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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
267/340

 8



 その日の夜。食事をしてしっかり休んだ修太とササラは、提灯を手に、洞窟前に集まった。

「これからどうするんだ、ハクラヴィーラ」


 ――簡単だ。夜宮、(ころも)の端を破りなさい。傍付きの娘も裾と一部、それから髪を一房だ。


 修太は言われた通りにしたが、ササラを眺めて眉を寄せる。

「ササラさんの髪、綺麗だからもったいないな」

「まあ」

 ササラは嬉しそうに頬を緩める。アルヴィーラが傍の岩の上から頭を伸ばし、シューシューと舌を鳴らす。


 ――アニサマは天然か? 口説くのが上手だな。


「はあ? 事実を言っただけだろ」

「ありがとうございます」

 顔を赤くするササラの反応に、修太は墓穴を掘ったことに気づいた。慌てて叫ぶように返す。

「別に口説くとかじゃないから!」

「分かってますわ。可愛らしい方」

 くすくすと笑われて、修太は気まずくなったが、岩の上のアルヴィーラがからかうようにシューシューと舌を鳴らすので、そちらを軽くにらんだ。


 ――なにも根元からばっさりとは言っておらぬ。奮戦したが、くわれて一部だけ残った、という演出用だ。


 ハクラヴィーラの説明に、ササラはまとめていた白髪をほどいて、手に持った。立つと地面につくほどの長さだ。

「でしたら、半分くらいがちょうどいいでしょうね。こう、口を閉じた時に、外にはみ出している分でしょう?」

「半分もいいの?」

「ええ。動きづらかったので、さっぱりしますわ。この国では、女性が髪を切るのはみっともないこととされていて……でも、外に出るなら関係ないでしょう? それとも外国でもこれくらい伸ばさなくてはいけません?」

「いや、俺が知る限り、セーセレティーやレステファルテ、パスリルでも髪型は自由みたいだったぞ。身分が高い人は、どうも長いみたいだけど」

 修太は思い出しながら言った。フランジェスカは肩の高さだし、他に出会った冒険者の女性では短髪もいた。

「髪の手入れは大変ですもの、お姫様が長いのはわかりますわ」

 ササラはそう言うと、短刀を抜いて背中の辺りでばっさりと切り落とした。

「わあっ」

 あんまり遠慮ないので、なぜか修太のほうが悲鳴を上げる。


 ――どうしてアニサマが叫ぶんだ?


