7
啓介達と忘れじの丘で別れ、修太とササラ、アルヴィーラはまた洞窟を通って、夜宮の屋敷へと戻った。
「うおおお、揺れてる。気持ち悪い」
「うう……」
ほうほうのていで戻った頃には、すっかり太陽がてっぺんを通り過ぎていた。
修太とササラは蛇に運ばれての酔いでダウンして、入口に土下座のような体勢でうずくまる。
地面が揺れている気がして眩暈がする。
「食事をしてなくて良かったです。吐いてたかもしれません」
行きよりも帰りの方が、疲れがたまっている分、気分の悪さがひどい。
ササラはそう言って、ふと青ざめて顔を上げる。
「あ! 朝餉の膳を取りに行ってませんわ! わたくし!」
すると、洞窟脇でとぐろを巻いて寝ていたハクラヴィーラが口を開いた。
――それなら、手下に取りに行かせた。
屋敷に置いてある。
――おお、アネサマ、ありがとうございます。
アルヴィーラがハクラヴィーラにお礼を言うと、ハクラヴィーラは目を細めて微笑むような仕草をした。
――アルヴィーラ、よくやった。
これでわたくしは気兼ねなくオルファーレン様のもとに還れる。
ハクラヴィーラは深々と安堵の息をついた。
こちらが心配になるくらい、細くて長い息だ。
「俺はここを出るために、一芝居打つことにした。水神の勘気に触れて殺されるっていう計画だ。ふりだけど」
修太は、サーシャリオンのアイデアをハクラヴィーラに説明する。
アルヴィーラでは心もとないので、ハクラヴィーラの協力が必要そうなのだ。
――なるほどね。わたくしが死の間際に狂い、止めることも出来ずにお前が喰い殺されるというわけか。その娘はどうする。
「日ノ宮様には保護をお願いしているし、置いていこうかと」
修太は気遣わしげにササラを見上げた。
ササラはずっとここで暮らしてきた。共に外に出るのは構わないが、今更、外で生きるのはつらいのではないだろうか。
ササラは思案気に赤い目を揺らしている。
「わたくしは……」
ササラが何か言おうとした時、ハクラヴィーラが青い目でじっとササラを見て言う。
――それが妥当だと言いたいところだが、その娘も連れて出て行け。住み慣れた地を離れるのはつらいだろうが、その娘には、夜宮を救えなかった罰が下されるはずだ。
「罰って何で? 本来、傍付きはここには来られないはずだろう」
目をむく修太に、ハクラヴィーラは面倒くさそうな空気を漂わせる。察したアルヴィーラが代わりに説明する。
――夜宮とその傍付きは水神への捧げもの――というていをとっているのだ。夜宮が死ぬ時は、傍付きも後を追うしきたりがある。
「まじかよ!? ああ、そうか……それで日ノ宮様は、俺のことを生贄って言ってたのか」
急に日ノ宮と初めて会った時のことを思い出した修太は、ハクラヴィーラのすすめることが腑に落ちた。
「でも後を追うって……随分、古臭い因習だな。古代じゃあるまいし」
歴史の教科書を思い浮かべ、修太はうなる。
例えば王が死んだ時に、天で不自由しないようにと、動物だけでなく人間も殺して共に埋葬したという話がある。
渋い顔をする修太に対し、ササラは強い口調で否定する。
「夜宮様の傍付きになるのは大変名誉なことなのですよ、シュウタ様。天の国でもお傍にいられるなんて光栄です」
「うわ、聖殿で、そんな洗脳をされてるのか?」
どん引きする修太に、ササラは首を横に振る。
「この国で生まれた者は、皆、夜御子様のお陰で外敵から守られているのです。そんな方々に奉仕するのは民の務めです!」
「分かった、分かったから大声を出さないでくれ」
修太は根負けして両手を挙げる。
今、気分が悪いので、がなりたてられると頭の中で声がわんわん響いて最悪だ。
叫んだササラもダメージを受けたようで、二人そろって、しばらく無言で耐える。
――大丈夫か、二人とも。賢いくせに、馬鹿だよなあ。
アルヴィーラが呆れたように言う。
――ひとまず食事をとって休んでおいで。決行は今夜。夕餉の後だ。わたくしが闇に戻る前に、渾身の演技を披露してやるよ。
ハクラヴィーラはふふっと笑った。
「水神様……」
ササラは目を潤ませて、悲しげにハクラヴィーラを見上げる。
かと思えば、突然、その場に両手をついて頭を下げた。
「ボスモンスターだろうと、あなた様は我が国の守り神であらせられます。お亡くなりになられると思うと、胸がいたみます。長年、国の為にありがとうございました」
――湿っぽいのはおよし。ギブアンドテイク。わたくしは無用な争いは避けたかった、だから初代の王の提案に乗ったまでのこと。騒がしいのは嫌いでね。
しゅるりと伸びてきた舌が、ササラの顔をべろりとなめる。
驚いて顔を上げるササラに、ハクラヴィーラは微笑みを向けた。蛇の顔であるのに、優しさが感じられる。
――だがわたくしと王の取引が、お前のような者を作りだしたのかと思うと、正しいことだったかは分からぬ。今後は、自分らしく生きていきなさい。
「……はい」
ササラは困ったような顔をしたが、素直に頷いた。
ハクラヴィーラは再び寝る体勢に戻る。
修太はギタルを手に立ち上がり、ササラやアルヴィーラとともに屋敷へと引き上げた。