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夕方近くに光宮殿の門の前に戻ってきた修太は、赤い敷物の上で待っていた日ノ宮に平伏のお辞儀をした。
そして、日ノ宮を先頭に、行列が光宮殿に入っていく。
離れた場所からそれを見送った啓介は、ほっと息をついた。
「シュウがブチ切れた時はどうなることかと思ったけど、なんとかなって良かったな」
「あそこで冠と首飾りを投げつけて、役をやめるって怒るのって、シューター君らしいわよね」
物陰から覗くのをやめて、ピアスは手近に置いてあった木箱に腰掛けて脱力した。コウはピアスの足に頭をすり寄せて、慰めるようなしぐさをした。フランジェスカは、あの騒動以来ずっとイライラしており、憤然と言う。
「助けた相手を穢れ呼ばわりなど、私でも怒るぞ。グレイ殿はよく冷静でいられたものだ」
「儀式ってのはそんなもんだろ。外から来た奴はだいたい穢れ扱いだ。しょっぴかれるだろうなと予想はしていた」
「何がそんなものだ! 外国人を汚れ扱いか、腹の立つ!」
怒りを爆発させるフランジェスカに対し、やはりグレイはどうでも良さそうに、淡々と問う。
「情報を運ぶのは誰だ? 病気を運ぶのは? 良いことや悪いことを運ぶのは旅人だ。旅人を幸運と見るか、不吉と見るかは土地による。この国は後者だったんだろ」
「ああ、聞いたことあるよ。まれなる訪問者を、客人と歓迎する話。辺境ほど喜ぶ人が多いけど、閉鎖的な所だと殺されるんだろ? 船乗りが噂してた」
ラミルが口を挟んだが、フランジェスカは「知るか!」と吐き捨てた。
「恩人には礼儀で報いる。それが当然だろう。ああ、ムカつく」
「そなた、イライラしすぎだな。暑さでまいっておるのだろう――ふむ」
サーシャリオンはパンと手を叩いた。
路地裏にひんやりとした空気が流れる。
魔法で、壁や地面を凍らせたサーシャリオンに、トリトラとシークは苦情を言う。
「ちょっと! 道はそのままにしておいてくれよ、ダークエルフの旦那」
「そうだそうだ、滑っちまうだろ」
そのやりとりに、フランジェスカは一気に毒気を抜かれた。
「……そういう問題ではないだろう。無暗に魔法を使うな」
注意されたサーシャリオンだが、涼しさに満足していて相手にしない。
皆そろってやれやれと肩を落とした時、イミルがラミルの背中に隠れたまま、小さな声で問う。
「ねえ、それより大丈夫なの?」
珍しくも話しかけてきたイミルに、皆の視線が集中する。イミルは視線を避けるように、フードを手繰り寄せた。
「大丈夫って何かしら、イミルさん」
ピアスの問いに、イミルはおずおずと答える。
「聖殿の長を怒らせたのよ、危ないのではない?」
「危ないのは、ダークエルフの旦那と師匠だよ。矢面に立ったのは二人だけだ」
トリトラがさっくりと返し、グレイは頷いた。
「その通りだが、そいつが増えただけで、状況はさして変わっていない。問題は無いな」
「この状況で、我らに仕返しに来られるとは思えんなあ。聖殿の長とやらのイメージがかなり下がるぞ」
公衆の面前で、夜宮を助けた相手だからとサーシャリオンは笑う。
「共にいると仲間と見られて困るだろう、そなたら二人とはここでお別れが良かろうな」
「それがいいね」
啓介は確認するようにラミルを見る。ラミルは肩をすくめた。
「割の良い仕事だったけど、言葉に甘えてそうするよ」
「うん。これ、報酬な」
啓介は旅人の指輪から取り出した布袋をラミルに渡す。中に入っているエナ硬貨がじゃらりと音を立てた。
ラミルは中を確認して、首を傾げる。
「なんか気のせいか多くないか? 確認してくれ」
「いや、いいんだ。頼もうと思ってた日数分だから。二人のお陰で助かったからさ、気持ちだよ。――あ、今日の分まで宿代もこっちで出しておくから、今日はゆっくり休むといいよ」
「ありがとう、助かるよ。これなら船の魔物避けなんて危険な仕事をしなくても、目標額になりそうだ。学校に入れる」
