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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
248/340

 3



 深夜。

 すっかりくたびれて熟睡していた修太だが、サーシャリオンに起こされた。

「どうだ、調子は?」

「うん……。サーシャが起こさなかったら最高だった」

 寝入りこんでいたところだったので、修太は眠い目をこすりながら思わず皮肉を零した。

「それは悪かったな」

 修太のいる布団の脇に胡坐をかいて座ったサーシャリオンは肩をすくめ、小声で呆れたように言った。修太もそろりと上半身を起こす。

 サーシャリオンはすねたように言う。

「せっかく心配して来てやったのに、ひどい奴だ」

「今日は一日、魔力を感知する能力を鍛えるので疲れたんだよ。朝から夜までやってたけど、さっぱり分からん。教師には恐るべき鈍感だとか、ここまで感知能力が低いのは初めてだとか褒められた」

 思い出してむすっとして言うと、サーシャリオンは納得というように頷いた。

「機嫌が悪いのはそれもあるのか。よう頑張った。そなたは肩に力が入りすぎるきらいがある、次があるならもう少しリラックスして挑むことだな。なに、大丈夫だ」

 不出来な子どもを慰めるみたいに言って、サーシャリオンは修太の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「子ども扱いすんな! ……ったく。そうだ、そっちは大丈夫か?」

「というのは?」

「俺が仲間の所に帰るって騒いだら、前にいた所の聖殿の長が死体を持ってこようかって脅してきてさ。お前らに何かあると困るから、渋々あいつに従ってるんだ」

 夜闇でよく見えないが、サーシャリオンがむっとしたのはなんとなく分かった。

「ここが嫌か?」

「嫌だけど……良い人もいるんだ。なあ、断片はどうだ?」

「まだ、変な噂を見つけたところだな。見つけてはおらぬ」

「そっか……。サーシャ、このままだと、三日後に俺は夜宮としてカムナビの宮に移されることになる。この国の水神は蛇のモンスターらしい」

 サーシャリオンは頷いた。

「そうであろうと思った。強い〈黒〉を送り込ませることで闇堕ちしないようにしながら、能力で水を操って水害を治めておるのだろう」

「うん、俺もそんな気がしてる」

 人間と共存しているモンスターがいることに驚きだが、お互い平和的だから良いことなのかもしれない。

「そういえば、シューター」

 ふと思い出した様子で、サーシャリオンが修太の名を呼んだ。無言で続きを促すと、サーシャリオンは言った。

「そなた、何か妙な嘘でもついたのか? グレイが父親と間違われて襲撃されていたぞ」

「うぐっ」

 咳き込みそうになったが、修太は耐えた。

 頬を指でかいて、首を傾げる。

「い、いやあ、悪い悪い。子どもが旅についていくなら、家族が傍にいるのが当然かと思ってさ、つい、父親がいるって言ったんだよな。ほら、なんか知らねえけど、グレイはよく俺の父親に間違われるし……誤魔化しきれるかなって。それで同情して、ここから出してくれたらもうけものだと思って」

 自分のとっさの嘘が、グレイに迷惑をかけていたと知り、修太は冷や汗をかいて、しどろもどろになった。

「……怒ってる?」

「いや」

「……じゃあ、激怒? 俺、戻ったらヤバそうな感じ?」

「見たところ、特に怒ってはいなかったぞ。我がからかったら怒ったが、代わりにいちゃもんをつけてくる役人を、我が言葉で煙に巻いてやっておる」

「おおお、ありがとう、サーシャ! その調子でどうにかしてくれ。――それと、グレイに俺が謝ってたと伝えておいてくれ」

 サーシャリオンの腕をパタパタ叩いて褒める修太に、サーシャリオンは怪訝そうに問う。

「なんだ、戻らんのか? そんなに嫌なら、もう体調も良さそうだし、影の道を通らせてやろうと思っていたが」

「ああ……今はちょっとな。良い人はいると言っただろ? 俺が逃げ出したら、もしかするとその人が困るかもしれない。長に俺のことで反対意見を出したら、罰で殴られたんだ」

 サーシャリオンがふんと鼻を鳴らし、修太の額を指先で軽く押した。

「このお人好しめ。その長とやら、随分卑怯な手を使う。良い人間を傍に置いて、うかつに逃げようと思わぬようにするとはの」

 面白く無さそうに呟くサーシャリオンに、修太は苦笑を返す。

「サーシャ、俺だってムカつくけどさ。どういうわけか俺は夜宮に選ばれちまったから、穏便にここを出て行けるように、水神とやらを説得してみるよ」

「どういうことだ?」

「尊敬している神様の口から、俺を自由にしろって命令されたら、ここの国の人は従うと思うだろ?」

「……ふむ。それもそうだな。そのモンスターに、我が命じても良いしな」

 サーシャリオンは納得したようだった。

「では、くれぐれも無茶をするなよ。誰か来たから、我は行く」

「ああ」

 修太が返事をした時、サーシャリオンの姿が下へと沈んだ。

 月明かりでぼんやりと薄暗い室内に、それよりも暗い闇の泉が現われた。サーシャリオンの体がそこへ沈んでしまうと、黒い波紋が立ち、泉は消えた。

 その直後、サーシャリオンの言う通り、廊下の床がきしむ音がして、足音が近づいてきた。部屋の前で、まるで様子を伺うように誰かが立ち止まる。

 修太が布団に座ったままじっとしていると、また戻っていった。

(警備か? それとも見張りか? ったく、嫌になるぜ……)

