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「調律終わり! んー、こんなもんだろ」
満足した修太はギタルの弦を鳴らした。するとアルヴィーラが伸び上がり、頭を突きだして言う。
――代々の夜宮と同じく、私に夜の子守り歌を歌ってくれるのだろ? 聞かせておくれ。
「うっ」
アルヴィーラの頼みに、修太は顔をしかめた。
断るという考えが頭に浮かんだが、これから実験するのだ、自分の歌でもリラックス出来るのか確認しておくべきかもしれない。
「仕方ないな……」
修太は渋々、小声でぼそぼそと歌う。一通り歌って、アルヴィーラの反応を見ると、アルヴィーラはうなだれていた。
――やっぱり歌はいい……曲だけで。
「下手で悪かったな!」
恥ずかしさのあまり、顔を赤くした修太は怒る。
こんなに悲しそうにされると、馬鹿にされるよりきつい。
「シュウって本当、歌は……」
啓介がそこで、何か言いたげに言葉を切った。
「その気遣いもやめろ!」
修太は啓介にも怒り、ふと周りを見回した。グレイ以外、全員が横を見て笑っているではないか。コウはアルヴィーラと同じく悲しげに地面に伏せている。
どうしようもなく苛立った時、ピアスがくすくすと笑いながら修太の傍にやって来た。
「シューター君ったら、歌はこうよ。ほら、弾いて」
「え? ああ」
ピアスに言われるまま、修太は演奏を始めた。
一度聞いただけで、歌詞を覚えたらしい。ピアスは可愛らしい声で歌い出す。
青空に明るい声が吸いこまれ、のびやかに広がっていく。
曲が終わると、ピアスは軽やかに一礼した。
「おお~」
「すごい!」
「流石は歌と踊りの国セーセレティーの民だな」
皆、拍手してピアスの歌をたたえる。
「ふふん、任せて」
ピアスはぱちりとウィンクした。
――娘、演奏の間、歌っていてくれ。心が和む。
「良いわよ、蛇さん」
ピアスは気軽に請け負った。
トリトラが修太の方を見て、思い出したように褒める。
「まあ歌は……あれだけど、シューターの演奏は上手だね」
「だな、トリトラ。ああだけど」
シークも頷いた。しかし修太は彼らをギロリとにらむ。
「そういうのいらねえから! あれとかああとかうるせえな!」
「まあまあ、そう怒るなよ、シュウ。本当、弾くのは上手いぜ? 良い曲だな」
啓介のとりなしに、アルヴィーラが答える。
――〈黒〉の鎮めの魔法を、歌で表現したものだからな。聞いていれば、心が静まる。だがこれはスオウの秘儀であるから、扱いには気を付けよ。
「あ、そうだった。ピアス、これ、持ち出し禁止の歌だから、死刑になりたくなかったら、外で触れ回るなよ」
「え!? そんな危ないものなの? わ、分かった、外では歌わないわ」
修太の注意に、ピアスは青ざめて返す。アルヴィーラはこくりと頷いて、修太を覗きこむようにする。
――では、アニサマ。実験を始めようか。
私が合図したら、本番開始だ。魔法の歌で支えておくれ。
「ああ、とにかくやってみるよ」
アルヴィーラはするりと地面に下り、崖の方へと移動する。
「水神様、わたくしも何かお手伝いしましょうか」
ササラの問いに、アルヴィーラは移動しながら返事をした。
――否。巻き込むと良くない。アニサマの傍にいるがよい。
「畏まりました」
ササラは修太の傍に来て、すっと膝をついて座った。
「よーし、一つやってやろうぜ。ササラさん!」
修太はにっと笑い、ササラに右手の平を突きだす。
「はい、シュウタ様」
はにかんだ笑みを浮かべて、ササラも右手を差し出す。
パチンと小気味良い音が響いた。
人形や枯れた花が並ぶ崖まで行くと、アルヴィーラが修太を振り返り、こくりと頷いた。
どうやら実験開始のようだ。
地面にあぐらをかいて座った修太は、ギタルの弦をつまびいた。
優しい曲が響き始める。
(音に魔力をのせるイメージ……)
前奏の途中から、修太はヤトの教えを思い浮かべた。
