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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
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 5



「シュウタ様、もっと大きな声で!」

「いやいや、もう充分でしょ!?」

 小声でぼそぼそ歌う修太に、ヤトがびしっと言った。

「歌うのを恥ずかしがるなど、女人ではあるまいし。腹に力を入れて、はきはきと歌いましょうぞ。中途半端が一番みっともないのですぞ!」

「いいじゃないですか、皆の前で歌うわけではないんでしょう?」

「水神様に聞こえなくては意味がありません」

「鎮めの魔法が必要なだけで、歌は関係ないでしょう」

 修太がしぶとく言い返すと、ヤトは眉を吊り上げた。

「まったく、その辺りで賢さを発揮しなくてよろしいのですよ」

「だって仕方ないでしょう、俺、歌は下手なんです! 大声で歌うなんて御免ですよ」

 嫌々ながら白状すると、ヤトは頷いた。

「下手よりの普通ですが、まあ普通ですな。上手くはないですが、下手すぎでもありません」

「……全然なぐさめになってませんよ、それ」

 がっくりと肩を落とす修太。

 かろうじて残っていたやる気が霧散した瞬間である。

「仕方ありませんなあ。ひとまず、通しで、歌詞を覚えているかだけ確認しましょうか」

「はい……」

 ヤトが諦めてくれたので、修太はほっとして、一通り歌ってみた。

「この短時間で曲を覚えたのは素晴らしいですな。ギタルを弾くのもお上手です。歌は……まあ」

「それ以上言わなくていいです」

 修太は溜息混じりに言った。

 学校での校歌すら口パクしていたのは、修太が中途半端に歌が下手なせいで、歌が上手い隣の生徒までつられて下手な方に引きずられると気付いたせいだ。小学生の頃は皆正直だから、修太の隣は嫌だとはっきり言われたこともある。

 楽器は弾けるのだから、音程の違いは耳では分かっているみたいなのだが、不思議なことに声に出してみると、いまいちどんな風に音程を変えて歌えばいいのか分からないのだ。

 そこで、ヤトはパチンと手を叩いた。

「はい、本日はこれまでで結構です。ワシまで音痴になりそうなので、ここいらで切り上げさせて下さい」

「音痴って言った……!」

「これは失礼しました」

 悪びれない顔でヤトは謝り、てきぱきと片付けに入る。修太のギタルはそのまま置いて、曲の復習だけするように言う。

「ひとまずすぐに必要なところは教えました。儀礼などは、その都度、日ノ宮様がご教示下さいますのでご安心下さい。魔力感知については、毎日練習する他ありませんな。そちらはササラに教わると宜しいでしょう。それ以外は特に申すことはございません。書物はカムナビの宮にもありますので、学びたければそちらをご覧下さい」

 急場しのぎの教育だったが、最低限は教え終わったらしい。

(三日じゃ無理だと思ってたけど……。夜宮の役目が、モンスターの鎮めに特化してるから、知っておかないといけないことは少しだけなのか)

 悲しいことに、魔力感知はさっぱりだし、歌も下手なせいで、ギタルでの演奏を覚えただけだ。

 我ながら能力の低さにがっかりする。

「ありがとうございました」

 それでも一応、礼を言って頭を下げると、ヤトは嬉しそうに頷いた。

「こちらこそ、素直で物覚えの良い生徒で助かりました。ギタルを扱えるだけでも充分楽させて頂きましたよ。それでは夜宮様、どうか水神様を、そして我が国の民の安寧をお守り下さいますよう、よろしくお願いします」

