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断片の使徒  作者: 草野 瀬津璃
スオウ国 夜宮編
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 2



「いやあ、驚くべき鈍感。これ程まで魔力感知能力が低い方には、初めてお目にかかりましたぞ!」

 ヤトはうなるように言った。

 日が沈み、月が昇り始めた頃になってようやく授業が終わった。

「悪かったな、鈍感で……」

 あんまりな言いように、修太はやさぐれた気分になった。水に浸けっぱなしだった両手はすっかりふやけていて、変な感覚だ。疲れもあって機嫌が悪い。

 修太のぼやきなど気にした様子もなく、ヤトは嘆かわしげに首を横に振る。

「これは仕方ありませんなあ。魔力の調整はここまでにして、明日は秘儀を教えましょう。夜宮としては、こちらの方が大事ですからな」

「分かりました。礼儀作法というのはいつ?」

「明日の午前中です。私は午後に参りますので」

 ヤトは予定を教えると、床に額づいてお辞儀をして部屋を出て行った。

 修太は疲れでぐったりとうなだれる。

「お夕食のご用意が出来てございます。配膳いたしますね。どうか精をつけて下さいませ」

「ありがとー、ササラさん」

 ササラがささっと膳の用意をするのを眺め、修太は溜息を吐く。

 三日でどうにかするなんて、どう考えても無謀だ。



     ◆



「ただいまー! あ、ラミル君。聞いてくれよ、今日はすごい楽しかったんだ」

 啓介は宿に戻ってくるなり、満面の笑みで言った。

 廊下にいたラミルに声をかけると、イミルがささっとラミルの後ろに隠れた。どうもイミルは引っ込み思案のようで、啓介達と話すことはほとんどない。

「怪談話の蒐集家のところに行ってたんだよな? どんな人だった?」

 ラミルはイミルを気遣いつつも、気になった様子でそう訊いた。

「うん、普通の好々爺なお爺さんって感じの人でね。コギ=ユウラクさんっていうんだけど、元は偉い役人さんだったそうだよ。怪談話が昔から好きで、集めて本にして纏めてるんだってさ。結構有名な作家さんらしい」

「作家かあ」

 感心した様子で頷くラミル。

「本屋でも売ってるんだって。特に今の暑い時期には人気で……」

「それで、良い話は見つかったのか?」

「いくつかね。だいたいは堀や井戸に飛び込んだ人の幽霊とか、墓場に鬼火が出るとかなんだけど……。ここから北に行った所にある丘にある崖が、自殺の名所らしくてね。変な噂という点では、結構信憑性がありそう」

 平然と話す啓介の横を、宿の従業員がうろんな目で見て通り過ぎていく。

「ラミル……」

 視線を気にして、イミルがラミルの服の袖を引っ張った。

「ケイ、こんな場所でそんな話をするのもなんだ。部屋に行こうぜ。先に行っててくれ、イミルを送ってくる」

「分かった」

 ラミルはイミルとともに自分達の部屋へ向かう。

 啓介がピアスとフランジェスカを振り返ると、二人ともうんざりという顔をしていた。気のせいか、コウもうなだれている気がする。

「そんなに疲れたの?」

「朝から晩まで、訳の分からん怪談話なんぞ聞いていて、疲れぬわけがあるまい?」

 フランジェスカが眉を寄せて問う。ピアスは青ざめた顔で、両手で腕を抱えるようにして震える。

「流石に怖かったわあ。降霊の秘儀を使ってないのに、霊が傍までたくさん集まってるのが分かったもの。あれ以上は危険だわ。ケイはなんで平気なの?」

「幽霊がたくさん来てたの? 全然分からなかった!」

「……見えないし感じないから平気なのね」

 啓介の返事を聞いて、ピアスはすぐに理解したようだった。

「フランジェスカさんはどうなの?」

「何やら背筋がゾクゾクはしていたが、あれは霊だったのだな。どちらかというと、話を聞くのに疲れた」

 フランジェスカも何か感じ取っていたらしい。

「いいなあ、二人とも。俺、そういうの全然分からないんだよなあ。つまんないなあ」

「分からないのに、幽霊が好きなの?」

「分からないから、知りたいんじゃないか」

「なるほどねえ」

 ピアスは苦笑したものの、啓介のことをなんとなく理解してくれたようだ。

 後で食堂で落ち合う約束をして、啓介とコウは男部屋の方に戻った。

「ただいま、皆」

 黒狼族の三人と、サーシャリオンが啓介を振り返る。

 グレイが不機嫌そうなのが気になったが、そこにラミルが顔を出した。

「お邪魔するよ。それで? さっきの話、自殺の名所がどうして気になったんだ?」

「……なんの話?」

 不可解だという目を向けるトリトラに、啓介は今日の成果を簡単に報告した。

 座布団に座り、啓介は気になった怪談話を披露する。

「忘れじの丘っていうのがあってね。そこに行くと、死んだ人と会えるんだってさ」

「……自殺の名所だから、死んだ後にあの世で会うって話? それって、どこで死んでも会えるじゃないか」

 トリトラの指摘はもっともだ。

 啓介はちちちっと人差し指を振る。

「違うよ。そこに行くと、死んだ人……それが幽霊なのかよく分からないけど、とにかく会えるんだって。それで、その人に近付こうとして、崖から落ちて死んでしまうそうだよ」

「それのどこが祝福なんだ?」

 グレイが口を挟んだ。

「祝福が転じて(のろ)いに変わってるって、サフィさんが言ってただろ? あと……気になるのは、西に行った所にある渡し場の狐火(きつねび)かなあ。だいたいだけど、場所が決まってるんだよ。他の噂は、たまたま出た幽霊とか、昔の問題になぞらえてた話が多かったけどね」

 行ってみないと分からないけれどと啓介は纏めた。

「トリトラ達はどう?」

 トリトラは首を横に振り、シークは指を軽く挙げる。

「変な噂でもねえけどよ、おっちゃん達の話だと、最近、水神が怒ってるらしいぜ。水害が増えたって」

「水害……?」

 ラミルはいぶかしげに問う。シークは頷いた。

「そっ。元々、この辺は周りの山から流れ込む水のせいで、洪水が多い土地だったらしい。でも水神のお陰で、水害が減って人が住めるようになったんだってさ。こないだの雨で、橋が流れたってんで、何かあったんじゃないかって住人達が心配してる」

「そうなのか……」

 どうやらこの国の中心には、水神がいるようだ。

 ごろ寝していたサーシャリオンが、くつりと笑った。

「なるほどのう。だいたいカラクリが読めてきた。――今宵は出かけてこようかの」

 そう呟くと、パンと手を叩く。

「さて、話は終わりだ。我は腹が空いた。今すぐ食事を所望する!」

 サーシャリオンの意見に、啓介達も立ち上がる。

 確かに空腹だ。


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