第三十四話 忘れじの丘 1
アルヴィーラが落ち着いて座布団に座り直したところで、改めて修太は口を開いた。
「アルが出来ることの確認をしよう。まず、ハクラヴィーラの十分の一の水を、苔玉に蓄えられることだな。これは魔法か?」
――というのは?
アルヴィーラは首を傾げる。
「水なんて次々に流れてくるだろ? 洞窟の前に転がってた苔玉なんかすぐに溢れちまうはずだ」
――そういうことか。ああ、魔法だ。
見た目よりも多くの水が貯まるようになっている。いっぱいになったら洞窟の外に積む。だが、能力で維持しておるから……
「アルの能力で維持できる貯水量が、ハクラヴィーラの十分の一というのはそういう意味か」
――その通りだ。
修太は右手の指を二本立てる。
「二つ目は、縄張りの中のことは何でも分かる能力だな?」
――そうだ。
「他には?」
――手下に命令を出せる。今のところ、百はいるぞ。貯水は私の三分の一だ。
「なるほどね。他にもある?」
――水を操るという意味では、このくらいだ。
アルヴィーラは不安になったのか、頭をふらふらと動かして、落ち着かない様子だ。
修太は顎に手を当てて、アルヴィーラの三つの能力について考える。そして右手を挙げた。
「苔玉は水を堰き止めるのか? 水の流れを変えることは?」
――水を堰き止める、が近いぞ。貯水しつつ、流す量を少なくする。だが完全に流れを止めるわけではない。
アルヴィーラはちょっと元気を取り戻して、修太を見上げた。ちろちろと舌を出す。
――そうだな、だが、流れを変えることも出来るぞ!
出来ることが増えて嬉しいらしい。機嫌良く、頭をふらふらさせ始めた。
見ていると修太までつられて体を動かしてしまうので、修太はアルヴィーラから目を反らす。
「じゃあ、苔玉で流れを変えて、水の少ない出口に流すようにすることは出来るのか?」
アルヴィーラは動きを止めて、考え込むように首を傾げる。
――うーむ。
山の地下を通る水路は決まっておる。地下水路の流れの向きを変えたとしても、出口はやはり光都一帯だな。
修太とササラがきょとんとしたせいか、アルヴィーラは更に詳しく説明をする。
――この辺りの山は、やわらかい土の層と固い土の層が積み重なって出来ておる。
しみ込んだ水が、固い層に当たって、その上を流れ、それがやわらかい層を削り、時に長い年月をかけて固い層も削りとって、水路になっていく。
この流れを無理に変えるなら、固い層に穴を開けなければならぬ。
私は〈黄〉の能力を持たないから、ちと難しい。
修太はすかさず挙手する。
「水を堰き止めて、一気に流して、岩盤を砕くとかは?」
――出来るが、上の層も崩れる。大規模な土砂崩れが起きてしまうから、目も当てられんぞ。
「そうか、その案は却下だな」
修太はむうとうなる。
しばらく二人と一匹で頭を悩ませていたが、ササラが恐る恐る口を挟んだ。
「あのう、水神様、シュウタ様。地下が駄目なら、地上に水を流すのはいかがですか?」
「えっ」
――地上か!
修太とアルヴィーラの視線が集中し、ササラは気まずそうに首をすくめる。
「大変ご無礼な差し出口を挟みまして、ももも申し訳っ」
「それだ!」
「えっ」
謝罪を遮って、修太が叫んだので、ササラは目を丸くした。
「何でそんな簡単なことに気付かなかったんだ。貯水にこだわるからいけなかったんだ。つまり、水量の少ない上流の水の向きを変えて、外に出しちまえばいいんだ。それなら、アルの能力が低くても出来るはずだ!」
――ふむ、待ってくだされ。
おお、ギリギリだが、縄張りの中にちょうど良い地点がある。
傍に深い谷があってな、人は住んでおらぬし、そのまま海に水を流せるぞ。
「よっしゃあ!」
光明が見えたことに修太はガッツポーズをした。
そして、ハイタッチをしようと右手の平をアルヴィーラの前に差し出す。
――なんだ?
「ハイタッチだよ。お前、手が無いけど……尻尾で軽く叩いてくれ」
――こうか?
パチンと尾がぶつかる音がした。
修太はササラとも手を叩く。彼女は戸惑いつつも、返してくれた。
「これ、なんの儀式ですか?」
「儀式じゃなくて、なんていうんだ、喜びを分かち合うポーズ? 俺もよく分かんねえけど、なんかそんな感じでするんだ」
――喜びを分かち合う!
確かに気分が上がるぞ、アニサマ。いいなあ、これ。気に入った!
もう一回しようとアルヴィーラにせがまれて、その後しばらく、修太はアルヴィーラとハイタッチの練習をする羽目になった。