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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
セーセレティー精霊国 人を喰う本 編
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第三十五話 人を喰う本 1



 夕暮れ時、学校の薄暗い廊下に影が二つ落ちている。

 自分の足音にすらおどおどしながら、小柄な少年が前を行く少女に問いかける。


「もう帰ろうよう、グエナぁ。閉門してるのに、学校にいるのがバレたら、先生にどやされる。また反省文をどっさり書くの? 僕を巻き込んで?」

「うるさいですわよ、シモン。そんなに騒いだら見つかるでしょ」


 シモンの言葉に、グエナはキッと怖い顔をする。シモンはうんざりした顔で、天井を仰ぐ。


「というかさ、そもそも、ガセじゃない? 誰もいない図書室で、本が動きだすっていう噂」

「ええ、私の友達リーナの、お友達のお友達、その彼氏から聞いた話です」

「遠い! 遠いよ、グエナ。何それ、その彼氏は生徒ですらないってオチ?」

「ええ、守衛らしいですわ」


 顔をしかめるシモンを放置して、グエナは図書室の前までやって来ると、ポケットをがさがさといじり始めた。


「じゃーん、グエナの冒険七つ道具! 針金ですわ」

「はあ。君に冒険者が主人公の小説なんて、貸すんじゃなかった」


 本に影響されている幼馴染に、シモンは溜息を吐く。


「戦闘学で鍛えた鍵開け術がうなりますわよ」


 グエナは楽しそうである。

 シモンにとっては悲しいことに、グエナは成績優秀で器用だ。あっという間に鍵を開けてしまった。


「これって犯罪って言わない?」


 シモンの問いに、グエナは返す。


「うるさいですわよ、シモン。そんなに嫌ならついてこなければ良かったのに。ダニエルを誘ったわ」

「あいつにグエナのおもりができるわけないだろ」

「子ども扱いなんて、失礼ね」


 グエナはふふっと笑ったが、特に気分は害してはいない。にまりと悪い笑みを浮かべた。


「いいこと、シモン。ここは開いていました」

「はいはい、開いてたから不法侵入じゃないんだよね? ああ、嫌だな。司書のアンソニー先生に見つかったら殺される! あの人、弱そうな見た目なのに、めちゃくちゃ魔法は強いんだよなあ」

「ええ、戦闘学で嫌ってくらいぶっ飛ばされてるので、よーく知ってますわ。思い出させないで」

「それでよく、彼の聖域に踏み込めるよ。本を汚したら殺される。確認したらすぐに帰るんだ。いいね?」


 シモンが釘を刺すと、グエナは「もちろん」と軽く返した。


「ああ、信用できない……」

 

