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その日の夜。食事をしてしっかり休んだ修太とササラは、提灯を手に、洞窟前に集まった。
「これからどうするんだ、ハクラヴィーラ」
――簡単だ。夜宮、衣の端を破りなさい。傍付きの娘も裾と一部、それから髪を一房だ。
修太は言われた通りにしたが、ササラを眺めて眉を寄せる。
「ササラさんの髪、綺麗だからもったいないな」
「まあ」
ササラは嬉しそうに頬を緩める。アルヴィーラが傍の岩の上から頭を伸ばし、シューシューと舌を鳴らす。
――アニサマは天然か? 口説くのが上手だな。
「はあ? 事実を言っただけだろ」
「ありがとうございます」
顔を赤くするササラの反応に、修太は墓穴を掘ったことに気づいた。慌てて叫ぶように返す。
「別に口説くとかじゃないから!」
「分かってますわ。可愛らしい方」
くすくすと笑われて、修太は気まずくなったが、岩の上のアルヴィーラがからかうようにシューシューと舌を鳴らすので、そちらを軽くにらんだ。
――なにも根元からばっさりとは言っておらぬ。奮戦したが、くわれて一部だけ残った、という演出用だ。
ハクラヴィーラの説明に、ササラはまとめていた白髪をほどいて、手に持った。立つと地面につくほどの長さだ。
「でしたら、半分くらいがちょうどいいでしょうね。こう、口を閉じた時に、外にはみ出している分でしょう?」
「半分もいいの?」
「ええ。動きづらかったので、さっぱりしますわ。この国では、女性が髪を切るのはみっともないこととされていて……でも、外に出るなら関係ないでしょう? それとも外国でもこれくらい伸ばさなくてはいけません?」
「いや、俺が知る限り、セーセレティーやレステファルテ、パスリルでも髪型は自由みたいだったぞ。身分が高い人は、どうも長いみたいだけど」
修太は思い出しながら言った。フランジェスカは肩の高さだし、他に出会った冒険者の女性では短髪もいた。
「髪の手入れは大変ですもの、お姫様が長いのはわかりますわ」
ササラはそう言うと、短刀を抜いて背中の辺りでばっさりと切り落とした。
「わあっ」
あんまり遠慮ないので、なぜか修太のほうが悲鳴を上げる。
――どうしてアニサマが叫ぶんだ?
「だって、もったいないだろ! それに悪いことをした気分になる」
――優しいのう。
アルヴィーラは目を細めた。
ササラはにこりと笑う。
「大丈夫ですわ、シュウタ様。殿方が思うほど、女は繊細ではありませんの。無理矢理切られたならともかく、自分が助かるために切るんですから。命より軽いですわ」
「……確かに」
修太が頷くと、しびれを切らしたハクラヴィーラが口を挟む。
――それで、もういいの? 早く準備をしなさい! わたくしはギリギリだと何度言えばわかるのかしら。
「すみません」
「申し訳ありません」
二人そろって謝り、ササラは着物の裾を破った。そこに、腕を薄く切って、血をにじませる。髪の一部にもつけた。
「これで演出は完璧」
修太も真似すべきかと破った袖口を見たが、黒い衣だから目立たないのでしなくていいと止められた。
「これで終わりだ、ハクラヴィーラ」
――では、また洞窟を行きなさい。話が済み次第、アルヴィーラが後を追う。それまでは配下について、徒歩で行くのです。
「世話になったよ、ありがとう、ハクラヴィーラ。アル、また後で」
――ああ、気をつけてな。
そしてその晩、水神が大暴れして夜宮と傍付きを食い殺すという、いたましい悲報がスオウ国を駆け抜けた。
*****
海の上を、巨大な亀が水を切って泳いでいる。
夜闇に紛れてスオウ国を脱出した修太達は、遠くにスオウの島影を見ていた。
「す、すごい。わたくし、モンスターの上に乗ってるんですよね? これは現実?」
「そうだよ、ササラさん。ボスモンスターと話してたのに、いまさら亀で驚くのか?」
「あの方は水神様ですもの」
甲羅にはりつくようにしながら、ササラは答える。
そんなものかと首を傾げ、修太は島影に溜息を零す。
「日ノ宮様には悪いことをしたな。良い人だったからなあ、胃痛が心配だ」
