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――なるほどね、その方法ならアルヴィーラでも水を治められそうだ。
その後、提灯を片手にハクラヴィーラのもとへと出かけた。修太とアルヴィーラの報告を聞いたハクラヴィーラは、安堵したように言った。修太の肩に乗っているアルヴィーラは頭を持ち上げて言う。
――アネサマ、私どもは実験をしに忘れじの丘までまいろうかと。
――ああ、そうするといい。そしてわたくしを安心させておくれ。
ハクラヴィーラは溜息をついて言うと、洞窟の入口の横にとぐろを巻いた。疲れたように目を閉じる。
「え、もうヤバイのか? 消えるの?」
焦る修太に、ハクラヴィーラは否定を返す。
――眠いだけだ。だが何度も言っているが、いつ消えてもおかしくはない。アルヴィーラのことを頼んだよ、断片の使徒。
「はい、分かりました!」
――では、アニサマ。上に羽織るものを持ったら、出発しようぞ。アネサマ、アニサマの傍付きも洞窟を通します。
――好きにおし。これからこの地を担うのはお前だ、アルヴィーラ。
その言葉を最後に、ハクラヴィーラは寝息を立て始めた。
本当に死が近いのだと修太は戦慄する。
「急ぐぞ、アル」
――はい、アニサマ!
修太は屋敷へと取って返した。
それぞれ羽織を着こむと、今度はササラも連れて、水神の住処である洞窟の前に戻った。本来は人間では夜宮しか入れない場所なので、ササラは感動しきりだったが、首を傾げてアルヴィーラを見る。
「これから実験場所に向かうのは分かるんですが、どうして敷物が必要なんでしょう?」
ササラは首を傾げた。彼女は折りたたんだ敷物と、水筒と軽食を入れた風呂敷を抱えている。修太は提灯と、アルヴィーラにこわれてギタルを持っていた。
「途中で野宿するのか?」
修太の問いに、ササラは敷物を見下ろす。
「それならもう少し大きいものを持ってまいりますわ」
今、持っているのは、二人並んで座れる程度の広さしかない。ササラが取って返そうとするのを、アルヴィーラが止める。
――それでいいのだ。それをそこに広げて、二人は座るがいい。
「は?」
「え?」
修太とササラは怪訝な顔になる。
――洞窟の中は、人間が歩くにはちと暗く動きにくい。私の手下達に運ばせる。
「よく分からないけど、言いたいことは分かった」
「はい」
修太とササラはとりあえず、言う通りに敷物に座る。
――違う違う。隣り合うのではなく、縦に一列だ。途中で引っかかる。
アルヴィーラに駄目出しされて、修太が前に座って、ササラが後ろに座る。
(あ、これ、ガキの時にした空飛ぶ絨毯ごっこみてえだ)
なんだか急に恥ずかしくなった。
――アニサマ、手下を呼ぶので、目を閉じていて欲しい。
「ん? ああ」
修太は言う通りに目を閉じたが、後ろでササラが「ひっ」と悲鳴を上げた。シュウシュウという音がたくさん聞こえたと思ったら、敷物が持ち上がった。
――もうよいぞ。
「……なあ、アル。もしかして」
敷物の下で何かがうごめいている感じがする。修太は背筋がぞわぞわした。振り返ると、ササラが頷く。
「そうです、シュウタ様。たくさんのお蛇様が今、下に!」
ササラはまたパニクっているのか、オヘビサマなんて呼んでいる。
――たくさんの蛇を見るのが嫌だと申しておったから、見せなかったぞ。
アルヴィーラは誇らしげに言い、修太の頭の上に、自分の頭を載せた。
――よし、これでよい。私がぶつかりそうだと思ったら、ちゃんと止めるから安心して欲しい。ササラは、アニサマより頭を低くするとよいだろう。
「は、はい」
「肩に掴まってていいから」
「ありがとうございます」
修太に礼を言い、ササラは修太の肩に手を置いて、頭を低くする。
「えーっと、これで洞窟を移動するのか?」
――そうだ。提灯の明かりは消しておくれ。皆、暗闇に慣れておるのでちとキツイ。
「分かった」
修太は蝋燭の火を吹き消す。
――では、行くぞ。
アルヴィーラが号令すると、敷物が地面を滑るように動き始めた。
「え、うわ、結構速い。速いって、ちょっと!」
――はははは、明日の朝には着きますぞ。
修太の抗議も気にせずに、洞窟へと修太達は飛び込んだ。
暗闇の中を突き進む、安全ベルトの無いジェットコースター。例えるならそんな感じだ。
「うわあぁぁあああ」
「ひぃぃぃぃっ」
修太とササラの間抜けな悲鳴が、洞窟に響き渡った。