魔力がどんなものか、相変わらず修太はよく分からない。だが右手の親指の先から、力のようなものが、溶けだしていくような不可解な感じがする。
修太の傍らでは、啓介やピアス、ササラが敏感に魔力の流れを感じ取り、驚いたように顔を見合わせていたが、修太は気付かずに曲を進める。
夜の子守り歌。
モンスター達を鎮める、闇夜の調べ。
「深き闇の寝床には
ゆらり、ゆらりと
星が舞う」
ピアスが歌い始める。
修太も心の中で歌う。
――おおお、ぬおおおお。
アルヴィーラは青い目を爛々と輝かせ、テリトリーの地下を流れる水を操る。
何が起きているのか分からないが、足の下から、地鳴りのようなものが聞こえてきた。
驚いたピアスが歌をやめるが、修太は気にせずに続ける。
(指先に集中。魔力を曲に乗せる……曲に……)
気をやるあまり、意識がふわふわしてきた。
ピアスも気を取り直して、続きを歌う。
「やさしき眠りにいざなう
かわいいお前は
星の声
ねむれねむれよ
ゆらゆらり」
修太は心の中で続きを歌う。
(夜は優しく
祝うだろう)
そして最後の音に、意識を込めて、大きく弾いた。
その瞬間、〈黒〉の大きな魔力が音に乗り、音の届く一帯に勢いよく拡散する。
「うおっ」
フランジェスカの驚く声がした。
「すごい、魔力の波だ」
「切られたみたい」
ピアスもぽつりと呟いたが、修太には何のことだか分からない。
それよりもアルヴィーラだ。
――ぬおおおお。おりゃああ!
思い切りアルヴィーラが叫んだ瞬間、崖の下でドッとにぶい衝撃が走る。
ヒビが入り、水が噴水のように吹き上げた。
「アル!」
修太は叫んでいた。
アルヴィーラの白い体が、水に飲まれて空高く舞い上がったのだ。
――ひゃっほー!
アルヴィーラは楽しげに叫ぶ。水がしゅるりと紐のようになり、まるで滑り台のようなそれの上を、アルヴィーラは滑り落ちてきた。
「え? え? ええっ」
こちらにぶつかるではないかと、修太は慌てたが、ギタルを抱えてあぐらをかいている手前、身動きが取れない。
そこへササラが飛び出して、はしっとアルヴィーラを抱き留めた。
――おおー、いえいだぞ! ササラ。
「きゃっ」
アルヴィーラは嬉しそうに言った。地面から呼び出した水に座る格好になり、ササラが小さい悲鳴を上げる。急に足が浮けば驚くに決まってる。
「何が、『おおー、いえい』だ! びっくりするだろ、アル!」
修太が苦情を言うと、アルヴィーラは上機嫌で返す。
――最高に気分が良いぞ、アニサマ。私は今までで一番上手に魔法を使えた。リラックスしてのぞめたからだ。
「成功したのか?」
――ああ! 水音が聞こえるだろう?
「ん? そういやあ、そうだな」
修太が崖の方を見に行こうと立ち上がると、啓介が押しとどめた。
「そこにいろ、駄目だぞ。近付くな」
「分かったって」
まだ警戒しているらしい啓介に返事をすると、啓介は様子見に行った。
「おおー、すごい! 滝が出来てる!」
――これで光都が水没することはないはずだ。
流れの向きを変えるのは少し骨が折れるが、量を調整するのは楽だから、アニサマが傍を離れても平気だぞ。ちと寂しいが。
しゅるしゅると水が地面へと消え、アルヴィーラを抱えたまま、ササラは地面に座り込む。
「そうでしたわ、シュウタ様とはお別れに……。どうされるんですか?」
「水神様の命令で、夜宮をやめるってしようかと考えてるよ」
修太の言葉に、ササラはふるふると首を横に振る。
「そのように甘くはございませんわ、シュウタ様。夜宮をやめたとしても夜御子として、聖殿に連れていかれてしまいます。そうなりましたら、カザ様にどんな目に遭わされるか……ササラ、心配にございます」
「そっか、その流れもあるか……」
修太は困って、頭をがしがしと掻く。
「簡単だろう、水神の勘気に触れて、死んだことにすればよい」
サーシャリオンがこともなげに口を挟んだ。
「え? どういうことだよ、サーシャ」
修太の質問に、サーシャリオンはそれは悪い顔をして、にんまりとほくそ笑んだ。