「だって、もったいないだろ! それに悪いことをした気分になる」


 ――優しいのう。


 アルヴィーラは目を細めた。

 ササラはにこりと笑う。

「大丈夫ですわ、シュウタ様。殿方が思うほど、女は繊細ではありませんの。無理矢理切られたならともかく、自分が助かるために切るんですから。命より軽いですわ」

「……確かに」

 修太が頷くと、しびれを切らしたハクラヴィーラが口を挟む。


 ――それで、もういいの? 早く準備をしなさい! わたくしはギリギリだと何度言えばわかるのかしら。


「すみません」

「申し訳ありません」

 二人そろって謝り、ササラは着物の裾を破った。そこに、腕を薄く切って、血をにじませる。髪の一部にもつけた。

「これで演出は完璧」

 修太も真似すべきかと破った袖口を見たが、黒い衣だから目立たないのでしなくていいと止められた。

「これで終わりだ、ハクラヴィーラ」


 ――では、また洞窟を行きなさい。話が済み次第、アルヴィーラが後を追う。それまでは配下について、徒歩で行くのです。


「世話になったよ、ありがとう、ハクラヴィーラ。アル、また後で」


 ――ああ、気をつけてな。



 そしてその晩、水神が大暴れして夜宮と傍付きを食い殺すという、いたましい悲報がスオウ国を駆け抜けた。



     *****



 海の上を、巨大な亀が水を切って泳いでいる。

 夜闇に紛れてスオウ国を脱出した修太達は、遠くにスオウの島影を見ていた。

「す、すごい。わたくし、モンスターの上に乗ってるんですよね? これは現実?」

「そうだよ、ササラさん。ボスモンスターと話してたのに、いまさら亀で驚くのか?」

「あの方は水神様ですもの」

 甲羅にはりつくようにしながら、ササラは答える。

 そんなものかと首を傾げ、修太は島影に溜息を零す。

「日ノ宮様には悪いことをしたな。良い人だったからなあ、胃痛が心配だ」

「そいつのために、ずっとここにいる気か? 自由もなく? 俺ならそんなのはごめんだな」

 グレイがつぶやくと、啓介がうんうんと頷く。

「俺も勘弁かな。オルファーレンちゃんの所を出た後、スオウに出なくて良かったよ。旅どころじゃなかったと思うぜ」

「自由がないのは俺だって嫌だけど、それとあの人が良い人なのは別だろ?」

「良い人なのはシュウだろ。どうにかやるもんだから、心配しなくても大丈夫だよ」

 啓介に肩を叩かれ、修太は苦笑する。座っている膝にコウが顎をのせて寝そべっているので、その背中を軽くなでた。啓介もコウを見下ろす。

「コウ、べったりだな。ずっとお前と離れてたから、さびしかったんだろ。モンスターにモテモテだな」

「うるさい」

 修太がにらむと、ササラがばっと振り返る。

「そのワンちゃんもモンスターなんですか!?」

「そうだよ。鉄狼っていう種類。俺になついてるんだ」

「はあ……流石でございますね」

「いや、なにが流石か知らないけど」

 返事に困った修太は、すぐ左斜めを泳ぐもう一頭の亀を見た。フランジェスカとピアス、トリトラとシークがそちらに乗っている。

 そこへ、甲羅に黒い闇の泉が出来て、下から浮かびだすように、ふわりとサーシャリオンが現われた。

「ただいま。ハクラヴィーラは逝ったよ。影の道を、我の塔まで案内してやった」

 サーシャリオンは報告して、あいている場所に腰を下ろして胡坐をかく。

「アルヴィーラがよろしくと言っていた」

「ありがとう」

 アルヴィーラも良いモンスターだったから、修太は少し寂しさを感じた。こんな厄介な国、もう二度と来ないだろうから、アルヴィーラと会うこともない。

 サーシャリオンが、修太の手に灰色の石の欠片をのせる。

「洞窟の石だと。そなたのお陰で自信がついたから、たまに下手くそな歌を思い出すと言っていたぞ」

「俺には、これを見てたまには思い出せって? 下手だと、あの野郎っ」

 腹立たしくなった修太だが、石は旅人の指輪にしまった。つたない友情の証明に。

 サーシャリオンは愉快そうに、修太の肩を叩いて励ました。修太は頭を切り替えて、周りを見回す。

「よし、一度、セーセレティーの港に戻るとするか。後のことは休んでから考えるとしよう」

 皆が頷いたところで、サーシャリオンがにやにやと問う。

「ところでシューター、グレイとの養子の件はどうするのだ?」

「だから、保留だって言ってんだろー!」

 やっと落ち着いたところで話題を振られ、疲労でイライラしていた修太は思わず叫ぶ。啓介が苦笑を浮かべて、グレイに取りなす。

「ごめんな、グレイ。待ってやってよ」

「特に急いでないから、好きにしろ」

 グレイのあっさりした言葉に、ササラが意外そうにする。

「まあ、大人なお返事ですわね」

「クウン」

 コウは少し気遣わしげに鳴いて、黄橙色の目で修太を見上げてくる。

 気まずくて仕方ない修太は、コウを枕にして寝ることにした。

 分かりやすい話題のそらし方に、サーシャリオンがくつくつと笑うのを、修太は聞こえない振りをして目を閉じる。

 怒涛の二日で疲れきっていた修太は、すぐにそのまま眠りに落ちた。

 波を切る音が子守り歌のようだった。


 こちらで夜宮編は終わりです。

 

 ちょっと展開予定を忘れたので、どちらのつもりだったか忘れましたが、話で構成してるんでどちらでもいいので、いい加減、人をくう本の伏線回収をしようと思いますよ。


 次回予告(予定)


 セーセレティー精霊国に一度戻った修太たち。

 その港町テッダで、偶然、レステファルテで一悶着あった行商人ジャックと再会する。

 人をくう本の在り処を見つけたが、そこで騒動が起きておいそれと近づけなくなったという。

 うさんくさい情報だけを買って、目指すは気まぐれ都市サランジュリエ。

 ビルクモーレに寄り道してから到着した町で、くしくも冒険者ギルドに、「人をくう本にくわれた生徒の救出依頼」というあやしげな依頼を見つけ、参加することに。

 

 夜宮編の双子や、元聖剣の勇者アレンと従者ディドとも再会予定です。


 では、今回も長々とお付き合いいただいてありがとうございました。

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