 ヤトは深々と頭を下げ、部屋を出て行った。



     *



 その一方で、光都を出て、狐火が出るという噂の渡し場に来た啓介達は、薄暗くなるのを待ちながらぶらついていた。

 渡し場には小さな宿があるので、寝床だけは先に確保しておいた。

 宿の主人には、狐火見物なんてと笑われたが、噂に聞く場所だけは教えてくれた。

「変な物を探すのが普通になっちゃってるのが怖いわ……」

 桟橋の上に座ったピアスが、ふと恐ろしげに言った。

「ああ、私もだ、ピアス殿。慣れとは恐ろしいな。宿の主人に笑われて、そういえばあちらが普通の反応だったと思い出した」

 腕を組んで立ったフランジェスカが、首を横に振る。

「ええ? そうかなあ、夏といえばお化け探しだろ? 普通じゃん」

 周りをじっくり見回して、啓介が笑顔で返すと、ピアスとフランジェスカは顔を見合わせて溜息を吐いた。

「ケイの普通はずれてるわよねえ。はあ、それにしても、本当に狐火なんて出るのかしら? まず、狐が見当たらないわよね」

「墓場でもないのに、火の玉が出るというのがよく分からぬよ」

 フランジェスカはそう呟いて、沈みゆく太陽を眺める。

「日が沈むと出るって話だよね」

 啓介はわくわくと待っていた。不可思議現象は大好きだ。

 しばらくして、ようやく太陽が沈み、辺りが一気に暗くなった。――そして、川の上に、ぽつりと青白い火が浮かび上がった。

「わあ、出たーっ!」

 啓介が、あまりの嬉しさに桟橋の上で飛び跳ねると、青白い火もびくりと飛び上がった。

 その火めがけて、コウがオンオンと吠え出す。

 フランジェスカとピアスが笑い出した。

「ふ……ふふふふ、なんだこれは! 確かに“狐火”だな!」

「何あれ! 動物なの? モンスターなの?」

 羽の生えた狐の尻尾の先が燃えている。狐は、明かりに寄ってきた虫をぱくりと食べていた。

 その不思議な光景に、啓介はがっかりするどころか、ますますテンションが上がる。

「すごいな! 尻尾が燃えてるよ。どういう理屈? 熱くないのかなあ。狐火というか、火の狐って言っても良さそうだね」

 狐火は他にも何匹か、川の上を飛んでいる。

 フランジェスカは肩をすくめた。

「まあ、珍妙な光景ではあるが……断片ではなさそうだな」

「そうね。面白かったけど、違うみたい」

 ピアスがそう返すのもお構いなしに、啓介はしばらく狐火観察に夢中になった。

 後で宿の主人に聞いてみたところ、この辺りの固有の動物らしい。増えすぎたら狩って、耐火布として売るそうだが、それ以外は火難避けの精霊扱いだそうだ。



     *



 トリトラとシークはというと、普通は一日かかる距離を、疾走で駆け抜けて、夜には忘れじの丘に到着した。

 空には双子月が浮かび、白々とした光を地上に降り注いでいる。

「やれやれ、とりあえず地図の通りに来てみたけど……この辺りはひとけがないね」

 分岐点で街道が竹林に入り、うねうねと続く細い道を明かりもつけずに歩いている。

 シークは物珍しげに竹を見て、葉っぱをちぎってみたりしながら、トリトラに頷き返す。

「ああ。それにしたって、こんな草、初めて見たな。それともこれって木なのか?」

「さあ、僕も初めて見たから分からないよ」

 鬱蒼とした竹林であるが、黒狼族は元々夜目がきくので、夜に少し光が差し込むならそれだけでも十分明るく感じる。

 普通の人間なら恐々した歩調になりそうであるが、二人は遠慮なく突き進んでいた。

 やがて、急に林が終わった。

 青々とした草が生える緩やかな丘に出た。

「ここがそのポイントか?」

 シークの問いに、トリトラは首を傾げる。

「さてね。道は崖で終わってるから、行けば分かるよ」

「なんでこんな所に街道なんか通すんだ? 変なことするよな」

「僕らの知らない理由でもあるんだろ。スオウ国の植物は見たことないものが多いし、食べられる物でもあるのかもよ」

「それならありだな」

 竹を初めて見た二人は、この辺りの人が竹を資材にしていることや、タケノコ採りに来ることなんて知らないので、そんなことを言い合った。

 そしてなにげなく丘を登り始めた時、シークがふと丘の上を指差した。

「おい、誰かいるぞ」

「え? どこだよ」

 トリトラもそちらを見てみたが、シークの指差す先には何も見えない。

「あれ? どこかで見たことあるぞ。お袋の持ってた絵にそっくりだ」

「ちょっと、何も見えないぞ、僕は」

「ほら、そこだよ。親父にそっくりだ!」

「はあ? シークの父親ってもう死んでるじゃないか。だから師匠に弟子入りしたんだろ」

 訳が分からないとトリトラは眉をひそめる。

 トリトラの場合は、父親に一年の弟子入りを拒否されたので、シークと一緒にグレイに弟子入りすることになったのだ。

「でも、俺とそっくりなんだって。親父はセーセレティーの民だから、肌は白いけど」

 こっちだと走り出すシークを見て、トリトラは嫌な予感がした。

 啓介から聞いた話によれば、忘れじの丘は自殺の名所である。

「待てって、シーク!」

「おわ!?」

 丘は唐突に終わり、崖になっていた。

 一応、柵のようなものは設けられていたが、古ぼけていてあんまり意味がなかった。危うく落ちかけたところを、トリトラがシークの腕を掴んで、丘に引き戻す。

 ガラガラと石が崖下へと落ちていく。

 エルフのミストレイン王国を囲む断崖程ではないけれど、深い谷が口をあけていた。

 冷や汗をかくトリトラの隣では、シークが呆然と宙を見ている。その黒い尾は逆立っていた。

「……おい、やばいぞ、トリトラ。親父が宙に浮いてる」

「ねえ、それ、本気で言ってるの? というかさ、先に僕に言うことがあるでしょ」

 トリトラは、シークの左耳を掴んで軽く引っ張った。

「イデデデ! ありがとう! 助かりました! ――あっ!? あれ? 消えたぞ!」

 礼を言ったシークであるが、宙を指差して目を丸くする。

 トリトラは額に指先を押し当てた。

「うーん、どうやら、死んだ人と会える場所っていうのは本当みたいだね。僕は知人で死んだ人がいないから、見えないってことかな?」

「トリトラには見えないのか? うーん、俺にはこれが神様の断片なのか分からねえけど……めちゃくちゃおっかねえぞ。死ぬとこだったし」

「真偽は分かったんだ、戻って報告だね」

 なんとも言えない悪寒に背筋を震わせながら、トリトラは結論を出した。立ち上がったところで、初めて足が草花を踏んでいるのに気付く。

 誰かが摘んで捧げたような、朽ちかけた花束がいくつも並べてあった。

 遅れて気付いたシークも、どこか気味が悪そうにそれらを見る。

「なあ、これってさ、人間が死んだ奴にやる風習だよな」

「……とりあえず、墓地に近い感じの場所だってことは分かったね」

 そう思った時、どこからか鋭い視線を感じた気がして、トリトラとシークは顔を見合わせる。そして、互いに速足でその場を立ち去った。


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