 愚痴りつつ、シモンはグエナとともに図書室に踏み込む。

 明かりがあるとバレるので、薄暗い部屋をゆっくりと進んだ。木製の床がぎしりときしむ。

 本棚が怪物のようにぬっとそびえ立ち、なんともいえない不気味さがある。

 すでに校舎内に人がいないせいか、静まり返っていて、ときどき木が風に揺れる音が響いていた。


 ――ガタガタッ


 その時、奥から何かが鳴る音がした。

 シモンとグエナは顔を見合わせる。


「え? まさか、本当に?」


 シモンの背筋が冷えた。


「ちょ、ちょっと、グエナ。帰ろう。僕は怪談なんか嫌だよ」

「シモン、帰れないわ。私はクラスの女王なの。仲間に危害が加えられそうなものは取り除かなくては」

「そしてヒーローになりたいって? 女王様なら充分だろ。誰にでも命令できる」

「では本音を。――怪談、大好き!」

「……最悪だ」


 シモンはうめいた。だがグエナは浮き浮きと先に進んでいく。

 その時、奥の本棚から本が落ちて、バタンッと音を立てた。


「ひっ」


 シモンは飛び上がった。


「大丈夫よ、本が落ちただけですわ」


 大きな革表紙の本を示し、グエナはその前にしゃがみこむ。


「あら、綺麗な絵本。歴史の棚にこんなものがあるなんて、知りませんでしたわ」

「僕も知らなかった。三日前に見たのに」


 シモンが恐る恐る絵本を覗きこもうとした時、本が宙へと浮かび上がった。


「え?」


 そして、ページを下にして、グエナの頭へと落ちていく。

 グエナは本へ頭から吸い込まれるようにして消えてしまった。


「……え?」


 バサッと床に落ちた本を、シモンは唖然と見つめる。

 何が起きたのか分からなかった。


「え? グエナ? えっ」


 混乱している時、本が光り始めた。シモンは度胆を抜かれ、悲鳴を上げる。


「うわあああ! 光った! 消えた! 何これ! 誰か助けて、グエナが本に食べられたーっ」


 勢いよく逃げ出したシモンの叫び声が、校舎いっぱいに響き渡った。



     *



 スオウ国を出た後、モンスターに乗ってセーセレティー精霊国に戻った修太達は、少し北寄りの人けのない場所から上陸し、港町テッダへと戻ってきた。

 亀の甲羅(こうら)の上で四日、そこからの移動に一日を費やしたため、疲労がたまっていた修太達は港町でじっくり休んだ。


「あのカザって人、まじでムカつくな! 俺の親友に毒を盛るなんて、最低だ!」

「お前、まだ怒ってるのか? しつこいなあ」

「なんだよ、しつこいって!」


 亀の上で暇だったので、スオウでのことを話したのだ。そのせいで、啓介がたびたび思い出して怒っている。


「だってケイ、今日でもう八日目だぞ。ササラさんが気にするからやめろよな」

「しかも止めようとした女性を殴るなんて!」

「駄目だ、こりゃ」


 修太は向かいに座るササラを見た。ササラはほんのり苦笑する。

 スオウにいた時のように、ササラは修太の傍にいる。長年の習慣のせいか、他にどうしていいか分からないらしい。少しずつ慣れればと修太は大目に見ていたが、それに良い顔をしないのはグレイだった。

 部屋に戻ってきたグレイは、ササラを見て、あからさまに眉をひそめる。


「また傍についてるのか? あんた、他にすることはないのか」

「申し訳ありません。傍付きとして、夜御子(よるみこ)様のお世話をするのがわたくしの役目でしたから、何をしていいのだか……。教えて頂ければそうします」

「自分の頭で少しは考えろ」


 グレイは嫌そうに返したが、修太には紙袋を押し付けた。


「あっ、フライだ! ありがとう、グレイ」

「……ああ」


 港町テッダの魚料理はおいしいので、修太は小躍りしたい気分で、さっそく席を立つ。


「あ、シュウタ様、お茶ならば私が!」

「いいよいいよ、座ってて」

「でも……」

「それから、様はなし。約束したよな?」

「うっ。……はい」


 もごもごと頷いて、ササラは気まずそうに座り直す。

 グレイが舌打ちをした。


灰狼(かいろう)族の連中を見てるみたいだ。イライラする」

「そこまで言わないでもいいだろ、グレイ。彼女だって苦労してるんだ」


 啓介が素早く取り成した。基本的に啓介は弱い者の味方だ。啓介には、夜御子という制度に利用されたあわれな被害者、のようにうつっているみたいだ。


「啓介も、その、ササラさんがかわいそうな人みたいな言い方をやめろよ。苦労はしたかもしれないけど、親がいない状況で、生活できるのはありがたかったはずだし、それなりに環境は良かったはずだ。ササラさん、品が良いから分かるだろ?」


 ササラはおろおろと三人を見比べて、急に席を立つ。


「わ、私、がんばりますっ。手始めに、周りを偵察してきますっ」

「ええ!? ちょっと、お茶とお菓子は……? あーあ、行っちまった」


 居心地悪かったのか、逃げ出してしまったので、修太は啓介とグレイをにらむ。


「今のって俺らのせい?」

「どう考えても、お前のせいだろ。シューター」

「素で褒めるから恥ずかしくなったんだと思うぞ」


 何故か啓介とグレイに責められて、修太は納得がいかない思いをした。


「意味わかんねえけど、グレイはもう少し、ササラさんに優しくして!」

「…………」

「そんなに嫌? まったくもう。だったら優しくしなくていいから、辛辣(しんらつ)なことを言わないでくれ。頼む」

「……仕方ねえな」


 渋々という様子で、グレイは折れた。修太はほっとする。


「ありがとう。本当に良い人だよな、グレイって。助かるよ。俺が死んだことにすると、あの人も殺されることになってたからさ。ササラさんの人生を変えたのは俺だ。だから、出来ることはなんでもしてやりたいし、幸せになって欲しい」


 グレイは眉間にしわを寄せ、深々と溜息を吐く。


「分かった。そこまで言うんじゃ仕方ない。譲歩する」

「ありがとう」


 修太はパッと明るく笑い、ささっと茶を淹れてカップを置く。


「啓介も……うおっ。なんでお前、涙目なの? 気持ち悪いな」

「感動した。俺も協力する! がんばろうぜ、修太」

「え? お、おう」


 啓介に無理矢理握手されながら、修太は頷いた。


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