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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
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 4



 翌朝は日の出とともに起こされた。

 真夜中にサーシャリオンと話していたせいか、ちょっと寝足りない修太であるが、身支度を整えて朝食をとった。

 膳が下げられるとすぐに日ノ宮が訪ねてきた。

「日ノ宮様の方がえらい人なんでしょう? 俺の方がそちらに行かなくていいんですか?」

 互いに座布団に座ったところで、修太はふと湧いた疑問をぶつけた。

 日ノ宮は表情に苦味を混ぜた。

「本来はそうであるが、今回は事情がある」

「事情? 俺が体調を崩してたからですか?」

「それもあるが、私の言う事情は別だ。実はな、そなたが現われるまで、夜宮候補は三人いた。北と東、そして西の聖殿から一人ずつ」

 何故か日ノ宮は遠い所を見る仕草をした。その横顔に疲れがにじんでいるのを見て、その候補というのに問題があるようだと修太は悟った。

「三人とも、能力は拮抗しておった。誰かが少しくらい秀でておれば、問題なかったのだがなあ。それで前任が亡くなった後、この三人の権力争いのせいでなかなか後任を決めれずにおったわけだ」

「俺みたいな余所者で、ぽっと出の奴が夜宮になっていいんですか?」

 修太の問いに、日ノ宮はしっかりと頷いた。

「あの神業を前にして、能力が足りないなどと申せる夜御子は一人もおらぬ。親や仲間を亡くしたというそなたには同情するが、正直、私はほっとした。久しぶりにぐっすり眠れたよ。――カザのことは気にかかるが。そなたは年の割に賢いから、私も話しやすいし、下の者にも思いやりがあるから安心だ。全部ひっくるめても、そなたが最も抜きんでておる」

 思いがけず真面目に褒められて、修太は身じろぎした。

「買い被りですよ。俺のことをよく知らないのに……」

「私はな、少し話せば、だいたい人となりは分かる。とにかく、そなたは私にとってはまさに救世主であったわけだ」

「それと、あなたが訪ねてくるのはどういった繋がりが?」

 修太が本筋に戻すと、日ノ宮は溜息をついた。

「夜宮候補らが反発しておる。能力差は歴然としているが、ツカーラ、そなたの言う通り、ぽっと出の余所者に、突然、自分達の長になれなどと重荷がありすぎると、な」

「まあ、俺を心配してるふりして、本音はただ余所者に欲しいものを横取りされるのは嫌だってことなんでしょうね」

「まさにそれだ」

 日ノ宮は嬉しそうに膝を叩いた。

「打てば響く話ぶりも良いな。賢い者は、一言えば十を理解するから話が早くて済む」

 この程度で喜ぶなんて、日ノ宮の周りには大した人材がいないのかと修太は怪訝に思いながら、更に質問する。

「では、カザ様が俺を夜宮にしたがるのはどういった事情です?」

「候補の三人を思い浮かべてみよ、気付くことは?」

「え? ……南だけ候補がいないですね」

「そういうことだ。夜宮を輩出した聖殿の長が、夜宮の後見人となり発言権を増す。カザからすれば、そなたは降って湧いた幸運というわけだな」

 修太は思い切り顔をしかめた。

 聖殿に入れられたばかりの頃、食事に薬を盛られていたり、冬眠香で一週間も寝ている間に光都に連れて来られたりと、カザの強引さがどうしても謎だったがようやく理由が腑に落ちた。カザはなんとしても修太を夜宮にして、後見人の位置に治まろうと必死だったのだろう。

「話を聞けば聞くほど嫌いになりますね」

 修太の悪態を、日ノ宮はからからと笑い飛ばす。

「まあ、嫌いならそれで構わん。とにかく、そういった事情があるから、私から訪ねておるのだ。この区画は光宮殿の中でも奥の方でな、私の許可がなければ誰も入れぬ。本来は正室の為の部屋だ」

「正室……! 後宮ってことか!?」

 びっくりしてのけぞる修太。

 政治のど真ん中だろうに、やけに人の出入りが少なく静かだなあと思っていたが、そういう場所なら当然だ。

 日ノ宮は頷き、説明を付け足す。

「“本来は”と言っただろう。時に要人保護の名目で使うこともある。私の部屋以外では、最も安全な区画なのだ。はは、安心いたせ、私には妃はおらぬから、ドロドロしいことは起きぬ。私は繋ぎの身分でな、代替わりまで嫁をもらえんのだ」