ラミルは嬉しそうにして、イミルを振り返る。彼女もとても嬉しそうにして、何度も頷いた。
啓介はきょとんとなる。
「え、学校?」
「ああ、平民でも入れる学校があってさ。騎士や冒険者、文官を育てる名目の所だ。〈黒〉が平和的に仕事をしようと思うと、文官か騎士になるのが一番だから、学校に行こうと思ってお金を貯めてたんだよ。死んだ両親も気にしてたみたいで、いくらか蓄えを残してくれてたからさ」
ラミルの言葉に、イミルはしっかりと頷いた。
「学校に入れっていうのが両親の遺言なの。だから絶対にそれは守るつもりなのよ」
学があれば、使用人になるよりは楽な生活が出来るからとイミルは説明した。
「へえ、その学校ってどこにあるの?」
啓介が好奇心で尋ねると、ラミルは地面に棒切れで絵を描いた。丸が三つ並ぶ。
「セーセレティー精霊国の王都から西に二つくらい行った所にある都市だよ。気まぐれ都市サランジュリエ。学問とダンジョンで栄えてる所だ」
「ダンジョンもあるの?」
トリトラが話に食いついた。ラミルは頷く。
「ああ。そのダンジョンの低レベル層を、生徒の訓練に使ってるんだよ」
「なるほど、ダンジョンをそういう使い方をするのか」
フランジェスカが感心した様子で言う。
「その、気まぐれ都市ってのはなんなんだ? あだ名にしちゃあ変わってるな」
シークの問いに、ラミルは再び絵を描いた。正方形の四隅に丸を四つ書く。
「そこにあるダンジョンは高い塔らしくてね、塔のてっぺんには季節を司るドラゴンが四体いるんだよ。春夏秋冬。それで、ここのダンジョンは『四季の塔』と呼ばれてる」
ラミルのすらすらとした説明に、皆、「へえ」と声を揃える。
「それで、そのドラゴンのどれが起きているかで、四季の塔周辺――サランジュリエの町の季節が変わってしまうんだ。それで、『気まぐれな季節の都市』って意味で、『気まぐれ都市サランジュリエ』と呼ばれてる、というわけ」
啓介は目をキラキラと輝かせる。
「すごい! 何それ、面白い! 俺、そこに行きたい!」
「ははっ、気が向いたらおいでよ。案外、ばったり会ったりしてな」
ラミルが笑って言った時、ふいにピアスが神妙な顔で財布を取り出した。百エナ銀貨をラミルの手に載せる。
「素晴らしい情報をありがとう。こんな有益なことを聞いたんだもの、対価は払わなきゃ」
「えっ、充分、報酬におまけしてくれてるのに」
驚くラミルに、ピアスは重々しく首を横に振る。
「駄目よ、それとこれとは別問題。私は商人なの、タダが一番怖いのよ」
「ははっ、そういうことなら喜んで頂くよ」
ラミルは報酬袋に硬貨を入れて、首から提げている保存袋の中に袋を仕舞った。イミルもぺこりとピアスに会釈する。
「それじゃあな、気を付けて行けよ。変わった旅人さん達。もし会えそうなら、夜宮様にもよろしく言っといて」
「あなた達の旅に、幸運の羽が舞い落ちますように」
イミルが小声でぼそぼそと別れの挨拶をした。
ラミルとイミルが連れだって雑踏に消えていくのを見送ると、啓介はほうっと憧れをこめた溜息を吐く。
「いいなあ、なんてへんてこな町だろう! 絶対に行かないと」
「しかし毎日季節が変わるんじゃ、服装に困る町だな。夏だと思って油断してると冬になるんだろ? 体調を崩しそうだ」
浮かれている啓介の隣では、フランジェスカが現実的な心配をしている。
「すぐに行くわけじゃないんだし、情報を集めて対処するしかないんじゃない?」
トリトラが呆れたように言う。
「そうよ。それに、先にシューター君のことをどうにかしないとでしょ」
ピアスが話を元に戻すと、いつの間にやら、凍りついた地面に寝転がってごろごろしていたサーシャリオンが、いつもよりしゃきっとした顔で提案する。
「都が賑やかなうちに、断片らしきものの場所に行ってみるのはどうだ?」
「忘れじの丘だっけ? 構わないけど、サーシャ。とりあえず起きようよ。恥ずかしいなあ、もう」
遠慮のないサーシャリオンに、普段は大目に見ている啓介も、思わずツッコミを入れてしまうのだった。