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その頃、光都を出て、忘れじの丘を目指していた啓介達は、月明かりの中を歩いていた。
「まったく読みが外れたな。都の外に出た途端、追手をかけてくるとは」
フランジェスカは迷惑そうにぼやいた。
「逃げられて良かったよね」
啓介はそう返して、苦笑いを浮かべる。今日の双子月は姉月が満月なので、夜道でも明かりがいらないくらいだ。歩きやすくて助かる。
「本当はのしてやりたかったけど、指名手配になる言い分を与えるなんて嫌だからさ」
トリトラの言うことに、ピアスはうんうんと頷いた。
「ええ、逃げて正解よ。シューター君のことで、あの聖殿の長は機嫌が悪そうだったじゃない? 八つ当たりに違いないわ」
「シューターにやり返せないから、身内にってか。狭量な奴だ」
鼻で笑うグレイは、長のことなど相手にもしていないようだ。くんとにおいを嗅いで、啓介に声をかける。
「ケイ、近くに人間のにおいは無い」
「わふっ」
コウが同じ意見だというように吠えた。
「ありがとう。それならこの辺で野宿して、明日は日の出前に出ようか」
遠回しに休憩を促すグレイに礼を言い、啓介は仲間をぐるりと見回す。
フランジェスカがすぐに首肯を返した。
「ああ、それが良いだろう。うかうかしていると追っ手が来る」
他に否定を出す者もいないので、啓介は右手を挙げる。
「それじゃあ野宿するってことで。どこがいいかなあ」
「あの辺はどうだ、街道から少し奥まっていて、広場になっている」
サーシャリオンが街道脇の茂みの向こうを指差したが、啓介には見えない。月光の届かない森は啓介の目には暗すぎた。
「ああ、あそこか、確かにいいな。乾いてそうで」
「決定だね」
シークやトリトラは賛同して、難なく暗がりへ踏み込んでいく。グレイも無言でその後に続いた。コウがたたっとついていく。
夜目が効く黒狼族には何があるのか見えているようだ。
「行こうか」
彼らが言うのだから間違いない。呆れ混じりに苦笑しているフランジェスカとピアスに、啓介は声をかけた。
*****
アルヴィーラの言う通り、翌朝には目的地に着いた。
竹藪のある山の中に、ぽっかりと洞窟の入口があいていて、蛇達は敷物ごと修太とササラを置くと、洞窟に戻っていった。
――途中で休憩を入れたから、予定より時間がかかりましたな。
アルヴィーラが残念そうに言った。だが疲労困憊の修太とササラは、がっくりとその場に手と足を着く。
暗闇ジェットコースター耐久レースといった感じで、かなり体力を消耗した。座り続けているだけでも結構きつい。
「ああ、駄目だ。疲れた。ちょっと寝かせて……」
「わたくしもごめんなさい、酔いました」
――仕方ないのう、四半刻したら起こすからな?
「ああ」
「はい」
ササラは修太に敷物を明け渡し、自分自身は、すぐ傍の地面に横たわった。揺れない平らな地面って最高だと、修太は思い切り仮眠を満喫した。
四半刻――三十分なんてあっという間だ。
――地下水が出るポイントは更に奥だ。ついて参れ。
すぐに起こされた修太達は、不眠不休の移動でだるさの残る体を引きずるようにして、アルヴィーラの案内で、竹藪の中を歩いて行く。
枯れた竹の葉が地面を覆っているので、踏むとカサカサと音を立てた。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
「うおお、眩しい」
「目が痛いです」
午前の光が、徹夜した目に突き刺さり、修太とササラはうめいた。
――大丈夫か?
ちょっと呆れ混じりに、アルヴィーラは心配そうに問う。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫……」
「わたくしも……」
なんとも頼りない返事をして、歩みを進める。
崖の縁に、枯れた花や人形などが供えられている所に着くと、修太の目は一気に覚めた。
「ひいいっ、何だよこれ、こわっ」
「まるでお墓みたいですね」
不気味さに怯える修太に対し、ササラは冷静に言った。
――地下水が出るのはこのポイントなんだが……。
修太はきょろきょろと周りを見回し、ふと視界に何か白いものが映りこんだ気がして、空を見上げた。
アルヴィーラの説明する声が意識から外れる。
修太は目を丸くした。
「……え」
信じられない光景に、息をするのを忘れた。
「…………父さん……母さん……?」
そこに浮かんでいたのは、交通事故で死んだはずの、修太の両親だった。