 すでに次の日ノ宮が決まっているが、その人が政務につくにはまだ幼いという理由なんだろう。

 修太はすぐに理解して、目の前の青年のことがなんだか可哀想になった。

「繋ぎで、夜宮が亡くなって、権力闘争に巻き込まれるって……あんまりだなあ」

「まあ、この身分もあと三年というところか。繋ぎであるから、気楽なものだよ」

「いやいや、次に繋げるために踏ん張ってるんでしょう? 楽なわけがない」

 日ノ宮はあいまいに微笑んで、話を纏める。

「もろもろの事情があるのでな、そなたも事情を理解しておくように。――さて、雑談はこの辺にして、儀礼について伝授しようか」

 そうだったと修太は本来の用事を思い出した。

「よろしくお願いします」

 正座した姿勢で頭を下げると、日ノ宮は驚いた顔をする。

「なんだ、意外に殊勝な態度だな」

「教わる相手には礼儀を尽くすものでしょう。俺が嫌いなのはカザだって何度も言ってるじゃないですか」

「はっはっは、そうであったな。面白いなあ、そなた。では、私も真面目に教えるとしよう。まず、夜宮就任の儀の、大幅な流れからだな」

 巻き物を広げて、大雑把な行程を説明する日ノ宮の言葉に、修太は真剣に耳を傾けた。



     *



 夜宮就任の儀の当日は、修太は沈黙を保たなければいけないらしい。

 新しい夜宮は輿に乗せられて、光都の大通りを練り歩き、民衆に顔を見せて挨拶してから、カムナビに入る。

 カムナビの門の前で挨拶の儀礼をした後、水神と対面し、宮に移り住むのだそうだ。

 門前での挨拶の作法を覚える以外は、ほとんど黙って座っていればいいだけなので、修太は大いにほっとした。

 長ったらしい祝詞でも読めと言われたら、途方に暮れていたかもしれない。

「それでは、本日の授業を始めましょうか」

 昼食の後、教育係のキガワ=ヤトはギターに似た楽器を携えてやって来た。

「よろしくお願いします」

 真面目に挨拶した修太は、ギターもどきを受け取って首を傾げる。

「ええと、これはなんですか?」

「この楽器は、ギタルという弦楽器にございます。夜御子の務めに欠かせない道具です」

「はあ、楽器がですか?」

 ヤトの言うことが、修太には意味不明だ。ヤト自身もギタルを腕に抱えた格好で、修太の問いに答える。

「左様、我々は歌で〈黒〉の魔法を増幅し、音に魔力を乗せることで周囲に拡散するのです。これが我がスオウの秘儀にございます」

「秘儀……」

 修太はギタルを見下ろした。

 やっぱりよく分からないのだが、ヤトは説明を続ける。

「〈黒〉の魔法を増幅する歌は、水神様より授けられました。ですので、我らは他のカラーズの魔法を増幅する歌は存じませぬ。その歌の名は、『夜の子守り歌』と申します」

 ヤトはじっと修太を見つめる。

「この歌は秘儀のため、口伝でのみ継承いたします。外に漏らすことは重罪で、夜宮であろうと死罪になります。くれぐれも漏らしませんように」

「夜御子が聖殿からほとんど出ないのはそのせいなのか?」

「左様にございます。日ノ宮様、そして夜宮と長、私は除きますが、大部分の夜御子は、聖殿の仕掛けがなければ魔法を増幅することは出来ないと教わります。移動しても使えると分かれば、聖殿を出ようとする者が必ず出てきて、それで騒ぎになるのが容易に想像できるからです」

