おう。たまには女同士で語らうのも悪くない」
話が決まり、三人で宿の外、通り沿いに置かれたベンチで軽食をつまんだ。
しばらく他愛のない雑談をした後、ピアスが問う。
「何か困ったことがあったら言ってね? 故郷から引き離されるなんて大変だもの、協力するわ」
「ありがとうございます。そうですね、仕事を探そうかと思いますが、こちらで私の身分でもつける範囲が分からなくて……」
ササラが質問すると、ピアスとフランジェスカはきょとんとした。
「えっ、ササラさん、私達と旅をするのかと思ってた」
「私もだ。あのクソガキのお守りかと。すでにグレイ殿や、弟子の二人がいるが……」
ササラは目を丸くする。
「え……と、私を旅の仲間として受け入れてくださるんです?」
「当然よ! シューター君が連れてきたんだもの、もう仲間だわ」
「不遇な者を追い出すわけがない。手練れのようだが、どれくらい戦えるんだ?」
興味津々の二人に、ササラは首を傾げる。
「私は夜御子様の護衛兼お世話係ですから、身の回りのお仕事は全てできますし、スオウ国の兵とも互角に戦えますわよ。〈赤〉ですから、モンスターはだいたい燃やします。訓練のために、モンスターの巣に出かけて十頭狩るまで戻ってくるなと言われたりして……だから大丈夫です」
「エターナル語だから、セーセレティーなら職には困らんだろうな。文字はどうだ?」
「読み書きできますわ。代筆もしますので」
「これは使用人としては最高の人材だな。死んだことになっているから、身元の保証ができないのが問題だが……」
ばりっと魚のフライを噛んでから、フランジェスカは考え込む。ピアスは首を横に振る。
「やっぱり冒険者に登録して、数年働いて、身分証明を獲得した方がいいわよ。誠実な冒険者は、ギルドが守ってくれるわ」
「ピアス殿の言う通りだな。戦えるのなら、それが一番手っ取り早い。私は自分で決めたとはいえ、故郷にいられなくなってな、冒険者ギルドのお陰でやっていけてる。貴殿のことも他人事には思えん。頼ってくれて構わんからな」
凛とした物言いのフランジェスカに、ササラは好感を抱いた。
「かっこいい方ですね、同じ女性なのに……うらやましいです」
「ええ、フランさんはかっこいい女性よ。騎士なの」
「騎士ですか?」
耳なじみはないが、他国の兵士だとササラは思い出した。
「パスリルの出なんだ」
「パスリル!」
フランジェスカの返事に、ササラは思わず飛びのいた。
「し、白教徒ですか!? わたくしの国では、最も警戒すべき相手です」
「そりゃあ〈黒〉を保護してるんだからそうだろう。言っただろう、私は国には戻れんのだ。多少まだ影響はあるが、白教は捨てた」
「そうよ、気にしないで。シューター君とケイの仲間では、フランさんが一番古株なんだから」
フランジェスカとピアスが口々に言うので、ササラはうなだれてベンチに座りなおす。
「申し訳ありません」
「いい、分かってる。私の言う影響というのはそういうところだ。子どもの頃から教わったことは、なかなか抜けない」
「はい……」
割り切って話すフランジェスカに、ササラはまた好感を抱く。しかし疑問が湧いた。
「でも、先程、クソガキって」
「ああ、あれか? 安心しろ、白教うんぬんは差し引いて、あいつが嫌いなだけだ」
「仲悪いのよ、二人とも。でも信頼しあってるからおかしいのよね」
ピアスが笑いながら言うと、フランジェスカが眉を吊り上げる。
「信頼しあってる!? やめてくれ、ゾッとする」
「はいはい」
流すピアスの対応に、ササラはくすくすと笑ったが、すぐに溜息をついた。
「あの……私、何故か黒狼の方々に嫌われているみたいで。どうすればいいのでしょう? 質問すると、自分で考えろって言われるんです。でも、分からなくて」
「まったく、あいつらは……」
フランジェスカは眉間に指先を押し当て、苛立たしげにうなる。ピアスは同情の目でササラを見た。
「スオウでは珍しいみたいから、分からなかったかもしれないわね。黒狼族ってね、自分の主人は自分って考え方なの。だから、他人を主人にするような人を嫌うのよ」
「つまり、仕えるタイプだな」
なるほどとササラは頷いた。
「だから灰狼族のお話をされてたんですね。あの方々はスオウにも働きにいらっしゃいますから、親近感があります」
「グレイ殿達のほうが気難しいんだ。あまり思いつめるなよ。まあ、元気を出せ」
「ええ」
フランジェスカが手を伸ばして、ササラの左肩を叩く。ピアスも頷いた。
「そうそう。そうだ、ササラさんは好きなことや趣味ってあるの?」
「趣味ですか……? 考えたこともありません。まずは考えてみますね!」
ササラの返事に、フランジェスカが苦笑を返す。
「貴殿は真面目だなあ。もう少し気を抜いたほうがいい」
「はあ」
ササラは首を傾げる。従順で勤勉は、スオウ国では美徳とされていた。自分の好きにするという感覚がササラには謎なのだ。
(外つ国になじむのは大変そうですわ)
だが一緒にいてもいいと言ってくれているから、がんばってなじもうとササラは決意を強くする。
「とりあえずは冒険者登録ね。そうだった、買い物にも行きましょうよ。シューター君から、お財布を預かってるの。女性のことまで分からないから、気遣ってくれって頼まれてて」
「まあ、本当ですか? お優しい方。こんなに良くしていただけて、ササラは感激です」
「分かる。近所の優しいお兄ちゃんって感じよねえ。あんなにちっちゃいのに」
ピアスがぽろりと零すと、フランジェスカが噴き出して笑い始めた。
「よし、善は急げって言うし、買い物に行きましょう。着替えと、あとは何がいるかしら?」
ササラは指折り数えて挙げていく。
「そうですわねえ、まずは短刀と、出来れば薙刀か弓が欲しいです。他にはクナイに、かんざしも。髪を結うのにも使うんですけど、敵を刺すのにとても便利で!」
「……ほんわかしながら、物騒なことを言い始めたわよ、この人。なんなの、シューター君って物騒な人に好かれるの? 不思議だわ」
ピアスがうなると、またツボにはまったフランジェスカが、ひいひい笑う。
どうしたのだろうとササラがきょとんと眺めていると、ふと目の前の地面に影が落ちた。
金髪金目が派手な長身の男が立っている。褐色の肌がひきたつ、鮮やかな赤い衣服に身を包んだ彼は、もみ手をしながら話し始めた。
「これはこれは、そこなるご婦人、武器をお求めで? この旅する行商人ジャック、まさにご要望の品を持っておりますぞ。いかがですか、まずは私の店まで?」
「本当に? ご親切にありがとう。助かります。行きましょう、皆さん!」
なんてちょうどいいタイミングで現われるのだろうとササラは喜んだが、フランジェスカは眉をひそめ、ピアスは唖然としている。
「貴様、あの時の行商人ではないか! ジャックの豆売り! よくも私の前にのこのこと顔を現せたものだな!」
「ん? げっ、あんたら、あの時の……!」
ジャックはぎょっと後ずさったが、すぐに気を取り直す。
「そういえば、良い情報が入ったんですよ。どうです、一つ、買っていきません?」
「調子に乗るな!」
フランジェスカの怒声が通りに響いた。