 監視されていると思うと窮屈だ。

 修太は溜息を吐くと、寝直すことにした。幸い、眠気はすぐにやってきた。



     *



 サーシャリオンが宿の部屋に戻ると、まだ起きていた啓介達がわっとサーシャリオンの傍に寄ってきた。

「お帰り! シュウの様子、どうだった?」

「うむ。とりあえずだ、グレイ。シューターが謝っていた」

「どういうこと?」

 床に敷かれていた布団にサーシャリオンが座ると、啓介とコウはその傍に座った。トリトラとシークも気になるようで、近くの床に座る。グレイは窓辺で煙草を吸いながら、視線だけサーシャリオンに向けた。

 サーシャリオンが修太から聞いた話を教えると、啓介は納得して頷いた。

「なるほどね。同情心に訴えようとしたのか」

「でも駄目だったんだな。まあ、親に会いたい程度で出してくれるんなら、夜御子になんてしないよね」

 トリトラはそう言った後、よく分からないという表情になった。

「そもそも、親に会いたいって言って、同情したくなるものなの? よく分かんない感覚だなあ」

「人間はそういうものだよ。それが子どもの言うことなら特に」

 苦笑混じりに、啓介はそう口添えた。シークが不思議そうに問う。

「ふーん。じゃあ、冷たい連中ってことか?」

「優しかったら、会うくらいはさせてくれたんじゃないかなあ。まあ、分からないけど」

 首を横に振り、啓介は窓の方を向く。

「グレイは怒ってるの?」

「いいや。何がどうしてそんな話になってるんだか疑問だったが、あいつが言うなら考えあってのことだと思っていたからな」

 それっきり、外に目をやって、煙草をくゆらせている。

「我には怒ったくせに」

「お前がからかうからだ」

 サーシャリオンには、即座にグレイは言い返した。サーシャリオンは怖い怖いとうそぶいて、肩をすくめる。

「シューターの方はそんな具合だ。我らはどうする?」

「とりあえず、近いから狐火を先に見てくるよ。光都からすぐみたいだからね。それでいったん戻ってくる」

 啓介がすぐさま予定を話すと、トリトラが手を挙げる。

「じゃあ、僕とシークは忘れじの丘とやらを見物してくるよ。この宿で集合にしよう」

「なんでわざわざ戻ってくるんだよ。一度に見てくりゃあいいじゃないか」

 シークが口を出すと、トリトラが答える。

「夜宮に新しく就任するんだ、何かトラブルが起きるかもしれないだろ? そういうことだよね」

「そうだよ。念の為だよ。グレイとサーシャはここで待機してて欲しいんだ」

 啓介の頼みに、サーシャリオンとグレイは声を揃えた。

「「何故だ」」

 息が合ったことが嫌だったのか、グレイが分かりやすく眉間に皺を刻む。

「シュウの所に行けるのは、今のところサーシャだけだし、グレイが一緒だと俺達も巻き添えくらいそうだから」

「仲間の死体を持ってくるという話なら、俺だけでは済まないんじゃないか?」

「どうかな。最低限で済ませようと思うなら、家族だけで十分だ。もし狙う気があるなら、俺達もとっくに襲撃されてる」

 啓介の答えに、グレイは舌打ちした。

「で? こいつとずっと一緒にいろってか?」

「グレイが都の外に出る方が大変だよ。軍隊でもけしかけられたら大事だろ。二日だけ我慢してくれ」

 きっぱりと言う啓介を見て、サーシャリオンは噴き出した。

「はっはっは、これはいい。ケイ、随分はっきりした物言いだな」

「分かりやすく言ってるだけだよ。――サーシャ、サボらないでくれよ? グレイの件は真面目に頼む」

 銀の目でまっすぐ見つめてくる啓介に、サーシャリオンは首を傾げる。

「そう心配せずとも、その男は立派な大人だ」

「ここでグレイに何かあったら、絶対にシュウは後で悩む。サーシャには怒らないだろうけど、自分を責めると思うんだ。サーシャはシュウに落ち込んで欲しいの?」

「分かった分かった。可愛いそなたらを悲しませる真似はせぬ。オルファーレン様に誓う。これで良いか?」

 啓介の善良な眼差しというのに、サーシャリオンは弱い。白旗を上げて、真剣に返した。

「まったく、我はこんなに手助けしておるのに、何故そう信用が低いのだ?」

「だってサーシャ、オルファーレンちゃんと俺と修太のこと以外、興味ないだろ」

「そうさのう。それに我はモンスターの魂の行き来を見守る者だ。魂は循環すると知っておる。人間達とて滅びてもまた蘇るのだ、執着する必要はない」

 正直に返すと、啓介は「はあああ」と重たい溜息を吐いた。頭が痛そうに、額に指先を押し当てる。

「そういうところが心配なんだよ。ときどき常識がぶっ飛んでるんだもんなあ」

 悩ましげにうなる啓介に、グレイが慰めるように言った。

「安心しろ。俺とて場数は踏んでる。そうそうやられたりはせん」

「うん……」

 啓介の申し訳なさそうな様子に、サーシャリオンはうろんな目を向けた。


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