 ヤトの話を修太はじっと考えて、頭の中で咀嚼する。

「秘儀の流出を避けるために、聖殿という鳥籠を用意したってことか?」

「ええ。ですが鳥籠とはいえ、身を守る為に隠れる必要のある〈黒〉にとって、安全に堂々と能力を誇示できる最高の舞台とも言えましょうな」

「舞台……」

 この世界に最初から生まれたとしたら、日影にいざるを得ない〈黒〉にとって、さぞかし眩しい舞台に見えたことだろう。

 想像した修太の頭には、スオウ国の〈黒〉にとって、聖殿で活躍することは、憧れなんだろうと思い浮かんだ。

「〈黒〉の能力は個人差がありますが、秘儀では音が届く範囲のモンスターを鎮めることが出来ます。島の周囲に聖殿を置くのはそのためです」

「それなら、夜御子は皆、同じだけ鎮める能力があるってことですか?」

「いいえ。効果は能力の高さで異なります。曲をつま弾くだけで鎮められる者もいれば、歌と曲の両方が揃わなければ効果が発揮されない者もいる。あなたなら音だけでも大丈夫かもしれません」

 ということは、ここでも、目の色の濃さで立場が変わるのかもしれない。

 修太がヤトの話に合槌を打っていると、ヤトがギタルを鳴らすように促した。

(ギターと同じように使えばいいのか?)

 修太はまだ普通の高校生だった時、部活でアコースティックギターを習っていた。

 ギターではないけれど、大好きだった楽器によく似た感触に、心が勝手に高揚する。

 左手の指で弦を押さえて、右手の親指で弦を弾く。

 澄んだ綺麗な音がした。

(懐かしいな。親が死んでから、やめちまったからな。やっぱりこの音、好きだなあ)

 しみじみと思い出しながら、五本の弦を、上から下へとゆっくり鳴らしてみた。

「おやおや、手慣れておりますな。ギタルに触れたことが?」

「似たような楽器を少し……」

 修太の答えに、ヤトは頷いた。

「では楽器の扱い方について、詳しい説明はしなくてもよろしそうですな。分からなければ聞いて下さい。――では、心を鎮めて、鎮めの魔法を使ってみて下さい」

「ん? ああ……」

 修太はいつものように、目を閉じて静かに心を落ち着けた。穏やかな春の花畑で蝶が舞っている。

「魔法を使おうと思いながら、ギタルを鳴らしてみて下さい」

 ヤトの声に頷いて、修太はゆっくりと目を開けながら、落ち着けと言う代わりにギタルの弦を弾いた。

 ――ジャラン

 一瞬、少しだけ何かが音とともに体から出ていったのを修太は感じ取った。そして、少しの疲労感も。

「すごいですな。まるで見えない刃に切られたかのような、鋭い一閃が周囲に飛び散りましたな!」

 ヤトが目を輝かせて興奮しているが、修太にはなんのことだか分からない。

「……鋭い一閃?」

「これが分からないだなんて、その魔力感知能力の鈍感さには驚きしかありませんぞ!」

 修太の問いに、ヤトは眩暈を覚えたようによろけた。

「モンスターなら、あの音の波だけで、鎮まるでしょうなあ。しかし、一通り教えるのが私の務め。歌と曲をお教えしましょう」

「は、はい」

 修太は身じろぎした。

 曲は良いが、歌はちょっと……というのが本音だ。高校の頃は、校歌すら口パクしていて、教師に怒られていたのである。

 ヤトはギタルを構える。

「では一度、私が歌いますので、よく聞いていて下さい」

「はい」

 修太が頷いたのを見て、ヤトはギタルの音に合わせて、朗々と歌い出した。

「深き闇の寝床には

 ゆらり、ゆらりと

 星が舞う


 影をゆく魂明かり

 送り火が

 ゆらゆらと光る


 夜のやわらかな手に

 包めよ

 いとしき灯火(ともしび)


 やさしき眠りにいざなう

 かわいいお前は

 星の声


 ねむれねむれよ

 ゆらゆらり

 夜は優しく

 祝うだろう」

 ヤトが歌い終えると、修太は拍手した。彼は照れたように会釈する。

(いとしき灯火ねえ……。なんかそんなこと、モンスター達がよく言ってたなあ、そういえば)

 特にサーシャリオンがよく言っている。

 歌と曲は子守り歌に相応しい穏やかな調べだ。

「魔法を使うという意識は横に置いておきまして、この曲を練習いたしましょう。夜宮就任の儀では使いませんが、水神様に乞われましたら、弾いて差し上げねばなりませぬからな」

「分かりました」

 歌うなんて恥ずかしいが、聞かせる相手が人外ならまだ耐えられる。

 修太は内心うんざりしながらも、ヤトの指導に従うのだった。


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