「そいつのために、ずっとここにいる気か? 自由もなく? 俺ならそんなのはごめんだな」
グレイがつぶやくと、啓介がうんうんと頷く。
「俺も勘弁かな。オルファーレンちゃんの所を出た後、スオウに出なくて良かったよ。旅どころじゃなかったと思うぜ」
「自由がないのは俺だって嫌だけど、それとあの人が良い人なのは別だろ?」
「良い人なのはシュウだろ。どうにかやるもんだから、心配しなくても大丈夫だよ」
啓介に肩を叩かれ、修太は苦笑する。座っている膝にコウが顎をのせて寝そべっているので、その背中を軽くなでた。啓介もコウを見下ろす。
「コウ、べったりだな。ずっとお前と離れてたから、さびしかったんだろ。モンスターにモテモテだな」
「うるさい」
修太がにらむと、ササラがばっと振り返る。
「そのワンちゃんもモンスターなんですか!?」
「そうだよ。鉄狼っていう種類。俺になついてるんだ」
「はあ……流石でございますね」
「いや、なにが流石か知らないけど」
返事に困った修太は、すぐ左斜めを泳ぐもう一頭の亀を見た。フランジェスカとピアス、トリトラとシークがそちらに乗っている。
そこへ、甲羅に黒い闇の泉が出来て、下から浮かびだすように、ふわりとサーシャリオンが現われた。
「ただいま。ハクラヴィーラは逝ったよ。影の道を、我の塔まで案内してやった」
サーシャリオンは報告して、あいている場所に腰を下ろして胡坐をかく。
「アルヴィーラがよろしくと言っていた」
「ありがとう」
アルヴィーラも良いモンスターだったから、修太は少し寂しさを感じた。こんな厄介な国、もう二度と来ないだろうから、アルヴィーラと会うこともない。
サーシャリオンが、修太の手に灰色の石の欠片をのせる。
「洞窟の石だと。そなたのお陰で自信がついたから、たまに下手くそな歌を思い出すと言っていたぞ」
「俺には、これを見てたまには思い出せって? 下手だと、あの野郎っ」
腹立たしくなった修太だが、石は旅人の指輪にしまった。つたない友情の証明に。
サーシャリオンは愉快そうに、修太の肩を叩いて励ました。修太は頭を切り替えて、周りを見回す。
「よし、一度、セーセレティーの港に戻るとするか。後のことは休んでから考えるとしよう」
皆が頷いたところで、サーシャリオンがにやにやと問う。
「ところでシューター、グレイとの養子の件はどうするのだ?」
「だから、保留だって言ってんだろー!」
やっと落ち着いたところで話題を振られ、疲労でイライラしていた修太は思わず叫ぶ。啓介が苦笑を浮かべて、グレイに取りなす。
「ごめんな、グレイ。待ってやってよ」
「特に急いでないから、好きにしろ」
グレイのあっさりした言葉に、ササラが意外そうにする。
「まあ、大人なお返事ですわね」
「クウン」
コウは少し気遣わしげに鳴いて、黄橙色の目で修太を見上げてくる。
気まずくて仕方ない修太は、コウを枕にして寝ることにした。
分かりやすい話題のそらし方に、サーシャリオンがくつくつと笑うのを、修太は聞こえない振りをして目を閉じる。
怒涛の二日で疲れきっていた修太は、すぐにそのまま眠りに落ちた。
波を切る音が子守り歌のようだった。
こちらで夜宮編は終わりです。
ちょっと展開予定を忘れたので、どちらのつもりだったか忘れましたが、話で構成してるんでどちらでもいいので、いい加減、人をくう本の伏線回収をしようと思いますよ。
次回予告(予定)
セーセレティー精霊国に一度戻った修太たち。
その港町テッダで、偶然、レステファルテで一悶着あった行商人ジャックと再会する。
人をくう本の在り処を見つけたが、そこで騒動が起きておいそれと近づけなくなったという。
うさんくさい情報だけを買って、目指すは気まぐれ都市サランジュリエ。
ビルクモーレに寄り道してから到着した町で、くしくも冒険者ギルドに、「人をくう本にくわれた生徒の救出依頼」というあやしげな依頼を見つけ、参加することに。
夜宮編の双子や、元聖剣の勇者アレンと従者ディドとも再会予定です。
では、今回も長々とお付き合いいただいてありがとうございました。