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「ちょ……っと待てよ!」
修太は焦りとともに手を挙げて、ハクラヴィーラの話を止める。
「死ぬって明日明後日の話なのか?」
ハクラヴィーラは重々しく頷いた。
――ああ。死期が近いのは分かっている……。いつ、闇のもとに戻ってもおかしくはないのだ。
「分かるけど、一日! 一日だけ待ってくれないか。そいつが上手くやれるかどうか、俺に見させて欲しいんだ」
修太の頼みに対し、ハクラヴィーラは首を傾げ、うろんげに目を細める。
――モンスターのわらわが言っているのだぞ? この子はまだ幼く頼りない。
「でも、ボスモンスターに代わりはないだろ!」
修太が負けじと言い返すと、ハクラヴィーラは修太をじっと青い目で見つめる。頭を修太に近付け、怪しむようににおいをかぐ。
――なんだ、人間の癖に、我らのことに詳しいようだな。モンスターの在り方までは、この国の者にも教えていないのに。
「森の主やサーシャリオンに教えてもらった」
修太の答えに、ハクラヴィーラはぎょっと目を丸くして固まった。恐る恐る頭を低くする。
――クロイツェフ様のことか? お前はいったい……、いや、待て。一年近く前、オルファーレン様より啓示があった。異界から迷い子が来て、その者達を使徒にした……と。
「おう、それだ。オルファーレンの断片を集めて旅をしてる。この国にはそれを探しに来た」
修太は物問いたげなハクラヴィーラに、スオウ国に来てからの経緯を説明した。
――タイミングが悪かったな、使徒たる者よ。力の強い〈黒〉を、この国は欲していた。
困ったように呟いて、ハクラヴィーラはちらりとアルヴィーラを見やる。
――もう少し早ければ、わたくしが力になってあげたけれど……。
アルヴィーラや、この方はオルファーレン様の使徒だ。
わたくしがいなくなった後も、丁重に扱っておあげ。
アルヴィーラは岩陰から頭を出し、か細い声で返す。
――分かりました、アネサマ。
どうやらアルヴィーラの性別はオスであるらしい。ハクラヴィーラの女性的な声と違い、少年の声に近い男性的な声だ。
にょろりと身を波打たせ、恐々と近付いてきたアルヴィーラは、頭を持ち上げて修太を見る。
――アニサマと呼んでよろしいか。
「は? 俺は別に、お前の兄貴じゃないから嫌だけど」
修太が拒否を示すと、ハクラヴィーラが笑った。
――この子なりに、敬意をあらわしているに過ぎぬ。良ければ受け取ってやってくれ。
「敬意ね……分かった。俺はなんて呼べばいい? 長いし、アルって呼んだら駄目か?」
アルヴィーラは伺うようにハクラヴィーラを見た。ハクラヴィーラは厳しく返す。
――いちいちわたくしを見るのではないよ、アルヴィーラ。どうするかは、自分で決めるのだ。
――私は……アルと呼んで欲しい。
姉に叱られて、ぴゅっと岩陰に隠れたアルヴィーラだが、ぼそぼそと返した。
(うわあ、引っ込みじあんで人見知りなボスモンスターって……)
アルヴィーラの挙動を見ていて、修太は呆れた。
ボスモンスターといえば、偉そうで強気な者が多かっただけにギャップがすごい。
「二匹には手下はいないのか?」
修太は周りを見てみたが、他にモンスターの陰はない。
――ああ、手下の蛇のモンスターなら、この洞窟の奥にいる。
皆、水の流れを抑えるのに忙しいのでね、挨拶出来ないのは勘弁しておくれ。
「挨拶とかは別に……。そっか、蛇なのか。あんまり大群で見たくないからちょうどいいな」
一頭ずつならまだ平気だが、あんまりうじゃうじゃと出て来られたら、流石に卒倒しそうだ。馴染がないだけに気持ち悪い。
――それで、一日待つ、だったか?
仕方ないな。使徒の頼みなら聞いてあげよう。
ハクラヴィーラは思い出したように言い、渋々頷いた。
「よっしゃ。じゃあ、アル。上手いこと力を発揮できるように、俺と稽古しようぜ」
修太は拳を握り、アルヴィーラのいる岩陰に声をかける。
――稽古?
何のこと? と言いたげに、アルヴィーラが顔を覗かせる。
「お前だってボスモンスターなんだから、やれば出来るだろ」
――そうか?
本人――本蛇?――は至って、自分の能力に懐疑的だが、修太の押しの強さに負けたのか、結局、「頑張る」と頷いたのだった。