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夜宮就任の儀の前日。
再び宿に集まった啓介達は、調べてきたことを互いに報告しあうことにした。
最初に啓介達から話しだす。
「俺達の方は空振りだよ」
「でも、狐火は可愛らしかったわ。尾が炎になる狐で、珍しい動物なんですって」
啓介とピアスの説明に、サーシャリオンは楽しげに頷く。
「そうかそうか、楽しそうで良かったな。我はちっとも面白くなかった」
「こっちの台詞だ」
すかさずグレイが言い返し、場が冷やっとした空気に包まれた。
「何かあったのか?」
フランジェスカが問うと、サーシャリオンは首を横に振る。
「特に何も。役人がしつこくて、乗り込んできたくらいだ。病気の密航者を探しているとかでな」
「やはり、あったのではないか。病気の密航者ねえ……。庶民ならビビッて差し出すお題だな」
フランジェスカはしげしげとグレイを見やる。
「まあ、あまり顔色は良くなさそうだな。違った、人相か」
「まっさかー。師匠は人相が悪いんじゃなくて、表情が薄いんだよ」
トリトラがけらけらと笑いながら言って、グレイににらまれた。
「うるせえ。――連中、身分証明書を出してやったら、急に青ざめて引き上げたがな」
「冒険者ギルドの身分証明書で、ランクが〈紫〉なら、下手な扱いは出来ないものね。密航なんて言いがかりは、お門違いだわ」
ピアスが感心して言うと、サーシャリオンは面倒そうに言う。
「カード一枚で黙るのなら、最初からそうしておればよいものを」
「こういうのは、最終手段にするくらいがちょうどいいんだ。最初っから出してみろ、とんでもねえ因縁を吹っかけられるかもしれない。――奴らは夜宮に選ばれるようなガキの為に動いてるんだぞ。国に本腰入れて動かれたら、俺のような一介の旅人にはどうしようもねえ」
煩わしげに返すグレイ。サーシャリオンは溜息を吐く。
「まったく人間社会というのは厄介だな。しかし、シューターの仲間は死んだことになっておるようだから、奴らは密かに動くしかないのが救いというところかの」
「それで? お前らの方はどうだったんだ」
グレイはトリトラとシークを一瞥し、あぐらをかいた膝の傍の盆に手を伸ばす。とっくりを取り上げて、おちょこに酒を注いで飲んだ。トリトラとシークは興味深そうにそれを見る。
「本物でしたよ。シークが死んだ父親を見て、崖から落ちかけました。あのう、それってなんのお酒です? 変わったにおいですね」
「芋で作った酒だとよ。芋焼酎と言ってたな」
「へえ、師匠、飲みたいです!」
弟子達の視線をうるさそうにして、グレイは珍しく酒を二人に押しやった。喜んで飲み始める二人に、啓介がツッコミを入れる。
「いやいや、お酒で流れてるけど、本物って何!? どういうこと!」
「そうよ! シークのお父さんを見たですって? そもそもお父様は亡くなってるの?」
ピアスも騒ぎ立てると、シークは酒に「美味い」と感想をつぶやいてから、質問に答える。
「ああ、俺の親父はとっくに死んでてさ。お袋の持ってる姿絵しか見たことないんだ。それとそっくりな男がさ、宙に浮いてたんだよ! でも、トリトラには見えてなかったらしいぜ」
「そうだよ。だから僕、シークがいかれたかと思ったよ。ふーん、さらっとした舌触りなのに、後からカッとくるなあ。おいしい」
カパカパと遠慮なく飲む二人から、グレイはとっくりを取り返す。
「味見しただろ。飲むなら宿の奴に頼め」
「はーい」
「ご馳走様でした!」
トリトラとシークは素直に言う事を聞いて、さっそく宿の従業員に話をつけにいった。
「……自由だな」
フランジェスカは呆れをこめて呟く。
話の途中にも関わらず、自分の欲を最優先にして動く彼らに、啓介達もあっけにとられている。
「まあ、いいけど。俺らも何か飲もうよ。お茶をもらってくる」
「私も行くわ」
一度休憩を挟んだ後、戻ってきたトリトラ達に再び話を聞く。シークは首を傾げる。
「だから、まんまだって。親父が宙に浮いてて、トリトラが止めなかったら、俺はそのまま崖から落ちてたなあ。で、俺はトリトラに叱られて、耳を引っ張られたところで、親父が消えた」
「つまり幻覚?」
啓介の質問に、トリトラは難しい顔になる。
「僕は何も見えなかったよ。死んだ知人がいる人にだけ効く幻覚なんてあるの?」
すると、ごろごろしながら、サーシャリオンが言った。
「あるぞ。まあ、限られた状況でのみだがな。死んだ知人が見える場所があるという前提を植え付けることで、そういう幻覚を起こされるっていうことになるが……。その場合は薬になるから、トリトラが他の幻覚を見ないのはおかしい」
「そうだね。僕らは薬が効いてしまうから、それなら僕が何も見ないのはおかしいってことになる」
サーシャリオンがおちょこをくすねとろうとする手をはたき落とし、トリトラは言った。サーシャリオンは「ちっ」とぼやく。
二人のやりとりにクスクスと笑いながら、啓介は口を出す。
「サーシャ、祝福が歪んで、呪いになった断片、という可能性は高そう?」
「そうだな、行ってみる価値はあるだろう。呪いと祝福とは表裏の関係だ。何やら希望を与える為の祝福が転じて、死へと誘う呪いになったとしておかしくはない」
サーシャリオンの返事に、トリトラとシークは顔を見合わせる。
「花がいくつも置いてあったよ。まるで人間の墓地みたいだった」
「一人で行くのはオススメしねえな。――師匠も親父さんを見られるかもしれませんよ」
シークが悪戯っぽく言うと、グレイは鼻で笑った。
「くだらん。死んだ奴に今更会ってどうする?」
「そうかなあ。俺は、シュウのおじさんとおばさんに会えたら嬉しいけどな」
啓介がなにげなく言って周りを見回すと、フランジェスカとピアスが物思いに沈んだ顔をしていた。
「私はどうだろうな……。冷静に会えるか自信がない」
「あたしも。泣いちゃうかもしれないわ」
どちらも母親を亡くしていることを思い出し、啓介はたちまち居心地悪くなった。
「ごめん……」
「いや、いいんだ」
「気にしないで」
フランジェスカとピアスはそう返したが、難しそうな顔はそのままだった。
感傷など気にしないグレイはふと思い出したように話を変える。
「とりあえず、明日だろう? 夜宮就任の儀というのは。急に決まった祭りで、都の連中は浮足立っている」
「あ、それ、聞いたよ。なんでも次の夜宮が、輿に乗って巡回するんだろ? ははは、シュウの嫌そうな様子が目に浮かぶよ!」
啓介は重い話題が変わったことに内心ほっとしつつ、グレイの話に頷いた。
「ちゃんと見学しないとな。後で褒めてやろう」
サーシャリオンがにやにやして言うと、ピアスが苦笑いをした。
「たぶんそれって、嫌がらせにしかならないと思うわよ?」