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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
255/340

 10



 光宮殿に戻ってきた修太は、日ノ宮に続いて門をくぐると、光宮殿の奥へと進んで行った。

 そして、どう歩いてきたかも分からなくなってきた時、立派な装飾が施された木製の分厚い門があらわれた。扉には、川を治める白い大蛇の絵が描かれ、その周りは色とりどりに塗られている。

 日ノ宮がその門の前に立つと、付き人達がさっと二列に分かれて整列した。修太の後ろにいた夜御子達もその後ろに並び、皆、地面に片膝をついて頭を下げる。

 日ノ宮は一つ頷くと、修太にゆっくりと話しかける。

「夜宮、この門の向こうがカムナビだ。挨拶の儀礼の後、そなたと傍付きの二人だけが中に入ることになる。あとは教えた通りだ」

 念の為なのか、日ノ宮は授業で話していたことと同じ内容を、修太にもう一度説明した。

(ここに入ったが最後、余程の事情がない限り、夜宮はカムナビの宮から出られないんだったか。食事や必要な物は傍付きが運ぶんだよな。俺の出入りは出来ない代わりに、日ノ宮だけはカムナビの宮までは来られるとか……)

 そこから先、水神の住処には夜宮しか入れない。

 夜宮就任の儀ですべき最後のことは、水神の住処に一人で出向いて、水神に挨拶することだ。

 修太は日ノ宮に分かったと大きく頷くと、無言のまま、その場で三回、門の絵に向けて平伏のお辞儀をした。

 そして立ち上がると、付き人達が、しゃんしゃんと鈴を鳴らし始める。

「では、行って参れ。よろしく頼んだぞ」

 日ノ宮の言葉とともに、門番によって分厚い門が開かれた。

 門の向こうは白い霧に霞んでよく見えない。修太はササラと共にゆっくりと、カムナビの地へと踏み入れた。



 扉が閉まる音がして、修太はつい後ろを振り返った。

 こちら側から見ると、扉には太陽の絵が描かれている。その向こうが日ノ宮の住まいを意味しているのかもしれない。

「足元にお気を付け下さい」

 ササラが注意して、先導して歩き出した。

 少し進むと、崖に出た。靄の向こうに、朱塗りの手すりを備えた石の階段が、ゆるやかに下へと続いているのが見える。黒い瓦屋根の小さな屋敷もある。

(あれがカムナビの宮か……。それにしたって静かな所だな)

 修太は空を仰いだ。靄のせいで見づらく、青空が遠い。

 門からこちらだけ、異界のように思える。

 伺うようにこちらを見ているササラに気付き、修太は先に進むことにした。湿っているので滑りやすい階段を注意して下りていくと、屋敷の立派な構えが明らかになった。

 朱色の柱、白い漆喰壁に、黒い屋根瓦。床は高く造られていて、入口まで石段が三つある。

「こちらが夜宮様のお住まいですが、また後程、ご案内いたします。どうぞ、こちらです」

 ササラについて、屋敷を右から回り込むようにして、裏手に行く。

 そこには朱色の柱が二本立っていて、間にしめ縄がかかっていた。

「水神様の住処はこの向こうだそうです。ササラは一緒には参れません。行ってらっしゃいませ」

 ササラは深々とお辞儀をした。

 修太は唾を飲み込むと、しめ縄の下をくぐった。

 その先にはまた階段があった。ゆっくり下りていくと、霧が急に晴れて、巨大な洞窟がぽっかりと口を開けた。その周囲には、巨大な緑色の苔玉が転がっている。

(なんだこれ……)

 初めて見るものだ。単純に興味深く思えた。

(どうやったらこんなにでかく育つんだ? 水神の仕業か?)

 啓介が見たら絶対に大騒ぎで、記録を取り始めるのだろうなと想像しながら、修太はゆっくりと苔玉の間の道を歩いていく。

 その時、ずるりずるりと何かを引きずるような音が聞こえた。

 顔を上げた修太は、叫びそうになるのをなんとかこらえる。

 見上げる程巨大な白い蛇が、洞窟の中から鎌首をもたげて、こちらを見下ろしていた。


 ――お前が新任の夜宮かえ?


 しわがれた老婆の声が問いかけた。遠くから響いて聞こえて不思議な感じがする。


「ええ、その通りです、水神様。この度、夜宮の任につきました塚原修太と申します。この晴れやかな日に、お目通り願いましたこと」


 ――もったいぶった挨拶はいらぬ。わたくしはそれどころではない。


 蛇は溜息混じりに遮った。

 修太は、せっかく暗記したのにと残念に思った。


 ――わたくしはハクラヴィーラ。この一帯を統べるモンスターのボスだ。コケの化身であり、水を操る能力がある。


 ハクラヴィーラはそう言って、深い青の目で修太をじっと見下ろした。


「この周りのコケはあなたのものですか?」


 ――ああ、そうだ。わたくしは水を多く蓄え、流れを緩やかにすることに長けている。それでこの地に住む人間と取引をして、〈黒〉を寄越す代わりに、水を統治してやっているのだ。そうでなければ、この地は水が多すぎてとても住めなかっただろう。


 スオウ国は水が豊富だが、それは豊かという枠を超える量だった。昔はそれぞれが山に住み、小さな耕作地を分け合って暮らしていたと日ノ宮から聞いている。


 ――今、大勢の人間が暮らしていけるのは、わたくしと人間との取引ゆえのこと。わたくしもおだやかに暮らしたいのでね、お互い、利害が一致したのだよ。だが、それもいつまでもつやら……。


 ハクラヴィーラは疲れたように息を吐く。そして背後の洞窟を振り返った。


 ――出ておいで。


 その声とともに、岩の陰から、小さな白蛇が姿を現した。小さいと言っても、ハクラヴィーラと比べてのことで、この蛇は一メートルかそこらはある。

 恐々と出てきた小さな白蛇を、ハクラヴィーラは紹介する。


 ――この子はアルヴィーラという。次のボスだ。そして、見た通り、まだ未熟なのだ。


 アルヴィーラはどこか気弱な風情で、伺うように修太を見た。


(うわ、なんか嫌な予感)


 一方の修太はといえば、黒狼族の故郷マエサ=マナの近くにあるエズラ山のモンスター、岩塩鳥を思い出した。

 次期ボスモンスターのポナが天然で、おっちょこちょいで、てんで頼りなかった姿が頭に浮かぶ。

 あれよりも不安を覚える次期ボスモンスターがいるなんて。

 引っ込みじあんなのか、岩陰から頭をのぞかせるだけの小さな蛇を、修太は複雑な目で見る。

 ハクラヴィーラはまた溜息を吐いた。


 ――申し訳ないがね、夜宮。わたくしはもうじき死ぬ。そしてこの子はこの通りだ。とてもではないが、水を全て操りきることは出来ぬだろう。悪いことは言わぬ、最悪の事態になる前に、人間達を避難させておくれ。


 ハクラヴィーラの頼み事は、やはり修太の思った通り、頭の痛いものだった。


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