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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
251/340

 6



 夜宮就任の儀の前日。

 再び宿に集まった啓介達は、調べてきたことを互いに報告しあうことにした。

 最初に啓介達から話しだす。

「俺達の方は空振りだよ」

「でも、狐火は可愛らしかったわ。尾が炎になる狐で、珍しい動物なんですって」

 啓介とピアスの説明に、サーシャリオンは楽しげに頷く。

「そうかそうか、楽しそうで良かったな。我はちっとも面白くなかった」

「こっちの台詞だ」

 すかさずグレイが言い返し、場が冷やっとした空気に包まれた。

「何かあったのか?」

 フランジェスカが問うと、サーシャリオンは首を横に振る。

「特に何も。役人がしつこくて、乗り込んできたくらいだ。病気の密航者を探しているとかでな」

「やはり、あったのではないか。病気の密航者ねえ……。庶民ならビビッて差し出すお題だな」

 フランジェスカはしげしげとグレイを見やる。

「まあ、あまり顔色は良くなさそうだな。違った、人相か」

「まっさかー。師匠は人相が悪いんじゃなくて、表情が薄いんだよ」

 トリトラがけらけらと笑いながら言って、グレイににらまれた。

「うるせえ。――連中、身分証明書を出してやったら、急に青ざめて引き上げたがな」

「冒険者ギルドの身分証明書で、ランクが〈紫〉なら、下手な扱いは出来ないものね。密航なんて言いがかりは、お門違いだわ」

 ピアスが感心して言うと、サーシャリオンは面倒そうに言う。

「カード一枚で黙るのなら、最初からそうしておればよいものを」

「こういうのは、最終手段にするくらいがちょうどいいんだ。最初っから出してみろ、とんでもねえ因縁を吹っかけられるかもしれない。――奴らは夜宮に選ばれるようなガキの為に動いてるんだぞ。国に本腰入れて動かれたら、俺のような一介の旅人にはどうしようもねえ」

 煩わしげに返すグレイ。サーシャリオンは溜息を吐く。

「まったく人間社会というのは厄介だな。しかし、シューターの仲間は死んだことになっておるようだから、奴らは密かに動くしかないのが救いというところかの」

「それで? お前らの方はどうだったんだ」

 グレイはトリトラとシークを一瞥し、あぐらをかいた膝の傍の盆に手を伸ばす。とっくりを取り上げて、おちょこに酒を注いで飲んだ。トリトラとシークは興味深そうにそれを見る。

「本物でしたよ。シークが死んだ父親を見て、崖から落ちかけました。あのう、それってなんのお酒です? 変わったにおいですね」

「芋で作った酒だとよ。芋焼酎と言ってたな」

「へえ、師匠、飲みたいです!」

 弟子達の視線をうるさそうにして、グレイは珍しく酒を二人に押しやった。喜んで飲み始める二人に、啓介がツッコミを入れる。

「いやいや、お酒で流れてるけど、本物って何!? どういうこと!」

「そうよ! シークのお父さんを見たですって? そもそもお父様は亡くなってるの?」

 ピアスも騒ぎ立てると、シークは酒に「美味い」と感想をつぶやいてから、質問に答える。

「ああ、俺の親父はとっくに死んでてさ。お袋の持ってる姿絵しか見たことないんだ。それとそっくりな男がさ、宙に浮いてたんだよ! でも、トリトラには見えてなかったらしいぜ」

「そうだよ。だから僕、シークがいかれたかと思ったよ。ふーん、さらっとした舌触りなのに、後からカッとくるなあ。おいしい」

 カパカパと遠慮なく飲む二人から、グレイはとっくりを取り返す。

「味見しただろ。飲むなら宿の奴に頼め」

「はーい」

「ご馳走様でした!」

 トリトラとシークは素直に言う事を聞いて、さっそく宿の従業員に話をつけにいった。

「……自由だな」

 フランジェスカは呆れをこめて呟く。

 話の途中にも関わらず、自分の欲を最優先にして動く彼らに、啓介達もあっけにとられている。

「まあ、いいけど。俺らも何か飲もうよ。お茶をもらってくる」

「私も行くわ」

 一度休憩を挟んだ後、戻ってきたトリトラ達に再び話を聞く。シークは首を傾げる。

「だから、まんまだって。親父が宙に浮いてて、トリトラが止めなかったら、俺はそのまま崖から落ちてたなあ。で、俺はトリトラに叱られて、耳を引っ張られたところで、親父が消えた」

「つまり幻覚?」

 啓介の質問に、トリトラは難しい顔になる。

「僕は何も見えなかったよ。死んだ知人がいる人にだけ効く幻覚なんてあるの?」

 すると、ごろごろしながら、サーシャリオンが言った。

「あるぞ。まあ、限られた状況でのみだがな。死んだ知人が見える場所があるという前提を植え付けることで、そういう幻覚を起こされるっていうことになるが……。その場合は薬になるから、トリトラが他の幻覚を見ないのはおかしい」

「そうだね。僕らは薬が効いてしまうから、それなら僕が何も見ないのはおかしいってことになる」

 サーシャリオンがおちょこをくすねとろうとする手をはたき落とし、トリトラは言った。サーシャリオンは「ちっ」とぼやく。

 二人のやりとりにクスクスと笑いながら、啓介は口を出す。

「サーシャ、祝福が歪んで、呪いになった断片、という可能性は高そう?」

「そうだな、行ってみる価値はあるだろう。呪いと祝福とは表裏の関係だ。何やら希望を与える為の祝福が転じて、死へと誘う呪いになったとしておかしくはない」

 サーシャリオンの返事に、トリトラとシークは顔を見合わせる。

「花がいくつも置いてあったよ。まるで人間の墓地みたいだった」

「一人で行くのはオススメしねえな。――師匠も親父さんを見られるかもしれませんよ」

 シークが悪戯っぽく言うと、グレイは鼻で笑った。

「くだらん。死んだ奴に今更会ってどうする?」

「そうかなあ。俺は、シュウのおじさんとおばさんに会えたら嬉しいけどな」

 啓介がなにげなく言って周りを見回すと、フランジェスカとピアスが物思いに沈んだ顔をしていた。

「私はどうだろうな……。冷静に会えるか自信がない」

「あたしも。泣いちゃうかもしれないわ」

 どちらも母親を亡くしていることを思い出し、啓介はたちまち居心地悪くなった。

「ごめん……」

「いや、いいんだ」

「気にしないで」

 フランジェスカとピアスはそう返したが、難しそうな顔はそのままだった。

 感傷など気にしないグレイはふと思い出したように話を変える。

「とりあえず、明日だろう? 夜宮就任の儀というのは。急に決まった祭りで、都の連中は浮足立っている」

「あ、それ、聞いたよ。なんでも次の夜宮が、輿に乗って巡回するんだろ? ははは、シュウの嫌そうな様子が目に浮かぶよ!」

 啓介は重い話題が変わったことに内心ほっとしつつ、グレイの話に頷いた。

「ちゃんと見学しないとな。後で褒めてやろう」

 サーシャリオンがにやにやして言うと、ピアスが苦笑いをした。

「たぶんそれって、嫌がらせにしかならないと思うわよ?」


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